辺境貴族

 村の中心に建つ一番大きなお屋敷が、やはりアレクスさんたち兄弟が住む住居だった。そして、周囲に並ぶ平屋が従者であるルーヴェントの一族と村長さんの家らしい。

 辺境の小さな村は、ちょっと複雑な社会形態をしているみたい。

 村長がいるのに、村人のくくりであるアレクスさん一族の方が偉いようで、天族の従者を従えるのも、この村ではアレクスさん一族だけだと説明された。しかも、この村に住む天族十二人全てがアレクスさんの一族の従者で、アミラさんとアルフさんを除いた神族の村人の残り五名には奴隷も従者もいないらしい。


「この村の者は、全員が遥か昔に闘神とうしんに仕えていた者たちの末裔まつえいだとわれている」


 つまり、さかのぼれば村長も村人も全員がアレクスさんの一族の家来であり、その関係は今現在も続いているというわけだ。

 そして、辺境の小さな村ではアレクスさんたちに仕えるだけで手一杯で、五人の神族は自分たちの従者まで雇う余力がないってわけなんだね。

 では、この村で一番偉いアレクスさんが村長になれば良いのでは? と思ったら、


「我が一族は、闘神として帝にのみ仕えると決められている。私たちは、村長として地方役人にはなれないのだよ」


 と、教えてくれた。

 闘神の末裔として、高い誇りを今でも矜持きょうじし、こころざしを持っている。だから闘神以外で復職するわけにはいかず、仕方なく別の人を村長に立てているわけだね。

 そして、闘神として復活するためには、魔族の支配者が所有する本物の「魂霊こんれい」を取り戻さなければいけない。

 アレクスさんたちは、過酷な運命を背負う一族なんだね。


「さあ、日が暮れる。君たちを案内しよう。とは言っても、母家おもやをギルディア殿とその配下に占有されてしまっているので、村長の家になってしまうのが申し訳ないのだが」

「いえいえ。予告もなく訪問したのは僕たちの方だし、取り込んでいる最中みたいだから、野宿でも良いくらいですよ」


 本当なら、日を改めて、と言いたいところなんだけど。

 でも、個人的な想いとして、アミラさんの婚姻の話は気になるよね。

 想い人との結婚なら心から祝福できるけど、どこぞの貴族が妾に寄越よこせ、なんて横暴な話を見て見ぬ振りはできない。

 とはいえ、このまま外で込み入った話をするわけもいかないので、僕たちはアレクスさんの誘いに素直に従う。


「さあさあ。アレクス様のご友人方、こちらへどうぞ」


 村長だというお爺ちゃんがお屋敷の隣に建つ平屋から出てきて、笑顔で僕たちを手招きしてくれる。


「人族ですが、大丈夫でしょうか?」


 神族は、人族を奴隷にする。という先入観や、先程までの酷い扱いが頭を過り、お爺ちゃんに遠慮してしまう僕たち。だけど、お爺ちゃんは優しい笑みを崩さずに呼び込んでくれた。


「何を言うね。こんな小さな村で、種族がどうだこうだと言う無粋ぶすいな奴はいないよ。それにな。あんたらは孫と同じくらいだ。儂は孫たちを泊められて嬉しいよ」

「お孫さんがいるんですか!?」

「はっはっはっ。いるともさ。子も孫もいる。だが、子は兵役へいえきで都会に出ておるし、孫もそっちについて行っておって、儂は寂しいのだよ」


 聞けば、村の外に出ている人たちが何人もいるらしい。

 そりゃあ、そうだよね。小さな村だから、外に出逢いを求めなければ、血脈がすぐに途絶えてしまう。

 それに、どうやら神族の帝国では兵役があるみたいだね。


「帝国では、神族は成人してから二十年間、徴兵ちょうへいされる。天族も五年間の兵役が課せられる」


 アレクスさんの説明に、僕たちは驚いてしまう。

 天族の兵役五年よりも、神族の兵役二十年という長さに。


「君たちが驚くのも無理はない。だが、我ら神族の寿命は長いからね」

「あっ、そうか」


 神族の平均寿命も、魔族と同じ五百年くらいだったよね。長生きする人なんかは、八百歳を超えたりするらしい。

 そして、寿命が長いから兵役も長い。だけど当の神族から見れば、二十年でも人生の一部を埋める程度にしかならないのか。

 ちなみに、天族の平均寿命は人族よりも少し長いくらいだから、五年間なんだね。


「職業軍人でなくとも、成人すれば男も女も徴兵される。しかし、女性はもっぱら後方支援や兵役とは名ばかりの花嫁修行になるのだけどね」


 と、話してくれたアレクスさんも徴兵制に否定的な感情は持っていない様子だった。

 これが、神族の帝国の当たり前の仕組みなんだね。


「それじゃあ、アルフさんとアミラさんも、成人したら徴兵されるの?」


 アレクスさんは、もう兵役が終わったのかな?

 疑問を口にすると、背後からついてきていたアルフさんが鼻で笑い返してきた。


「おいおい、さっき兄様が言ったことを忘れたのかよ? 俺たちの一族は、闘神として帝にしか仕えないんだよ。だから、帝のご配慮で兵役は免除されている」

「良いですか、このルーヴェント自らが人族のあなた達に特別に教えて差し上げます。私を含むこの村の天族もアレクス様にのみ仕える従者ですので、兵役は免除されているのです」


 と割り込んできたのは、天族のルーヴェントだ。

 この村の天族は、全員がルーヴェントと同じように兵役を免除されているらしい。


「それなのに、神族である村長さんのお子さんは兵役に出ているの?」

「儂らは全員が武人ぶじんだからね。己を磨き、心身ともに万全な状態でアレクス様の一族に仕えるために、あえて徴兵に加わっているのさ。ウェンダーなんぞは、立派に出世して武神ぶしんにまで上り詰めた」

「そういえば、ウェンダーさんはアレクスさんの幼馴染おさななじみでしたね!」


 先祖代々、そして子々孫々ししそんそんと闘神の末裔に仕え続けるのが、この村に住む人々の宿命なんだね。

 そして、だからこそアレクスさんは闘神として立てるように必死に努力し続けている。

 アレクスさんや村の人々の深い想いを、この短い時間で感じ取れた。

 でもそうなると、やはりアミラさんの婚姻の話には不愉快さを強く覚えてしまうよね!

 アミラさんだって、闘神の末裔だ。きっと、兄であるアレクスさんやアルフさんたちの力になって、魂霊の座を取り戻したいと思っているに違いない。そこに横槍を入れるだけでなく、最初から妾として弄ぶ気満々なギルディアの身勝手さは許せない。


「さあ、日が暮れると山からの冷たい風で、まだ冷える。中にはいりなさい」

「はい。お邪魔させていただきます」


 屋外で立ち話を続けるのも悪いので、僕たちはお爺ちゃんの好意に甘えさせてもらおう。

 それに、と意識をアレクスさんの家の方へ向ける。すると、こちらの様子を伺うように、窓陰や扉の裏から様子を伺う兵士の気配があった。

 どうも、僕たちは警戒されているみたいだね。きっと、横暴な話の途中で割り込んできた僕たちを、邪魔者と認識しているんだ。

 まあ、邪魔しようと思っているけどね!


 僕たちは、アレクスさんの家の中の兵士たちに気を向けながらも、案内されるままに村長さんが住む平屋に入る。

 建物内は、無駄な装飾や美術品のない、質素なたたずまいをしていた。


「ひとつの家屋に、ひとつの一族が住む、というならわしがこの村にはあってね。だから、部屋は多いのだよ。子と孫の部屋だけは遠慮してもらいたいが、後は自由に好きな場所を選んでおくれ」


 たしかに、平屋だけど建物自体は奥行きもあって、思ったよりも大きかった。

 玄関横の南窓が大きく取られた居間から廊下が伸びて、幾つもの部屋が並ぶ。その中で、僕たちは一番大きな部屋を選ばせてもらった。

 だって、全員で寝泊まりさせてもらうからね。


「おやまあ。仲が良いんだね?」


 お爺ちゃんは僕たちが夫婦だと知らなかったようで、別々の部屋を選ぶと思っていたみたいだね。

 全員がひとつの部屋に入って満足する様子に、長い眉毛まゆげを上げて驚いていた。


 僕たちは借りたお部屋に荷物を置くと、すぐに居間へ戻る。

 アレクスさんたちも、僕たちがすぐに戻ってくるとわかっていたのか、居間で飲み物を準備して待ってくれていた。


「んんっと、プリシアはここが良いよ」


 そして、遠慮なくアミラさんの膝の上に座って、温かい飲み物にふぅふぅと息を吹きかけ始めるプリシアちゃん。

 幼女の愛らしい仕草に、居間がほっこりと暖かくなる。

 アミラさんも、さっきまでの悲しそうな表情が和らぎ、膝上のプリシアちゃんの頭を優しく撫でてくれた。


「それじゃあ、アレクスさん。もう少し詳しく聞かせてくれませんか。僕たちに協力できることがあれば、なんでも手伝いますよ?」

「エルネア君たちが味方になってくれるというのなら、この上なく有難い。だが、ここへは君たちの方こそ用事があって来たのではないのかな?」

「はっ! そうでした」


 ついさっきまでの流れで、アミラさんを助けたいと意気込んでしまっていたけど。でも、僕たちには僕たちの事情があったんだよね。

 忘れていました!


「ええっと、僕たちは……」


 と、こちらの事情を話そうとして。戸惑ってしまう。

 はたして、アレクスさんたちをこれ以上巻き込んでも良いのだろうか。

 アレクスさんたちにだって、大きな問題が起きている。そこに僕たちの事情がからまって、あのギルディアに足もとをすくわれたら取り返しがつかないことにならないかな?

 それと、とお爺ちゃんを見てしまった。


「どうやら、込み入った話がありそうだね? 儂はどこかに行っていよう」

「ごめんなさい。そういうつもりじゃなかったんです。大丈夫ですよ、お爺ちゃん」


 よし、決めたぞ。

 アレクスさんたちを巻き込むのは止めておこう。アレクスさんを巻き込むということは、彼の一族に仕えるこの村の人々全員を巻き込むということだ。辺境の地で慎ましく暮らしながら、遥か昔らからの願いを叶えようとしてきた人たちを、僕たちの薄っぺらい問題に巻き込むわけにはいかない。

 それに、当初の計画通りに「プリシアちゃんのご両親を探す旅」という名目で神族の帝国内を移動するだけなら、今以上の協力を求める必要はないからね。


 ということで、僕は魔族の支配者から指示を受けているという部分を隠して、代わりに神族の国を見てみたくて旅行しようと計画し、とりあえずは知り合いのアレクスさんを頼ってここに来た、と嘘をつく。


「……なるほど。物見遊山ものみゆさんの旅か。そうだな。あれだけの戦闘を経験した君たちだ。少しくらい娯楽ごらくきょうじても、誰からも文句は出ないだろう。それに、プリシア殿の親を探す旅、というのは面白い発想だ」


 僕の説明を聞いて、アレクスさんは笑ってくれた。

 嘘や隠し事をしている手前、アレクスさんの笑顔を素直に受け止められないけど、仕方がないよね。だって、これ以上は巻き込めないからさ。

 でも、僕たちはアレクスさんたちの事情に巻き込まれる気満々だよ?


「僕たちの旅行はいつでもできます。だから、今は僕たちもアミラさんの力になりたいです」


 問題には首を突っ込むな?

 馬鹿馬鹿しい!

 仲間の危機にそんなごとを口にする愚か者なんて、僕の身内にはいない。

 もちろん、僕自身もだ。


 僕の申し出に、だけどアレクスさんは顔色を曇らせる。


「本当に、困ったことだ……」

「そもそも、あのギルディアって人は何者なんです?」


 込み入った話の前に、お屋敷の周囲の気配を探ってみる。すると案の定、神兵が長屋の外の物陰に隠れて、こちらの様子を伺う気配を読み取った。


「アレスちゃん?」

『おまかせおまかせ』


 小声でお願いすると、アレスちゃんは顕現することなくお屋敷を結界で包んでくれた。

 よし、それで盗み聞きされる心配はなくなったね。


 アレクスさんも、精霊の気配は読み取れないけど、お屋敷の周囲に結界が張られた気配は感じたようだ。それで、ようやく重い口を開いてくれた。


「……彼は、先ごろこの辺り一帯の領主に就いた貴族だよ」

「領主が、こんな横暴を!?」


 ギルディアが貴族だということは、身なりや雰囲気から察していた。だけど、領主本人だという話に驚きを隠せない僕たち。

 神族の帝国は帝が支配し、国土の隅々にまで威光が轟いている、という話じゃなかったの?

 なのに、あんな人が領主に就くだなんて、この国は大丈夫なのかな?


「元々、この国境端の辺境周辺は、モンド辺境伯へんきょうはく殿が長らく統治されていた。モンドはくが統治されている間は、こちらによく配慮していただき、平穏だったのだけどね」


 神族の帝国も、貴族社会らしい。

 帝が帝国を支配し、貴族たちが各領地を統治する。

 辺境伯爵とは、地方辺境に大きな領土と権力を持つ、帝国内でも屈指の大貴族らしい。


「しかし、少し前に地方豪族出身のギルディア殿がモンド伯に上手く取り入ったようで、最近になってこの辺りの土地を割譲かつじょうされたようだ。それで、少し前に着任の挨拶にギルディア殿がこの村に来られたのだが。どうやら、その時にアミラが目をつけられたようだな」

「そ、そんな……」


 アレクスさんの話だけで、帝国の統治が腐敗している、とは言い切れない。だけど、領民から信頼されていた辺境伯に、そう簡単に取り入ることなんてできるのかな?

 更に、ぽっと出の貴族が領土を割譲してもらえるだろうか。

 しかも、ギルディアは正しく統治するどころか、いきなり横暴を働いてきた。

 モンド辺境伯という神族がどんな人かは知らないけど、いったい何を考えているんだろうね?

 それとも、ギルディアは大貴族をだませるほどの大物だろうか。

 さっき見た感じでは、貴族然とはしていても、大物の雰囲気は感じなかったけどね?


 僕たちは、これまでにも陰謀を企てた者たちと対峙してきた。

 ヨルテニトス王国を混沌に陥れた死霊将軍ゴルドバや、妖精魔王クシャリラ。それに、巨人の魔王やシャルロット。そして、魔族の支配者とその側近の幼女。こうした者たちと比べて、ギルディアは格下どころか、比較対象にすらならない。

 そんなギルディアが、簡単にモンド辺境伯を騙せる要因か何かがあった?


 アレクスさんから説明を受けていると、夕食の匂いが鼻腔びこうをくすぐり始めた。


「んんっと、プリシアはお腹が空いたよ?」

「お前は、いつもはらぺこだな?」


 幼女がお腹をぐうぐうと鳴らし始めて、アルフさんが苦笑していた。

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