辺境の領主たち

「どうした、なんの騒動だ!?」


 馬車内の騒動に、外で戦っていた魔族が覗き込んできた。そして、馬車内の状況に顔を引きらせて驚く。

 リード様に倒された護衛の魔族たち。

 横たわった男性に法術をほどこすマイン様。


「ええっとですね……」


 もちろん、人族の僕の姿にも驚き、そして殺気立つ。

 どうにかして現状を説明しなきゃ、と僕が口を開くのと同時に、女性が口を開いた。


「この方々がご主人様を診てくださっているのです」

「家令様……し、しかし?」


 殺気を放ったまま、それでも手を出すことを自制してくれた魔族は、いぶかしそうに僕たちを見る。


「ともかく、外の魔物たちをどうかお願いいたします」

「承知しました。詳しい事情はその後に」


 言って魔族は、覗き込んでいた顔を馬車の外に出す。

 外からは、相変わらず怒号や戦闘音が続いていた。


「もしかしたら、魔物の巣に出くわしちゃったのかもね?」


 普通、魔物に襲われても数匹程度で多い方だよね。でも、さっきから戦闘音が収束しない。

 つまり、倒す側から魔物が湧いて出ているということを意味している。

 そしてそういう場合は、大概が「魔物の巣」と呼ばれる魔物が湧き出る不浄の場所に運悪く当たってしまっているんだよね。


 魔物の巣に当たってしまった場合の対処方法としては、まずはその場から離れること。そしてもうひとつが、魔物を根絶やしにすることなんだけど……

 きっと、馬車の中で横たわる男性の容態が悪すぎて、もう馬車に揺られることにも耐えられなかったんだろうね。だからこの場に留まって、魔族を根絶やしにする選択肢を選んだんだ。

 魔族なら、その選択肢でも問題ないだろうしね。


 アンナ様が、横たわる男性に必死に法術を掛けてくれている。

 もう馬車内でアンナ様に危害を加えようとする愚かな人はいない。

 誰もが固唾かたずを飲んで、アンナ様が施す法術の効果を見守っていた。


 だけど、駄目なんだ。

 根本から毒を取り除かない限り、この男性は助からない。

 都市の大神殿なら医療施設やお薬が充実しているから助けられるらしいけど、でもこの人たちは、その都市からなんらかの理由で逃げてきたのだとか。

 だとすると……


 見守るしかない僕たち。必死に法術を施すアンナ様。

 すると、次第に外の戦闘音が収まり始めた。

 どうやら魔物を根絶やしにできたみたいだね。


「それじゃあ、僕は外の人たちに説明しにいくね」

「それでは私も同行いたします」


 僕と一緒に、女性が立ち上がった。

 毒を盛られて横たわっている男性がこの一団のご主人様で、この女性が家令として身の回りの面倒を見ているんだろうね。

 僕と女性は揃って馬車から降りた。






 色々とあったけど。

 なんとか説明できた僕たち。

 そして、ようやく敵意を鎮めてくれた魔族たち。


 まあ、簡単にいうと。人族の僕たちに魔族たちは魔物と同じような敵意と殺意を向けてきたけど、家令の女性がきちんと説明してくれて渋々ながら納得してくれた、ということです。

 僕?

 僕は女性にお任せしていました!


 家令の女性は、桃色の髪をした若く綺麗な人だ。

 所作しょさも上品で、いかにも高位の魔族に仕える召使めしつかいといった感じだね。

 もちろん、この家令の女性も魔族だった。

 だけど、人族の僕たちにも丁寧に接してくれる。

 きっと、ご主人様を救った一行ということと、そもそもが大らかな性格なんだろうね。


あるじ様を診てくれたことは感謝する。だが、俺は認めぬぞ。人族風情があまり出しゃばるなよ?」

「はい、肝に銘じておきます」


 とにかく、騒動が収まったのならそれでいい。ということで、護衛隊長らしき屈強な魔族に下手したてに返事をしておきます。

 だけど、やはり問題は解決していないんだよね。


「主様の毒は、やはり治せぬか。そうなると……」


 護衛の魔族たちは、きっと忠実な部下なんだろうね。

 家令の女性から毒の説明を受けて、誰もが表情を暗くしていた。


「おいおいおい、助かる方法は明確じゃねえか。何を躊躇ためらってやがる? どっかの都市に行けば助けられるんだろう?」


 そして、空気を読まない、というか魔族に対しても横柄おうへいなのがスラットンです。

 スラットンの言葉に、ぎろり、と殺気を含んだ視線が幾つも注がれる。

 だけど、その程度でひるむようなスラットンではない。


「お前ら、本当に忠臣かよ? 本物の忠臣ならご主人様が助かる方法があるなら命を賭けて挑めよ。なんだ、魔族のくせに人族よりも軟弱野郎どもだな」


 なんだとっ、と息巻いてスラットンの胸ぐらを掴む魔族。

 そこにマイン様が割り込む。


「いいえ、僭越せんえつながら言わせていただきます。あなた方のご主人様が助かる方法は、それしかないのですよ? 助けられる手段が見えていながら、あなた方はご主人様をお見捨てになるのですか?」

「マイン様の言う通りだね。それに、都市だって他にもあるはずだから、あなた達が逃げてきた都市以外の場所に行けば良いんじゃないかな?」


 辺境だから、都市はひとつしかない。とは限らないよね?

 僕の言葉に、苛立ちを隠すことなく舌打ちしながらも、魔族は返答してくれた。


「……ここからもう少し西へ進めば、タールカートン辺境伯様が治める小さな都市がある」

「なんだ、在るんじゃねえかよ」

「はい、スラネル。口をつぐんで!」


 スラットンが余計な口を挟んだせいで、魔族のみんなが殺気立っていますからね!

 僕とリステアが慌ててスラットンの口を塞ぐ。

 魔族はスラットンを睨みながらも、続けてくれた。


「だが、あそこももう落ちているかもしれん。タールカートン辺境伯様は軟弱者だからな」


 どういうこと? と首を傾げたら、家令の女性が親切に教えてくれた。


「タールカートン辺境伯様は、元々は狂淵魔王陛下の側近でらせられました。ですが、その弱腰な態度や意見などで中央から追放させられまして」

「この辺境に左遷させんされた?」

「はい。そして今、この地域では領主同士の戦争が起きているのです」

「えええっ!」


 それじゃあ、僕たちが最初に出くわした内乱も領主同士の争いに関係があるのかな? と聞いたら、家令の女性に首を横に振られた。


「いいえ、北では北方守備軍と反政府の内乱軍が何年も前から戦っていますので、領土を奪い合う領主同士の戦争とは別件でございますよ」

「本当に国内で色々な騒動が起きているんですね……」


 ずっと南の方では、奴隷たちが決起して内乱を起こしているんだよね?

 もしかしたら、この国では他にもいろんな理由で内乱や騒動が起きているのかもしれない。

 そして、巨人の魔王は言ったよね。その首謀者は、じつは狂淵魔王本人だと。

 いったい、この国はどうなっているのかな!?


「とにかく、ご主人様を救うには何処かの都市に行ってお薬をもらわなきゃいけないんだから、ここであれこれと考える前に行動しましょう!」


 僕の提案は、意外とすなんり魔族たちに受け入れられた。

 というか、それしか選択肢は残されていなかった。


「巫女の二人は馬車に乗れ。主様の看病をしろ。他の奴らは勝手についてこい。だが、余計な真似をしたらすぐに殺すぞ」

「承知しました!」


 魔族なりの妥協案だよね。

 魔族は、奴隷以下の消耗品としか僕たちを見ていない。だけど、巫女さまにご主人様を看病してもらうためには、僕たちを無碍むげにはできない。

 それに、さっきの戦闘できちんと理解してもらえたはずだ。リステアとスラットンの強さ。そしてリード様の異質な実力を。

 だから同行を許されたけど、目立っては駄目だよね。


 ということで、僕たちは魔族たちの気に触れないように、大人しく同行させてもらう。

 ちなみにリード様は、誰かの指示や命令もなく、勝手に馬車に乗り込んでいきました。

 さすがです。

 魔族たちは顔を引き攣らせていました!


「やれやれ、どうなることやら」

「ちっ、お礼ぐらい言いやがれ」

「スラネル、仕方がないよ。ここは魔族が支配する国だからね?」

「わかってるよ」


 僕たちは、タールカートン辺境伯が治めている都市へと向かうために、進路を西へと変更した。






 魔族の人たちと一緒にタールカートン辺境伯の治める都市に向けて移動を始めて二日。

 毒に侵された魔族の人は日に日に衰弱していた。

 マイン様とアンナ様が交互に法術を施してくれているけど、やつぱり根本の毒を中和しないと助からないみたいだね。


 毒の種類によっては、法術で完治させることもできるらしい。

 だけどその為には、法術を使用する巫女さまが毒に詳しかったり、そもそもどんな毒が使用されているのかわからないといけないのだとか。

 魔族の国で使用された毒がどういったたぐいのものか、違う地域から流れてきたマイン様やアンナ様には知りようもないよね。

 もちろん魔族の人たちも、ご主人様がどんな毒を盛られたのかを知らなかった。


 それでも二人の流れ星さまの懸命な治療によって、魔族の男性はなんとか命を繋いでいた。

 魔族たちもマイン様とアンナ様の献身を評価してくれているみたいで、二人に何か悪さをしようとする者はいない。

 おこぼれで、流れ星さまの同行者である僕たちの身の安全も確保できていた。


 その魔族たちは、毒に侵されている魔族の男性に深い忠誠を誓った部下たちみたい。

 どんな時でもご主人様の身を案じているし、自分たちの状況に不満や文句を言ったりしない。


 だけど、その魔族たちが口を揃えて愚痴ぐちを溢す。「タールカートン辺境伯様がもっとしっかりしていれば」と。


 上位の魔族は、他者に気安く名前を呼ばれることを嫌う。

 それなのに、魔族たちは平気で辺境伯の名前を口にする。

 それはつまり、辺境伯が多くの魔族たちから見下されて舐められているって意味だよね。

 タールカートン辺境伯相手なら、名前を口にしても恐れることはない、と思われているんだ。


 いったい、魔族に舐められるている辺境伯って、どんな人物なんだろうね?

 そんなに舐められていて、よく辺境伯なんて地位でいられるよね?


 そういう疑問を思い浮かべつつも、僕たちは魔族の男性を救うために、とにかく都市を目指す。

 だけど、僕たちは更なる騒動に行く手をわずらわされてしまうことになる。


「くそっ、銀眼騎士爵の軍勢だ!」

「ようやくタールカートン辺境伯様の都市が見えてきたというのにっ」


 魔族たちが騒ぎ出した。

 それもそのはず。

 僕たちが進んできた辺境街道のずっと先にようやく都市が見え始めた矢先。

 僕たちとは違う南の方角から、大きな土埃が巻き起こった。

 そして、何事か、と目をらす僕たちの視界に現れたのは、騎馬や騎獣に乗った軍勢らしき一団だった。

 南の方角から現れた軍勢は、ものすごい勢いで都市へと迫る。


「ねえねえ、あれって?」


 僕の問いに、魔族が苛立ちも露わに言い放つ。


「最近、この地域で調子に乗っている新参の上級魔族の軍勢だ。奴に主様は毒を盛られ、領地を奪われたんだ!」

「えええっ!」

「奴め、調子付いて門閥もんばつ貴族の親である辺境伯様にまで手を出してきたな!!」

「つまり、このままだと辺境伯様の都市は銀眼騎士爵の軍勢に襲撃されちゃう!?」


 そういうことだ、と舌打ちする魔族。

 人族の僕が気安く話しかけていることにさえ気が回らないほど、魔族たちは苛立ちとあせりを感じているみたいだね。と冷静に分析をしている場合ではない!


「走れ! このまま奴らの戦闘に巻き込まれたら、都市に入れなくなるぞ!」

「タールカートン辺境伯様が都市に結界を張る前に、主様を大神殿へ!!」


 馭者ぎょしゃが馬に鞭を入れて、全力で走り出す。

 護衛の魔族たちも必死に駆ける。

 もちろん、僕たちも!


 だけど……


「おいおいおいっ、このままじゃ俺たちよりも向こうの方が先に都市に到着しちまうぞっ」


 スラットンが叫ぶ通り。

 僕たちがどれだけ全力で走ったとしても、絶対に間に合わない!

 都市へ向けて走りながら、僕たちは危機に直面していた!

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