宴もたけなわ

 緊張したり、焦ったり、楽しかったり騒がしかったりした結婚の儀は、みんなに祝福されながら、無事に終えることができた。

 だけど、結婚の儀が終わっても大披露宴は続いている。

 二日目も騒ぎ続けたみんな。もちろん僕たちも加わって、飲めや歌えの大騒ぎ。

 食べ物がなくなった、と狩を始める竜族や、遁甲とんこうして悪戯いたずらをする魔獣たち。耳長族と人族が肩を組みあってお酒をみ交わし、竜人族と獣人族が腕を競い合う。

 そんななかで驚いたのは、魔族たちの動きだ。意外と周りに溶け込んだ彼らは、冒険者と共闘して大迷宮へと挑む。


 どうやら魔族たちは、千手せんじゅ蜘蛛くもの糸を手に入れて、巨人の魔王に力を示そうとしているみたい。


 大宴会の三日目からは、招待していたお客さんたち以外の人たちも会場を訪れ始めた。その多くが冒険者で、彼らと魔族が協力し合うだなんて、ここでしか見られない光景かもしれない。

 最初はおっかなびっくりだった冒険者たち。でも魔族に悪意や敵意がないことを知って、徐々に打ち解け始めていた。


 なんだか、不思議な光景だよね。

 おとぎ話や冒険物語では極悪非道と相場が決まっているあの魔族と、他種族からしいたげられる立場にある人族が手を取り合って、ひとつの目的のために共闘しているだなんて。

 きっとこれは、温厚な巨人の魔王の国の魔族だから特別なことだろう、ということは僕以外の他の者たちも理解している。だけど、こうして種族間の交流が進んで、去年のような大騒動がなくなれば良いな。


 テルルちゃんには、もう少しだけ会場に滞在してもらうことをお願いした。

 テルルちゃんも、竜族やちびっ子たちと遊ぶのが楽しいのか、こころよく受け入れてくれた。

 禁領に帰ったら、こうして大勢で遊ぶ、なんてことはできなくなっちゃうからね。

 というか、テルルちゃんがこちらに滞在している間の禁領の管理はどうなっているんだろう? そんな疑問を浮かべつつ、僕たちは五日目に入った大披露宴を抜け出して、苔の広場へと退避してきていた。


「うえええぇぇ……。もう許してください」

「エルネア君、お水です」

「ありがとう、ルイセイネ」


 なぜ苔の広場へ来たのかというと……







「くっくっくっ。エルネアよ、俺たちを倒さなければ貴様に夜は訪れないと知れっ!」

「もう許してぇっ」


 なんと、竜人族の男たちの妨害が連日連夜のように続いていた。

 夜な夜なお酒の入ったつぼを片手に僕を拉致する野郎たち。そして、試練だと言ってはお酒を飲む。

 実は、大人の味に慣れていない僕は殆どお酒を口にしてないんだけど。それでも毎夜の酒盛りで弱っていた。


「この調子だと、あと何日続くことになるだろうな」

「ザン、どうにかならないの?」

「こればかりは、どうにもならんな。どうにかしてイドを潰さない限りは、永遠に続くぞ」


 なにも、弱っているのは僕だけじゃない。

 僕とは違い、他の男たちはお酒を飲み続けていた。

 僕に飲め、と勧める何倍もの量を飲む竜人族の男たち。それと、ルドリアードさんに代表されるお酒好きの人々。すると、ひとり、またひとり、と脱落者は現れ始めて、夜が来るたびに僕を妨害する人たちは減っていた。

 ただし、底なしにお酒を飲み、全く酔わない化け物がひとり。

 見た目からして凶暴凶悪なイド。この男こそが、最大の障壁だった。


 密かに僕を助けてくれていたザンは、イドに酒精の強いお酒を飲ませていた。だけど、酔う気配がないんだよね。

 そして、一向に夜の試練を突破できない僕に、とうとう女性陣が痺れを切らせて動いた。そんなわけで、僕はこうして苔の広場へと妻に拉致されてきたわけです。







 休息も兼ねて一旦退場した僕たち。それと一緒に会場を後にした者が、何組か存在した。

 まずは、巨人の魔王と幹部たち。

 ルイララやシャルロットたちは巨人の魔王のお世話がおもであり、宴会騒ぎは二の次みたい。魔王は現在、実家で父さんとお酒を飲んだりしながら、のんびりと過ごしているはずだ。


 スレイグスタ老とリリィは、妻たちに依頼されて僕をさらった実行部隊だからね。竜の森へと一緒に戻ってきている。

 会場では、冒険者や物好きな商人、怖いもの知らずの野次馬たちが増えて、大勢の人目に晒される状況になってしまっている。スレイグスタ老はそういう状況があまり好みではないみたい。それに、いつまでも霊樹の傍から離れているわけにはいかないからね。

 お土産にお肉を持って帰っていて、さっきから食べ比べを始めています。


 そうそう。僕が拉致される前に、飛竜の狩場に一時的に植えていた霊樹は、ちゃんと回収してある。

 霊樹も、僕と意思疎通ができるようになったおかげで、あそこが永住の地じゃないと理解してくれていた。だから根を張っても土をがっちりと掴むことはなく、スレイグスタ老とアシェルさんが簡単に引き抜いた。

 竜の森でも見かけないくらいに大きく育った霊樹が、小山のようなスレイグスタ老とアシェルさんに引き抜かれる様子は圧巻だったのか、会場のみんなから歓声があがっていたっけ。ちょっとした見世物になっちゃった。

 そして土から離れた霊樹は、いつもの姿に。

 僕に近しい人なら誰もが見知っている姿。霊樹の木刀へと変化し、僕の腰へ。

 まさか、僕が大事そうに扱っていた木刀の正体があの神秘的な巨木だったとは、と多くの者たちが驚いていた。


 霊樹を引き抜いてくれたアシェルさんは、その後はミシェイラちゃんたちを送るために、どこかに飛んで行っちゃった。

 やはり、謎の集団を呼び込んだのはアシェルさんだったんだね。

 まさか、正体が竜神様だったり剣聖様だとは思わなかったけど。アシェルさんが連れて来てくれたおかげで、僕たちは新たな道を歩み始めることができたんだ。帰って来たらお礼を言おう。

 いや、旦那さんのことを思えば、そろそろ故郷にお帰りになった方が良いのでは……?


 ユーリィ様は、耳長族の村にジャバラヤン様を招待している。

 何百年かぶりかに会った親友らしいし、積もる話はいっぱいあるんだろうね。

 そういえば、この二人は魔女さん繋がりらしいんだけど。話によると、魔女さんはミシェイラちゃんたちとは立場が違うらしい。

 そもそも、ミシェイラちゃんたちがどういう立場なのか、僕は正確には知らない。だから魔女さんのこともよくはわからないんだけど。

 計り知れない者たちにも立場の違いがあるだなんて、世界は複雑です。


 僕が拉致される様子を見送っていたリステアたちは、これから大迷宮に挑んでみる、と息巻いていた。

 きっと今頃は、大迷宮のなかで大変なことになっているに違いない。

 あのプリシアちゃんとアレスちゃんが頑張って創った大迷宮だ。さすがの勇者様ご一行でも、そう簡単には踏破とうはできないよ。


 騒がしかったここ数日を振り返りながら、ルイセイネに貰った霊樹のしずくを口にする。

 本当は、会場ではまだ宴会が続いているし、家族のうちの誰かは向こうに顔を出している状態が続いているから、僕もなるべく向こうに居なきゃいけないんだけど。

 まあ、あと数日でお開きになるでしょう。

 大宴会の閉会宣言は僕の役目なので、元気になったらまた会場に戻る予定です。


「とはいえ、汝らも疲れたであろう。少し息抜きをしてきてはどうだ?」


 スレイグスタ老が僕たちを気遣うなんて珍しい!


「くくく。汝らはとうとう竜神りゅうじん御使みつかいになったのだ。気を回しておけば、我にもなにか良いことが起きるかもしれぬからな」

「うわっ、やっぱりそういう魂胆だったんですね。というか、竜神の御使い?」


 思い出した。

 アシェルさんと始めて会った頃。

 スレイグスタ老は冗談で僕のことをそう呼んでいたよね。

 でも、竜神の御使いってなんだろう?


 僕たちに不老の命を授けてくれたのは、たしかに竜神様なんだけど。これからの目的は自分たちで見つけなさい、と言われているし、なにかを手伝えだとか、どこかの組織の一員になった、なんてことは言われていない。

 そして、僕たちを見定めたミシェイラちゃんや夢見の巫女様、それにファルナ様は、竜神様の部下ではなく同格の存在に見えた。だから、四人に試験された僕たちが誰かひとりの下につく、というのもおかしな話だ。


「生きながら竜神様のもとへと至った者を、竜神の御使いという。竜神の御使いは我ら竜族を導くと言われておるな」

「僕たちはおじいちゃんたちを導く存在になったってこと?」

われがあるだけである。気にする必要はなかろうよ。ただ、まあ……。汝にとっては剣聖から命を分けられる方が良かったのかもしれぬな」

「もしかして、あの四人の誰からでも不老の命は貰えたのかな?」


 竜剣舞を納める僕だ。流派の祖である剣聖ファルナ様から不老の命を与えられていたら、これ以上ないほどのほまれだったかもしれない。そうは思うけど、でもやっぱり……


「僕は竜神様から与えられて良かったと思います。だってみんなと一緒だし、なによりもスレイグスタ老との繋がりが僕の始まりだから」

「ふむ、嬉しいことを言ってくれる」

「それが何年か後には重荷になるんですよー」

「リリィ、それは思っても言っちゃ駄目なことなんだよっ」

「思った時点で言わなくても伝わりますよねー」

「ぐう……」


 もしも剣聖様やミシェイラちゃん、もしくは夢見の巫女様に不老の命を与えられていたら、竜神の御使いではなくてなんて呼ばれていたんだろう。という僅かな疑問は残ったけど。

 僕はこの呼ばれ方を早くも気に入っていた。


 ふむふむ。

 竜を導く存在か。

 よし、まずはスレイグスタ老の悪戯好きを矯正きょうせいしよう。


「汝は悪魔であるな」

「気のせいだよ、おじいちゃん」


 不老になったってことは、スレイグスタ老の隠居いんきょの際も僕たちは元気に暮らしているってことだよね。未来が楽しみです。


「その代わり、リリィがお役目で縛られますよねー」

「ううう、そうだね。ちゃんと遊びにきてあげるから、頑張ってね」

「お任せあれー」


 まだ役目を見いだせていない僕たちには、自由な時間が無限にあるといっても過言ではない。だけど、スレイグスタ老の後を引き継ぐリリィには、もう限られた時間しか残っていないんだよね。そして、霊樹と竜の森を守護するというお役目にけば、自由はなくなっちゃう。


「古代種の竜族にとってこのお仕事は名誉なことですから、お気になさらずにー。あっ、でも遊びに来てくださいねー」

「うん、約束するよ!」


 きっと僕なんかが約束しなくても、プリシアちゃんやニーミアはここに入り浸るに違いない。

 リリィだけじゃなく、精霊たちとも会えるからね。


 そういえば、プリシアちゃんとニーミアの姿がここにはない。

 会場で、テルルちゃんやレヴァリアたちと遊んでいるはずだ。フィオリーナやリーム、それにもこもこのメイが加わって、きっと大変なことになっているに違いない。

 次に会場を訪れたときに、目も当てられない状況になっていたらどうしましょう……

 だ、大丈夫だよね?

 今日はユフィーリアとニーナが向こうに残ってくれている。

 あの二人がちびっ子たちを……制御するだろうか。むしろ面白がって、居残り組で暴走なんかをしていたら……


「ねえ、会場の様子が不安になってきたんだけど?」


 お肉の食べ比べをするスレイグスタ老とリリィのお世話をしているミストラルに不安な顔を向ける。


「大変ですわ、エルネア様! わたくしと二人だけで様子を見に行きましょう」

「ライラさん、なにを抜け駆けしようとしているんですか」

「きゃあっ、ルイセイネ様、お許しください」


 僕に飛びつこうとしたライラを取り押さえるルイセイネ。竜気を扱うライラや僕たちにとって、ルイセイネは天敵だ。

 冴え渡る竜眼で動きを読まれちゃって、手も足も出ません。ライラなんて、魂胆も見透かされて、この有様です。


「問題なかろう。死者は出ぬであろうよ」

「死者は出ないでしょうけど、行方不明者や精神疾患者が出そうですよ!?」

「汝は心配性であるな。どれ、気晴らしに散歩でもしてくるがよい」


 言ってスレイグスタ老は、瞳を黄金色に輝かせた。


「あっ……」


 と真っ先に叫んだのはルイセイネだった。

 なぜなら、眩い光に包まれたのが僕とミストラルの二人だけだったから。


「ず、ずるいですわっ」


 黄金の光に包まれ、まぶしさのあまり目を閉じる僕の耳に最後に届いたのは、ライラの悲しい叫びだった。






 気づくと、僕とミストラルは竜廟りゅうびょうのなかに居た。

 どうやら、二人で息抜きをしてこい、ということらしいです。


 息抜きをするだけなら、僕ひとりでも良かったんだろうけど。もしかして、僕をひとりにしたらまた問題を起こしてしまう、とでもミストラルが思考したのかな?


 傍のミストラルを見たら、彼女も僕を見て苦笑していた。


「仕方がないし、散歩でもしましょうか」

「うん、そうだね」


 ライラはいつも抜け駆けしようとする。それを阻止するルイセイネ。ユフィーリアとニーナも僕を狙ってあの手この手で迫るけど。

 結局、いつも最後に一番の美味しい思いをしているのはミストラルなんじゃないかな?


 ミストラルと手を繋いで竜廟を出た。

 竜廟のある小島の周りには、泉が広がっている。


「ああ、そうか。水竜たちも向こうに連れて行っちゃってるから、運んでくれる竜がいないんだよね?」

「そういえばそうね」


 泉の岸は、前方に見えている。

 弱々しかった昔の僕なら、ミストラルにお願いをして飛び越えているところなんだけど。


 僕は躊躇いなくミストラルの腰に腕を回す。ミストラルも恥ずかしがることなく、僕に抱きついてきた。

 行くよ、と声をかけて、竜気を足に集中させる。そして一気に泉を飛び越え、岸の先に建つ長屋の前に降り立った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る