素敵な夜のために

 竜廟のある小島が存在する半円形の泉。円の残り半分を形取るミストラルの村。その泉と村との間には、仕切りのように長く伸びた長屋が建っている。

 僕たちが村に滞在するときなんかは、この長屋の一画にある旅人用の宿泊部屋を使わせてもらっているんだよね。

 長屋には、こうした来訪者のための宿泊部屋や浴場、調理場やみんなが集まる集会場が入っている。そして、真ん中には村と泉を繋ぐ屋根付きの通用口が。


 僕とミストラルは手を繋いで長屋を通り抜けると、村の広場へと出た。


 村は半円の泉とついを成す形をしている。そして、外苑がいえんに沿って建つ真新しさの残る建物は、村人たちの住まいだ。

 旅人は長屋を利用し、村人は外との境界を区別するかのように建つ家に住む。すると、ぽっかりと中央に空間が出来上がる。この広場で、村人も旅人も一緒になってご飯を食べたり日中を過ごすんだ。


 僕たちの結婚の儀には、ミストラルの村からも多くの招待客を招いている。でも、広場には思いのほか、たくさんの人たちが居た。


「おや、お帰り。無事に結婚の儀式は終わったのかな?」

「コーアさん、こんにちは。おかげさまで儀式は無事に終わりました。今はまだ披露宴が続いているんですけど、おじいちゃんに息抜きしろって言われちゃって。ところで、人が多いですけど?」


 僕とミストラルに気づいて声をかけて来たのは、村の部族長であるコーアさんだ。

 本当はコーアさんも結婚の儀に招待したかったんだけど。村を訪ねてくる人たちの対応があるから、と残念ながら断られちゃっていた。

 大勢の村人を招待しちゃっているわけだけど、その間に村を訪れる旅人がいなくなる、という都合の良い話にはならない。少人数で対応するため、コーアさんを含む有志が苦渋の決断で村に残っていた。


「はははっ、水竜たちが出払っているからね。今は竜廟への立ち入りを禁止しているんだよ。彼らは水竜待ちの旅人だ」

「ああ、そうですよね。水竜が泉にいないと、普通は竜廟には渡れないんですよね」


 僕やミストラルのように、その気になれば泉を飛び越えられる竜人族は幾らでもいる。ましてや、危険極まりない竜峰を自分の力だけで旅する人たちだ。本当は、橋渡しをしてくれる水竜なんて必要もなく竜廟に行くことはできるんだよね。

 だけど、誰もそんなことはしない。

 なぜなら、竜廟は竜の祭壇などと同じように、神聖な場所だからだ。


 竜族の想いの結晶である、竜宝玉。それが眠る竜廟は、竜人族だけでなく竜族にも大切な場所である。

 水竜たちは、なにも好き好んで橋渡しの役目を担っているわけじゃない。

 旅人を運ぶ役目とは別に、竜廟を護っているんだ。

 不埒者ふらちものが許可なく竜廟へと近づこうとすれば、本来であれば水竜たちが襲いかかる。

 竜峰を旅する者といえど、さすがに竜族と真っ向から対峙するだけの力はないので、水竜たちの存在が強い抑止力になっていた。


 でも、ここの水竜たちも会場に連れて行っちゃったんだよね。そうすると、警備の負担は村の戦士たちに来ちゃうわけか。

 ただでさえ村を守る役目で大変な上に、竜廟の守護管理までとなると、これは大変だ。

 さらに、隊長であるザンもいないし。

 だから竜廟への往来を一時中止し、旅人には待ってもらっているわけだね。


「まあ、気にすることはない。来訪者も長く旅をして来た強者ばかりだよ。彼らにとってあと数日の辛抱など、息抜きにはなっても焦る要素にはなりはしない。それこそ、これで短気を起こすような者には、水竜がいても竜廟へは案内できないからね」

「そうですね。不便をおかけしていることには変わりないですけど、もう少しだけ辛抱してください」


 僕とミストラルへ挨拶をしに集まって来た旅人たちと握手を交わす。

 祝福されたり、賞賛されたり。うらやましがられたり、ねたまれたり。なごやかに旅人と僅かな交流をすると、僕とミストラルは村を後にした。

 このまま旅人と過ごしちゃったら、せっかくミストラルと二人になったのにもったいないからね。

 ここは心を鬼にして、二人だけの時間を優先させてもらいます!


『しかし、二人だけになるために竜峰へと入る、という選択肢が汝ららしい』


 村の先にある小さな森を抜けると、相変わらず地竜たちが滞在していて、そんなことを言われちゃった。

 たしかに、危険だ、油断ならない、と言われる竜峰で散歩をするだなんて、僕たちならではなのかもしれないね。

 それでも、僕とミストラルなら大丈夫。

 遠くまで行くわけでもないし、と二人で肩を寄せ合い、竜峰に僕たちは姿を消した。






 西へと足を向けると、林とまでは呼べないくらいに樹々が林立する場所に行ける。

 普段であれば魔獣が潜んでいたりするような場所だけど、現在は穏やかな気配に包まれていた。

 ここの魔獣たちも飛竜の狩場に行っちゃったから、という理由は秘密です。


 早くも冷たい風が吹き始めている竜峰の秋。

 今年も寒くなるのかな、なんてミストラルと話しながら、木陰こかげ日向ひなたまたいで歩く。

 とくに目的地なんてない。ただこうしてミストラルと二人並んで歩いているだけで、僕は楽しい。

 ミストラルも満喫しているのかな、とこっそり顔を伺ったら、目ざとく僕の視線に気づいて振り向かれて、微笑ほほえまれた。


 女性は胸元を見られている視線に敏感に気づく、なんて聞いたことがあるけど。ミストラルくらいになったら、ちょっとした視線でも見つかっちゃうんだね。


 ……気をつけよう。


 じっと見つめるわけにはいかないので、視線をミストラルから周りの風景に戻す。

 でも、外したのは視線だけ。

 左手を探らせると、ミストラルの右手を見つける。手を握ろうとしたら、ミストラルは僕に密着してきて、腕を絡めてきた。

 今度は僕がミストラルを見返しちゃった。


 ミストラルは少し照れたように頬を染めていたけど、僕から離れようとはしない。


 服を通して、ミストラルの柔らかな肢体の感触が伝わってくる。

 今でも、こうして密着すると緊張しちゃう。

 でも、最初の頃のようにどうしていいのかわからない、という困惑じゃない。強く抱きしめたい、唇を奪いたい、なんて思っちゃう心に緊張しちゃうんだ。


 ああ、はやく平和な夜が訪れますように!


「ねえ、エルネア」

「なにかな?」


 ゆっくりと歩きながら、ミストラルが言う。


「貴方はどうするつもりなのかしら?」

「ええっと、なにがかな!?」


 竜人族の男の試練のこと?

 不老になったこれからのこと?


「男たちの風習のことは理解しているのだけれど」


 ああ、試練のことですか。と思ったのも束の間。ミストラルは核心をついてきた。


「誰と最初に夜を過ごすつもりかしら?」

「うへ?」


 誰から?

 そういえばもなにも、僕の妻は五人います。

 ミストラル、ルイセイネ、ライラ、ユフィーリア、ニーナ。

 みんなのことを僕は愛しているし、想う心に序列は存在しない。

 だから、試練を乗り越えた夜はみんなと……


 みんなと!?


「すけべさんのことだから、変な妄想ばかりしているのでしょうけど」

「ええっと、はい!」


 元気よく返事をしたら、組んでいる腕をつねられた。


「まあ、いいのだけどね」


 とミストラルは言うものの。

 もう少しちゃんと考えておくべきだったかもしれないね。

 妻たちにとって、夫は僕ひとりだけなんだけど。僕にとって妻は五人。みんな平等に、とは思っているけど……


 ど……

 ど、どど、どどど……


 同時に五人ですか!!!


 思いもよらなかった現実に気づき、どくどくと胸の鼓動が跳ね上がる。

 密着していたミストラルは僕の身体の変化を敏感に感じ取り、吹き出してしまった。


「貴方らしいというか。お馬鹿さん」


 笑いながら、ミストラルは僕の頭を撫でる。

 むむう、子供扱いですよ。

 頭を撫でられるのは好きなんだけど、夫としてどうなんでしょう!?


 これはもう、夜になったら男の意地を見せなきゃいけませんね!

 なんて口に出して宣言したら、ミストラルは余計に笑う。


 ミストラルはどう思っているんだろう。

 女性陣は本来であれば、個別の愛が欲しいと思うよね?

 特に、真面目なルイセイネや恥ずかしがり屋のライラなんて、その辺はきちんと対応しなきゃいけない気もする。

 でも、ミストラルがこうして気楽に話題にするってことは、もしかしてみんなの間ではもう話がついている?

 ついていたとしても、僕は安易に彼女たちの提案に乗るわけにはいかないかもしれない。ここはやはり、家長として毅然きぜんとした対応を示さなければ。


 ……ご、ごごご……五人同時に……


「エルネア、鼻の下が伸びているわよ」

「き、気のせいだよっ」


 あんなことや、こんなことや、なんて妄想していませんからね!

 スレイグスタ老やニーミアがこの場にいなくて良かった。もしも近くにいたら、心を読まれて大変なことになっちゃってましたよっ!


「ご結婚のお祝いに、精力薬でもお渡しした方がよろしいでしょうか」


 妄想ににやける僕。それをみて笑うミストラル。そこへ突然、小さな女の子の声が届いた。


「誰っ!?」


 一瞬にして笑みを消し、鋭い視線を飛ばすミストラル。


 僕もミストラルも、甘いひと時を過ごしていた。だけどここは紛れもなく竜峰であり、油断はしていない。

 乳繰ちちくり合いつつも、周囲への警戒はおこたっていなかったはずだ。


 それなのに……


 いつの間にか、少し離れた先にある倒木の上に、小さな女の子が腰を下ろしていた。


 色鮮やかな赤い衣装。真っ赤な髪。

 女の子は、可愛らしい笑みを浮かべてこちらを見ていた。

 でも、僕もミストラルも瞬時に全身を緊張させる。


 知っている。見たことがある。この女の子は……!


「こんにちは。会うのは二度目でしょうか」


 ふふふ、と笑みを絶やさない女の子。

 だけど、放つ気配は圧倒的。

 存在感だけで僕たちを縛り、有無を言わさず注目させるこの女の子の正体は……


 名前を思い浮かべるだけでも危険な気がする。

 そう。彼女こそは、魔王の上の存在。魔族の真の支配者である者の、側近中の側近。

 去年、北の魔王クシャリラが人族の国に侵攻してきた際に、クシャリラと巨人の魔王だけでなく、スレイグスタ老とアシェルさんを同時に行動不能へと追いやった人物だ。


「覚えていただいているようで、嬉しいですわ」


 僕の思考を当たり前のように読み、女の子は言う。


「ローザから、あなた方が結婚されるとお聞きしまして。なにかお祝いでもと思っていましたの」


 ローザとは、巨人の魔王の名前だ。

 随分と親しくなった僕でも、巨人の魔王の名前は口にしない。だけどこの女の子は、気安く口にする。


「去年のおびもございますし。ほら、そこの竜姫様はローザから禁領を譲られたのでしょう? それに竜王様もローザから推挙すいきょがありました魔王位を辞退されたとか。色々とこちらともご縁がありますし、御方おかたがぜひお祝いを、と申されまして」


 動けない僕とミストラルなんて気にした様子もなく、女の子は話を進める。


「とはいえ、結婚の儀式に招ばれもなく行けませんし。といいますか、ローザに来るなと言われてしまいましたし。ともかく、どう接触しようかと思案していたところでございます。ですがこうして、ここでお会いできたのは幸いでございましょうか」


 本来であれば、竜峰に魔族が侵入すれば、竜人族と竜族が黙ってはいない。

 でも、この女の子なら容易く侵入できるんだろうね。


「そのような訳でございまして、彼の御方とわたくしより贈り物をさせていただきたいのでございます」


 女の子は倒木から腰をあげると、こちらへとやって来た。

 なんの警戒もない足取り。

 僕とミストラルなんて、警戒する必要もないくらいの存在、ということなのは間違いない。


「とはいえ、さすがにお祝いの品が精力薬というのもどうでしょうか」


 僕たちの前まで来た女の子は、笑みを浮かべながらこちらを見上げた。


「おや、まあ。最近、竜神かなにかと接触なさいましたでしょうか。気配が変化しておりますね?」

「うっ……」


 見つめられただけで、看破されちゃった。


「ふうん、なるほど」


 そして、なにかに納得したかのように頷く女の子。


「やはり精力薬は相応しくないようでございますね。では、どうしましょう?」


 なにが欲しいですか、とその瞳は語っていた。

 でも、魔王の上の存在に対してなにかを要求したりでもしたら、大変なことになりそう。

 言葉に詰まって沈黙する僕とミストラル。


 女の子は、可愛い姿とは裏腹に、魔王を超える存在だ。

 竜神様の存在も知っているようだったし、なにか関係のある立場なのかな?

 でも巨人の魔王は僕たちの結婚の儀に来ないように促していたみたいだし、もしかすると魔女さんのように違う立ち位置の人なのかもしれない。

 というか、そうだった。この人は魔族を支配する立場か。ということは、世界に関わるような存在じゃない?


「魔女とはたまに喧嘩をしたりもしますが。竜神たちと対立はしておりませんよ? ほら、禁領を共有していますでしょう?」


 そういえば、そうでした。

 立場が違うという竜神様や魔女さん。でも、ミストラルが譲り受けた禁領はそれ以外にも巨人の魔王を含む魔族や魔獣であるテルルちゃんが共同管理をしている。

 複雑な世界の仕組みに感じるけど、根本的な部分で対立している訳じゃないのかな。と、そこまで考えて。

 ある考えがひらめく。


「はい、その閃きをどうぞ仰ってくださいませ」


 女の子の促しに、僕は恐る恐る口を開いた。


「ええっと、実はお願いがあるのです。禁領に人を招いたら駄目でしょうか?」

「と、言いますと?」

「実は、僕の故郷にある竜の森で問題が発生していまして……」


 竜の森で、過密になり始めた精霊たち。

 こういう場合は、精霊たちが新たに暮らせる場所を探して、一部が移住するらしい。その際に、共に森で暮らす耳長族の何人かが一緒に移り住み、精霊たちのお世話をするのだとか。


 普通であれば、これは耳長族と精霊の問題であって、僕たちが気にかけるような問題ではない。

 竜峰の東側には、竜の森以外にも豊かな森は広がっている。そのどこかに移り住めば、精霊の過密問題は解決する。

 だけど、竜峰の東側の地域一帯と関わった僕たちにとって、それは他人事の問題ではなくなっていた。


 他に森があるとはいえ、そこにはすでに別の種族が暮らしているんだよね。

 シューラネル大河の近くに広がる山岳地帯と森には、竜峰を住処にしていない竜族が若干だけど住んでいる。

 そこから繋がる北部やウランガランの森は、獣人族の縄張りだ。

 竜峰にも森はたくさんあるけど、耳長族には過酷すぎる環境だし。

 簡単に「移り住む」といっても、新天地では新たな問題や先住の種族との摩擦が発生してしまうかもしれないよね。そう考えると、いろんな種族と親交のある僕たちには見過ごせない問題だった。


「それで、できれば精霊と耳長族を禁領で受け入れられたら、と思ったんです」


 これは僕が思いついた案であり、精霊や耳長族に相談した話ではない。だから、彼らに拒否されたら意味がない。しかもこんな話をこの女の子にしても良いものなのか、という問題もあった。


 女の子は僕の話を聞くと、ううん、と手をあごに当てて思案する。小さな女の子にはまるで似つかわしくない大人びた仕草に、見た目と中身は随分とかけ離れているんだろうな、と思っちゃう。

 しばし思案した女の子は、僕とミストラルを改めて見上げ、じっと見つめてきた。


「では、こうしましょう。あなた方が心より信頼できる者に限り、あそこへの移住を認めますわ。ただし、責任を持ってくださいましね。問題が起きれば、あなた方で解決すること。もしも手に負えない状況になりましたら、あなた方諸共消して処分いたします。それでよろしいでしょうか?」

「えっ、本当に良いんですか!?」


 問題が発生したら自力で解決する、なんてものは瑣末さまつな問題だ。不用意に誰かを招いてはいけない、と言われている場所にあえて呼び込むんだからね。それくらいの責任は負って当たり前。だけど、女の子がこうも簡単に許可を出すとは思ってもみなかった。

 僕のお願いを持ち帰って、管理者たちで話し合ってくれれば良いな、くらいに思っていたんだけど。


「少し前までのあなた方でしたら、どうでしたでしょう。ですが竜神たちにも認められているようですし、ね。あなた方は、あの者たちの正体を知っていますでしょうか?」

「……いいえ、知らないです。なんとなくの予想はつきますけど」

「そうでございますか。ふふふ、なるほどなるほど」


 女の子は、なにかに納得したように微笑む。


「それでは、お願い事はそれといたしまして。贈り物はなにがよろしいでしょうか?」

「えっ?」


 僕はてっきり、今のお願いが聞き届けられることが贈り物になると思ったんだけど。


「それは、ほら。あなた方以外の者が得をするお話でございましょう? ですが、あなた方自身が受け取るものを要求はされていませんし」


 太っ腹というのか、大胆というか。

 あれはあれ、これはこれ、ということらしい。


 思わぬ大盤振る舞いに、僕はどうしよう、とミストラルを見る。

 ミストラルは困ったように、眉根を寄せていた。


「貴方に任せるわ」


 ミストラルからの一任に頷く僕。

 一度帰ってから、みんなと話し合って決める。という選択肢はない。女の子はそれを許さないだろう。

 絶えず笑みを浮かべてはいるけど、僕たちと慣れ合う気がないのは明白だ。

 僕たちに贈り物をするために来た、という目的以外は眼中にない。こちらが勘違いをして親しく歩み寄ろうとすれば痛いしっぺ返しがあるだろうし、女の子の意に沿わないことはできない。


 今度は僕が思案し、なにが適当だろう、と思いを巡らせる。

 というか、僕たちへの贈り物を僕たちが考えている時点で奇妙な話だよね。

 むむむ、と疑問やなにが欲しいかなどを考えて、思いついたこと。


 本当は、昔から持っていた考え。

 みんなとも何度か相談した話。

 いずれは決断したかもしれない未来。

 引き金になったのは、不老の命を授けられたから、と今なら言えるのかも。


「それじゃあ、お言葉に甘えて。禁領に、僕たちの家を建てたいです。許可をください」


 僕たちは、これからの長い人生でどこへ向かうのか。それはまだ決めかねているけど。

 ひとつだけ決定していることがある。

 それは、禁領に住まいを持つこと。

 でも色々と制約の多い場所だから、自分たちの家を建てても良いものなのか、と前々から思っていたんだよね。


 アームアード王国の王都には、僕の実家がある。ヨルテニトス王国に行けばライラがいるから王宮での宿泊になるし、竜の森では苔の広場や耳長族の村のプリシアちゃんの実家に滞在できる。ミストラルの村では長屋が住まいのようなものだし、獣人族の村でも、竜峰の北部でも、滞在できる場所には苦労しない。

 だけど、自分たちの家を持っていない。

 これから先を過ごす、安住の地を持っていない。


 どこが良いのか。これまで色々と悩んでみんなに相談してきた。

 だいたいの結論には達していた。

 でも、竜神様たちとの邂逅かいこうで、ようやく明確な答えを決断することができた。


「僕たちは、禁領に住もうかと思っているんです。駄目でしょうか?」


 なにも、周りの社会と決別したいわけじゃない。本当は、いろんな人たちと交われる場所に住みたいと思っている。だけど、そう上手くはいかないよね。

 どこに住んでいたとしても、どこかとは疎遠になる可能性がある。

 ニーミアやレヴァリアに頼むことができて、空を自由に移動できる僕たち。でも、ほとんどの者たちは移動に強い制限があって、気軽にいろんな場所へは行けない。

 竜峰に住むと、他の種族は簡単に来られないだろうし、人族の文化圏に住んでいると、竜族や魔獣の往来で問題が起きる可能性があるし。


 そこで、発想の転換です。

 みんなに来てもらうんじゃなくて、僕たちが足を運べば良いんだよ。

 ニーミアやレヴァリアには頑張ってもらうことにはなるけど、これが一番、みんなと僕たちにとって平等な判断じゃないかな?


 僕のお願いに、女の子は一瞬も思案もなく頷いた。


「それが望みでございましたら。では、知り合いの者に言って、禁領に家を準備いたしましょう。もしも気に入られない場合には、何度でも建て直しをさせますので、気軽に仰ってくださいませ」

「建ててくれるんですか!?」


 許可を貰えれば、あとは自分たちで建てるんだろうなぁ、と漠然ばくぜんと思い描いていたんだけど。まさか、家まで建ててもらえるなんて。

 破格の贈り物に、僕とミストラルは見つめあって驚く。


「エルネア君、ミストさん。こちらにいらっしゃることはわかっているのですよ!」

「出て来なさいですわ! ずるいですわっ!」


 すると不意に、後方からルイセイネとライラの声が響いて来た。

 どうやら、スレイグスタ老に文句を言ってこちらに来たらしい。


 背後からやって来る二人の気配を探りつつ、視線を女の子の方へと向けた。

 すると、すでに真紅の女の子の姿はどこにもなかった。


「お礼を言い忘れちゃった」

「そうね」


 これも夢だったんじゃないかな、と思えるくらいの奇妙な出来事。


 だけど後日、僕たちはこの出来事が現実だったのだと知ることになる。

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