猫への恩返し

 桃狩りが終わっても、秋の収穫祭は続く。

 せっかく森の奥に来たんだし、ということで、今度はみんなで野草や他の果物くだものなんかを探し回る。


「何でわたしがこんな事をしなきゃいけないんだ」


 と、アステルは最初こそ悪態を吐いていたけど、気づけばプリシアちゃんとニーミアに手を引かれて、笑顔が絶えない。

 猫のような性格のアステルでも、やはり「可愛い」には敵わないらしいね。

 いつもは周りの人たちを振り回すアステルが、今日はプリシアちゃんに振り回されている。だけど、それでアステルが不機嫌になったり、もう帰る、なんて愚痴ぐちが出ないところを見ると、実はアステルも秋の収穫祭を楽しんでくれているんだろうな、と思えるよね。


 本当なら、桃だろうと野草だろうと肉だろうと、望めば幾らでも最高級の物を創り出せるアステル。でも今は、僕たちと一緒に足と手を使って必要なものを集めてくれている。


「ふふ、ふふふふ。エルネア様の思惑通りでございますか?」


 僕たちと一緒に秋の収穫祭を楽しんでくれている傀儡の王が、アステルに聞こえないように、そうつぶやいた。


「うん、そうだね。このまま楽しく秋の収穫祭が終わると良いんだけどね?」


 傀儡の王も、僕たちに同行してくれている。

 その傀儡の王は、僕の思考を読んじゃうからね。僕が何を考えてアステルを誘ったのか、口に出さずとも知っている。だからなのか、今回は僕たちに対する悪い悪戯をすることもなく、楽しんでいるアステルにもちょっかいを出していない。


「ふふふふ。エルネア様の邪魔をすると、絶交でございますからね?」

「そうだよ、エリンちゃん。だから悪巧わるだくみをしたら駄目なんだからね? それに、悪戯をするよりも秋の収穫祭を満喫した方が良いと思うよ?」

「はい。楽しませていただいていますよ?」


 そう言ったエリンちゃんの右手には、食べきれなかった食べかけの桃がある。

 さっき側近の人形に手渡そうとしたけど、側近の人形の複数の手には別の桃と薙刀が握られていて、渡せなかったのを知っています。

 というか、そろそろ薙刀を返して!

 巨人の魔王へ早く返品しないと、向こうの方から乗り込んできちゃうよっ!


「んんっと、こっちに綺麗なきのこがあるよ?」

「どくどく」

「わははっ。プリシアは毒きのこを探す名人だな?」


 いつの間にか引率係になっている僕やセフィーナが見つめる先で、プリシアちゃんが本日十種類目の毒きのこを発見したらしい。

 無邪気にもうとしたプリシアちゃんを、アレスちゃんが止めてくれる。それを見てアステルが笑うと、釣られてプリシアちゃんも笑う。

 ニーミアは、アステルの頭の上でなまけています。


「怠けていないにゃん。ちゃんと周囲を警戒しているのにゃん」

「ほうほう。それでは、ニーミアよ。周囲は安全かい?」


 僕の質問に、ニーミアはふわふわの尻尾をぴこんと立てた。


「獣の気配にゃん。こっちに迫っているにゃん」

大猪おおいのししだね! 僕たちに縄張りを荒らされたと思って、襲ってきたんだ!」


 僕は気づいていましたよ?

 さっき通り過ぎた水溜まりは、泥が周囲に飛散していた。あれはきっと、この辺に生息している獣が身体に泥を塗った跡だ。

 そして今、その獣が僕たちの気配を察知して、猛突進してきた!


 僕たちに若干遅れて、先ずは耳長族の人たちが森の異変に気づく。次に、一緒に秋の収穫祭を楽しんでくれていた流れ星さまたち。

 全員が申し分のない反応だね!


 耳長族は弓矢を構え、流れ星さまは薙刀を構えたり、いざという時のために法術の準備に入る。

 耳長族は森の種族として、自然や動物たちの動きに敏感に反応できていた。

 流れ星さまたちも、歴戦の強者を示すような反応と動きだね。


 とはいえ、お客様や耳長族の人の手をわずらわせる必要はない。

 僕たちが最初に大猪の襲撃に気づいたのなら、僕たちが対処をすれば良いだけです。

 というか、僕がね?


 僕は未だに返却していない白剣を抜くと、空間跳躍を発動させた。

 そして、やぷの奥に続く獣道の先へと一瞬で移動する。

 一旦、木の枝の上に飛んで、森の奥を見通す。すると、獣道の先から大猪がこちらへ向かって猛突進してくる姿が見えた。


 と、思った瞬間だった!


 どおぉっん! と、猛突進の勢いのままに、大猪が急にひっくり返った!


 耳長族が仕掛けていた罠に掛かった?

 それとも、何かに足を取られて転けちゃった?


 いいえ、違います!


「ふっ。エルネア君よりも先に大猪を倒したわよ?」


 猛突進の勢いのままひっくり返り、その勢いで巨樹の幹にぶつかって倒れて失神している大猪の側に立つ、格好良い女性。

 それは、セフィーナ!


 相変わらず、気配を読んだり相手の力を利用するすべは僕以上だね。

 耳長族や流れ星様たちが動くよりも先に。僕が反応するよりも前に。セフィーナは大猪の気配を察知して、誰よりも速く動いていた。

 そして、こうして大猪を退治してくれた。


「ありがとう、セフィーナ」

「どういたしまして。でも、とどめはお願いね?」


 肥え太った獣を狩ることも、秋の収穫祭の大切な内容だ。

 僕は、失神したままの大猪の腹部前まで空間跳躍をすると、白剣を大猪の胸に突き入れた。

 苦しませないように、一瞬で命を奪う。

 びくんっ、と一瞬だけ大猪が痙攣けいれんをして、そして絶命した。


 残酷かもしれないけど、これが自然のおきてだ。

 僕たちは、何かの命を奪ってでしか生きることができない。

 万物の声が聞こえるからといって、狩られる側の動物や植物に同情していたり気を遣っていたら、こちらの方が飢餓きがで命を落としてしまう。

 だから、僕たちが生きるために奪う者の声は、なるべく聞かないようにしている。

 そして、奪った命は大切に消費すると誓う。


 僕とセフィーナに遅れて、耳長族の人たちや流れ星さまたちが大猪の側にやってきた。


「これは大きいな」

「この地には、こんなに立派な猪が生息しているのですね?」


 耳長族の人たちは、どう解体しようかと相談し合う。

 流れ星さまたちは、禁領の森のふところの深さに感慨深い感想を漏らしあっていた。

 僕はそんなみんなを見渡した後に、最後に到着したアステルへと声を掛けた。


「アステル。大猪を解体してみない?」

「絶対に嫌だ! 残虐ざんぎゃく竜王めっ」

「いやいや、それは誤解だよ? 命を奪ったからこそ、僕たちはこの大猪を大切に消費しないといけないんだよ?」


 お肉は、すぐに食べる分以外は加工して保存食に。皮はなめして冬の防寒用に。骨も何かの道具になったり、畑の肥料になったり。

 僕が十五歳になったばかりで竜峰に入った頃。狩った獣の内臓は処理しきれずに捨てていた。

 だけど、今は違う。

 内臓だって、加工すれば美味しい食材になるし、部位によってはとても栄養になるんだ。

 そうしたことを、僕はミストラルや竜人族の人たちに教わってきた。


 だから、今度は僕がそうした知識をアステルに教えたい。

 アステルは、欲しい物を欲しい時に欲しい分以上に創り出せる。

 だから、知っていても理解していない。

 料理されたお肉が、どういう獣のどういう部位なのか。どう加工されて、美味しくなるのか。加工にどれだけの苦労が掛かるのか。

 野菜を育てる大変さ。果物を採る楽しさ。

 そして、苦労して収穫した後に食べるご飯の美味しさを。


「アステル、動物を解体したことはある?」

「あるわけないだろうっ」

「だよね!」


 アステルなら、解体する必要もなくお肉が手に入るからね!


「それじゃあ、アステル。私が手解てほどきしてあげるから、体験しましょうか」

「うわっ。やめろっ、エルネアの手先のセフィーナめっ」

「あら、私の名前を覚えてくれていたのね?」

「くっ。。わたしはこういう作業はやったことがないんだぞっ」

「んんっと、アステルは動物の解体が下手なの?」

「へたへた」

「下手にゃん? にゃんとプリシアとアレスは、アステルお姉ちゃんが切り分けてくれたお肉が食べたいにゃん」

「おわおっ。プリシアは後ろ脚のお肉が好きなんだよ?」

「たべたいたべたい」

「ぐぬぬ、ニーミアちゃんたちにそう言われると……」

「大丈夫よ、アステル。ほら、この短刀を持って、ここから刃を入れるのよ」


 アステルが本当に嫌がっているのなら、僕たちも強要はしない。

 だけど、これまで僕たちと一緒に収穫祭を楽しんできたアステルの心は、既に色々なことに興味を示して体験したい、という欲求に支配されている。

 だからアステルは「絶対に拒否!」という態度を取らずに、背後からセフィーナに手を添えてもらいながら、大猪の解体作業を体験してくれる。


 分厚い皮と皮下肉の間に刃を入れて、皮とお肉を分離する。

 皮が分離できたら、今度はプリシアちゃんが要望する後ろ脚の太腿ふとももに短刀を向ける。

 筋や骨に沿って、セフィーナが手解きする動きに抗うことなく、アステルが大猪を解体していく。


 もちろん、アステルだけに頼っていたらお肉の鮮度が落ちちゃうので、耳長族の人たちも動く。

 血抜きをするために大猪を木の枝に吊るし、アステルとセフィーナが受け持つ部位以外の解体を他の人たちが協力して進めていく。


 みんなでわいわいと楽しく、それでいて全員が手際よく、大猪を解体していった。


「むむ。先ほど大きな音がしたと思って様子を見に来たのだが。これまた随分と大きな猪を仕留めたのだな?」


 すると、桃狩りに参加せずに狩猟の方へ行っていたカーリーさんたちが、こちらにやって来た。

 どうやら、セフィーナが大猪を倒した時の騒音を拾って、様子を見に来てくれたらしい。

 そのカーリーさんたち狩猟組も、既にいっぱいの獲物を仕留めている様子の荷物を持っていた。


「よし。お野菜や果物もお肉も十分に集まったようだし、お屋敷に戻ろうか!」


 そして、僕の指示で帰路に就くことになった。

 もちろん、大猪を解体した後にね!






 お屋敷に戻ると、居残っていたミストラルたちが、既に夕ご飯の準備に取り掛かっていた。

 とはいえ、料理が食卓に並んでいるわけではない。

 レヴァリアにお願いをして中庭の一画を譲ってもらい、そこに簡易の石窯いしがまを準備して火を起こしていたり、皮をなめす場所を造っていたり、加工食品を造る場所を整理していたりと、僕たちがたくさんの収穫物を持って帰ってくることを前提とした準備だね。


「皮や骨は、わたしが下処理をしてしまうわ」

「お肉などの加工は、わたくしたちがやってしまいますね。ですので、エルネア君たちはお先にご飯をどうぞ」


 そして、僕たちから収穫物を受け取ったミストラルやルイセイネたちが、手早く下処理に入る。

 僕たちは遠慮なく、火起こしされた石釜の前へ!

 もちろん、ルイセイネたちに渡さなかった沢山のお肉や果物や野菜を持ってね!


「あなた達、その前に手を洗ってきなさい!」

「はーい!」


 ご飯!

 素敵な夕ご飯!

 と浮かれる僕たちに、プリシアちゃんのお母さんが注意を促す。それで、アステルを含む僕たち全員で井戸場に向かい、手を洗う。


 プリシアちゃんやアステルだけでなく、畑仕事をしたみんなの服も泥まみれになっていたりするけど、これはもうご飯を食べた後にお風呂に入るしかないよね。

 先にお風呂?

 そんな事をしていたら、空腹を訴えているお腹に反乱を起こされて、餓死がししてしまいますよ!


 じゃぶじゃぶとみんなで手を洗い、急いで中庭に戻る。

 そして、改めて収穫してきたお肉や野菜の前に立った僕たち。


「さあ、これからが本番です!」


 秋の収穫祭。

 汗水流して必死に採ってきた豊かな自然の実りと、あぶらの乗ったお肉の山!


「んんっとね、このくしにお肉とお野菜を交互に刺していくんだよ?」

「ふんふん。こうか? むむ、肉の弾力で串が刺さりにくいな?」

「おわおっ。そのお肉は食べ応えがあるよ?」

「そうなのか?」

「あのね、プリシアは脂の多いお肉よりもそういうお肉が好きなんだよ?」

「にゃんも好きにゃん」

「そうなのか。それじゃあ、赤身をいっぱい焼こう」

「やこうやこう」


 ミストラルたちは、火起こししかしていない。

 だって、今夜食べる食材は、僕たちの収穫物から出されるわけだからね。

 ということで、早速のように自分の食べる分を自分で串に刺して焼き始めるプリシアちゃんたち。

 アステルは気づいているのかな?

 いつの間にか愚痴がなくなって、収穫祭を心から楽しんでいることに。


 僕たちは、アステルに沢山のお礼を返さなきゃいけない。

 妖魔の王を討伐する際には、飛竜の狩場に超巨大な城砦じょうさいを創ってもらった。あの城砦がなかったら、きっと僕たちには数多くの犠牲者が出ていただろうね。

 それに、聖剣復活の旅では自動馬人形を創ってもらったり、カディスの反乱に巻き込まれた際にも色々と助けてもらったよね。


 でも、僕たちはどうしたらアステルに恩返しができるんだろうね?

 普通なら、お礼の気持ちを表すために素敵な贈り物を準備するのかな?

 でも、物質を創造できるアステルにとって「物」は価値を示さない。

 どれほどに貴重でも、アステル自身が創り出せるからね。


 そう考えた時。

 僕は思ったんだ。

 アステルには、物でお返しをすることはできない。

 それなら、掛け替えのない貴重な体験をしてもらおうと。


 とはいえ、山登りや湖畔巡こはんめぐりや各地の観光なんて、アステルが素直に喜ぶのかな?

 何百年も生きてきた始祖族のアステルだ。それなりに絶景を見たり色々な体験をしているに違いない。

 では、どうすればアステルの思い出に残って、しかもそれが楽しかったと笑える体験になるのか。


 色々と頭を悩ませて考えた結果が、この秋の収穫祭だった。


 アステルは、自由に物質を創造できるからこそ、人並みの苦労を知らない。

 厳しい冬を見越して、何日も掛けて保存食の備蓄を必死に増やす。寒さに凍えないように、防寒の準備をおこたらない。

 秋にどれだけ汗を流して準備をしてきたかで、冬の生活の快適さは大きく変わってくるんだ。


 でも、先ばかりを見て現在が苦労ばかりだと、滅入っちゃうよね?

 僕だっていやです。

 だから、秋の収穫祭は大変でもみんなで楽しく乗り越えて、そして最後はこうして苦労を吹き飛ばす宴会えんかいにするのです!


 中腰ちゅうごしで野菜を摘む大変さに、アステルは辟易へきえきしたに違いない。でも、その後に食べた桃は苦労をした分だけ格別だったんじゃないかな?

 自分で見つけた野草や野菜や果物。セフィーナの手解きで初めて解体したお肉。

 アステルにとって大変だったことは、僕にもわかる。

 だけど、苦労した分だけ、自分で動いた分だけ、食べ物は美味しくなるんだ!


 僕たちがアステルに返せるお礼。

 それは、これまでに体験したことのない楽しい苦労と、それに見合う自分へのご褒美がどれだけ素晴らしいものなのかということを知ってもらう経験だった。

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