モモちゃんは桃がお好き

 秋は実りの季節。

 畑には、南瓜かぼちゃや大根、他にも茄子なすや玉ねぎや人参といった様々な野菜が実っていた。


「最初からいろいろな種類を作りすぎじゃないかしら?」


 そう心配していたミストラルだけど、結果から言えば大成功だったね!

 なにせ、僕たちは畑仕事の素人だけど、指導者はルルドドおじさんだし、精霊のみんなも協力してくれたからね。

 そして、僕たちが禁領を不在にしていても、耳長族の人たちがお世話をしてくれていたおかげです。


 お腹いっぱいに朝ごはんを食べた僕たちは、残りの野菜も全員で協力して収穫していく。


 まだ小さくて収穫できないものや、れ過ぎてしまっているもの、虫喰いにあっているものや鳥たちの餌食えじきになってしまったもの、そうした収穫できない野菜を見極めて、丁度良い大きさで食べ頃の野菜をみんなでわいわいと相談したりしながら、次々と収穫していく。


「どうやら、早くも鳥たちに目をつけられたようだな。こりゃあ、鳥との収穫勝負になるぞ?」


 ルルドドおじさんから農作業の知識を叩き込まれた耳長族の男性が、食べられてしまった茄子を手に取って空を見上げた。

 空では、鳥たちが自由気ままに飛んでいた。

 鳥の朝も早い。だから、鳥が食べるか人が収穫するのか、今日は収穫できなかった未成熟な野菜を賭けた戦いが、明日の朝から始まるようだ。


「あのね。プリシアは茄子は好きじゃないけど、南瓜かぼちゃのお菓子は甘くて好きなんだよ?」

「それなら、わたしが創ってやろう」

「はい、アステル。それは禁止でーす!」


 プリシアちゃんの要望に応えて南瓜のお菓子を創り出そうとしたアステルを止める。


「プリシアちゃん、あとでみんなでお菓子を作ろうね?」

「うんっ、作ろう! アステルもね?」

「うっ」


 アステル的には「なんでそんな面倒なことを!」と言いたかったに違いない。だけどプリシアちゃんに先制で言葉を封じられて、顔を引きらせた。

 僕たちは、その様子を見て笑う。

 アステルは笑われたことで頬を膨らませると、そっぽを向いてしまった。


「ごめんね、アステル。でも、収穫したものでお菓子や料理をすることも収穫祭の一部だから、今回はアステルの能力は禁止でお願いします」


 みんなで汗水流して収穫し、それを料理して全員で楽しく食べる。それが収穫祭というものです。


「んんっと、果物くだものがないよ?」

「くっ。プリシアちゃん、そこに気付いてしまうとは!」


 禁領での自足自給を目指して畑を耕し始めた僕たち。

 だけど、僕はご飯のことばかりに気を取られすぎていて、失念していたんだ。

 そう。プリシアちゃんの言う通り。今年の収穫物には、果物がないのです!


 ですがご安心を、プリシア姫。

 ないのなら、禁領の大自然から採ってくれば良いのです!

 そして、自然の実りを収穫することも、収穫祭の一部なのです!


「よし。耳長族の人たちは集まってー! これから、禁領の森に果物を採りに行くよー!」


 僕の掛け声に、なぜか流れ星さまたちまで集まってきました!


「耳長族の方々ように森の奥までは行けませんが、近場でしたらお任せくださいな」

「魔物や魔獣から身を守るくらいはできますので、遠慮なく申し付けてください」


 やる気満々の流れ星さまたちに、僕はお礼を言う。そして、遠慮なく協力してもらう。


「それじゃあ、アステルも含めて流れ星さまたちと果物を採りに行こう!」


 もうそろそろくりが採れる時季じきじゃないかな?

 かき葡萄ぶどうも探せばあるかもしれない。

 さぁて、何を狙おうか。とみんなで相談している時だった。


もも!」


 大鷲モモちゃんが翼を元気良く羽ばたかせて、そう主張してきた。


「なるほど、桃だね。まだ間に合うかもしれないね?」


 桃は夏の果物だけど、探せば何処どこかに残っているかもしれないね!


「探してくるね?」


 モモちゃんは、僕たちの返事を確認する前に翼を羽ばたかせて、禁領の空へと飛んでいきました!

 どれだけ桃が好きなんだー! とみんなで笑う。


「冬を前に、越冬の食糧備蓄も必要だな。鹿やいのししもそろそろえ太り始めて、良い時季だろう」


 モモちゃんを見送った耳長族の人たちが、何人かで弓矢や罠の準備を始める。

 禁領は冬になって吹雪ふぶき始めると、外出することもできないくらいの寒さになる。だから、冬の間の食料は、秋の終わりまでにしっかりと準備をしておかなきゃいけないんだ。


 狩猟しゅりょうも、収穫の秋の一部。

 動物が冬眠前に秋の実りを食べて準備をするように、僕たちも厳しい冬を見越して万全の準備を整えなきゃいけない。


「狩猟に行く人たちは、森の奥で山菜摘みをしている人たちに注意してね?」


 禁領ではそうした事故は起きていないけど。

 故郷では、たまに聞いたり新聞に載ったりしていたんだよね。

 森の奥で狩りをしていたら、人と動物を間違えて矢を放ってしまったとか、人が狩猟の罠に掛かってしまったとか。

 だけど、そこは耳長族でした。


「心配ご無用ですよ。耳長族たるもの、森で過ちなどは犯しません」

「それは頼もしいね!」


 最初は色々とあって耳長族としての技術や知識、それに矜持きょうじに問題のあったみんな。だけど、禁領で暮らし始めて、少しずつ耳長族らしさを取り戻し始めているみたいだね。

 それもこれも、カーリーさんやプリシアちゃんのご両親、そしてケイトさんたちのおかげだね!


「良い心構えだ。では、今日は俺が狩というものを教えてやろう」


 やる気を見せるカーリーさん!


「カーリー。エルネア君に負けないようにね? この間は、狩り競争で負けていたわよね?」

「うっ……! そ、それはだな、ケイト。エルネアは竜峰仕込みの狩りの名人なんだぞ?」

「言い訳禁止!」

「ぐぬぬっ」


 そして、ケイトさんに突っ込まれる。


 最近、というか禁領に移り住んでからかな?

 カーリーさんとケイトさんの距離が近づいているように感じます。

 も、もしかして!?


「エルネア君、なにをにやにやしているの? さあ、行くわよ」

「はーい!」


 カーリーさんとケイトさんの仲睦まじいやりとりを見ていたら、セフィーナに手を取られた。


「あっちに桃があるよー!」


 さらに空からモモちゃんの声が降ってきて、僕たちは慌ただしく準備を整える。


「ほら、アステルも行こうよ。きっと楽しいからさ!」


 セフィーナに手を引かれる僕は、アステルの手を取る。アステルは咄嗟とっさにプリシアちゃんの手を取って、プリシアちゃんはアレスちゃんと手を繋ぐ。

 フィオリーナとリームもついてくる。

 僕たちはみんなで、禁領の森へと足を踏み入れた。






 まず最初に向かったのは、モモちゃんのたっての希望である桃狩りです。

 さすがはモモちゃん!

 こと桃に関することになると、誰も敵いません。そして、モモちゃんは森の奥で鳥に狙われることもなく実りを残していた桃の木まで僕たちを案内してくれた。


「今日からここを、モモちゃんの桃の楽園と名付けよう!」

「わーい、モモの桃だー!」


 わっさわっさと翼を羽ばたかせて喜ぶモモちゃん。

 嬉しそうに、枝先に実った桃を鷲掴わしづかみにすると千切って、地面においていつばむ。

 はむはむはむ、と桃を美味しそうに食べるモモちゃん。


 ……しかし、モモちゃんよ!


 僕の疑念はみんなの疑念であり、モモちゃんもすぐに理解してくれた。


「お腹いっぱいにならないよ!」

「そうだね。大鷲の姿はモモちゃんの魔術だから、本物のモモちゃんのお腹は満たされないよね?」

「うわーん!」


 ぶるぶるぶるっ、と頭を振って悲しむモモちゃん。

 そんな大鷲モモちゃんを、プリシアちゃんが優しく抱きしめた。


「んんっとね、悲しまないでね? お腹いっぱいにならないなら、ずっと食べ放題なんだよ?」

「プリシアちゃん!?」


 悪魔的発想ですね!


 どうやらモモちゃんは、大鷲を通しても味覚は感じられるみたい。

 でも、満腹にはならない。

 ということは!


「魔術の新たな可能性を見出みいだしちゃった!?」


 プリシアちゃんのはげましで、瞳に輝きを取り戻すモモちゃん!


「今ここに、食いしん坊魔術師が誕生するのでした」

「エルネア君、笑っていないでプリシアちゃんとモモちゃんを止めた方が良くないかしら。そうしないと桃を全て食べ尽くされて収穫できないわよ?」

「はっ!」


 モモちゃんは、既に三つの桃を食べ終えました。プリシアちゃんも右手と左手に大きな桃を持っています!


「食いしん坊さんたちめっ」


 と暴食姫たちを取り押さえようとしたら、服のすそに違和感を覚えて動きを止める。

 なにかな? と服の裾を見たら、同行していた流れ星さまたちに服の裾を掴まれていた。


「どうしました?」


 首を傾げる僕。

 だけど、流れ星さのたちの表情は硬い。

 そして、流れ星さまたちの視線は、大鷲に注がれていた。


「エ、エルネア様……。前々から少し疑問に思っていたのですが……。あの、喋る大鷲は……?」

「モモちゃんですよ? 東の魔術師の」

「っ!!」


 僕の返答に絶句し、瞳を大きく見開いて驚く流れ星さまたち。


 なぜ今さらそんなことを?

 と思ったんだけど!


「あっ。もしかして説明を受けていませんでした? モモちゃんの正体は、天上山脈を守護する東の魔術師なんですよ。ええっと、たしか……。北の魔女、南の賢者、東の魔術師、西の聖女、でしたっけ?」

「んんっと、プリシアのお姉ちゃんが南の賢者なんだよ!」

「そうだね、アリシアちゃんもまた遊びに帰ってくると良いね?」

「そういえば、北の魔女とも顔見知りよね。あとは西の聖女だけかしら?」

「北の魔女、会いたい!」

「モモちゃんにいつか紹介できたらなぁ。次に会ったら、絶対に伝えておからね?」

「わーい!」


 と盛り上がる僕たちの側で、流れ星さまたちが驚きのあまり石像化しています。

 ううむ、いけない。このままではミストラルに怒られてしまう。


「ちゃんとした紹介が遅れてしまってごめんなさい」


 僕がそう謝ったら、同行者のひとり、メジーナさんが正気に戻って微笑んでくれた。


「いえ。私は魔族の国での経緯からなんとなく察してはいたのですが、こちらから伺ってはいけないことなのだと思ってしまっていたのです。それで、同僚たちにも正しく伝えられていなかったのは、私が原因ですから」


 メジーナさんは、モモちゃんが天上山脈から飛んできたことを知っていて、それで察する部分はあったんだろうね。

 だけど、モモちゃんが本物の東の魔術師だったとして。それを気安く口にしても良いのかと勘繰かんぐってしまったらしい。

 でも、安心してください。禁領に住んでいるみんなは既に知っているし、アステルと傀儡の王だって最初から知っていたみたいだからね。


 モモちゃんは、妖精魔王クシャリラの野望を阻止したことで、魔族の間でも存在は有名になっているんだよね。

 まあ、魔術で大鷲を創って魔族の国の空の上をしょっちゅう飛び回っていることまでは知らないだろうけどね?

 それはともかくとして。


「こ、これが東の魔術師様……」

「私は山にいるよ?」

「モモちゃんは今も天上山脈に住んでいて、大鷲は実体と区別できないくらい精巧な魔術のまぼろしですよ。すごいですよね!」


 僕に言われるまでもなく、流れ星さまたちは大鷲の魔術に感動していた。

 大鷲ももちゃんに近寄って、恐る恐る撫でる。

 モモちゃんは、流れ星さまたちにされるがままに大人しく翼を閉じて、気持ちよさそうに瞳を閉じる。


「思ったんだけど。モモちゃんて本人はライラ以上に人見知りだけど、大鷲だと平気なんだね?」

「言われてみると?」


 もちろん、禁領に遊びに来た当初は人見知り能力を発揮していたらしい。

 だけど、すぐに流れ星さまたちにも慣れて、今ではああして仲良くしている。

 モモちゃんも成長しているんだね!


「ところで、エルネア君。プリシアちゃんとアレスちゃんを止めなくても良いのかしら?」

「ああっ!」


 プリシアちゃんは、フィオリーナの背中に乗せてもらって、高い位置の桃にまで手を伸ばし始めています!

 アレスちゃんはリームに乗せてもらって、次から次に謎の空間に桃を入れています!


「こらーっ。採りすぎは駄目だからねー?」


 モモちゃんの桃の楽園の実りを頼りに生きる動物たちもいるはずだ。だから、そういう動物の分は残しておかなきゃいけません。

 だけど、僕から逃げるようにちびっ子軍団は逃げ回りながら、桃を口と謎の空間へ収穫していく!


「わははっ。これは面白いぞ。それに甘くて美味しいな」

「アステルまでー!?」

「ふふ、ふふふ。楽しいですね。次は彼方あちらの美味しそうな果実をとってくださいませ」

「エリンちゃんは人形を使わなくても糸で採れるのでは?」

「ふふふ。エルネア様、それでは面白くありませんでしょう? わたしもエルネア様たちと賑やかに収穫したいですから」

「しまった! 乱獲者がここにもいたー!」


 桃の楽園では、果実の乱獲者と自然の調停者に別れた、賑やかな収穫祭になった。

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