追う者と追われる者の苦労

つらい……」

「おい、エルネア。お前が根を上げてどうするんだよ」

「だってさぁ……」


 細く長く続く辺境の道を振り返る僕。

 僕だけでなく、みんなも進んできた道を振り返る。

 そして、疲れたように小さく吐息を漏らす。


 神兵に面倒事を押し付けられた最初の村を出て、既に二日が過ぎていた。


 アルフさんが思い付いた悪巧みで、帝尊府に追われることとなった僕たち。だけど、予想外の苦難が待ち受けていた。

 僕は背後の様子を気にしながら、愚痴ぐちをこぼす。


「だって、帝尊府が余りにも遅いんだもん!」


 そうなんだ!

 僕たちを追いかけてくる帝尊府の追跡速度が思いのほか遅くて、僕たちは当初に想像していた苦難とは別の苦労を強いられていた。


「アルフさんの提案がなかったら、もうとっくにいているよね?」

「神族のくせに、追跡が素人だわ」

「帝尊府のくせに、追跡が下手だわ」


 ユフィーリアとニーナの言う通り。


 ミストラルにを飲まされた帝尊府は、仕返ししようと、仲間を連れて僕たちを追ってきた。それなのに、歩みが遅くて、こちらが気を遣わないといけない状況なんだよね。

 こうして、途中途中で休憩を入れながら、付かず離れずの距離を保つというのは、実に面倒です。

 しかも、帝尊府にわざと僕たちの痕跡こんせきを残してあげたり、もう少しで追いつくんじゃないかと期待を持たせたりしないといけない。だって、そうしないと追跡が下手な帝尊府が途中で諦めちゃったり、やる気がなくなってしまうかもしれないからね。


「くそう。あいつら、本当に烏合うごうしゅうだな」


 アルフさんも、帝尊府がこれほど腑抜ふぬけだとは予想していなかったみたいだね。

 僕たちの印象だと、帝尊府の人たちは誰もがマグルドのような者だと思い込んでいたけど、違ったらしい。

 まあ、そうだよね。

 帝尊府とは、帝を崇拝すうはいする心を強く持つ神族たちってことなんだから、なかには一般市民だっている。むしろ、一般市民に深く浸透しているから、こんな辺境でも出会でくわしちゃうんだ。

 そんな、神族とはいえ素人が、旅慣れた僕たちを追跡するのは大変なのかもしれない。


「凄腕風の兵士はどうしたんだよ?」

「お兄ちゃん。そういう人は足手纏いの人たちを支えてあげないといけないから、結局は遅くなるんじゃない?」

「そうだよな……」


 リンリンが、定期的に報告を入れてくれている。

 僕たちを追って来ている帝尊府は、なんと総勢三十人!

 その内、凄腕風な者は四人らしい。

 こちらを追跡してくる帝尊府が魔物に襲われた場合は、その四人が中心となって戦い、他の人たちは控えているのだとか。


「神族なんだから、誰でも魔物くらい簡単に倒せそうな気がするんだけどね?」


 人族よりも遥かに優れているのが、神族なんだよね?

 だとしたら、人族の冒険者だって魔物を退治することができるんだから、神族なら朝飯前、と思ったんだけど。

 僕の疑問に、アルフさんとアミラさんが苦笑した。


「たとえ人族より高い力や身体能力を持っていても、それをかす訓練をしていない者はまともに戦えないぜ?」

「わたしたちの村のみんなは、武人ばかりでしたからね。ですが、普通は魔物を見れば怯えるような、戦いに慣れていない人ばかりなんですよ?」

「言われてみると、そうだね」


 前に立ち寄った村の人たちは、一見すると何の力もない、普通の人たちだった。ここが神族の国で、奴隷以外の人は神族なんだと知っていなければ、違和感を覚えないくらいに。

 もっと思い返せば、前に会った隊商の神族もそうだね。自分では戦えないから、人族の奴隷に護衛をさせていたっけ。

 アルフさんやアミラさんが言うように、人族よりも優れた種族とはいえ、神族だって一般人は普通なんだね。

 そして、僕たちを追跡してくる帝尊府の大多数の者たちも、そうした一般人なんだと思う。


「とはいえ、流石に手加減した逃避行が続くと辛いよね?」

「そう言うなよ。もうすぐ、封鎖網のはしに着くはずだ」

「ってことは、天族の楽園っていう島も近いのかな?」


 見渡す限りの、森、山、空。

 深い森を縫うように延びる道は、豊かな山々の間を通って続いている。

 竜峰のような険しさはないけれど、見上げれば必ず視界に入る山の稜線りょうせんはどれも高い。

 森と山を覆う空は雲も少なく、どこまでも綺麗に広がっていた。

 だけど、水の気配は感じない。

 小川のせせらぎなどは耳に届くけど、大量の水をたたえた湖の気配はないよね?

 気を研ぎ澄ませても、水の精霊たちが活発に活動しているような様子もないし。


 すると、アルフさんが西の先を見つめながら教えてくれた。


「島は、もう少し先だな。だが、この辺からモンド伯の直轄領地だ。封鎖しているなら、この辺りからだと思うぜ?」

「なるほど」


 モンド辺境伯の領地は、とても広大らしい。この辺り一帯の辺境ほぼ全てがモンド伯の領地と言っても過言ではないくらいに。

 だけど、領地が広すぎると、色々と大変になってきちゃう。往来に苦労する辺境は特にね。

 だから、モンド伯は天族の楽園を含む周辺地域を直轄で管理する以外は、各地の村や町を自分の息のかかった小貴族たちに任せているのだとか。

 ギルディアなんかも、そのひとりだったみたいだね。


「よし、ここで少し休憩を入れようぜ。帝尊府どもにもう少し追いついてもらわないと、俺たちの作戦にも支障が出てしまうからな」

「仕方ないね。そういうことなら、もう少し待つとしますか」


 僕たちは、帝尊府を利用して軍の封鎖を突破しようと画策していた。だから、その帝尊府が僕たちに追いついてくれなきゃ、緊迫感が生まれない。

 僕たちは腰を下ろすと、小休止を入れることにした。

 ライラが素早くみんなにお茶を配ってまわる。

 アミラさんが食べ物を準備してくれて、ルイセイネとマドリーヌ様が暇を持て余すプリシアちゃんとニーミアのお世話をしてくれる。

 ユフィーリアとニーナはお互いに身体のりをほぐし合い、セフィーナさんは相変わらず周囲を警戒してくれていた。


『我は、どこから封鎖されているか見てこよう』


 そして、姿を消したユンユンは、その隠密性おんみつせいで偵察に出てくれた。


「流石の神族だって、ユンユンやリンリンのような者が探りを入れているなんて気づけないよね」

「神将や武神くらいになれば違和感に気づくかもしれないけどな。だが、普通は精霊やユンさんやリンさんのような存在が自分たちを偵察していたり周囲に存在しているなんて考えもしないだろうな」


 帝尊府の中にいるという凄腕風の兵士だって、リンリンの気配には気づけていない。

 僕たちだって、普段の生活では精霊の動きまで把握はしていないからね。

 そう考えると、目に見えない、気配を感じられない者に普段から監視されていたとしても、当事者はわからないよね。


 ん?

 待てよ。

 そう考えてみると、魔族の支配者なんかが僕たちの動きを把握していたりするのって、そういうことかな?

 僕たちが感知できない力や、何者かによって、いつも見られている?

 まさかね、と思って本気で周囲の気配を探ってみる。

 だけど、何も違和感を読み取れなかった。


「僕にはまだ感知できないのか……」

「なんのことだ?」

「いやいや、個人的なことだよ。気にしないで」


 僕の思い過ごしの可能性もあるしね。

 だけど、こうして小さなことに気付き、これからも色んなことを積み上げていくことができれば、あの恐ろしい魔族の支配者の存在の片鱗に触れられるかもしれない。

 まあ、片鱗を感じられたとしても、関わり合いには絶対になりたくないけどね!!


「ところで、エルネア君」

「はい、アミラさん。なんでしょう?」


 声が出せるようになって、アミラさんはよく喋るようになった。

 やっぱり、うら若き女性だからね。会話は大好きだ。

 これまでの道中も、話題が尽きないといった感じでみんなと楽しそうに話していたのを見てきたよね。

 そのアミラさんが、すずのような涼やかで優しい声で、僕に疑問を投げかけてきた。


「少し気になっていたのですが。竜峰へ戻られたミストさんは、ちゃんと合流できるのでしょうか?」

「ああ、なるほど」


 ミストラルが竜人族のおばあちゃんを送り届けるために竜峰へ戻って行ったのが二日前。そして、まだ戻って来ていない。

 アミラさんは、ミストラルが無事に僕たちを見つけて戻って来られるのかを心配してくれているんだね。

 だけど、大丈夫だよ。

 僕は笑顔で答える。


「ミストラルなら、心配ないよ。遠く離れていたって、僕たちもミストラルもお互いの気配を感じられるからね。それに、ここまで道なりに進んできたんだから、ミストラルだって迷子にはならないよ」

「むしろ、エルネア君が迷子にならないか心配しちゃいますね?」

「アミラさん!?」


 妻たちがいつも僕を揶揄からかって遊ぶものだから、アミラさんにまで伝染しちゃった!?

 僕の反応が可笑しかったのか、楽しそうに笑うアミラさん。

 見れば、みんなも笑っていた。

 もちろん、アルフさんもね。


 しかも、アルフさんは今の会話で良からぬことを更に思い付いたようだ。


「よし、決めたぞ」

「却下!」

「反応が早いな!」


 だって、悪い予感しかしないもんね?

 アルフさんも、スラットンと同類の性格をしていることが、ここ数日でよくわかってきた。

 そのアルフさんがひらめいた案なんて、絶対にろくなものじゃない。

 だけど、アルフさんは僕の拒否なんてお構いなしに、考えを口にする。


「このまま道沿いに移動していたって、つまらないな」

「えっ? それじゃあ、これからどうするの?」


 まさか、道を外れて森の中を突っ切る気かな!?

 僕の不安は的中していた。


「まあ、聞け。このまま道沿いに進んだら、当たり前だが軍の封鎖網に引っかかるよな」

「それを、帝尊府を利用して突破する予定だったよね?」

「ああ、そうだ。だが、大勢の兵士をめるよりも、少数の兵士を嵌める方が遥かに楽だとは思わないか?」


 旅人は、誰もが道沿いを行き来する。もちろん、軍隊も道沿いに動く。だから、道沿いに兵士たちが大勢駐屯しているのは当たり前だよね。

 アルフさんは、このまま道なりに進み、その駐屯ちゅうとんしている大勢の兵士を罠に嵌めるよりも、街道から外れて手薄になった包囲網の場所、つまり少数で見張りを立てている兵士をだます方が簡単で楽だと僕たちに力説した。


 でも、どうやって?


 全員が不安に首を傾げるなか、アルフさんは自分の考えを伝える。


「どうせ包囲網を強引に抜けたら、遅かれ早かれ兵士たちにも追われるんだ。それなら、帝尊府も兵士もまとめて追って来やがれってんだ! むしろ、そっちの方が俺たちには好都合だな」


 封鎖網を敷く軍隊は、辺境の村々に住む人たちの生活のかなめである商人たちでさえ、中には入れなかった。

 だから、旅行中の僕たちを封鎖網の奥へ入れることはないだろうね。

 それでも、僕たちが強引に突破してしまったら……。間違いなく、兵士たちも僕たちを追ってくるはずだ。


「なるほど。道沿いに進んで包囲網を突破すると、そのまま大勢の兵士に追われることになっちゃうね」

「だが、森の奥から突破すれば?」

「見張りが少ない分、追ってくる兵士も少ない!」


 まあ、時間が経てば、連絡を受けた兵士たちがわんさかと増えるんだろうけどね。


「そんなわけで、やっぱり森の奥の少数の兵士を騙した方が良いだろう?」

「でもなぁ……」


 やっぱり、嫌な予感しかしません。

 そして、こういう時の僕の勘は、よく的中するんだ。


「そんなわけでよ」


 と、アルフさんがにこやかに僕の肩に手を置いた。


「お前、帝尊府を森の奥へ引っ張ってくるおとり役な?」

「えええぇぇっっっ!」


 やっぱり、嫌な予感は的中したよ!

 がっくりと項垂うなだれる僕を見て、みんなが可笑しそうに笑う。そんななか、プリシアちゃんだけが「お手伝いする?」と優しく僕に声をかけてくれた。

 でも、大丈夫だよ。だって、プリシアちゃんが加わると、更に大変な事態になっちゃうからね!

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