偽装工作
僕たちは魔王城を
ニーミアは僕たちを乗せて、魔族の国の空を優雅に横断する。
だいたいさ。神族の国へ偵察に行け、とは言われたけど、厳密に期限は言われなかったからね。それなら、十分に準備を整えてから行ったって問題はないはずだ。
神族の国の動きは気になるところたけど、それは焦っても仕方のないことだし、そもそもこれは、魔族の問題だからね。
それに僕たちは、魔族が得する情報というよりも、自分たちや人族や竜峰に危害が及ばないかという情報を
「でも、やっぱり神族の国へ入るとなると、気をつけておかなきゃいけないよね?」
神族の国は、魔族の国と同じように、他種族を見下して奴隷にしている。そんな土地を無警戒に出歩いていたら、絶対に奴隷狩りに遭うよね?
「アレクス様にご協力いただいてはいかがでしょうか?」
「ライラ、そうなるとアレクスさんを巻き込んじゃうよ?」
ウェンダーさんは気にしていなかったけど、アレクスさんだって神族だから、自分の国を
とはいえ、入国の足掛かりとして訪問させてもらう予定ではあるから、その時点で迷惑をかけるかもしれないね。
「それでは、こういう案はいかがでしょう」
すると、ルイセイネが妙案を出してきた。
「わたくしは流れ星ですし、旅をすることに
「ルイセイネ、それって家族じゃ駄目なの?」
僕たちは、正真正銘の家族だ。なのに、家族という関係を隠して、あえて「仲間」や「護衛」とする理由がわからないよ?
それに、人族なら聖職者に手をあげる者はいないけど、神族はわからない。
信者を怒らせて暴動になったら大変だということで、魔族の国や神族の国でも聖職者は
僕の質問に、だけどルイセイネは
「まず、家族と公言しない理由ですが。わたくしだけでなく、他の方々までエルネア君の妻だと言ってしまうと、女神様の試練について言及される可能性があります。もちろん、わたくしたちは正式に試練を克服して婚姻しましたが、それを旅先でいちいち証明したりするのは面倒ですし、なにより目立ってしまいます」
「そうか、目立たないことが大切だもんね」
「はい。目立って、注目を集めてしまっては、偵察どころではなくなりますから」
マドリーヌ様も巫女で、二人の巫女の護衛として多くの仲間や護衛が加わっている、という
「それでも、エルネア君が懸念するように奴隷狩りに遭遇したり面倒事に巻き込まれる可能性もあります。ですから、竜人族のミストさんは、あえて護衛者として大っぴらに振る舞ってほしいのです」
「さすがの神族も、竜人族の戦士を相手に戦いを挑もうとは思わないはずだからね」
魔族や神族よりも強い種族こそが、竜人族だ。だから、魔族は竜峰を越えられないし、神族も手が出せない。そのうえで、種族を見抜く眼を持っていることを逆に利用して、ミストラルが護衛だと見せつける作戦だね。
ちょうど、ミストラルだけ強力な武器を持っているし、名案だと思う。
「わたしは問題ないわ。では、旅立ちの日の時のように、わたしはルイセイネに雇われた護衛として振る舞わせてもらうわね」
そういえば、僕たちが十五歳の立春で旅立つ時。ミストラルはルイセイネの護衛として、王都の大神殿まで迎えに来てくれたよね。
「んんっと、プリシアも護衛が良いよ?」
「そうだ! プリシアちゃんは、迷子の子にしよう。そして、僕たちはプリシアちゃんのご両親を探しているってことにすれば良いんじゃないかな?」
そうすれば、各地をあてもなく旅しても、それほど怪しまれないはずだ。しかも、聞き込みをしたり調べ物をしたりして怪しまれてしまっても、言い訳が立つ。
ご希望通りの護衛役にはなれなかったけど、僕たちの中で重要な役目になったことで、プリシアちゃんは満足してくれた。
「にゃんは、普通の子竜のふりをしておくにゃん」
「そうだね。普段は小さいままで、ミストラルに飼われている竜のふりをしてもらおうかな」
「んんっと、プリシアはニーミアと仲良くしてても良いの?」
「もちろんだよ。ニーミアがいるから、プリシアちゃんはお母さんと
そういう設定です。
まあ、本当にいつもお母さんと離れて、僕たちと
最初は嫌々ながらに依頼を受けたけど。こうして、いつもとは違う偽りの設定を考えて旅をするのは、意外と楽しいかもね。
あとは、みんなが自分の役割をどこまで演じきれるかだ。
ちなみに、話し合いの結果、ライラは僕のお姉ちゃん。ユフィーリアとニーナは、セフィーナさんのお姉さんに決まった。
「エルネア君、何も変わっていないわ」
「エルネア君、何も偽っていないわ」
「なんで、いつも通り私が二人の妹なのよ」
という苦情が出たけど、仕方がないよね。
だって、三姉妹は似ているからさ。
そして、僕たちがやんやと騒ぎながら設定を練っていと、あっという間に禁領に到着する。
お屋敷の中庭に着地すると、プリシアちゃんのお母さんが出迎えてくれた。
「んんっと、プリシアはお母さんを探す旅に出るんだよ?」
「プリシア、貴女はいったい何を言っているの?」
「ただいま。ええっとですね……」
プリシアちゃんの発言に笑いながら、僕たちは今後の予定を話す。
プリシアちゃんのお母さんも、笑いながら聞いてくれた。
ただし、厳しいお母さんとして、釘を刺すことは忘れない。
「エルネアたちと一緒なら、出かけることを止めたりしはないわ。竜の森でちゃんと勉強もしていたようですしね。ですが、危険への対応は万全でなくてはいけませんよ。武器を手放したあなた達にもしもの危険が迫ったときに、せめて逃げられる手立ては準備しておくべきです」
と言って、プリシアちゃんのお母さんが呼んだ者たちに、僕たちは苦笑した。
「精霊たちの世話も大切だが、其方らの身の安全も大切だ」
「だから、仕方なく護衛してあげるんだからねっ」
「ユンユンとリンリンが仲間に加わりたそうな目でこちらを見ている」
「仕方なくって言ってるじゃないのっ」
ぷんすか、と頬を膨らませるリンリンと、やれやれ、と苦笑するユンユン。
なにはともあれ、頼もしい護衛役の追加だね。
しかも、二人とも普段は精霊のように姿を消せるので、見た目がこれ以上の大所帯にはならない。そして、そもそも二人は賢者だけど、プリシアちゃんの使役を受ければ最高の力を発揮できる。
「ただし、我とリンが手助けするのは、逃げる手助けをする場合だ」
「こっちの力をあてにして戦っちゃ駄目なんだからね? わかった、エルネア?」
「僕だけが注意されちゃった!」
「あんたが一番の問題児なのよっ」
うんうん、とみんなに頷かれて、僕はがっくりと肩を落とす。
「おおう、なんだ、この騒ぎは!?」
すると、そこへ遅れて現れたのは、毛むくじゃらのおじさんだった。
「おじさん、ただいま! どこに行っていたの?」
「小僧か。ようやく帰って来たのだな。って、なんじゃ、この大人数は!?」
中庭に集まった面々を見て、毛むくじゃらのおじさん、改め、ルルドドおじさんが驚いていた。
「前に、紹介するって言ってましたよね。こちらが、僕の妻たちです」
目を丸くするルルドドおじさんを更に驚かそうと、妻たちをひとりひとり紹介していく。
ミストラルとセフィーナさんは既に面識があったから良いけど、ルイセイネが挨拶をし、ライラが恥ずかしそうに微笑み、ユフィーリアとニーナが声を揃えて話すと、ルルドドおじさんは仰天しすぎてひっくり返ってしまった。
「まだ、マドリーヌ様とプリシアちゃんの紹介が終わっていないのに、早すぎるよ?」
「んんっと、早すぎるよ?」
物怖じしないプリシアちゃんが、ひっくり返ったルルドドおじさんに迫る。そして、可愛らしく挨拶をする。
「おおう、これがあんたさんの娘か。なぁるほど、愛らしい」
僕たちがいない間に、ルルドドおじさんとプリシアちゃんのお母さんも仲良くなったようだ。それで、
「……そうか。これが、小僧が紹介したかった自慢の家族か」
「まだ、レヴァリアとかを紹介できていないから、また驚くことになると思いますよ?」
レヴァリアと、リームとフィオリーナ。他にも、まだまだ紹介したい家族や仲間たちが大勢いるからね。
僕の身内自慢に、ルルドドおじさんはひっくり返ったまま「こりゃあ、世界に飽きたなどとは言ってられんな」と笑う。
「そうですよ。世界に飽きるだなんて、まだまだ早いですよ。僕たちなんて、魔族の支配者から断れない依頼を受けて、これから嫌々ながらに神族の国に行くんですからね」
「なんと! あの、魔族の支配者か!?」
「ルルドドおじさんは、
僕たちがどんな災難に遭ったか。魔族の支配者だけでなく、ルイララや魔王やシャルロットに振り回されたここ数日間だって、きっとルルドドおじさんにとっては面白い話だよね。
こんなに身近に、まだまだ楽しいことや未知の話があるんだから、死ぬなんてもったいない。
「そうか、そうか。小僧たちは
言って、プリシアちゃんを抱きかかえて立ち上がるルルドドおじさん。
そして、どっしりとした姿勢で構え、僕たちに宣言した。
「良かろう。儂も神族の国へ
「はい。お断りさせていただきます!」
「うんうん、そうか。断るか。よしよし。……って、なんでじゃーっ!?」
即答で断った僕に、悲しみの表情で迫るルルドドおじさん。
だから、僕は残念そうに現実的な問題を口にするのだった。
「だって、おじさんが神族の国へ到着するまで、待てないですもん?」
「ぬおう!?」
どういう意味だ、と困惑しながら、ルルドドおじさんは僕たちを見渡す。
そして、ぐるりと一同を確認し、今日はリンリンの頭の上で寛いでいたニーミアに視線が止まった。
「そうか、小僧たちは小竜に乗って移動するのだな?」
「はい。レヴァリアを呼ぶこともできるけど、きっとおじさんは乗せてくれないと思うんです。とっても誇りが高い飛竜なので。それに……」
「んんっと、おじさんは臭いよ?」
「臭い人は乗せないにゃん」
「な、なんじゃと!?」
そうなんです。
ルルドドおじさんは、相変わらず臭いのです。
汗臭いというか、野生的な臭いというか。ともかく、これは普段からお風呂に入っていない人の臭いだよね。
「おじさん。あれからお風呂に入りました?」
「いや、全く!」
聞けば、お屋敷に住む耳長族の人たちに何度となくお風呂に誘われたけど、入らなかったらしい。
なんで? と聞くと、当たり前のように返事をされた。
「風呂は嫌いだ」
「じゃあ、ニーミアが搭乗拒否をするから、連れて行けませんね」
「ぬおおおぉぉぉっっ!」
ルルドドおじさんは、
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