猫のような性格です
振り下ろされた腕をがしりと掴み、アステルさんの動きを封じる。
なるほど、たしかに弱い。
アステルさんは魔族のなかでも最上位に位置する貴族で、普通だと身体能力に魔力を乗せて、恐ろしい
僕の掴んだアステルさんの腕、そして力は、普通の女性のそれだった。
そもそも、飛びかかってきたときの動きも、普通の女性の身体能力の範囲だったし。
「どうどう、アステル様」
「私は
トリス君に背後から押さえられるアステルさん。すると、アステルさんの怒りが今度はトリス君に向く。
「アステル様、落ち着いて。先ずはエルネア君たちの話を聞きましょうよ」
「今、ルイララが口にしただろう。こいつが、私の努力を……!」
「いやいや、僕がなにかをする以前に、アステルさんが巨人の魔王にあんな嫌がらせをした時点で、結果は見えていたと思うんですけど?」
嫌々仕事をさせられた。だから、離宮をど派手に建てて、魔王の
本人は嫌がらせのつもりだったんだろうけどさ。
その上を行くのが、あの魔王ですよ?
きっと、僕たちの来訪がなかったら、リリィに拉致られた
ぷんすかと怒りを振りまくアステルさん。
容姿は美女なのに、言動はどうも気分に振り回されている感じがするね。この辺も、気まぐれな猫に似ているかもしれない。
「少し、よろしいでしょうか。ルイララとエルネアの要件が主だった来訪の目的なんですが。魔王の側近の方が、気になることを言ってまして」
騒がしい状況に苦笑するリステア。それでも、
立ち話もなんだし、取り敢えず座って。と、なぜかこの場で最も地位の低いトリス君が、主人たちに代わって僕たちに着席を
僕は、遠慮なく座らせてもらいます。そして、寝ているニーミアを膝の上に乗せる。
寝ちゃったニーミアを頭の上から落とさないように気を配るのは大変なんだよ?
「にゃむ」
だけど、リステアは真面目な様子でアステルさんたちに向き合っていた。
そして、遅ればせながら、と自己紹介をしつつ、シャルロットが口にしたことをアステルさん本人に確認する。
「……というわけで、聖剣が折れてしまいまして」
すると、騒ぎつつもリステアの話を聞いていたアステルさんは、興味深そうに聖剣を覗き込んだ。
「人族の勇者様が持つ、伝説の聖剣かぁ。すげぇぜ!」
トリス君も、興奮気味に聖剣を見つめる。だけど、リステアが折れた聖剣を
「ああ、なんてこった。伝説の聖剣が……」
剣の半ばから、無残に折れてしまった聖剣。
魔王に指摘されて、原因はアレクスさんのせいではないと、僕たちは知っている。
だけど、やっぱり折れた聖剣を目にすると悲しくなっちゃうよね。
興奮したり悲しんだりと、忙しいトリス君。それとは真逆に、さっきまで騒がしかったアステルさんは大人しく聖剣を見つめて、なにか思い出したかのように頷いていた。
お屋敷に到着した直後。
一瞬で吹き飛んだお屋敷を再築した伝説の大工集団さん。アステルさんは、その
想像を絶する
きっと、リステアもそれを期待しているはずだ。
……ところで、アステルさん以外の職人さんたちはどこにいるんだろうね?
気配を探ってみても、超広大なお屋敷には、この部屋に集った者たち以外の気配はなかった。
だけど、アステルさんが見せた次の行動に、僕たちは
「それが、聖剣? 馬鹿を言え。それは単なる呪力剣だ。ずっと昔に見たな。なんとかって兄弟の片割れが持っていたやつだ」
と言って、手をかざすアステルさん。
次の瞬間だった。
なにも握っていないはずだったアステルさんの手に、聖剣が出現した。
「そ、そんな馬鹿なっ!!」
「もうひと振りの聖剣だと!?」
自分の持つ折れた聖剣と、アステルさんの持つ聖剣を見比べるリステア。
スラットンも、間違い探しのように二振りの聖剣を交互に見比べる。
「聖剣が呪力剣!?」
トリス君だけは、違う理由で
だけど、そんなトリス君に
いったい、どういうこと?
なんで、もうひと振り聖剣があるの?
というか、どこから取り出したのかな!?
困惑する僕たち。その横で、ルイララがくくくっと愉快そうに笑っていた。
「ねえ、ルイララ。教えてよ。君は知っているんでしょ?」
人が困惑する姿を面白がるなんて、やっぱり魔族は極悪だ。だけど、誰かの説明がなきゃ、理解が追いつかない。
ルイララは笑いながらも、僕の質問に答えてくれた。
「エルネア君、来る途中にも言ったけどさ。猫公爵の能力は、魔族の間では特に有名なのさ。それと、エルネア君は最初から最後まで勘違いしていたようだけどね。猫公爵は、伝説の大工さんなんかじゃないよ?」
「えええっ! どういうこと!?」
これまでの話の流れから、猫公爵こそが伝説の大工集団さんの頭領だと思っていた。でも、それは間違いらしい。
では、僕たちのお屋敷や魔王の離宮を建てた大工さんって?
「はははっ、正解を言うとね。猫公爵の始祖族としての特殊能力は、
「な、なな、なんだってーっ!」
つ、つまりさ……
アステルさんが率いる伝説の大工さんが、お屋敷や離宮を建てたんじゃない。
アステルさん自身が、建てた。
ううん、違う。
建てたんじゃない。創り出したんだ。
無から生み出した。
「それじゃあ、聖剣も……」
「見たことのあるもの、知識として持つものであれば、
絶句する僕たち。
まさか、物質創造なんてとんでもない特殊能力を持つ者が存在するなんて!
そして、物質創造の能力を使えば、正体が呪力剣である「聖剣」なんて、容易く複製できるわけなんだね。
「トリス、お前も欲しいなら、ほら」
ぽんぽんぽんっ、と聖剣を何本も複製してみせるアステルさん。
そして、聖剣が増えていくたびに驚愕する僕やリステアを見て、楽しそうに笑う。
「こんだけ量産されちまうと、有り難みもへったくれもないな……」
スラットンなんて、途中から
だけど、そのスラットンが本物と
「でもよ、よく見てみろよ。
スラットンの指摘で、リステアの持つ聖剣とアステルさんが量産した聖剣を見比べてみる僕たち。
すると、スラットンの指摘の意味がすぐに理解できた。
「たしかに、なんだか違うね?
「エルネア、その理由は込められている呪力の違いのようだ。アステル
「ほうほう?」
勇者でありながら、呪術師としても優秀なリステアは、聖剣の宝玉に込められた呪力の違いを正確に読み取っていた。
すると、僕たちの疑問にアステルさん自身が応えてくれた。
「私が創り出したのは、何百年か前に見た当時のそれだ。どうも、今の奴は創れないみたいだな。宝玉に、意志でも込められているんだろう?」
「と、言うと?」
「アステル様の能力って誤解されがちだけど、制限もあるってことさ、エルネア君」
ふむふむ、とトリス君の話に耳を傾ける僕たち。
というか、大魔族の秘密をこんなに簡単に
ああ、魔族の間では特に有名らしいから、隠す必要はないのかもね。
「アステル様にも、創れない物はあるんだ。生命力が宿っている物とか、強い想いが込められている物とかさ」
「今お前が持っているその宝玉には、どうもいろんな想いが込められているな。同等の呪力が宿った見た目が同じ剣は創れるが、それはもう別物だろう」
聖剣の宝玉には、歴代の勇者たちが呪力を注ぎ込み続けてきた。それと同時に、聖剣を受け継いできた者たちの想いも込められていったってことだね。
アステルさんは、込められた呪力は
「ということはさ。エルネア君の持つその不思議な木刀や、今は所持していないあの白剣も、猫公爵には創り出せないってことだね」
霊樹の木刀はわかる。なにせ、こちらの正体は霊樹そのもので、生きているからね。でも、白剣も複製できない?
なんでだろう?
まあ、複製できないと知って、ほっと胸を撫で下ろすことはできたけどさ。
「良かったじゃねえか、聖剣は聖剣だ」
「ああ、そうだな」
ぽこぽこと、嫌がらせのように聖剣を生み出し続けるアステルさん。それにがっくりと肩を落とすリステアや僕たちだけど、心の傷は浅くてすみました。
それもこれも、僕が事前に聖剣の正体を教えていたおかげだよね?
もしも、この場でリステアたちが聖剣の正体を知ることになっていたら、もう立ち直れなかったかもしれない。
「それでよ、あの側近が言っていた意味なんだが。つまり、この魔族が創った複製品でいいなら、お前の旅は終わりってことだよな?」
ようやく、シャルロットが言っていた言葉の意味を理解する僕たち。
たしかに、リステアが納得するのなら、聖剣復活の旅はこれで終わりだね。
見た目は全く一緒だし、宝玉に込められている呪力だって、約三百年前にアームアードが持っていた当時の力は内包しているんだから。
折れた聖剣と、量産された聖剣を見比べるリステア。
どうするの? と見守る僕たち。
すると、リステアは思いの
「駄目だ。俺の旅は、ここでは終わらない。一刻も早い帰還を待ち望んでいる者たちには申し訳ないが、俺はこの今の宝玉に見合った聖剣を取り戻すことが使命だと思っている」
「お前なら、そう言うと思ったぜ!」
リステアの瞳には、強い意志が込められていた。スラットンも、それでこそリステアだ、とにやりと笑みを浮かべていた。
「その宝玉に見合った剣が望みなら、創ってやる。だから、さっさと帰れ」
だけど、リステアはアステルさんの申し出を丁重に断る。
「いいえ、ご遠慮させていただきます。やはり、俺たちは
「まぁ、そういう運命なんだろうぜ?」
これは、聖剣を
約三百年前に、東の魔術師から授かった聖剣は、長い時代を
聖剣が導く運命からリステアとスラットンは目を逸らさず、安易な選択肢は選ばずに進もうとしていた。
「なら、さっさと行ってしまえ」
リステアとスラットンの決意を前に、追い払うようにしっしっと手を振るアステルさん。
そこに、意地悪な笑みを浮かべたのは、もちろんルイララだった。
「はははっ、彼らの申し出は、ついでですよ? 本命は、陛下が所望なさっています離宮の再建です」
「嫌だっ。もう、あそこには行きたくない。だいたい、意味がわからない。魚が空を泳いでいたり、そもそも空も地上も普通とは違う」
「それは、エルネア君のせいですから」
「またお前かっ」
「うひっ」
ごめんなさい。でも、あれは不可抗力なんですよ?
「嫌だ、絶対に行かない!」
「ははは、困りましたねぇ」
いや、ルイララの笑みは、困っているようには見えません。
というか、ここで
アステルさんがちょっと可哀想だけど、仕方ないよね。だって僕たちは、あの巨人の魔王とシャルロットの
だけど、それでもアステルさんは嫌だと抵抗する。
すると、ルイララは僕を見て、またもやにやりと笑みを浮かべた。
「仕方ないなぁ。エルネア君、あれを猫公爵に見せてあげて。というかさ、猫公爵が言うことを聞かないっていうのなら、あれをここに置いて行ってもいいよ?」
「あれ?」
「ほら、ついこの間、君が
「ああ、あれかぁ」
僕はルイララに促されるままに、アレスちゃんを喚ぶ。そして、謎の空間からひと振りの漆黒の魔剣を取り出してもらった。
「ええっと、これをここに置いて行って良いのかな?」
「げっ」
「んにゃ!?」
「うわっ」
すると、漆黒の魔剣「
「なぜ、人族の貴様がその剣を持っている!」
そして、シェリアーに鋭く睨まれた。
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