帝国の剣

 いったい、何が!?


 武器を構えて僕たちを包囲した男たちは、総勢十名。全員が兵士風のよろいで身を固め、剣や槍のきっさきをこちらに向けて殺気を放つ。


「全員、神族ね」


 ミストラルの言葉に、更に驚愕きょうがくする僕たち。

 なぜ、僕たちが神族の兵士たちに包囲されなきゃいけないの!?

 しかも、十名の兵士がこちらの有無を言わせないような気配で襲ってくるなんて。


 たとえ竜峰の麓から神族の国の領域だったとしても、いきなり殺意を持って包囲されるいわれはない。しかも、小さな村に二十人くらいの神族と天族しか住んでいない、と案内人の男性が言っていたのに、そこに神族の兵士が十人もいるだなんて、違和感だらけだ。


 とはいえ、こちらの言い分や状況確認なんて、神族の兵士たちは認めてくれないだろうね。


「ミストラル、ここは大人しく従っておこう」


 僕が声を掛けると、ミストラルは「わかったわ」と頷いて漆黒の片手棍を腰に戻した。


 兵士たちは武器を捨てろと言っていたけど、ミストラルはそれに従う気はないようだね。

 竜姫りゅうきであるミストラルがその気になれば、たとえ十人の神兵しんぺいに包囲されたって瞬殺できる。だから、武器は下げても思い通りには従わないぞ、という意味がミストラルの行動には含まれているんだ。

 神族の兵士たちも、竜人族の実力は知っているはずだ。

 たとえ見た目が綺麗な女性でも、武器を持ち、竜峰の村から離れて麓まで下ってくる時点で、並の戦士じゃないこともわかっているんだと思う。


 ミストラルの意思表示に困惑の色を隠せない兵士たちだけど、少なくともこちらに争う気はないと分かってくれたのか、少しだけ殺気を沈めた。

 そこへ、ミストラルがかさず声を発する。


「こちらも争う気はないから、貴方たちの指示に従うわ。でも、理由を聞かされることなく一方的に拘束されるのは気に食わないわね? わたしたちは、この先の村に住むというアレクスを訪ねようと思っただけよ?」


 兵士たちに包囲されても微塵もひるまないミストラルの言葉に、ひとりの兵士が包囲網から進み出てきた。


「アレクス様より、話は聞いている。なるほど、竜人族の女と、人族の少年。それに取り巻きの女たちか」


 取り巻きの女、という部分に全員が反発しそうな気配を見せる。だけど、ここで争っていては、話が進まない。

 みんなもそれは重々承知しているのか、怒りをぐっとこらえる。

 神族の兵士は、人族の女性たちに怒気を向けられても気にした様子は見せず、むしろ鼻で笑いながら、話し相手は竜人族だけだといわんばかりにミストラルだけを見て言う。


「いいだろう。面倒だが、連れてくるように言われている。だが、くれぐれも我らの気にさわるような言動はつつしめ。でなければ、村に着く前に貴様らの死骸を森に捨てることになる」


 威嚇のつもりで言ったんだろうけど、僕たちには通用しませんからね?

 唯一、幼女のプリシアちゃんだけが、大人の男たちから向けられる理不尽な殺気に驚いてマドリーヌ様に抱きついているくらいだ。


 僕たちは、抜き身の武器を持つ兵士たちに包囲されたまま、森林道を進むことになった。

 先頭は、ミストラル。その背後から僕たちが並んでついていく。

 神族の兵士たちはミストラルしか相手にしていないし、警戒もミストラルだけに向けているから、おとりみたいな感じだね。何かあれば、ミストラルが気を引いている間に僕たちが不意打ちできる状況だということを、神族の兵士たちは気づいていない。


 兵士たちは、プリシアちゃんの頭の上で寛ぐ子竜のニーミアに一瞬だけ警戒の色を見せたけど、やはり小さな竜ということで気に留めた様子は見せなかった。

 僕たち、というか竜人族のミストラルが大人しく自分たちに従っているという状況だけに意識が向いて満足しているのか、他のことが色々とおろそかだね。

 まあ、ミストラル以外は見下した人族や耳長族の幼女、それに小さくて可愛い子竜が相手だからね。油断してしまっても仕方がないのかな。

 ちなみに、ユンユンとリンリンは姿こそ見えないけど、気配は近くにある。兵士たちが二人の気配を感じ取った様子もないから、やはり凄腕の兵士はいないようだ。


 ふむふむ、なるほど。と、僕は兵士たちの意識や動きを見ながら情報を分析する。

 僕たち家族のうちで最も強いのは、古代種の竜族であるニーミアだ。それに、武器は所持していないけど僕だって竜王だし、みんなも歴戦を潜り抜けてきた一級の実力者ばかり。なのに、見ただけで竜人族とわかるミストラルにのみ警戒心を向けているあたり、どうやら兵士たちは僕たちのことを詳しくは知らないみたい。

 だけど、アレクスさんと面識があるような言い方だったよね。


 いったい、この兵士たちとアレクスさんは、どんな関係なんだろう?

 というか、なんで僕たちは神族の兵士たちに殺意を向けられて連行されているのかな?

 僕たちの知っている紳士的なアレクスさんであれば、こんな対応は取らないと思うんだけど?


 辺境の小さな村で、何かが起きている?

 神族の兵士が出張るような事件?

 そういえば、と空を見上げる。だけど、天族が空を飛ぶ姿は見えなかった。


 僕たちを最初に発見した天族の男性はどうしたんだろう?

 それに、神族の兵士が出てきているのに、配下として仕える天族の兵士が姿を見せていないことにも違和感があるね。

 天軍は、神族の国の尖兵せんぺいなんだよね? なのに、先兵を差し置いて本命である神兵の方が働いているなんて、そんなことがあるのかな?


 色々な疑念や疑問を考えながら森林道を進んでいると、程なくして拓けた場所に出た。

 どうやら、村に入ったらしい。


 春の作付さくづけが終わったばかりなのか、柔らかそうな茶色の土が盛り上がるうねが規則正しく何列も並ぶ畑が広がる。といっても、ひとつひとつの畑は小さい。

 周囲の森を開墾かいこんすれば土地はいくらでもあるはずなんだけど、見渡す限りそうした手が伸びている様子はない。

 あまり多くの収穫を最初から見込んでいないように感じるね。

 そして、いくつかの畑の中に、ぽつりぽつりと木造の民家が建つ。きっと、民家の周りの畑が、その人の土地ってことなのかな?


「おい、さっさと歩け」

「おおっと、ごめんなさい」


 背後から槍先で突っつかれて、僕は歩みを再開させる。

 畑を縫うようにして続く道を歩いて行くと村の中心に近づいたのか、幾つかの家屋が建ち並ぶ場所に着いた。

 どうやら、ここが村の中心らしい。

 ここでも、周りを見渡す僕。


 民家は四軒。どの家も素朴そぼくで、何十年も前に建てられたかのような古さが見える。

 その四軒の建物は、二階建ての少し大きなお屋敷が中心に建っていて、周りに平屋が三軒並ぶ。その平屋の内の一軒は、どうやら今は納屋なやとして使っているみたいだ。大きな木窓の奥に、農耕器具や様々な生活道具が保管されている様子が見えた。

 ということは、村の中心といっても、人が住む建物はお屋敷と周囲の二軒だけかな?

 やはり、本当に小さな村だね。


 そして、そんな小さな村に武装した神族の兵士が十人もいるだなんて、やはり違和感しかない。


 僕たちはお屋敷の前の小さな広間に連れて行かれて、またもや兵士たちに武器を向けられて包囲された。

 どうやら、ここが到着地点のようだ。

 静かに様子を伺う僕たち。すると、お屋敷の玄関が開いた。


「戻ってきたか。ご苦労」


 僕たちを連れてくるように指示した人物。

 アレクスさんかな? と思って玄関を見つめる。

 だけど、お屋敷から出てきた人物は僕たちの知らない男性だった。


 すらりと長身の、若い男性。流れる金髪が似合う、貴族然とした色男だ。

 ただし、質素なお屋敷には似合わない派手な服装と雰囲気に、僕たちは眉根を寄せた。

 この人が、この村の領主なのかな?

 では、アレクスさんは?

 僕たちは、てっきりアレクスさんが村の領主的な立場なのだと思い込んでいたけど、違うのかな?


「貴様ら、ここに何用だ?」


 金髪の男性は、いかにも怪訝けげんそうな表情で僕たちを睨む。

 全く好意的な雰囲気ではないね。むしろ、僕たちが邪魔者でしかないと思っているみたい。


「ええっと、僕たちは……」

「黙れ。人族の小僧如きが、神族に口を聞けると思っているのか!」


 用事を聞かれたから返事をしようとしただけなのにね。怒気を含んだ金髪の男性の言葉に、僕は続く言葉を呑み込んでしまう。代わりに、ミストラルが口を開こうとした。だけど、金髪の男性はそれさえもさえぎった。


「聞く必要はない。ここは、貴様らが踏み入って良いような土地ではない。みかどあまねく支配する、神聖な土地だ。よって、早々に立ち去れ。そうすれば、今回は見逃そう。それとも、そこの人族を奴隷として渡していくか?」


 ななな!?

 なんて言い草なんだろう!


 神族が人族を見下していることは知っていたけど、こうまで侮蔑ぶべつされるなんて。これなら、まだ魔族の方が扱いは良いんじゃないかな!?


 僕たちを連行しておきながら、話さえも聞かずに追い返そうとする金髪の男性の言葉に、さすがのみんなも苛々いらいらし始めたようだ。

 このままでは、マドリーヌ様あたりが癇癪かんしゃくを起こしかねない。

 いや、それはそれで有りなのかな?

 たとえ神族であっても、相手が巫女様なら少しは聞く耳を持ってくれるかもしれない。

 だけど、金髪の男性は巫女装束みこしょうぞくのルイセイネやマドリーヌ様を見ても、侮蔑の表情は変えなかった。

 もしかして、聖職者さえも軽んじるような人なのかな?


『ありえるな。田舎貴族であれば、地位と権力をかさに良い気になっていてもおかしくはない』


 僕だけに聞こえるユンユンの言葉に、がっくりと肩を落とす。

 まさか、そういう世間の常識を無視した人が神族にもいるだなんて、予想していなかったよ。

 いや、むしろこういう人が多いのかもしれないね。

 なにせ、ここは辺境も辺境。神族の帝国内とはいっても、国境のはしだ。そういう土地の貴族であれば、良識のない者がいたって不思議じゃない?

 というか、やはりこの地の領主はこの金髪の男性なのだろうか。そう疑問を浮かべていると、お屋敷の中から別の人物が現れた。そして、落ち着いた声音で金髪の男性をたしなめた。


「たとえ貴方でも、私の客人に無礼を働くのは止めていただこう」

「アレクスさん!」


 つい、声に出して名前を呼んでしまう。

 すると、金髪の男性が僕とアレクスさんに向かって露骨な舌打ちをした。


「エルネア君。それにみんなも、よく来てくれた」


 アレクスさんは、周囲に建ち並ぶ民家や質素な村によく馴染む慎ましい服装でお屋敷から出てきた。

 アレクスさんの背後には、弟妹のアルフさんとアミラさん、それに従者のルーヴェントも続く。

 あれれ? アミラさんの瞳が赤い? ちょっと気になったけど、今は悠長ゆうちょうに他の人を心配している場合ではない。


「アレクス、これはどういう状況なのかしら。説明してもらえると嬉しいのだけれど?」


 ミストラルが、話にならない金髪の男性を差し置いて、アレクスさんに直接問いただす。

 すると、アレクスさんは本当に申し訳なさそうな表情になった。


「ギルディア殿、本日はもう日が暮れる。我が家に泊まられよ。話の続きは、また今度でお願いしたい」


 ギルディアと呼ばれた金髪の男性は、アレクスさんの言葉を受けて、さらに苛立ったような気配を見せた。

 だけど、今この場でアレクスさんと言い争う気はないらしい。


母屋おもやを使わせてもらうぞ」

「ご自由に」


 アレクスさんの口ぶりからすると、ギルディアはこの村の住人ではないようだね。そして、僕たちを包囲する神族の兵士たちも、やはりこの村の人たちではなくて、ギルディアが連れてきた兵士みたいだ。

 でも、いったい何が起きているというのかな?

 問題なんて起こしそうにないアレクスさんの村に、十人もの兵士を連れて訪れた理由が気になるね。


 ギルディアは、僕たちを冷たい視線で睨むと、包囲していた兵士たちをともなって、出てきたお屋敷の中へ戻っていった。

 アレクスさんは、ギルディアと兵士たち全員がお屋敷に入ってことを確認すると、改めて僕たちに向かって謝罪する。


「申し訳ない。遠路このような地まで足を運んでくれたというのに、不愉快な思いをさせてしまった」

「いえ、そんな。神族の国に入るって時点で、ある程度は覚悟していましたから。でも、どうしたんです?」


 お互いしに再会の挨拶を交わしながら、状況を知ろうと聞いてみた。

 僕の質問に、アレクスさんは珍しく困惑した表情を浮かべる。ただし、僕の質問に対してではなく、ギルディアの理不尽な要求に向けてだった。


「ギルディア殿が、アミラを嫁に迎えたいと、急に言い出してね」

「えっ!?」


 驚いて、僕たちはアミラさんを見る。

 とても困った様子のアミラさんは、それでも無理して笑顔を作ろうとした。

 でも、わかってしまう。

 あの赤い目は、涙を流した後の瞳だ。


「ちっ。あの野郎! うちの一族の女が子をもうけられないと知っていて、アミラを嫁に貰おうとしてやがる!」

「それって、つまり……」


 ギルディアは、アミラさんを正妻としてではなく、最初からめかけにする気なんだ!


 あまりに身勝手で汚い要求に、僕たちも腹を立てた。

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