灰色髪の傭兵 スレイン

「ええっと、剣闘士けんとうしというと……」

「なんだ、知らないのか?」


 いいえ、知っています。

 アステルの従者であるトリス君が、まさに剣闘士だよね。

 魔族の世界で知らぬ者はいないとわれるほど有名な猫公爵に仕える、黒腕こくわんの剣闘士。アステルが自らの能力で創った黒い両腕で、魔剣や神剣を自在に操るトリス君は、魔族のなかでも有名になりつつあるのだとか。

 そのトリス君が身を置く剣闘士は、魔族の娯楽ごらくとして日々命を賭けて闘っている。

 だけど、じつは人対人の闘いでは、それほど死人は出ないのだとか。むしろ人対猛獣のような戦いの方が、手加減や終わりを見極められずに死者を出すと、前にトリス君が言っていたっけ。


 でも、魔族の見世物となる剣闘士って、基本は奴隷だよね?

 では、スレインと自ら名乗ったこの灰色髪の魔族は、どうして剣闘士なのかな?

 それに、傭兵ようへいって?


 僕が考え込んだことを、スレインは「剣闘士を知らない」と勘違いしてくれたみたいで、親切に教えてくれた。


「剣闘士ってのは、簡単に言えば魔族の娯楽商品だな。闘技場で命を賭けて戦って、観客の魔族を喜ばせるのが仕事だ」


 うん、やっぱり知っているね。と内心で頷きながら、スレインの説明に耳を傾ける。


「基本は奴隷どもが試合うんだがな。魅了眼みりょうがんの魔王陛下の国では、魔族も剣闘士として腕を競い合っている」

「えっ!?」


 魅了眼の魔王!?

 聞いたことのない魔王の存在に、僕だけでなく全員が反応した。


「なんだお前ら、魅了眼の魔王陛下を知らないのか? それじゃあ、あの人の説明もしないといけないが。まずは剣闘士の話だな。察している通り、俺はこの国の西に領国を持つ魅了眼の魔王陛下の国で剣闘士をしていたんだよ」

「していたってことは、昔の話?」

「お前、良いかんをしているな。そうだ、俺が剣闘士をしていたのは二百年くらい前の話だよ」

「すっごい昔だ!」


 魔族の寿命って、たしか神族などと同じで五百年くらいだよね?

 つまり、まだまだ若い容姿をしているスレインは、もっと若い頃に剣闘士をしていたってことだね?


「だがよ、お前ほど強い奴がなんで魔族の見世物として命を張っていたんだよ?」


 スラットンの質問に、にやりと笑みを浮かべるスレイン。


「俺だって、最初からこの魔剣を持っていたり強かったわけじゃねえよ。剣闘士として腕を磨いていくうちに実力をつけたんだ」


 なるほど、と頷く僕たち。


「だが、なぜ剣闘士に? 実力を付けるという目的なら、他にも色々な手段はありそうだが」

「リース、お前は良い質問をするな、気に入ったぜ」

「ははは、貴方のような強い魔族に気に入られるとは有難い」


 僕たちが話し込んでいるうちに、リード様が子鹿を仕留めて戻ってきた。

 リード様はスレインのお話に興味はないのか、こちらの輪に加わらずに、ご飯の準備を始める。

 あとでお礼を言おう。


「魔族でありながら剣闘士になるような奴には、大なり小なり野望や目的や理由があるもんだ。かくいう俺も、目的があった」


 どんな目的? と僕が聞くと、スレインは笑いながら教えてくれた。


「俺はな、幼少期は奴隷だったんだよ。その奴隷から解放される条件が剣闘士として最高位の座に昇り詰めることだったんだ」

「えええっ! 魔族なのに奴隷だったの!?」


 スレインの予想外の告白に、僕たちは仰け反って驚く。

 人族やその他の種族が、魔族の奴隷狩りにあって奴隷に身を落とす、という話はよく聞くよね。

 だけど、魔族さえも奴隷になっちゃうの!?


 僕たちの驚き様に、スレインは満足そうに笑う。


「そうだ。魔族だって奴隷になる、それが魅了眼の魔王陛下の国だ。そして俺も、奴隷だった。魅了眼の魔王陛下のな」

「なななっ!」

「いいな、お前。驚く様子が素直に表情に出るのが面白い」

「ほ、褒められているのかな? って、僕のことはいいんだよ。スレイン、もっと詳しく教えて。その魅了眼の魔王陛下の国では、魔族は魔王陛下の奴隷になるってこと?」


 圧倒的な力で魔族の国の頂点に君臨するのが魔王だよね。

 その魔王だから、国民である魔族も隷属化できるという意味かな?

 それとも、魔王以外にも魔族が魔族を奴隷にしているの?

 僕の質問に、スレインは「後者だ」と教えてくれた。


「あの国では、今でも上位の魔族が下位の魔族を奴隷にする制度がある」

「それであんたは、魔王陛下の奴隷だったと?」

「スラネル、その通りだ。俺は魅了眼の魔王陛下の奴隷であり、剣闘士だった。そして奴隷から解放される条件が、剣闘士として最強になることだったんだよ」

「つまり貴方は、約二百年前に剣闘士として最高の地位まで昇り詰めて、解放されたと?」


 リステアの言葉に頷くスレイン。


「その後は、見ての通りさ」

「傭兵として各地の戦場を渡り歩いている?」


 にやり、とまた笑みを浮かべるスレイン。

 どうやらスレインは、根っからの戦闘狂らしい。


「魔剣は、魅了眼の魔王陛下から下賜されたものだ。良いだろう?」

「周りの兵士たちよりも別格で強かったし、恐ろしい魔剣を振り回していたのは、それが理由だったんだね」


 最強の剣闘士だったスレインに、並の魔族が敵うわけがないよね。

 しかも、手にする魔剣は魔王が贈ったものだからね。そりゃあ、あの威力です。


 僕たちが素直に驚いたり色々と質問することが気に入ったようで、スレインは饒舌じょうぜつに昔話を披露してくれた。


 スレインは、物心ついた時には既に魅了眼の魔王の奴隷だった。

 奴隷として生き、暮らしていた。

 そして、臣下への見世物として剣闘士にされて、必死に生き延びてきた。


「そりゃあ俺だって負ける時もあった。魔族も人族も神族も、数えきれないくらい殺してきた」


 時には、神族が狩られて闘技場へ出されることもあるのだとか。スレインはそうした対戦相手と戦いながら、実力を付けていった。

 そして、魅了眼の魔王の国で、剣闘士として頂点にまで昇り詰めた。


「お前たちを助けた理由も、その過去にある。言っただろう? 最強の剣闘士になるまでは、俺だって負けたり死にかけたことは何度でもある。その時に、助けてもらったんだよ」


 と、スレインは流れ星のマイン様とアンナ様を見つめた。


「俺は今でも巫女に感謝している。だから、俺は巫女は絶対に襲わないし、襲われていたら助ける」

「マイン様とアンナ様のおかげで、僕たちは助かったんだね」

「魔族の国においても、巫女は正しく勤めを果たしていたのですね」

「恐ろしい魔族の国でも、巫女は巫女なんだね」


 と、マイン様とアンナ様は感慨深く頷いていた。


「よし、お前のことはわかった。それじゃあ話題を変えようぜ。この国では、どんな内乱が起きているんだよ?」


 スラットンに質問に、スレインが魔剣を抜く。

 えっ! どういうこと!? と驚く僕たちに向かって、スレインは言った。


「スラネル、俺と戦え。勝ったら教えてやるよ」

「んなっ!」


 目を見開いて驚くスラットン。

 スラットンだって、大勇者の相棒として超一流の戦闘技量を持っている。だけど、スレインは剣闘士の最高位まで昇り詰めた大魔族だよ?

 つまりスレインに勝つということは、魔族の国で剣闘士てして最強になれるという意味だ。

 もちろんスレインは現役じゃないし、現代の剣闘士の実力は不明だけど。それでも、かつて最強であり、まだまだ若いスレインに勝つということは、そういう意味を持つし、それだけの難易度だと示されていることにもなるよね。


「安心しろ、夕食前の軽い手合わせだ。人族相手に命のやり取りをしようってわけじゃない」

「なぁにぃっ! お前、いま人族相手と俺様を完全に格下相手と見やがったな? いいぜ、俺様の実力を思い知らせてやる」

「はははっ、面白い!」


 売り言葉に買い言葉。闘志をみなぎらせたスラットンは、青い長剣を持ってスレインと一緒に僕たちの輪から離れる。

 そして対峙する二人。


「やれやれ、問題児が三人に増えたな」

「リース、それって僕は含まれていなくてリード様のだよね?」

「間違えた、四人だ」

「ひどいっ」


 仕方がない、と立会人を名乗り出たリステアは、苦笑していた。






「……ぐう」


 そして。

 残念なことに、というか結果は最初から見えていんだけど。

 スラットンは、スレインに手も足も出ずに負けてしまった。


 もちろん、お互いに本気は出していないけど。それでも、剣と剣を交じわえば、超一流同士で技量は推し量れる。

 ということで、スラットンは落ち込んでいます。


「まあまあ、スラリン、そう落ち込むなよ。相手は上級魔族だ。むしろお前はよくやったよ」

「スラリンじゃえねっ、俺はスラネルだっ」


 相棒のリステアが、甲斐甲斐しくスラットンをなぐさめる。

 その様子を見て、スレインが「仲が良いな」と素直に感想を漏らした。


 スレインって、じつは結構いい人だよね。

 巫女さまが僕たちの一行に含まれていたから、という理由で助けてくれたけど。でもそれ以外にも、僕たちが気安く話しかけたりスラットンが大口を叩いても怒らない。

 しかも、さっきの手合わせは本当に手加減をしてくれたようで、ぼろ負けをしたスラットンには大きな怪我もない。


 もしかしたら、幼少期から奴隷として生きてきたので、弱者の立場や辛さがわかるのかな?

 まあ、命を賭けた戦闘になると常識が吹っ飛んで、まさに最悪の戦闘狂になるんだけどね。


「さあ、夕食ができましたよ?」

「リード様、待ってましたー!」


 ぐうぐうとお腹を鳴らす僕たちは、リード様が作ってくれた子鹿の肉の煮込みに飛びつく。

 そして、全員で口を揃えて言った。


「リード様、味がなーい!」


 さすがはリード様です。

 どうやら調味料を入れ忘れたようですね!


 その後、マイン様とアンナ様が苦笑しながら味をつけ直してくれた。


「このままスレインが護衛してくれるなら、魔族の国の旅は余裕そうだな?」


 美味しくなった煮込みに改めて舌鼓したつづみを打ていると、スラットンがそんなことを言った。

 僕としても、そうなったら有難いんだけど、と全員の視線がスレインに向く。

 注目を浴びたスレインは、美味しそうにお肉を頬張りながら苦笑した。


「俺としても、面白い友人たちと旅をしたいとことだが。忘れていないか? 俺は傭兵で、正規軍側でさっきの戦場にいたんだぞ。働いた分の適正な報酬をもらわないと大損だ」

「そういえば!」

「はははっ、エルエルは本当に面白いな」


 器に残っていた小鹿のお肉の煮込みを一気に頬張ったスレインは、口をぬぐうと立ち上がった。


「ご馳走さん、旨かったぜ。そういうわけで俺は行くが……。お前たちは南に行ってみると良い。南方の国境付近では人族の奴隷どもが決起して内乱を起こしている」

「奴隷の人たちが!?」

「しかも思いのほか善戦しているようだぜ。興味があったらその絡繰からくりりを調べてみるといい」


 どういう意味かな? と首を傾げる僕たちを余所よそに、スレインはきびすを返す。


「他にも面白い内乱が各地で起きているが、最重要な状況は南だ。俺も目的を果たしたら次は南で暴れさせてもらう予定だ。その時にまた会えると良いな」


 そう言葉を残して、スレインは夜のとばりが降りた森の奥へと消えていった。

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