猫たちの狂演
「しゃぁぁぁっ! なぜ、人族ごときがそれを持っている!」
最大警戒とばかりに毛を
「うっわ、それってあれだよな? 魔王が持ってる……」
「お前、魔王か!?」
どうやら、魔族のアステルさんやシェリアーだけでなく、人族のトリス君も、この魔剣を知っているようだ。魔族の国では、やはり有名な魔剣なんだね。
そして、三者のなかでも心底嫌そうな表情を見せたのは、アステルさんだった。
「はははっ、エルネア君は魔王じゃないですよ。ただし、これを所有しているという意味を考えてほしいですね?」
ルイララが意地悪そうに、アステルさんやシェリアーを見ている。
「まさか、彼の方々はまた、面白半分に人族へ魂霊の座を渡したとでもいうのか……」
シェリアーの口ぶりからすると、僕以外にも魔王位に就かずに魂霊の座を受け取ったことがある人族がいるようだね?
「くわっ。まさか、貴様がそれを隠し持っているとは! あの当時のあの者といい、貴様も儂を騙しておったな!?」
「オズ? いやいや、僕は騙してなんかいないよ? そもそも、家族の間でも話題に出したことはあるし、オズが聞いていなかっただけだと思うけど?」
「ええい、うるさいわっ!」
どうも、オズの反応を見る限り、シェリアーの言う魂霊の座を所有していた人族とは、ずっと昔の人物みたいだね。そしてその人は、レイクード・アズンとかいう大魔王と関わりがある?
その辺も気になるけど、先ずは目の前の問題に目を向けよう。
「ええっと、僕のこれを、ここに置いて行って良いのかな?」
良いわけないだろう! とはアステルさんの叫び。
叫びというか、悲鳴に近い。
どうやら、アステルさんは魂霊の座を見るだけでも嫌らしい。魂霊の座から顔を背けて、視界に入らないようにしている。
「ですよね? でも、ルイララの助言を真に受けるとすれば、僕はこれをここに置いて行かなきゃいけない?」
「そうだね。そして、エルネア君が置いて行った魂霊の座を、放置はできないよね?
「うげげっ!? まじかよ……」
何かを思い出したのか、トリス君は真っ黒な腕をさすりながら、顔面蒼白になった。
「くっ、人族の分際で、私やアステルを脅すというのか!?」
「いやいや、エルネア君は脅してなんていませんよ? それに、ほら。シェリアー様には関係のない話では?」
ルイララの言わんとしていることがなんなのか、僕にはいまいちわからない。だけど、シェリアーはすぐに悟ったようだ。
ぴんっ、と黒い三角耳を立てて、瞳を細めた。
「そうだな、私には関係のない話だった。私はもう寝る。あとは知らん」
「あっ、シェリアー様!」
「シェリアー!? お前だけ、ずるいぞっ」
すると、アステルさんが慌てたようにシェリアーを追いかけだす。
トリス君も、あたふたとし始めた。僕は、そんなトリス君に聞いてみる。
「どういうこと?」
「シェリアー様って、アステル様の家臣とかじゃないんだよ。だから、アステル様が面倒に巻き込まれたからって、シェリアー様が付き従う必要はないってこと」
「ああ、なるほど。それで、シェリアーはアステルさんを見捨てたわけだね?」
「そ、そうなるね……」
シェリアーを部屋から逃すまいと、追いかけ回すアステルさん。だけど、一般的な女性の身体能力しか持っていないアステルさんが、魔将軍級の猫魔族に追いつけるはずもない。
「くくくっ。私を騙した罰だ。アステルも苦しめ」
「嫌だっ。苦労するくらいなら、シェリアーを道連れにするっ」
「私を面倒ごとに巻き込むなっ」
「ああなると、もう俺には止められないっす……」
諦めたように、人と猫の追いかけっこを
どうやら、トリス君も色々と苦労しているようだね。
とはいえ、このまま放置もできない。
「ええっと。僕としては、アステルさんには巨人の魔王の要望に応えてほしいんですが? じゃないと、今度は僕が魔王に弄ばれちゃいます」
「お前があの魔王に弄ばれようが、知ったことかっ」
「お前を
なんということでしょう!
アステルさんとシェリアーは、口を揃えて僕の悲劇を望んでいます。
でも、良いのかなぁ?
「ううーん、僕はもう慣れっ子なんだけどさ。魔王と一緒になって、きっとシャルロットも参戦してくると思うんだよね? そうなると、ふたりも他人事でいられるか……」
「き、貴様!? この土地で騒ぎを起こすつもりか!」
「いやいや、僕自身は騒ぎたくないんですよ?」
「シャルロットとは、あの横巻き金髪の、あの極悪な側近だな!? や、やめろっ。強力な呪力剣でもなんでも創ってやるから、さっさとこの地から出て行けっ」
「いやいや、そうもいかないんですよね。なにせ、僕は伝説の大工さん、じゃなかった、アステルさんを離宮の再築に連れてこいと言われているので。アステルさんが首を縦に振ってくれない限り、僕はどこにも行けませんよ?」
「くうう、人族の分勢で」
追いかけっこを止めて、憎々しげに僕を睨むアステルさん。
だけど、無闇にこちらへ襲ってきたりはしない。
どうやら、魂霊の座の存在が大きいようだ。
「あの魔王や側近と親しいようだな? それに、彼の方々の悪巧みに巻き込まれても、平然としている。なるほど、魂霊の座を持つに相応しい者、ということか」
そして、シェリアーも深くため息を吐いていた。
「ご足労をおかけします。今度は、魔王の要望にあった離宮を建ててくださいね? ああ、それと! 禁領のお屋敷を、ありがとうございます。こっちの方は、みんな気に入って住んでますから」
「禁領の……? そうか、あの屋敷の主人はお前だったのか。それを早く言え」
そういえば、禁領のお屋敷をアステルさんに発注してくれたのって、魔族の真の支配者に仕える側近の幼女だったよね。そのことをもっと早めに出していれば、その時点で僕たちと魔族の真の支配者との繋がりを見つけられていたはずだ。
どうやら、アステルさんは観念したらしい。
嫌だ嫌だ、と文句を言いつつも、離宮を建て直すことに同意してくれた。
「迎えは、森の方に来ていますので」
ルイララがことさら
うん、嫌味ったらありゃしない。
アステルさんも、ルイララの嫌味に対して心底嫌そうな顔をしていた。
「そんじゃあ、エルネアの用事も済んだことだしよ。俺たちの次の目的地は、東の魔術師が住むっていう
スラットンが口を開く。
その時だった。にやり、とアステルさんは何か悪いことを思いついたかのように笑みを浮かべて、猫の瞳を輝かせながらトリス君を見た。
「トリス、お前も行ってこい」
「えええっ、俺もこの人たちに同行して!?」
なるほど。自分がこれから苦労するからって、トリス君にも苦労を味あわせる気だね?
だけど、トリス君の反応はアステルさんの期待するものではなかったようだ。
「まじか、すげぇ嬉しいんだけど?」
「なに?」
「だって、アステル様。この人たちは、人族の勇者だったり、魔王と対等に接するような竜王ですよ? そんな人たちと旅ができるなんて、俺、すげぇ嬉しいんですけど?」
「よし、今の話は無しだ。お前もついてこい」
「えええーっ!?」
もう、笑うしかないよね。
嫌がらせのつもりでトリス君に難題を突きつけたと思ったら、喜ばれちゃった。なら、それを取り消す。アステルさんの横暴さに、トリス君だけでなくみんなが呆れていた。
「ええい。そもそも、お前が最初から真面目に仕事をしないから今回のような面倒ごとになるんだ。今回はお前だけで行ってこい!」
「なら、シェリアー。お前はトリスと一緒に天上山脈行きだな?」
「んにゃ!?」
どうやら、アステルさんは新たな
弄ぶ相手がトリス君から自分に移ったと知ったシェリアーが逃げ出す。それをまたもや追いかけるアステルさん。
ここにプリシアちゃんがいたら、
うむ。今度は幼女を連れて遊びに来たいね。
そうしたら、プリシアちゃんは猫の姿をしたシェリアーを絶対に気にいるだろうし、アステルさんの
「俺、わくわくしてきたっす。そんじゃあ、早速準備をしようかな!」
そして、僕たちに同行すると勝手に決め込んだトリス君は、軽やかな足取りで部屋から出て行った。
やれやれ。今夜は色々とあったというのに、みんな元気だね。
このあと、お客さんである僕たちの存在も忘れて、アステルさんとシェリアーは延々と鬼ごっこを繰り広げた。
そして、
「おらおらっ。そんな
「くそっ、まじ強え!」
翌日。
お屋敷の中庭では、スラットンとトリス君が剣を交えていた。
「お前は、度胸はあるが剣筋がてんで駄目だ。もちっと、先を考えて剣を振り回せよっ」
「さすがは、勇者様の
「従者じゃねえって言ってんだろ!」
ずがんっ、と腰の乗ったスラットンの一撃を受けて、トリス君が無様に吹き飛ぶ。
スラットンとトリス君の手合わせを、お茶を飲みながら見学していたアステルさんとシェリアーが、愉快そうに笑っていた。
「それで、これはどういう状況なんのでしょうか? エルネア殿、できればご説明をいただきたい」
同じく手合わせを観戦していたルーヴェントが、疑問を口にする。それに対して僕が口を開く前に、ルイララが横から割り込んできた。
「ははは。さすがは天族。頭も鳥並みなんだね? 僕は前もって言っていたはずだけどな。ここはもう、竜峰から遠く離れた土地なんだよ。だから、これまでのように気楽には飛べないんだよ」
そう。僕たちは魔王からの用事を済ませて、いよいよ東の魔術師を探して天上山脈に向かうことになった。
そして、アステルさんとシェリアーも、
だけど、ルイララが言ったように、この土地で竜族が気安く飛んじゃうと、いろんな問題が発生する可能性がある。ということで、竜族が飛んでも目立たない夜を待ち、陽が沈むまでこうして有意義に過ごしているわけです。
だけど、僕にも疑問があった。
「じゃあさ、昨夜はいなかったこの使用人さんたちは?」
「ああ、みんなは、近くの村から毎日来てくれているんだよ」
鳥頭とはなんですか、とルイララに詰め寄るルーヴェントは無視して、僕は汗を
「近くに、人族の隠れ村があるんだ。みんなは、そこの人たちさ」
「毎日通うなんて、大変じゃない? なんで住み込みじゃないの?」
「だってさ、ほら……。昨夜のような大喧嘩に巻き込まれたくないだろ?」
「あぁ……」
喧嘩ごとにお屋敷を吹き飛ばすシェリアー。そんな場所に住んでいたら、命が幾つあっても足らないよね。
「まあ、他にも色々と事情はあるんだけど。簡単に言うとそんなところだよ」
朝になって、お屋敷にやって来た使用人さんたちは、僕たちを見てとても驚いていた。
そして、昨夜の連続的な大爆発に話題の花を咲かせていた。
それを見たリステアが、ぽつりと感想を漏らす。
「なんだか、奇妙な気分だな。実は、エルネアから魔族の国の話を聞かされても、あまり実感はなかったんだ。魔族の社会は、もっと冷酷で恐ろしい世界だと思っていた。だが、こうして自ら体験してみると、人族の国とあまり変わらないような気がする」
だけど、リステアの感想を、トリス君は真っ向から否定した。
「いいや、間違っちゃいない。魔族の支配する世界は、最悪だ」
そう言ったトリス君の瞳は、これまでになく強い憎悪が浮かんでいた。
「シェリアー様は、神族や天族は敵対者だ、排除しろ、と言うけど。俺は神族や天族だけじゃなく、魔族も嫌いだ。あいつらのせいで、俺の里は……」
ぎりっ、と憎しみを
だけど、その瞳は決してアステルさんやシェリアーには向けられなかった。
それで、僕は確信する。
「トリス君は、善い人なんだね。魔族は嫌いと言いつつも、大切な者との区別をきちんとつけているみたいだから」
「アステル様は、命の恩人だ。だから、アステル様が魔族だろうとなんだろうと、俺は命を懸けて守る。それに、シェリアー様にも恩があるしね」
きっとトリス君も、いろんな苦労をして今の暮らしを手に入れたんだと思う。そしてこれからも、たくさんの苦難を乗り越えながらアステルさんを守り続け、シェリアーと一緒に暮らしていくんだろうね。
「僕たちは友達なんだから、困ったことがあったらなんでも相談してね?」
「ありがとう、エルネア君。でも、魂霊の座にだけは関わりたくないっす……」
どうやら、ここの住民は魂霊の座でよほど嫌な目にあったらしい。
トリス君の心底嫌そうな表情に、僕たちは笑いあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます