いざ、神族の帝国へ

 結局、僕たちは無慈悲にルルドドおじさんを置いて出発した。


「だってさ。ニーミアが搭乗拒否したってことは、レヴァリアも乗せてくれないでしょ? それに、僕たちは竜の森に寄ってから南へ向かう予定だったからね」


 そう言い訳をしたのは、竜峰の南部に入った後だった。

 僕たちは、ミストラルのお母さんも混ぜて、みんなでスレイグスタ老に会いに行った。

 ミストラルたちとコーネリアさんはスレイグスタ老のお世話をして、僕は森の最奥の霊樹の根もとへ。そこで、霊樹の精霊王さまに冒険に出ることを伝えて、数日分まとめて精霊たちと遊んだり、竜剣舞を奉納してきた。

 そして、スレイグスタ老やミストラルのお母さんや竜の森のみんなに見送られながら出発し、竜峰の空でレヴァリアと合流して、南へ向かったわけだ。


 ちなみに、置いて行かれたルルドドおじさんは、悔しそうに「儂も自力で追いかけてやるからなーっ」と叫んでいました。

 本当に、僕たちに追いつけるのかな?

 ただでさえ遠い場所なのに、道中は竜峰を縦断するという竜人族も真っ青な行程が待っているんだよ?


 なにはともあれ、僕たちはいよいよ、神族の国へ入ることになる。

 いったい、どんな国なのかな?

 魔族の国のように、主要な街道沿いには立派な街並みが続き、神族や天族がひっきりなしに往来しているのかな?

 もしかしたら、天族が空を忙しなく飛び交っていて、これまでに見たことのないような不思議な景色が広がっているのかもしれないね!


 と、思った時期もありました。

 だけど、そうした僕たちの空想は、竜峰を下る前に崩れ去る。


「ほら、ここから見えるだろう。あの小さな村が、あんたらが言う神族の村だ。この道を下っていけば、半日で着くさ」


 ニーミアとレヴァリアに乗って神族の村に乗りつけるわけにはいかないし、そもそもアレクスさんたちが戻って来ているかも不明だった。なので、最寄りの竜人族の村に入り、そこで雇った案内人の男性が、切り立ったがけの上から山の麓を指さす。

 僕たちは、恐る恐る崖のはしに立ち、眼下を覗き込む。


 ずっとずっと、遥か下方。

 切り立った断崖の下に広がる深い森の先に、小さな村が見えた。

 田畑がわずかに広がり、質素な家屋がぽつぽつと点在する。

 田舎も田舎。人族の村よりも小さな村が、森の隙間にひっそりと在った。


「そういえば、アレクスさんは辺境に住んでいるって言っていたよね」

「あそこの村は、神族と天族が合わせて二十人くらい住んでいるだけの、小さな村だよ。そういや、奴隷もいなかったな」


 案内をしてくれた竜人族の男性が教えてくれる。

 田畑は小さく実りは少ないけど、周囲の森には動物たちが多く生息していて、狩猟しゅりょうを主に生活しているらしい。そして、竜人族とは獲った獲物や民芸品を物々交換しながら、交流しているそうだ。

 そして、普段は竜人族が竜峰を下って交易をするけど、時にはアレクスさん自身が山に登ってくることもある、と話す男性。


「だから、アレクスさんは竜峰を歩き慣れていたんだね」


 そんなアレクスさんと家族のみんなは、少し前に村へ戻ってきたようだ。

 もちろんアレクスさんたちが竜峰を縦断する際にも竜人族の案内人が着いていたらしいけど、神族の健脚けんきゃくぶりには感心していた。


「とはいえ、竜峰同盟の盟主であるあんたが、竜族に声をかけてくれていたおかげだけどな。そうでなけりゃあ、帰ってくるまでに半年はかかっている」


 妖魔の王の討伐に参加してくれたお礼も兼ねて、アレクスさんたちの帰路が無事であるように配慮はしておいた。それが、こんな形で役に立つなんてね。


 そういえば、ずっと以前に、竜人族の人たちが竜峰を旅する時にも竜族が襲ってこないようにしようと気を回したことがあった。だけど、竜族ではなくて、竜人族から断られちゃったんだよね。

 竜峰は危険な土地だ。でも、そこで己を磨きながら生活するからこそ、竜人族は強くあり続けられている。子供や未熟な者は、容易には村から出ることすらできない。戦士ですら狩りに出ることさえも命懸けで、隣の村に行くことも難しい。だからこそ竜峰を旅する者はうやまわれ、各地を取り纏める竜王は尊敬される。

 竜族に見つかって襲われる竜人族は、未熟者。だから、僕の配慮は無用だと、竜人族の人たちに声を揃えて断られちゃった。


 なので、アレクスさんたちが短期間で竜峰を縦断できたことと、竜人族の人たちが竜峰を旅するときの難易度は全く違う。

 それでも、険しい地形や竜族以外の魔物や妖魔の襲撃はあったはずで、その障害をものともせずに踏破とうはしたのは凄いよね。

 僕も、いつか竜峰縦断という偉業を成し遂げよう。


「くっくっくっ。竜人族でも、北の竜の墓所には容易に入れないからね。北から南まで完全縦断できたら、きっと名を残せるぞ?」

「心の声が漏れているにゃん?」

「はっ!」

「麓を見下ろしながら、何をにやにやしているのかと思ったら。貴方はいつも楽しいわね?」

「ミストラル、いま決めたよ。いつか、みんなで竜峰を縦断して、伝説を作ろうね?」

「ふふふ。良い考えね。確かに、徒歩で竜峰を縦断したら、誰もが賞賛してくれるはずだわ」


 過去にも、僕のような野望を抱いた竜人族の旅人は多くいたらしい。だけど、殆どの者が達成できなかったという。

 そして、北の海から南の端まで踏破した者は、たしかに伝説として名前を残していると、教えてくれた。


「あんたたちなら、問題ないだろうさ。縦断する旅の途中で、また俺の村に寄ってくれよ?」

「もちろんですよ。ここまでの案内をありがとうございました」


 僕たちは、みんなで案内人の男性にお礼を言う。

 いよいよ、ここからは徒歩で竜峰を下って、神族の国へ入ることになる。


「レヴァリアたちは、この辺で待機していてね?」

『ちっ。なんで我が』

「と言いつつ、リームとフィオリーナを連れてきて、子守りをする気満々なレヴァちゃん」

『ようし、食ってやる。そこに立っていろ』

「きゃーっ」

『うわんっ、行ってらっしゃいっ。お土産よろしくねっ』

『いってらっしゃーい』


 僕を食べるなんて言いながら、僕たちが坂道を進み出すとすぐに子竜たちを連れてどこかへ飛んでいったレヴァリア。

 案内人の男性が、レヴァリアの気配が遠ざかったことでようやくほっと胸を撫で下ろしている様子に「やっぱり怖かったんだ!?」なんて話しながら、僕たちは急な坂道を下っていった。






 竜峰はどこまでも竜峰である。なんて竜人族の格言かくげんが有るかどうかはわからない。だけど、南北に長く連なる壮大な山脈を総じて「竜峰」という一括ひとくくりにまとめるだけあって、やはりどこを旅しても山々は険しく、自然は厳しい。


 さっき、崖の上から見下ろした時にはあと少しで神族の村だ、なんて気楽に考えていたけど。

 でも、考えるべきだったよね。

 案内人を務めた竜人族の男性が「あと半日」と言った意味をさ。


 急な坂を下ったと思ったら、やぶのようにしげった細い道をくねくねと歩かされた。次に、なぜか登り道が現れ、底なし沼を迂回うかいするように山奥へと逆戻りしながら進む。

 本当に、この道であっているのか。もしも案内してくれた男性がいなかったら、僕たちは絶対に不安を抱いて迷っていたはずだ。


「はあ。こうも魔物や魔獣が多いと、疲れるわね」


 しかも、竜峰の北部側とは違って僕たちを認識する魔獣が少なく、油断していると繁みから急に襲いかかってくる。

 その度に、ミストラルが漆黒の片手棍を振るい、僕たちも術で応戦する。

 険しい山道を進みながら魔物や魔獣を相手にするのは、身も心も疲弊ひへいしてしまう。


 僕たちは何度となく休憩を挟みながら、それでも竜峰を着実に下っていく。

 すると、ようやく坂道がなだらかになり始め、魔物や魔獣の出没頻度が減った。


「もうそろそろ、アレクスさんの村に到着する頃かな?」


 深い森の木々の枝葉が頭上に広がっている。その隙間から見える空は、夕方を示す色に変わりつつあった。


 早く到着しないと、野宿になる可能性があるね。

 なにせ、陽が沈んでから他所様よそさまの村を予告なく訪問したら、大騒ぎになっちゃうからね。だから、できれば太陽が竜峰に隠れる前に、アレクスさんの村へ到着したい。


 僕たちは歩く速度を早めて、先を急ぐ。

 坂道が終わり、平地に入り、更に歩速は増す。

 それでも、地面は荒れていて、あまり利用されていない様子の森林道は深い森をうようにどこまでも続く。


「困ったね。思いのほか、村まで遠いみたいだよ?」

「にゃんが空から様子を見てくるにゃん?」


 どうにも先がわからない行程に、もっと先を急ぐか、諦めて野宿にするか悩み始めた頃。ニーミアの提案で空から調べてもらおうと、空を見上げた時だった。


「あっ!」


 枝葉の隙間から、何かが飛んでいる姿が見えた。

 一瞬、鳥かと思い、それにしては影が大きいと警戒する。そして、それが翼を広げて優雅に飛ぶ天族だとわかり、ほっと息を漏らす。


 だけど、油断は禁物だ。

 神族と天族は、人族を奴隷として扱う。

 もしも、あの天族が僕たちの知るルーヴェントじゃなかったら、絶対に警戒されてしまう。

 場合によっては、争いになる可能性だってあるんだ。


「とはいえ、隠れるのもどうかと思うしなぁ。こそこそしていると、もしも見つかったときに、逆に怪しまれちゃうだろうからね」


 地上から空を飛ぶ天族が見えているように、空から地上を歩く僕たちが見えているとは限らないよね。なにせ、こちらは道を辿って歩いているとはいえ、頭上を木々の枝葉に覆われているんだ。

 枝葉の僅かな隙間から地上にいる者を認識するのは、意外と難しいんだよね。

 空では止まらずに飛んでいるし、広い視界を保つために、逆に細かい部分を見落としてしまう。

 僕もレヴァリアたちと何度となく空から狩りをしたことがあるけど、あれは難しかった。


 だけど、そこは天族だ。

 危惧きぐしていたように僕たちを素早く見つけ出し、高度を落としてきた。

 ゆっくりと。警戒しながら。


 僕たちも、見つかったと素直に状況を認識し、空から降りてくる天族を見上げた。


「……知らない天族だね?」

「ルーヴェントだったら、話は早かったのだけどね」


 言って、ミストラルが僕たちを保護するように前へ出る。

 空から降下してくる天族も、人族の集団の中にひとりだけ竜人族がいると気付き、ミストラルへ向かって降りてきた。


「貴様ら、何者だ!」


 そして、木々の天辺てっぺんよりも少し高い位置で止まり、声を張り上げてこちらを威嚇いかくしてきた。

 手には、既に弓矢が構えられている。何かあれば、すぐにでも攻撃できる態勢だ。

 僕たちは、警戒する天族の男性を刺激しないように両手を広げて敵意がないことを示しつつ、ミストラルに対応を任せた。


「わたしたちは、神族のアレクスの知り合いよ。この道の先に、アレクスの村があると聞いて来たのだけれど?」

「……アレクス様の?」


 空から、いぶかしそうに僕たちを見渡す天族の男性。


「友人のエルネアと、その家族が訪ねてきた。と彼に伝えてもらえればわかるはずよ」


 アレクスさんのことを敬称を付けて呼んだということは、きっとこの天族の男性も村の住民で、アレクスさんのことを知っている人だよね。

 それなら「アレクスさんの知り合い」という部分を強調して主張すれば、天族の男性も理解してくれるはずだ。

 ミストラルもそう判断したのか、アレクスさんとの繋がりを伝える。


「アレクスとは、竜峰や人族の国で仲を持ったわ。彼は弟と妹も連れていたわね。天族のルーヴェントが従者だったかしら。彼が来てくれれば、わたしたちのことを証明してくれるはずよ」

「アレクス様は、つい先日に戻ってこられた。あの方々がようやく竜峰を下りられた直後に、竜人族だけならいざ知らず、人族の集団が竜峰から来るだと?」


 神族と人族がほぼ同じ速さで竜峰を旅してきた、という部分が気に入らないんだろうね。

 僕たちはアレクスさんを追いかけた訳じゃなくて、近くまでニーミアに乗ってきたわけだから、色々と誤解があるんだけど。まあ、その辺りをいま説明できるとは思えない。

 ともかく、アレクスさんたちを頼って竜峰から下りてきたことをミストラルが伝えると、半信半疑ながら天族の男性は頷いてくれた。


「全員、そこで待っていろ。村に戻って確認をとってくる。だが、良いか。これ以上、少しでも村に近づくようなら容赦はしないぞ」


 と言って、飛び去っていく天族の男性。


「どうやら、村の近くまで来ていたみたいだね」

「もしかしたら、道中で魔物や魔獣と戦っていたから、もっと前から警戒されていたのかもしれないわね」

「それで、これ以上は知らない者を近づけさせない、と偵察に来たんだね」


 実力はともかくとして、地の利は圧倒的にこの地に住む者にあるわけだから、僕たちが気づかないうちに見つかっていても不思議ではないね。

 僕たちは、天族の男性の警告に従って、待機することを決めた。


「んんっと、喉がかわいたよ?」


 マドリーヌ様に抱っこされたプリシアちゃんに竹製の水筒すいとうから注いだお水を渡して、険しい下山もこれで終わりだと、全員で苦労をねぎらう。


「日暮れ前までには、アレクスさんの村に入れるかな?」

「ふかふかの寝台で寝たいわ」

「ふわふわの寝具で寝たいわ」

「ユフィ、ニーナ。さすがにそれは難しいんじゃないかな?」


 なにせ、崖の上から見た限りでは、小さな村だった。

 宿屋さえないかもしれない。そこに突然押しかけて、満足のいく寝床にありつけるかと聞かれれば、難しいかもしれないよね。

 でも、せめて温かいご飯とゆっくり寛げるお部屋は欲しいなぁ。と話していると、曲がりくねった森林道の先から、複数の人の気配が近づいてきた。


 どうやら、天族の男性が誰かを呼んできてくれたようだ。

 アレクスさんか、弟のアルフさんかな?

 それとも、ルーヴェントかな?

 ルーヴェントなら、意気揚々いきようようと空を飛んできそうだけどね。

 なんて、みんなで笑顔を向け合っていたはずなのに、一瞬で僕たちは緊張に包まれた。


「貴様ら、武器を捨て、大人しくこちらに従え!」


 森林道の先から現れた男たちは槍や剣を構え、殺気を放って僕たちを包囲した。

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