南へ続く道

 スレインと別れた僕たちは、敗残兵の魔族に見つからないように慎重に、南へ更に五日間ほど歩いた。

 冬枯れの森は途中から山岳の風景になって、それを越えると荒野へ変わった。


「なんだかよ、こうして未開の地を見ていると魔族の国も人族の国も辺境はあんまり変わらねえように思えるな」

「そういえば、神族の国も辺境はこんな感じだったよ?」

「アレクス殿の村がある場所か?」

「そうそう。長閑のどかで素敵な村だったな」


 一応、周囲に魔族の耳がないか注意を払いながら、僕たちはのんびりと南下しつつ取り止めのない会話を続ける。


「ルイララの領地だって田舎だったし、やっぱり大きな街道に面した都市に行かないと何処も同じような感じなんじゃないかな?」

「エルエルよ。そう言うのならなんで俺たちはこうして人気ひとけのない辺境の道を移動しているんだよ?」

「お馬鹿なスラネルに説明しよう!」

「お馬鹿じゃねえよっ」

「ぎゃーっ」


 スラットンに襲われた僕は、躊躇ためらいなくマイン様の背後に隠れる。

 助けて、巫女さま!


「お前、卑怯ひきょうだぞっ」

「いやいや、暴力を振るうスラネルが悪いんだと思うよ?」

「ふふふ、御三方は本当に仲が良いですね?」

「良いね。親友は大切だよ」


 マイン様とアンナ様は、僕たちのやり取りを優しい眼差しで見守ってくれていた。

 歳上の抱擁感ってやつかな。マイン様とアンナ様は何事においても頼れる女性で、僕やスラットンがこうして粗相をしても、優しい心で包んでくれる。


「だが、スラネルの言うことにも一理あるな。このまま魔族の目を避けて移動しているだけでは、この国の事情を探ることもできない。まあ、エルエルが言いたかったことは、敗残兵の気配がなくなるまでは穏便に移動したい、ということなんだろうけどな?」

「リース、正解です!」


 南下を始めて五日間。僕たちはずっと平穏な旅路だったわけじゃない。

 魔物には既に五回も襲われている。

 だけど、魔物以上に僕たちを襲ってきたのは、魔族だった。


「内乱に参加していたような装備の魔族の集団には三回も襲われるし、奴隷狩りの一団には四回も襲われたよね!」

「辺境は魔族の国も発展していないが、その分、人族や他の種族の隠れ村があると思って奴隷狩りの集団がよく彷徨うろついているようだな」

「迷惑な話だよね」


 こんな所で余計な揉め事は起こしたくないので、魔族と遭遇したら基本的には逃げの一択です。だけど、逃げるばかりでは災難を振り払えない場合が多い。

 というか、奴隷狩りに見つかると執拗しつように追いかけ回されちゃう。

 それで何度か戦闘を余儀なくされる場面があったんだけど。


「迷惑なのはお前だよっ、エルエル! なんでお前はその双剣を抜いて戦わないんだ?」

「きゃー、アンナ様助けてっ。僕にだって事情があるんだよ」

「あらあらあら、エルエル君はまだ慣れていないのですね?」

「全部リード様のせいですっ」


 そうなのです。

 僕が滅多なことでは霊流剣を抜けない理由は、リード様にあるんです!

 とはいえ、これも修行の一環だからなぁ、と諦める僕。

 だけど、事情を知らないスラネルは違う。


「なにを人のせいにしてやがる。いいか、次はお前も戦えよ? 流れ星さまに甘えているんじゃねえっ」

「ふっ。スラネルよ、なぜ僕が霊流剣を抜けないか気づけていないようじゃ、まだまだだね?」

「なんだと! 適当に言い掛かりをつけるんじゃねえよっ」

「ぎゃーっ、リード様助けてっ」


 今度はリード様の背後に隠れる僕。スラットンはそれでも襲いかかってくる。

 でも、次の瞬間。スラットンは空中を二回転して、地面に倒れていた。


「ぐふっ」

「あら、あらあらあら? きちんと受け身はとれたでしょうか?」


 もちろん、スラットンを一瞬で投げ飛ばしたのはリード様です。

 はたから見ても隙や無駄のない華麗な動きだった。

 スラットンは、どうやって投げられたのかさえ理解できていないだろうね。


「くそっ。リード様は何者なんだよ……」


 背中をしたたかに打ちつけたスラットンは、苦痛混じりの表情で立ち上がりながらほこりを払う。

 スラットンには、まだリード様の正体を明かしていません。

 リステアはなんとなく気づいているみたいだけどね。


「スラネル、お遊びはその辺にしておけ。リード様にどうやって投げられたのか復習しろ」

「リースよ。そう言うお前だってリード様の動きを理解できていないだろうがよ? なんであんなにゆっくり動いているように見えるのに簡単に投げ飛ばされるんだよ? くそっ」

「このなかでリード様の動きに僅かでも反応できるのは、エルエルぐらいだ。つまり俺たちは、エルエルの実力にはまだまだ敵わないということだよ」

「ちっ」


 僕だって、リード様には手も足も出ないよ?

 だけど、リステアやスラットンとは違って僕は竜脈を感じ取れるし、基礎を学び直しているからね。

 一日いちじつちょうってやつです。


「ともかく、安全を第一に考えているとしても、このまま辺境の人気のない道を移動していても何も進展はないな」

「ちょっとだけ村とかがありそうな道を選んでみようか?」


 だけどこの決定が、僕たちに新たな騒動を呼び込んだ。






「エルエル、人が襲われています!」

「魔族の国の騒動には首を突っ込まないって方針だけど、魔物に襲われている人を助けるのなら良いよね?」

「マイン様、アンナ様、先行をお願いします!」

「「はい!」」


 さらに二日ほど南下した僕たちは、細い道の先で大量の魔物に襲われている集団を目撃した。

 すぐさま、アンナ様が移動法術「星渡ほしわたり」を唱える。マイン様はアンナ様の肩に手を乗せると、二人で先行して応援へ向かう。

 星渡りは、術者と息を合わせて初動の跳躍をすると、一緒に水平移動できるんだよね。

 流れ星さまたちに遅れないように僕たちも全力で走って、襲われている人たちの救援へと向かう。


 アンナ様に移動手段を託したマイン様が、星渡り中に攻撃法術を展開させた。

 三本の月光矢が出現する。そして、豪速で魔物に向かって放たれた!

 月光矢を受けた三体の魔物が、断末魔をあげて息絶える。


「なんだ!?」


 魔物の集団に襲われていた人たちが、突然の援護に驚いたように周囲を見渡す。

 そして、こちらに気づいた。


「ちっ、人族か」

「だが、応援は有難い」

「とにかく、あるじ様を護れ!」


 会話の内容から、どうやら魔族が魔物に襲われていたようだと理解する僕たち。

 魔族なら、たぶん僕たちの加勢がなくても簡単に魔物くらい排除できるだろうね。だけど、困っている人を助けることが巫女さまの勤めで、そこに種族の違いなどは関係ない。

 だからマイン様とアンナ様が「助ける」と決断した問題なら、僕たちは躊躇うことなく剣を抜く。

 まあ、僕はそう簡単には剣を抜けないんだけどね?


「スラネル、お前は右だ!」

「おうよっ、左は任せたぜっ」

「リード様、僕たちも急ぎましょう」

「はい、エルエル君は私に触れてくださいね」


 先行して魔物のむれに飛び込んだマイン様とアンナ様が、揃って薙刀なぎなたを振るう。魔物は、核である魔晶石ましょうせきごと一刀両断にされて絶命する。

 薙刀のあまりの斬れ味に、襲われていた魔族たちがぎょっと目を見開く姿が見えた。

 そこへ、リステアとスラットンが遅れて加勢に入る。

 息の合った連携で魔族たちよりも速く魔物を倒していく二人に、さらに驚く者たち。

 その様子を最後の視界に、僕とリード様は一瞬で騒動の中心、大きな馬車の中まで空間跳躍した。


「えっ! なんで馬車の中なのかな!?」


 二頭立ての馬車はほろ付きで大きく、魔族たちの中心で護られていたことは見ていた。

 だけど、まさかその馬車の中に空間跳躍するだなんて!


「リ、リード様……」

「あらあらあら、流れ星様のお力が必要ですね?」


 いいえ、そうではなくてですね?

 僕が聞きたいのは、なんで馬車の中に移動したんですか? ということです。と言おうとして。

 僕は見てしまう。

 馬車の中で横たわる、衰弱しきった男性を。


「顔色が……。そういう色の魔族、ではなくて……毒かな!?」


 男性は、顔を青紫色のように変色させて、息も絶え絶えといった様子で横たわっていた。


「お前たち、何者だ!」

「ど、どこから!?」


 横たわった男性の傍に付き添っていた二人の魔族が、瞬間移動してきた僕たちに驚きつつも身構える。それをリード様が軽くあしらっているうちに、僕は馬車から顔を出して叫んだ。


「アンナ様、こちらへお願いします!」


 なんだ!? と外で奮闘していた魔族たちが混乱する。リステアやスラットンも、馬車から顔を出した僕に困惑していた。

 だけど、マイン様とアンナ様は動揺なく的確に反応する。

 群がる魔族の中でマイン様が薙刀を振るって道を作り、アンナ様は素早く馬車の中へと入ってきた。

 そして、そこに横たわる息も絶え絶えの男性を見る。


「毒……かな? とにかく診るね」

「お、お前ら、勝手に……!」

「ごめんなさい、おしかりは後でいくらでも受けますから、まずはこの男性の診察を巫女さまに託してください」


 リード様に押さえられた護衛の男性に僕はそういうと、アンナ様を促す。

 僕は、なんとなく察していた。

 きっとアンナ様も、横たわった男性を見た瞬間に理解したはずだ。


 この男性はもう……


 毒なのか、そうじゃなかったとしても……


 青紫色に変色した顔。口の端から泡を拭き、息も浅い。

 僕たちが馬車の中でこれだけ騒いだにも関わらず、横たわった男性の身体はぴくりとも反応しない。

 きっともう……


 だけど、それでも諦めないのが巫女さまなのだと、僕はアンナ様の必死の健診を見て改めて感じ取る。

 そしてアンナ様は高位の巫女なのだと知った。


「どんな毒が盛られたのか調べないと完治はむりだけど。でも、応急処置なら!」


 祝詞を奏上し出すアンナ様。

 魔族だって、巫女が使う癒しの法術は知っている。

 周りで騒いでいた魔族たちも、アンナ様が法術を唱え始めた様子を見て、次第に大人しくなった。


 淡い輝きに包まれる、横たわった男性。

 薄い息に少しだけ力が戻り、呼吸も僅かに安定する。


「ああ、ご主人様……」


 僅かだけど症状が緩和した気配のある男性の容態に、馬車の中にいたひとりの女性が涙を流した。

 だけど、アンナ様は言った。応急処置なら、と。

 つまり、根本の毒は取り除けていないし、毒を中和しないと……


「私たちの手持ちの薬草では、この毒は治せないよ。もっと大きな街、ううん、都市に行ってそこの大神殿なら効果の高い毒消の薬草があるかもしれない」


 魔族の国にも、人族の信仰する神殿宗教の神殿は建立されている。

 支配者層から見ても、人族の宗教は弾圧できないんだよね。

 そして、その神殿に行けば治せるかもしれないと知って、僕は一縷いちるの希望を見出す。

 だけど、馬車の中の人たちは全員が揃って絶望の表情だった。


「都市……私たちは、そこから逃げ出してきたのです。戻れるわけがありません」

「そんなっ!」


 女性の言葉に、僕は絶句した。

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