夢と現実
不老の命を受け入れることによって、これからどんな未来が待ち受けているのか。それは僕たち自身にもわからない。
ただ、言えることは。
与えられた機会を無駄にしちゃ駄目だということだよね。
ミシェイラちゃんや竜神様の正体が何者なのか、信用できる者なのか、なんて問題もあるんだけど。
少なくとも彼女たちは、僕たちを利用して悪巧みなんてものはしていない、ということくらいはわかる。だって、彼女たちの力は絶大で、誰かを利用する必要性なんてないのだから。彼女たちから見れば羽虫程度にもならない僕たちを、あえて利用しなきゃいけないような低次元の種類の人たちじゃない。
世界の
僕たちは全員で意思を確認しあい、新たな運命を受け入れた。
ミシェイラちゃんは満足そうに頷いている。夢見の巫女様とファルナ様も、僕たちの決断に微笑みを返す。
竜神様は空の全てを震わせるような咆哮で返事をした。
「僕たちの決断をもって、試練は終わりなのかな?」
いま思えば、禁領でミシェイラちゃんとナザリアさん一家が親しく接してきたり、突然襲ってきた理由、それは、家長である僕が突然の出来事に対してとっさの行動がとれるか、不意の理不尽さに抗うことのできる精神力があるのかを試したんじゃないかな。
夢見の巫女様が僕を夢のなかに引きずり込んだ理由。それは、なにもない空間で僕が世界との繋がりから自身やみんなの存在を確定できるかを確かめた。
ファルナ様は、力を見定めた。圧倒的な存在。絶対に勝てない相手を前にしたときに、僕たちがどう動くのか。潔く諦めるのか、必死に抗うのか。そして、それでも勝てない相手とどう向き合うのかを見たんだよね。
最後に竜神様は、僕たちが不老の命を受け入れるかどうか、という難しい問題を出した。本来であれば、受け入れる必要のないもの。拒否をしても問題はなく、受け入れた場合はこれまでにない課題が発生してしまう。それでも未来を望むのか、立ちはだかるであろう困難に向き合う覚悟があるのかを問うた。
正しく答えを出せたのか。間違いを選択したのではないか。それは僕たちにはわからない。ただ、ミシェイラちゃんたちが満足そうな表情を見せていることが結果なんだよね。
『空の散歩は終わりです。それでは、帰りましょうか』
竜神様は、空を覆い尽くすほど巨大な翼をゆっくりと羽ばたかせた。
一緒に空の散歩を満喫していた竜族たちが地上に帰っていく。いつの間にか、眼下の風景は真夜中でも明るく灯されて賑わいを見せる会場に切り替わっていた。
竜族たちがもとの場所に戻ると、いよいよ僕たちも帰路へ。
夢見の巫女様が、目を覚ますようにぱむっ、と両手を重ねて音を鳴らす。
音に意識を向けた瞬間、景色が一変していた。
気づくと、僕たちは霊樹の傍に立っていた。
ただし、まだ現実には戻ってきていないらしい。
足もとでは、可視化された竜脈の大河がゆったりと流れていた。頭上には、空を覆い尽くすほど巨大な竜神様の
竜神様の全身が輝く。紫色に発光し、空を覆う巨躯の輪郭がぼやけていく。紫の光は細かな粒子となって、地上に降り注いだ。
紫の
きらきらと輝く紫色の光の粒は地上に堆積していく。そして、七色に光る無数の泡が僕たちの近くに降ってくると、天から降る全てのものが集まって、ひとりの女性の姿へと変わっていった。
とても不思議な現象だよね。
あれだけ大きかった巨体なのに、全ての輝きが収束すると、女性ひとり分にしかならないなんて。
まあ、ここは夢のなかだからなんでもありなのかな?
竜神様が人の姿になって現れたことによって、夢の世界の住人が全て揃う。
僕たちは、身を正して試験者たちの様子を見つめていた。
ミシェイラちゃんたちの背後には、竜神様の上には来なかったナザリアさん一家や他の付き人さんの八人も集合している。
試練は終わったんだよね。
では、次はなにが待っているんだろう?
「それでは、あなた達にお渡ししましょう」
紫色の長い髪で地面に小川を作る竜神様が代表し、一歩前に出る。こちらも、僕が代表して一歩前に出る。すると「全員で」と促された。
なにを貰えるのかな?
不老の命を与える、とは言われたけれど。よく考えると、命ってやりとりできるような物じゃないよね。命や魂が触れることのできるような物質ではないということくらい、僕でも知っている。
では、どうやって不老の命を僕たちに与えるんだろう?
興味深く竜神様を見る。すると、竜神様はそっと両手を前に出してきた。
なにかを両手に持っているかのような仕草。
なんだろう、と覗き込んでみたけれど、なにもない。
「どうか、良き人生を」
長く続くだろう人生。竜神様は僕たちの未来を想ってくれている。
僕たちは、竜神様たちの期待に添えるように精一杯、これからも生きなきゃいけないんだね。
特別な使命なんてない。与えられた役目なんてない。でも、僕たちは不老の命を貰う。
では、無駄に人生を歩むのか。
違うよね。
僕たちには僕たちにしかできないことを見つけ出して、これからも世界と関わりを持っていかなきゃいけないんだ。
僕たちにしかできないこと。それは、ミシェイラちゃんたちにもわからない。だから、答えや助言はない。僕たち自身で見つけなきゃいけない。
きっと多くの問題に直面するだろうね。困難が立ちふさがるときもあるだろうね。辛いこと、悲しいことがあるかもしれない。
それでも僕たち家族は、ずっと一緒にいることを望む。だから、不老の命を受け入れる。
そして、楽しく幸せに暮らすんだ。
目視では確認できなかったけど。
最後にもう一度だけ心を整理して、竜神様の
小さいような、大きいような。重そうに思えるし、軽そうにも思える。熱く感じるような、冷たく感じるような。それは僕がどう思うかによって
みんなも、竜神様の掌のものを心で感じ取ったみたい。
僕、ミストラル、ルイセイネ、ライラ、ユフィーリアとニーナは手を伸ばし、「なにか」を受け取った。
プリシアちゃんは、僕たちと竜神様のやり取りを不思議そうに見つめていた。
どうやら、不老の命は僕と妻たちだけに与えられるものらしい。スレイグスタ老たちも見守るばかりで、竜神様には手を伸ばさなかった。
とくり、と胸の鼓動をこれまでになくはっきりと感じる。
でも、それだけだった。
とくに体の奥が熱くなるだとか、ひとつ上の次元に意識が昇るなんて高揚感は一切ない。
「本当に僕たちは不老になったのかな?」
「ど、どうかしら……?」
ミストラルやみんなと首を傾げながら見つめ合い、竜神様に視線を移す。
だけど、竜神様は優しく微笑んでいるだけだった。
まさか、ここにきて全ては
「狐ではなく、竜神様であるな」
「いやいや、おじいちゃんはなにを言っているのかな!?」
「言い忘れていたの。不老になると、不老になるの」
「ミシェイラちゃん、言っている意味がわかりませんよ!?」
「つまり、老けなくなる、ということですね」
「ファルナ様……?」
「ふふふ、でも貴方は不老の命を受け取る前から影響が出ていたみたいですね?」
「夢見の巫女様、どういうことですか……?」
「おそらく、内に宿した竜宝玉の影響ではないかしら?」
「竜神様、つまり……?」
「鈍い子だね。はっきりと言ってやるよ。今の見た目から成長しないってことさ」
「えええっっ! アシェルさん、嘘だと言って!」
そんな馬鹿な……
これ以上、大人になれないですと!?
いま思えば、一年の旅立ちを終えてからずっと、みんなに言われていたよね。見た目が変わらない、まだ幼いって……
まさか、僕は十四歳で成長が止まってしまったというんですか!
すらりとした身長に、立派な筋肉。
「そんな馬鹿なぁっ! というかミシェイラちゃん、そういうことは事前に言ってほしかったなっ! うわああぁぁぁぁっ!」
「な、なんだ! エルネアがいきなり発狂し出したぞ!?」
「気でも狂ったか?」
「しまった、酒を飲ませすぎたのか?」
「……えっ?」
魂の
すると、会場のみんながぎょっとしたように僕を見つめた。
……あれ?
いつの間にか、僕はもとの世界に戻ってきていた。
僕はミシェイラちゃんたちが寛ぐ区画で、夢見の巫女様の前に立っていて。
霊樹は舞台の背後に生えていて、その後ろにはスレイグスタ老やアシェルさん。ミストラルも古代種の竜族たちの傍にいる。ライラは今でも王様やフィレルに囲まれているし、ユフィーリアとニーナも貴族の人たちの輪のなかだ。
ルイセイネは舞台の上で神楽を……舞っておらず、立ち尽くしていた。
全員がもとの場所に居た。
でもルイセイネと同じように、一瞬だけ意識が飛んでいたかのように棒立ちになっている。
そして全員ではっと我に返り、お互いの顔を見あった。
「夢の世界から、お帰りなさい」
ふふふ、と夢見の巫女様が微笑んでいた。
「夢……?」
「短くて長い夢です。現実ではほんの一瞬。ですが、望めば夢の世界で永遠を過ごすこともできますよ?」
「まさか、僕が世界を認識できなかったら、永遠に
僕の質問に、夢見の巫女様は笑顔しか返してくれない。
こ、怖いですよ!
絶対にそうだ。問答無用で夢のなかに引きずり込んでおいて、僕が失敗したら取り返しのつかない状況だったんだ!
やはり、ミシェイラちゃんのお仲間です。油断ならないね。
というか、そうするとファルナ様や竜神様も油断すると大変なことになっていた?
「わたしは貴方の味方ですよ?」
「竜にまつわる子ですから、無下にはいたしませんよ」
「良かった、世界には良心は存在したんですね。竜剣舞の
「あたしは味方と認識されてないの。とても不満なの」
「わたしも味方にお入れ下さいね。そうすれば、家族の巫女にもきっと幸せがありますから」
「じゃあ、悪さをしないでくださいね」
どうやらほんの一瞬の間に、とても長い夢を見せられていたみたい。
でも、夢で起きたことは全て現実に繋がっている。なんの確信も実感もないけど、僕たちは不老になったんだよね。
そして、成長が止まってしまいました!
ど、どうしよう……
「ふふふ、大丈夫ですよ。成長の可能性はまだありますから。貴方たちはまだ子供です。多くのことを学び体験していけば、精神につられて肉体も成長しますよ」
「ほ、本当ですか!?」
信じよう。夢見の巫女様の優しい言葉を信じて、これからいっぱい色んなことを勉強したり体験して、僕は絶対に素敵な肉体を手に入れるんだ!
そう、絶対にだ!
「話の内容はよくわからねえが、精神が成長しなかったらお前はいつまでもお子様ってことを言われたんじゃねえのか?」
夜空に希望の輝きを見つけたと思ったら。
丁度こちらの区画の横を通りかかったスラットンが酷いことを言ってきた。
なんて奴なんだ!
「おい、スラットン。口を慎め。エルネアはちゃんと成長している」
「そうだそうだっ、リステアの言う通りだよ。僕は成長しているんだ。今だって、スラットンには想像もできないようなすっごい冒険をしてきたばかりなんだからね!」
「……いや、すまん。訂正しよう。やはりスラットンが正しい。お前はまだ妄想に浸るくらいお子様だ」
「うわぁんっ、リステアに裏切られた!」
僕たちにとっては長い夢の物語だったけど、会場で騒ぐ他のみんなからしてみれば、ほんの一瞬の出来事。その間に、僕は奇声をあげたり、冒険をしてきたと言う。
確かにリステアの言葉は
「はははっ、裏切ってはいないさ。ただ、俺はお前の親友だからな。お前が間違っていると思えば、
「うん……ありがとう」
言い訳したいことはいっぱいあるんだけど、ここはリステアの気持ちを素直に受け取っておきましょう。
僕がミシェイラちゃんたちと話し込んでいると思ったのか、リステアとスラットンは「じゃあ、またあとで」と手を振ってこちらの区画のそばから去ろうとする。そんなリステアの背中に向かって僕は声をかけた。
「ねえ、リステア。……僕たちはどんなことがあってもずっと親友でいられるかな?」
「どうした?」
唐突な僕の問いかけに、リステアは振り返って僕をじっと見る。
そして、笑って答えてくれた。
「そうだな、お前がもしも魔王になったとしても、俺たちは親友だ」
「けっ、お前が魔王になったら、大親友の俺が責任を持って首を取りに行ってやるよ」
「ま、魔王になんてならないよっ。……ただ、リステア、ありがとう。スラットンにはあとで呪いを届けてあげるよ」
「うへえっ、そりゃあご勘弁っ」
冗談かなにかのやりとりだと思ったのかな。リステアとスラットンは今度こそ手を振って、去って行った。
いつか、リステアともしっかりと話をしなきゃいけないときが来るかもしれない。僕は、親友だと言ってくれた二人に理解してもらえるような生き方をしよう。そう二人の背中に固く誓った。
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