出発前の小事
結局、自力で帰るつもりのないシャルロットを送り届けるために、僕たちはみんなで巨人の魔王へ会いにいくこととなった。
ただし、ルイララとウェンダーさんとジュエルさんは同行しなかった。
ルイララは遠征前に、まだもう少し自領でやらなきゃいけない仕事があるらしい。
ウェンダーさんとジュエルさんも、滞在のお礼をきちんとしてから出発したいらしく、丁重にお断りされちゃった。
西へ急ぐなら、辺境のルイララの領地から魔都まで、ニーミアに乗せてもらった方が早いんだけどね?
まあ、ウェンダーさんとジュエルさんにも色々と考えがあるみたいだから、強要はできないよね。
ということで、僕たちはいつものようにニーミアに乗せてもらって、魔王城を目指して飛び立つ。
そして、僕たちは見た!
再建が完了した魔王城の中庭で、リリィの巨体がひっくり返っている姿を!
「ええっと、これは……」
ニーミアが降下しながら近づくと、リリィのお腹の上には巨人の魔王が乗っていて、足裏でごりごりとリリィを撫でている姿が見えた。
なんか、ずっと前に見たことのあるような光景だけど、あえて聞こう。何をしているのかと。
すると、魔王城守護の
意味不明なことを!
「魔王を倒す試練中ですよー」
「は?」
シャルロット以外のみんなが、目を点にする。
魔王を倒す?
試練?
「スレイグスタ様に、試練を課されましたー。魔王を倒してきたら、すぐに守護竜の地位を
「へ?」
この子は、いったい何を言っているのかな?
混乱に頭を抱える僕たちを見上げて、巨人の魔王が喉を鳴らして笑う。
「くくくっ。あの小僧が思いつきそうな、
「いやいや、それは駄目ですからね? リリィを惑わさないでくださいっ」
というか、魔王を倒す試練ってなにさ?
絶対に無理だよね。
それに、既に降参の格好でお腹を撫でられている時点で、リリィもやる気がありません!
「とりあえず、どうやってスレイグスタ様の試練を克服するか、検討中ですよー」
「標的の魔王に遊んでもらいながら?」
「はーい。そうですよー」
ううーん。リリィが竜の森の守護竜になるのは、もう暫く先のようだね。
身も
「それで、何用だ?」
魔王もリリィのお腹から降りてくる。そして、なぜか僕たちにではなくて、シャルロットに聞く。
「陛下の仰る通り、エルネア君たちはルイララの領地にいました。それで、面白そうでしたので、神族の国へ向かう前にこちらへ案内してきました」
「くくくっ。やはり、見舞いに行っていたか。そろそろ向かうだろうと思っていたところだ」
にやり、と僕たちに笑みを向ける魔王。
今、絶対に「ルイララに騙されて、家族全員でお見舞いに行ったな」って思ったよね!
「ほう。
「しまった、余計な思考を読まれちゃった」
よく考えてみれば、いずれお見舞いに行く予定だったことは魔王だって知っていたことだし、そこにルイララの罠や
「シャルロットも忙しい身だ。其方らを探す手間が省けたことは喜ばしい。なにせ、この国の宰相だからな。そこに免じて、其方らの笑い話で手を打とう」
「やっぱり、ここには来るんじゃなかったよ」
とほほ、と肩を落としたのは後の祭り。僕たちは、魔王城でもここ最近の騒動を話すことになってしまった。
「……山民族の
場所を変え、魔王城の客間に通された僕たち。そこで、僕たちはこれまでの経緯を魔王に語った。
そして、話を聞き終えた魔王は、満足そうに笑ってくれた。
「魔眼の行く末も面白そうだが。なるほど、女神の試練か。難しい課題ではあるが、其方らであれば克服できるだろう」
「なんか、魔王に
「ふふふ。エルネア君、なんでしたら私がマドリーヌさんとセフィーナさんと契約致しましょうか? そうすれば、
「お断りさせていただきます!」
シャルロットと契約すると、寿命がなくなる?
よくわからないけど、そういう手段は取っちゃ駄目だと思うんです。
だって、魔族と契約なんてしちゃったら、今後はずっと魔族の
マドリーヌ様とセフィーナさんも、異論なく即答で断った。
「とはいえ、そういう手もあるんですね? 絶対に選ばない手段ですけど、参考に覚えておきます」
魔族の国でも女神様の試練を克服するために色々と情報を収集するつもりだったから、シャルロットと契約すると寿命がなくなるって話は、使えないけど面白いね。
もしかして、シャルロットと限定しなくても、始祖族のような寿命の概念を持たない者と契約を交わすと、その恩恵でこちらの寿命もなくなっちゃうのかな?
「代わりに、契約を交わしている両者のどちらかが死ねば、もう片方も死ぬか力を失うことになるがな。其方の身近であれば、
「わわっ! だから、トリス君は魔族が嫌いだと言いながらも、アステルを大切に守護していたんですね」
もちろん、命を握られているから、という以上に、大切な人だからなんだろうけど。
アステルも始祖族だから、契約したトリス君も寿命の概念がなくなっているとは、驚きの新事実です。
他にも、魔族の国で調べれば、女神様の試練を克服するための情報や手掛かりになりそうな伝承がもっと手に入るかもしれないね。
だけど、僕たちには面倒な任務を受けていた。
「神族の国では、くれぐれも慎重に行動しろ。向こうでは、こちらのように其方らを手助けする者は少ない」
「一応、最初はアレクスさんを頼ろうかと思っているんです」
「
「妖魔の王討伐の時に、魔王も会っていますよね?」
「あれは、闘神を思い出させる者だったな。しかし、あの者よりも……」
急に、視線を落として考え込む魔王。
はて、魔王が何やら物思いに
珍しいね。
「ふむ。あれらを頼るのなら」
そして、何かを思い付いたのか、席を立つ魔王。そのまま、部屋を出て行った。
「どうしたんだろう?」
僕たちは、顔を見合わせて首を傾げる。
「陛下は、皆様を心配されておいでなのです。ですので、おそらくは身を護る便利な
「シャルロット。それって、絶対に呪いの道具だよね!?」
魔王の
だけど、こちらの願いや望みを全て無視するのが魔族であり、魔王だ。
戻ってきた魔王の手には、見るからに魔王の呪いが施された宝玉が握られていた。
「其方に譲ろう」
「お、お断りします」
「そう言うな。これは、きっと役に立つ」
「でも、呪われているんですよね?」
僕に宝玉を押し付ける魔王。
「この金の縁取りは、封印だ。封印さえ破らなければ、呪いは発動しない」
「なんでそんな物を僕たちにくれるんですか!?」
「言っただろう。役に立つと」
「いやいや、呪いが役に立つって、意味が分かりませんからね。ちなみに、どんな呪いが発動するのかな?」
どうにかして、断りたい。だけど、魔王が「譲る」と言ったら、僕たちに拒否権はない。だから、せめて呪いの効果くらいは知っておきたいよね。
すると、魔王が呪いの効果を教えてくれた。
「この金細工の封印を破った瞬間から、その空間は我が魔力で覆い尽くされる。雷が縦横に走り、全ての者を呑み込むだろう」
「絶望的な呪いだ!」
「安心しろ。其方らの服には
「少し耐えられても、意味がないですよね!?」
たしかに、僕たちの服にはテルルちゃんの糸が使われている。だから、ちょっとやそっとの攻撃では傷つかない。それに、アシェルさんから貰った加護の宝玉があるし、結婚の儀で交換しあった大切な人の加護もある。
それでも、一時凌ぎにしかならないんですね!
いったい、これがどんなふうに役に立つというんだろう?
本気で受け取りを拒否したいんだけど、魔王が殺気の
「受け取らなければ殺す」
「ひえっ」
なんて魔王らしい強引さでしょう。
「やっぱり、ここに来るんじゃなかった……。全部、シャルロットのせいだよ」
シャルロットがルイララの領地で僕たちを見つけなければ、魔族の支配者の依頼を受けずにすんだ。そして、巨人の魔王から極上の呪われた宝玉を受け取ることもなかったのにね。
「なんでしたら、私からも何かお渡しいたしましょうか?」
「遠慮します!」
僕たちは、悲鳴をあげて魔族の魔手から逃げ出した。
魔王から受け取った呪いの宝玉をアレスちゃんに渡して謎の空間に安置してもらい、ニーミアに大きくなってもらって、急いで魔王城を後にする。
慌てて飛び去る僕たちに、魔王城の上空を守護していた黒翼の魔族の人たちは驚き、地上で見送る魔王とシャルロットは愉快そうに笑っていた。
「ふう、シャルロットを送り届けるだけで、すごく疲れたね」
そして空の上で大きくため息を吐く僕たち。
「心配してくれたり気を配ってくれるのは嬉しいけれど、エルネアが関わるといつも大変だわ」
「ミストラル、その言い方だと僕がいなければ大変にはならないってこと?」
「あら、そうじゃない? だって、ウォルは騒ぎも起こさず魔族と友好な関係を築いているわよ?」
「むむむ。確かに……」
ウォルがルイララのわがままに巻き込まれたのだって、僕の存在が絡んだせいだしね?
そう考えると、やはり僕が……って、認めたくありませーん!
「それで、エルネア。これからどうするの? 直接、神族の国へ向かうのかしら。それとも、寄り道をしていく?」
「うん。当初の予定通り、禁領に戻ってルルドドおじさんや他のみんなに挨拶をしてから、次は竜の森でおじいちゃんたちに挨拶をして、そこから神族の国に向かおうかと思っているよ」
神族の国にどれくらい滞在するか、今のところは予想もつかない。また長い期間を不在で過ごすってなったら、霊樹の精霊さんが怒るかもしれないからね。出発前に、ちゃんと挨拶をしておかないと、アームアード王国の王都が森に呑み込まれちゃう!
ミストラルも、スレイグスタ老のお世話をするお役目を、お母さんに引き継いでおかなきゃいけないだろうしね。
「あと、プリシアちゃんのお母さんにもひと言、言っておかなきゃ!」
「んんっと、プリシアも旅行に行くの」
「いやいや、旅行じゃなくてお仕事だからね!?」
プリシアちゃんだけは、今度はどこへ行くのかな、と期待に胸を弾ませていた。
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