魔族の国で旅支度

 神族の帝国へ向かう準備は、すぐに整った。

 旅慣れている僕たちだからね。余分な荷物は普段から抱えていないし、今回は路銀ろぎんだっていっぱいある。なにせ、魔族の支配者からの依頼だからね。たんまりと支度金したくきんは頂きました!


「エルネア君、いつもの武器は持っていかないのかい?」


 旅支度を終えて、ルイララのお屋敷前に広がる田園でんえんを眺めながらひと息入れていると、この地の領主様であるルイララが歩み寄ってきた。


「うん。白剣はおじいちゃんに預けちゃったからね。気安く取り戻したりはできないんだ。それに、武器がないことで、自分たちへの自制心に繋がると今は思っているよ」


 かつてのように、両手に武器を持っていさましくどこまででも戦いに突き進む。なんてことはできなくなった。でも、だからこそ危険には敏感に反応しなきゃいけないし、そうなると自分やみんなの行動もより慎重になる。

 ましてや、僕たちは偵察に行くのであって、騒動を巻き起こしに行くわけじゃないからね。

 だけど、いつも危険と隣り合わせで生きてきた魔族のルイララには、あまり納得してもらえなかったようだ。


「でもさ、それでも危険に陥った場合に、手持ちの武器がないと取り返しがつかなくなるよ? なんなら、僕が持っている武器の中から見繕みつくろって持って行くかい? エルネア君なら、好きな物を持っていって良いよ?」

「気持ちだけ、受け取っておくよ。それに、全員が丸腰ってわけじゃないからね。ミストラルは片手棍を持っているし、ニーミアも連れて行く予定だから」


 残念ながら、目立つレヴァリアは竜峰でお留守番です。でも、南部の方には来てくれるみたいだから、何かあればすぐに飛んできてくれる。

 それに、僕たちだって武器はなくても竜術は使えるからね。

 神族を相手にしたって、これなら十分に危機回避できるくらいの力はあるはずだよ。


「ふぅん? まあ、エルネア君がそう言うのなら、良いんだけどさ」

「それよりも、ルイララ。君はクシャリラの国の方へ行くんだよね? 何をしに行くの?」

「僕かい? 僕も偵察だよ。あと、お使いかな」

「お使い?」

「そう。面倒だけど断れないお使いさ」

「ふむふむ?」


 ルイララも、シャルロットから命令されていた。

 妖精魔王クシャリラの領地に入って偵察をし、場合によってはもっと遠い場所にまで足を伸ばさなきゃいけないんだよね?

 ルイララは、首を傾げる僕に親切に教えてくれる。


「妖精魔王陛下の国へは、エルネア君たちと同じように内情を調べるために行くのさ。妖精魔王陛下は、いつだって野心を持っているからね」

「妖魔の王討伐戦の時に、巨人の魔王はクシャリラから何かを感じ取ったのかな?」

「そうかもね?」

「それで、有翼族の国や人族の国へ行くって話は? 天上山脈を越えるの?」


 西の天上山脈と東の竜峰に挟まれた広大な土地が、魔族の支配領域だ。そして、モモちゃんが見張る天上山脈を超えた更に西には、人族の文化圏があるという。だけど、有翼族の隠れ都市国家なんてものは聞いたことがないよ?

 僕の疑問に、ルイララは拾ったえだで地面に簡単な地図を描きながら示す。


「妖精魔王陛下の領国は、魔族の国々の中でも南西に位置しているんだ。西側が天上山脈に接していることは、エルネア君も知っているよね」


 うん、と頷くと、ルイララは地面に描いたクシャリラの国の南側に地図を描き足す。


「天上山脈も、竜峰のように南北に長く連なる山脈なんだ。そして、妖精魔王陛下の領国の南方と神族の国との間に、ちょっとだけ空白地帯があるのさ」


 魔族の国々があるように、神族の国も南に広がっている。

 クシャリラの支配する国の南部にも神族の国があるようだけど、どうやら天上山脈の入り組んだ地形のせいで、一部に空白地帯が生まれているらしい。そうして、魔族と神族の国に挟まれた一帯のどこかに、有翼族の隠れ都市国家がある、とルイララは教えてくれた。


「有翼族の国かぁ。住んでいる人はみんな空を飛べるんだろうね?」

「それは、どうかな? 奴隷の方が多いと聞くしね?」

「奴隷……」

「そうさ。有翼族は積極的に奴隷狩りを行って、魔族や神族に売って外貨を稼ぎ、都市国家の存続を魔族や神族に暗黙で認めさせているんだよ」

「じゃあ、クシャリラの国を探るついでに隠れ都市国家まで足を運ぶ可能性があるってことは?」

「宰相様は、奴隷に関する情報を調べてこいって言いたいんだろうね」


 僕たちへの依頼は魔族の支配者からだったけど、ルイララの場合は巨人の魔王からの命令だ。

 つまり、巨人の魔王は奴隷売買やそれらに関わる部分で、クシャリラに何か思うところがあるらしい。

 それと、やっぱりかんぐってしまうのは、神族の動きだね。僕たちの動きに合わせて巨人の魔王がルイララを遠くへ遠征させるということは、色々と裏で繋がりがあるのかもしれない。


「で、さ。有翼族はどこで奴隷狩りをするのかというと」


 と言って、地面に描いた地図をさらに南へ広げるルイララ。


「君たちは、人族の文化圏は天上山脈の西にしか存在していないと認識しているみたいだけどね。あるんだよ、東側にも」

「えっ!?」

「ただし、魔族の国から行くのには難儀なんぎしちゃうね」


 ルイララが示した場所は、天上山脈の南部。有翼族が隠れ都市国家を築いているという、入り組んだ山脈地帯のさらに南だった。

 そして、そこはもう魔族の国とは接していなく、代わりに神族の国と隣接していた。


「ここにね、ひとつだけ人族の国があるのさ」


 天上山脈の東の麓を示すルイララ。


「人族は、自分たちの文化圏を守護する最後のとりでと思っているみたいで、わざわざ天上山脈を越えて西から支援物資や兵士が送られてくるおかげで、神族の侵攻にもなんとか耐えているって話だよ。それに、何年か前には聖女の奇跡で神族の大軍を退しりぞけた、なんて話も聞いたことがあるね?」

「そんな場所があっただなんて! モモちゃんは何も言っていなかったから、その辺はあまり意識していない地域になるのかな?」


 モモちゃんは、あくまでも魔族が天上山脈を越えないように見張っている東の魔術師だ。だから、人族の往来は大目に見ている、というか魔族の支配圏でない南部はあまり注視していないのかもね。


「それで、有翼族はその人族の国で奴隷狩りをするんだね? 酷い話だね」

「まあ、狩られる側の人族からしてみれば、そういう感情になるよね」


 弱肉強食の世界とはいえ、やはり同族には同情を寄せちゃう。でも、だからといって僕たちが出張でばるわけにはいかない。彼らの問題は、彼らが解決すべきなんだと思う。

 そうして物事に区切りを付けておかないと、僕たちはさまざまな問題に足を取られて、底なし沼に沈んでしまうからね。

 だから、魔族の国にも存在する「奴隷制度」には首を突っ込まないし、魔王やシャルロットに言及しない。

 非情かもしれないけど、それが僕たちの立場だ。


 まあ、奴隷制度に反抗する勢力はあるみたいだから、彼らに頑張ってもらうしかないよね。

 その、奴隷制度に真っ向とぶつかっているのは、猫公爵ことアステルの従者で、不思議な黒腕を持つトリス君だ。

 トリス君たちも妖魔の王討伐戦に参戦してくれていたよね。


「そうだ。ウェンダーさんたちには、アステルの領地を目指してもらうと良いかもね? トリス君なら絶対に協力してくれるだろうし、アステルの能力で便利な旅道具を揃えられるかも?」

「うーん、それは難しいと思うよ?」

「やっぱり、魔族と神族だから?」

「そや、それ以前にさ。宰相様からさっき聞いたけど、彼らもエルネア君たちのように彼の方々から偵察命令が出たらしいし、そうなると領地にはいないんじゃないかな?」

「なんか、本格的な動きになってきたのかな?」


 僕たちだけじゃなくて、トリス君たちまで動き出しているという。きっと、他にも僕たちの知らない者たちが大勢、魔族の支配者や暗躍する者の指示で動き出しているんだろうね。


「でも、なんで急に、こんなに大規模に動き出したのかな? そりゃあ、戦争が近いから、というのはわかるんだけど。今まで聞いていた話だと、魔族の支配者は統治に関しては全然興味がないような感じだったのにさ?」


 魔族の支配者は、その絶対的な力と恐怖で、魔族を支配している。だけど、国の運営とか侵略なんてものには興味がないらしく、だから領土を分割して各地に魔王を配し、国の運営をさせているんだよね。

 なのに、この急な動きには違和感がある。

 すると、ルイララが魔族の内情を説明してくれた。


「彼の方々が動いている、ということは、つまり魔族全体に関わる何かを感じ取ったということさ。それこそ、下手をすると魔族が滅びるような?」

「ウェンダーさんも、前に言っていたよね。神族の帝国のみかどは、魔族を滅ぼそうとしているってさ」


 支配ではなく、滅びを望んでいる。

 だから、魔族の支配者は動き出した?

 でも、やっぱり違和感が拭えない。

 今まで、魔族を支配するだけで国の運営などに興味を示さなかった者が、滅ぼされる危険性があるから、という理由だけで重い腰を上げるのかな?

 それよりも、他者を弄んで愉悦ゆえつを感じる者ならば、魔族の存亡さえ利用しようとするんじゃないかな?


「好奇心を失えば、待っているのは死だけだ」


 と、かつて巨人の魔王は言った。

 僕たちと同じ御遣みつかいのルルドドおじさんは、実際に世界への興味を失って、死のうとしていた。

 では、数千年も生きた魔族の支配者は、どうなのか。あの人たちが死の間際だとは到底思えない。だとしたら、どうやって世界への興味や刺激を得ているのか。

 それは、世界を掻き乱し、他者を翻弄することで生み出しているんじゃないかな?


「魔族の支配者は、魔族さえも利用して世界を乱そうとしている……?」

「かも、しれないね? だから、陛下たちも独自に動き出しているのかもね」

「魔族の支配者の思惑に巻き込まれて、弄ばれないように?」


 ぶるり、と全身に悪寒が走って、僕は震えた。

 魔王さえも歯牙しがにかけない、魔族の支配者。その、あまりにも恐ろしい力と思考の片鱗に触れたようで、僕は魂の底から震えあがった。


「じゃあ、僕たちも依頼は受けつつ、自分たちの身を守るように注意しないといけないね」

「気をつけてね。魔族にも色々と内情があるように、神族の国にもいろんな問題や事情があると思うからさ」

「うん。ルイララも気をつけて。クシャリラに捕まったら、助けに行くからね? そのときは、知らせてね?」

「いやいや、エルネア君。妖精魔王陛下に捕まったら、連絡のつけようがないからね?」

「言われてみれば!? それじゃあ、どうやって僕たちはルイララが捕まったことを知れば良いのかな?」

「エルネア君は酷いよねぇ。それって、僕が捕まることが前提じゃないかな?」

「だって、あのクシャリラだよ? 巨人の魔王の配下が国に入ったら、前のように絶対に狙ってくると思うんだ。だから、きっとルイララは捕虜ほりょになると思うんだよね?」

「僕としては、エルネア君が神族の虜囚りょしゅうとなって、僕が助けにいく、という方が楽しいな」

「巨人の魔王とシャルロットも嬉々ききとして乗り込んできそうだから、それは駄目、絶対!」


 お見舞いに来ただけだったのに、次の予定を強制的に組まされた僕たち。ルイララも、短い療養期間が終わって、仕事に復帰するみたい。


「さあ、忙しくなるぞ!」


 とはいえ、神族の国へ直接は向かわないよ?

 だって、禁領ではルルドドおじさんを待たせているし、また長旅になるってことをスレイグスタ老にも知らせないといけないからね。


「あれ? そういえば、リリィをずっと見かけていないな?」


 次代の竜の森の守護竜であるリリィは、最近はスレイグスタ老のもとで修行をしていたはずだ。なのに、妖魔の王を討伐した後から、その姿を見かけていない。

 黒竜のリリィも、色々と忙しいのかな?


「リリィかい? それなら、魔王城に戻っていると聞いているよ?」

「なんでまた?」


 はて。リリィは何をしているのかな?

 スレイグスタ老に弟子入りする前は、巨人の魔王に飼われていたみたいだけど。


「帰るついでに、ちょっとだけ様子を見てこようかな?」


 と、思考がつい言葉に漏れた。すると、いつの間にか背後に忍び寄っていた極悪大魔族が、にっこりと笑みを浮かべて僕とルイララの会話に割り込んできた。


「それでは、陛下共々、お待ちしておりますね」

「いいえ、結構です! ってか、シャルロットがいるなら、今ここでリリィの様子を聞けば良いだけだよね?」

「ふふふ。対価が高くつきますよ?」

「しまった! お願いする相手を間違えちゃった」


 シャルロットは、自力で帰る気がないのか、僕たちの旅支度が整うのを待っていた。ということは、つまり送っていけ、ということですよね?

 やれやれ、と肩をすくめる僕。

 まあ、送ってくれるのはニーミアなんだけどね。

 また今度、ニーミアにはお礼も兼ねていっぱいわがままを言わせてあげよう。


「にゃあ」

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