無邪気な要求と永遠の愛
「あっ、お母さんだよ。大おばあちゃんもいるよ! リリィ、こっちだよ!」
プリシアちゃんは本当に楽しそう。
竜神様の鼻先から身を乗り出して眼下を眺め、一生懸命に手を振っている。油断すると落下しそうになるプリシアちゃんに、アシェルさんは困ったように苦笑しながら面倒を見ていた。
プリシアちゃんや僕たちの存在に気づいたリリィやレヴァリア、それにフィオリーナやリームが上昇してくる。
だけど不思議なことに、一定以上の距離からはこちらに近づけない。どれだけ翼を羽ばたかせても輪郭が大きくならないし、近づくことができなかった。
それともうひとつ不思議なのは、上空の竜神様に気づいているのは、千手の蜘蛛のテルルちゃんを除けば、竜族たちだけだった。しかも飛竜や翼竜といった空を飛べる竜族だけでなく、地上の竜たちまでもが空に上がって走ったり泳いだりしているというのに、人々はそれらに関心を向けない。
関心を向けない、というか気づいてさえいない。
竜族に近い竜人族の人たちでさえ、竜族の動向が目に入っていないかのように過ごしていた。
なんとも不思議な光景は、ゆっくりと流れる。
竜神様は巨大な翼を優雅に羽ばたかせると、竜峰とその西側の平地を飛ぶ。
竜族たちは楽しそうに追従し、プリシアちゃんとニーミアとアレスちゃんはきゃっきゃとお空の散歩を満喫していた。
「……それで、僕たちの次の試練はなんでしょう?」
忘れちゃいけません。
プリシアちゃんたちは遊びに来ているけど、僕たちは竜神様の出題する試練を受けるために空へと上がって来たんだよね。
『見せたいものがあるのです。さあ、貴方がたも存分に地上の風景を楽しんでくださいね』
「地上を見ることが僕たちの試練なのかな?」
みんなで顔を見合わせて、首を傾げる。だけど、竜神様やミシェイラちゃんたちはそれ以上の説明を与えてはくれないので、仕方なく僕たちはプリシアちゃんたちと同じように遥か下方に広がる大地を見下ろした。
「うわっ、ここはどこだろう!?」
いつの間にか、地上の風景は僕たちの知らない土地のものに移り変わっていた。
どこまでも続く大森林。
深く豊かな森が平原いっぱいに広がっていた。
見たこともない鳥が飛び回り、知らない動物たちが暮らしている。
なぜか、とても離れた距離にある地上なのに、意識すると細かな情景が見えてくる。
いったい、この大森林はどこの景色なんだろう。
ふと視線を
初めて目にする大森林。だけど、西に広がる険しい山脈の峰々は……
僕たちは、これまでにも何度となく空の散歩を楽しんできた。ニーミアの背中に乗ったり、レヴァリアの背中に乗ったり。ときにはアシェルさんやリリィの背中に乗せてもらうこともあった。
そして何度となく空から見下ろした地上や竜峰の風景は、よく覚えている。
そして、西に広がる山脈の景色。
それは、僕たちのよく知る、王都の西に広がる竜峰の山の形に似ていた。
みんなも僕と同じことに気づいたのか、不思議そうに地上を見下ろす。
竜神様は僕たちの疑問をよそに、空を進む。
すると、南に巨大な湖が見えてきた。どこまでも、それこそルイララと一緒に旅したときに見た海のように延々と続きそうな広がりを見せる湖。
やはり、あの大森林は……
いいや、竜の森でもあそこまでは大きくない。そして、竜の森の北部には王都や人族が切り拓いた平地、さらに北上すれば飛竜の狩り場へと至るはずだから、大森林なんて存在しないはずなんだけど。
竜神様は湖を大きく旋回すると、今度は竜峰へと進路を向けた。
夏でさえ、険しく高い山々の
でも、雲のずっと上を行く竜神様の鼻先から見下ろすと、小さな景色に感じちゃう。
僕たちはなぜ、風景を見せられているんだろう。そう疑問に思いつつも、じっと地上を見下ろす。
知っているはずなのに、なぜか初めて見るような竜峰の風景が流れていく。
飛竜が断崖から飛び立つ。どうやら、樹海の上を飛ぶ大鳥の魔獣に狙いを定めているらしい。
「あれ?」
そこで、新たな違和感に気づく。
飛竜の狩場に設けられた会場を発ったときには、まだ真夜中だったはずなのに。気づくと、夜は明けていた。
いつの間に、朝になっちゃったのかな?
それともうひとつ。
竜神様に追従し、空の散歩を満喫する竜族たち。たぶん、会場にいた竜族の全員が来ているはず。竜神様の人気は、それくらいに絶大だった。
それなのに……
魔獣を狙う飛竜、それだけでなく、樹海を進む地竜や他の竜族たちは、こちらを見ようともしない。それはまるで、会場にいた人々のように、竜神様や空を行く竜族に気づいていないかのよう。
「なんだか、変な気分ですわ」
「そうですね。地上とこちらでは別世界にいるような気分です」
「……もしかして、やっぱりここは夢のなか?」
夢見の巫女様を確認したけど、こちらを見て微笑むだけだった。
「不思議な風景の謎解きが試練かしら?」
「真実を突き止めることが試練かしら?」
「どうかしら? もう少し様子を見たほうがいい気がするわ」
「うん、そうだね」
「あのね、プリシアは楽しいよ?」
「にゃん!」
「たのしいたのしい」
ちょっぴり困惑する僕たちとは違い、幼女組は賑やかだね。
どこから持ち出したのか、というか犯人はアレスちゃんだろうけど、お菓子や飲み物を片手に鼻歌を唄いながら満喫している。
お菓子の欠片や飲み物の
「思考しておる時点で、気づかれておるな」
「はっ!」
スレイグスタ老の指摘に顔を引きつらせて、慌てて綺麗に掃除する。
だけど、幼女たちの盛り上がりは止まらない。どうやら寝起きという要因が重なったせいか、いつもよりプリシアちゃんが元気です。それにつられるようにニーミアとアレスちゃんが騒ぐものだから、僕らは眼下の風景だけに集中できずに、ちょっと
こんなことで、竜神様の謎の試練は乗り越えられるのでしょうか。
アシェルさんは必要以上にプリシアちゃんたちを拘束する気はないのか、落下しない程度に面倒を見てくれている。
僕たちは幼女たちに気を取られつつも、なぜ景色を見せられているのかと思案しながら眼下を眺めた。
風景は、竜峰からまた平地へと変わっていた。
そして、さらに不思議な光景を目の当たりにする。
先ほどまで、大森林が広がっていたはずなのに。
竜神様がまた竜峰の東にやって来ると、大森林の一部が平原へと変化していた。
しかも、それだけじゃない。
切り拓かれた平原で動く影。
意識すると、やはり鮮明に確認することができる。
周囲の木々と同じくらいの大きな身体。巨大な斧を振ると、一撃で太い樹木が両断される。枝をむしり、幹だけを利用する者たち。
初めて見た。
人族の数倍の背丈を持つという巨躯の種族が平地で生活を営んでいた。
どうして竜峰のほんの東側に巨人族が居るんだろう?
ヨルテニトス王国第四王子のフィレルの話によれば、ヨルテニトス王国のずっと東、それこそ向こうの大森林のさらに東に、巨人族が暮らしている土地があるらしいけど。でも、少なくとも竜峰が見えるくらいの平地には巨人族はひとりも存在しないはずだ。
そして巨人族も、上空の僕たちに気づくことなく、活動していた。
それからは、本当に理解を超えた体験だった。
竜神様は、竜峰と東の平地をゆっくりと旋回し続けた。
きっと同じ空路を辿っているはず。竜峰に連なる山々の形は確かに何度となく同じものを確認した。
だけど……
目にするたびに、変化する地上の景色。
あるときは、平地に大都市が築かれ人々が文明を
竜峰では、竜族同士が争う苛烈な景色を目にし、心が痛んだ。かと思えば、次に竜峰へと来ると、人と竜が共に手を取り合い仲良く暮らす様子を目にした。赤く染まる竜峰を見た。
僕たちはいったい、なにを見せられているんだろう。
空を回る竜神様。
その時々で風景を変化させる地上の様子。
なんとなくだけど、気づき始めていた。
これはやはり、夢見の巫女様が見せる夢のなかなんじゃないかな。ただし、なぜ引き込まれた僕たちだけじゃなく竜族を巻き込んでいるのかだけは謎なんだけど。
僕たちは夢見の巫女様の夢で、竜峰とその東側に広がる平地の歴史を見せられているんだと思う。
僕の想像した答えは、ミストラルの言葉で確定的なものになった。
赤く染まった竜峰とその空を見たとき、ぽつりとミストラルが言葉を漏らした。
「これは……。オルタが最初に反乱を起こしたときの竜峰だわ」
「知っている風景?」
「ええ、今でもよく覚えているわ。あの悲惨な争いで、竜峰は血に染まったもの」
「ミストラルさんが竜姫の称号を得たときの争いですね」
「そうよ。人も竜も、多くの犠牲が出たわ……」
次に竜神様が平地へと進路を向けたとき。
見知った人の都が竜峰の麓に存在していた。
「エルネア君が破壊した王都だわ」
「エルネア君が消し飛ばした王都だわ」
「いやいや、王都は僕のせいじゃないからね!?」
知っている街並み。見たことのある王城と、大神殿。だけど、それらはもう存在していない。
魔族が侵略してきたときの戦いで無くなっちゃったんだよね。
「私は思うのですが、これは過去の風景ですわ」
「うん、間違いないね」
僕たちは確信に頷きあう。
「ですが、なぜわたくしたちは過去の風景を見せられているのでしょうか」
「そう、それが疑問なんだけど……」
風景の意味はわかった。だけど、竜神様の
「んんっと、いっぱいいろんな風景を見たよ!」
「そうだね、不思議だよね」
プリシアちゃんは地上の風景に満足したのか、元気よく僕に抱きついてきた。アレスちゃんも飛んできたので、二人を抱きとめる。
プリシアちゃんは嬉しそうに、見てきた風景のことをいっぱい話し始める。
巨人族が大きかったとか、繁栄した文明の都市に遊びに行きたいだとか。
僕としては試練のことに集中したいんだけど、無邪気に喜ぶプリシアちゃんを
でも、プリシアちゃんがそれこそ無邪気に放った言葉が、僕たちの胸に深く鋭く突き刺さった。
「あのね。プリシアはずっとみんなで遊んでいたいの。いっぱいいろんなところに行って、いっぱい美味しいものを食べるの。ずっとずっとみんな一緒に、楽しくしていたいよ?」
「そうだね……」
なんでだろう。
普段なら、笑って返答できたプリシアちゃんの何気ない言葉のはずなのに。
僕は目を泳がせて、まともにプリシアちゃんを見ることができない。
ルイセイネとライラは手を口元に当て、悲痛な表情を隠している。
ユフィーリアとニーナは顔ごと視線を逸らし、瞳に涙を浮かべていた。
「プリシア……」
ミストラルは複雑な表情でプリシアちゃんの頭を撫でるけど、それ以上の言葉が出ない。
ミストラルはまだ良い。あと三百年近くはプリシアちゃんと一緒にいてあげられる。ニーミアも、きっとずっと一緒に居てくれるはずだ。
だけど、僕たちは……
人族の平均寿命は、約五十歳と言われている。健康であれば六十、七十と歳を重ねることができるかもしれないけど、百年は絶対に無理だ。
だけど、一千年生きるという耳長族のプリシアちゃんにとっての五十年なんて、あっという間だ。下手をすると、僕たちくらいの見た目の年齢にならないうちに、僕たちはこの世界からいなくなってしまうかもしれない。
耳長族は、見た目の年齢に精神の年齢も引きずられる。プリシアちゃんの実年齢は十歳だけど、まだ幼女と言って良いくらいの見た目だ。精神年齢も、それに比例する。
寿命のことなんてまだ理解できないプリシアちゃんの言葉が
ミストラルは、僕と結婚をするという決断をしてくれた時点で、寿命の違いという試練を乗り越えているからまだ良い。
とはいえ、それでもミストラルに引け目がないといったら嘘になる。
やっぱり、愛する人とは一緒に人生を歩み、一緒に年老いて
でも、なんの覚悟も知識もないプリシアちゃんは、当たり前のように僕たちとこれから先もずっと一緒に居たいと無邪気に言う。
何十年、何百年と。プリシアちゃんはそう言っている。
それでも、普段の僕たちならプリシアちゃんにもわかるように話したに違いない。心が締め付けられたとしても、苦しいくらい悲痛に感じることはなかったかもしれない。
いつもと違う原因は、竜神様と夢見の巫女様が見せた風景のせいだ。
大地の変化。人や竜の営み。いろんな種族の
そしてなによりも、長命であるプリシアちゃんは僕たちがいなくなったあとも世界で生き続け、多くの時代、たくさんの者たちと過ごしていくことになるんだ、と実感させられたからだ。
ううん、プリシアちゃんだけじゃない。
竜人族のミストラルも、僕たちがこの世界から去ったあとも生きていく。
ただ、これはすでに克服した課題だと思っていた。
ミストラルは僕たちと別れたあとに、新たな人生が待っている。
僕たちはきっと、死に際でミストラルの新しい
悲しいけど、それがこの世界の
揺るぎない覚悟。受け入れた未来。僕たちもミストラルも、とうの昔にそんな問題は乗り越えている。
だけど……
僕の腕のなかで陽気にはしゃぐプリシアちゃん。彼女は、未来を受け入れられるだろうか。
プリシアちゃんが僕たちくらいの見た目の年齢になったとき。ミストラルとニーミア、それにアレスちゃん以外の家族は、プリシアちゃんのそばにはいられなくなる。
大人であれば、それでも種族の違い、寿命の違いを理解して現実を受け入れるだろうね。
でも、どうだろう。
自分に置き換えてみて。
今、僕の両親が死んでしまったら。ルイセイネやライラ、ユフィーリアやニーナも、この年齢で大切な家族を失ったら……
悲しみに耐えられるだろうか。
これが現実だと素直に受け止めることができるだろうか。
僕であれば、きっとリステアやスラットンが支えてくれるだろうね。同じように、プリシアちゃんにはミストラルたちが残って支えてくれるだろう。
最初は悲しくても、いずれは乗り切れると思う。
そして、僕たちのいない世界をまた歩み出すだろう。
「嫌だな……」
ぽつり、と本音が漏れた。
僕は欲深い。
嫌な想いに至ってしまった。
世界は僕なんて存在していなくても回るし、歴史は重なっていく。
ミストラルは数十年後には第二の人生を歩み出し、何百年か経った頃になるとプリシアちゃんは僕たちのことを記憶の片隅に追いやっているかもしれない。
そう考えると、もやりとした感情が沸き起こってきた。
ミストラルのことはとっくに覚悟していた?
これが世界の理だから?
プリシアちゃんが悲しむことをわかっていて、それを癒す役目を他者に任せてしまう?
だって、仕方がない。人族はたかだか五十年ちょっとで寿命を迎えちゃうんだから。ミストラルやプリシアちゃん、ニーミアやアレスちゃんとは寿命が違うから。
『本当にそれで良いのですか』
僕の心を読んだ竜神様が、そう問いかけてきた。
「エルネアたちはお馬鹿なの」
「僕たちが馬鹿?」
ミシェイラちゃんがため息を吐いていた。
「だって、そうなの。いつも綺麗ごと。ああだから仕方がない、こうだから諦める。いい子ぶって、自分の世界だけで答えを出そうとするの。たかだか十六年かそこら程度を生きただけで、なんでも知っていてなんでも理解できて、なんでも受け入れられると思っているの。お馬鹿なの。何千年も生きてたあたしたちから見れば、エルネアも竜も、その腕に抱いている小さな女の子も、赤子同然なの」
「たしかにミシェイラちゃんたちから見れば僕たちはちっぽけな存在で赤子同然なのかもしれないけど……」
「しれないんじゃなくて、そうなの。赤子はわがままを言うものなの。なら、言うの! 綺麗ごとじゃなくて、泥臭くて欲望に満ちていてもいいから、本音を言うの!」
「ミシェイラの言葉は汚いですが……。なんでもわかった気でいたり、全ての理を無理に納得する必要はないのですよ」
「小さな子供のわがままを聞くのが母親の務めですからね。わたしたちはそのために
『貴方たちは十分に世界と関わってきた、と認めましょう。ですから、願いなさい。たまにはわがままを言いなさい』
ミシェイラちゃんに続き、夢見の巫女様が口を開く。そしてファルナ様が慈愛に満ちた微笑みで付け足す。最後に、竜神様が問いかけた。
僕のわがまま。
僕たちのわがまま……
母親のような、どんなことでも受け入れてくれるような
みんなと、いつまでも一緒にいたい。
これから先も、ずっとずっと家族でいたい。離れ離れになるなんて嫌だ。寿命程度の問題で永遠の別れが来るなんて、納得できない!
ぎゅっ、と腕のなかのプリシアちゃんとアレスちゃんを強く抱きしめる。
プリシアちゃんは「どうしたの?」と小首を傾げながら僕を見上げていた。
「いつまでも、僕は家族のみんなと一緒に楽しく暮らしたいです……」
質素でもいい。地位も名誉も、お金もいらない。
ただひとつ。
欲望のままに願うなら。
僕は愛する者たち、心を寄せ合うことのできる者たちと、末長く苦楽を共にしたい。
たった五十年じゃ短すぎる。
ミストラルたちと一緒に歳をとりたいんだ。
プリシアちゃんやニーミアの成長を見たいんだ!
僕の願望に、ミシェイラちゃんたちは気を悪くすることもなく、むしろようやく欲望を吐き出したか、と笑っていた。
『では、与えましょう。
「ええええっ!!」
いや、願っておきながらなんですけど。
そんなに簡単に不老になっちゃうの!?
僕だけじゃなく、みんなも
「ファルナが言ったの。子供のわがままを聞き届けるのが母親の役目なの。わたしたちの役目なの」
「みなさんは、僕たちのお母さん?」
「正確には、違いますけどね」
ふふふ、と笑う夢見の巫女様。
どういうことだろう。母親のように僕たちのわがままや願いを聞き届けてくれる存在。でも、母親ではない。
もちろん、現実の母さんという意味じゃない。
僕たちが意味するところの母親的な存在とは、つまり創造の女神様のことだ。
もしかして、ミシェイラちゃんたちは女神様の使いかなにかだろうか。でも、願いを叶えると言ったのは竜神様だし、そもそも女神様を信仰するのは人族だけだよ?
混乱する頭。
「混乱している暇はないの。竜神の話を受け入れるかどうか決断するの」
「……もしかして、それが試練の内容だったのかな?」
竜神様は、最初から僕たちの心を
スレイグスタ老にずっと言われてきた。僕たちは世界の中心ではない、と。言葉で言われ、なおかつ計り知れない存在と触れ合ってきた僕たちは、スレイグスタ老が言うならそうに違いない、と理解してきた。
理解してきたつもりだった。
だけど、竜神様は世界の歴史を見せて、僕たちが本当にちっぽけな存在で、
そして、
竜神様は最初からわかっていたんだね。プリシアちゃんを連れて来ればこういう結果に繋がると。
竜神様が課した試練の内容がようやくわかった。
僕たちが不老を受け入れるかどうか。それを試しているんだ。
「どうして、僕たちを不老にしてくれるんですか?」
「世界と関わったから、と言ったの」
「よくわかりません」
「それは自分たちで答えを見つけるの。ただし、安易に答えを出すのはお勧めしないの」
「はい、そのへんは理解しています」
僕たちの願望を叶えてくれるという竜神様。
だけど、本当に受け入れてもいい話なのだろうか。
多くの物語やおとぎ話にもある。
不老不死を求める王様や冒険者の話だ。
ただし、不老不死を求めた物語の最後は、いつも悲劇で終わる。
答えは簡単だよね。それは、不老不死なんて存在しないから。
だけどいま僕たちの前には、嘘か真か「不老」が存在していた。
はたして、素直に受け入れるべきなのか。
不老になれば、たしかにミストラルやみんなと永遠の愛を交わすことができる。プリシアちゃんやニーミアの成長を見届けることもできる。
だけど……
身近なものから少し視界を広げてみると、問題は山積みになる。
いつまでも寿命を迎えない僕たちを見て、他の者たちはどう思うだろう。
竜人族の人たちは、僕を八大竜王と讃えてくれる。でも、たまに思うんだ。竜人族の全員が全員、素直に賞賛してくれているわけじゃない。どうせ寿命が五十年程度の人族だ、すぐに消える存在だから
それだけじゃない。
親友であるリステアやスラットンはどう思うのかな?
今は肩を並べて語り合うことのできる大切な親友だけど、僕たちだけに寿命がないと知ったらどうなるだろう。
リステアも、歴代稀に見る勇者として褒め称えられている。それなのに、自分には寿命があって、僕たちにはないと知ったとき。これまで通りの関係でいられるだろうか。
母さんや父さんはどう思うかな。
それだけじゃない。面識のある人々、僕のことを知っている人たち。
はたして、みんなは不老になった僕たちにどういう感情を持つだろう。
みんなの表情を見る。
全員が複雑な顔をしていた。
「不老になれば、もう普通の生活には戻れません。周りからは
夢見の巫女様が問う。
不老を得ることは、僕たちだけじゃなく周りにも大きな影響を与えてしまうんだよね。
それと、もうひとつ気になることがある。
「僕たちに不老の命を与えて、貴女たちにはどんな得があるのでしょうか。僕たちのわがままを聞くために在る、とは言いますが、こちらだけが一方的に得をするような話はなんか裏がありそうで怖いです」
よく聞く話で、魔族と契約を交わしたら代償として魂を奪われる、なんてものがあるよね。
では、僕たちに不老を与えた見返りとして、ミシェイラちゃんたちはなにを得るのかな?
不老に見合う対価なんて、僕には想像もつかないよ。
すると、僕の疑問にミシェイラちゃんが意地悪そうな笑みを浮かべた。
「それは、エルネアたちが見つけるの」
「えっ、どういういみですか!?」
「エルネアたちが不老になったら、世界とどう関わるのか。それをあたしたちに見せるの」
「もしも見せられなかったら?」
「それはそれで良いの。世界と関わった、まずはそれだけで資格があるの」
「……ううーん、なんだか難しい話ですね」
「難しくないの。見返りはエルネアたちが自分で探す。見つけられなくても気にしないの。あたしたちはわがままを聞き届ける存在であって、なにかを要求する立場にはないの」
お代は気にせず、まずは不老を受け入れるかどうか、という問題だけなのかな?
美味しい話には裏がある、とは言うけれど。
はたして、この取引はそもそも美味しい話なのだろうか。
やはり、得をする部分と背負う代償が両方とも大きすぎる。
みんなとずっと一緒にいたい。
だけど、周りとの関係に亀裂が生じる可能性がある。
気づくと、プリシアちゃんは腕のなかで僕をじっと見つめていた。
なにを悩んでいるの? と瞳が無邪気に語っている。
みんなも、僕を見つめていた。
難しい問題だ。僕がどう思っているのかを聞きたいに違いない。
うん。と答えを導き出し、僕は決断する。そして、みんなに納得してもらうために、言葉を
「あのね……。僕は不老の命を受け入れようかと思うんだ」
「でもそうすると、普通の生活には戻れないわよ?」
「その考えに至った、エルネア君の考えをお聞かせください」
「僕はみんなと一緒に、ずっとずっとずーっと暮らしたいんだよ! 僕がおじいちゃんになっても、みんながおばあちゃんになっても、ニーミアがアシェルさんみたいに
「でも、不老を妬む者が現れるわ」
「でも、不老を憎む者が現れるわ」
「身近で親しかった人にも裏切られる可能性がありますわ」
「うん、でもそれがなんだっていうんだろう?」
僕の暴言に、みんなは目を点にする。
僕は、みんなの反応を見て苦笑しながら補足を付け加えた。
「ええっとね、違うんだ。みんなの考えは間違っているんだよ」
「なにが間違いなのかしら?」
「たしかに不老になることの利点の裏には、ユフィとニーナとライラが言ったような負の部分があるよね。でも、それは可能性であって、必ずではないんだ。それよりもむしろ、みんなとずっと一緒に居られるという絶対に手に入る未来が僕は欲しいんだよ!」
「可能性と言いますが、明らかに存在する不利益ですよ?」
「うん、たしかに現実になったら悲しい未来になるね。でも、そもそもそこが違うんだよ、ルイセイネ。悪い可能性があるから諦めるんじゃない。可能性は潰せるんだ。僕たちがしなきゃいけないことは、悪いことばかりに目を向けて素晴らしい未来を閉ざすことじゃない。悪いことがあるかもしれないなら、ひとつひとつ潰していく努力が必要なんだよ」
僕たちが不老になったと知ったら、嫉妬したり逆恨みしてくる者が現れるかもしれない。リステアや他の人たちだって、
でも、それは可能性のひとつであって、確実な未来ではないんだよね。
ならば、最悪の未来を避ける努力をしよう。
「ユーリィおばあちゃんやジャバラヤン様は、種族の寿命を超えた人生をみんなに受け入れられているよね。僕たちも受け入れてもらえるように努力すべきであって、最初から背を向けるのは違うんだよ」
どうかな、みんなはそれでも納得できないかな?
説明は不足していないか、間違った方向に向いていないか。不安にかられつつ、みんなの様子を見た。
女性陣は僕の話を聞き、見つめ合う。
「……こんなことになるのなら、竜人族の試練なんて意味がなかったわね」
「ミストさん、違いますよ。あの試練を乗り越えられたからこそ、エルネア君と結婚できたのです」
「結婚してなかったら、こんなことにはなっていませんわ」
「私たちは
「私たちはエルネア君と共にあるわ」
「みんな、それじゃあ……!」
結論は出たみたい。
「ふむ。それでは今一度、汝らは永遠の愛を誓うのだな」
スレイグスタ老が満足そうに見下ろしていた。
僕たちは全員で手を取り合い、笑顔で愛を誓い合った。
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