猫の恩返し

 楽しい夜は、長く続くものです。

 日没前に誰かが音頭おんどを取るわけでもなく始まった秋の収穫祭の、最も重要な行事。それは、今日一日みんなで頑張って集めた収穫物を、みんなで楽しく美味しくいただくことです!


 僕とセフィーナが仕留めて、アステルも協力してみんなで解体した大猪のお肉は、串焼きになったりお鍋になった。

 他にも、狩猟組が狩った鹿や野牛や野鳥の料理、フィオリーナとリームが池に飛び込んで捕まえた魚の料理や、色とりどりの野菜や果物が山盛りになった大皿が並ぶ宴会場は、いつになくにぎやぐ。


 お酒や、果実を絞った飲み物、お水やお茶や、野草と野菜の絞り水が入った杯と食べ物を両手に持った人々が、種族の垣根かきねを越えて、楽しそうに語り合ったり歌ったり踊ったりしていた。

 そして、そんな輪のなかに上機嫌な様子のアステルを見つけて、僕は嬉しくなる。


「アステル、今日は楽しかったでしょ?」


 お酒を片手にプリシアちゃんとニーミアの相手をしていたアステルに声を掛けた僕。すると、いつもの邪険な視線ではなく、普通の視線を向けられて、にこりと微笑まれた。


「ふふふん。お前にしてはなかなかのもよおしだったと認めてやる。最初は、何でわたしが面倒な肉体労働を、と思ったんだがな」


 アステルは、プリシアちゃんが食べ残したお肉の塊を手で掴み、ひょいっと口に運ぶ。

 もぐもぐもぐ、と咀嚼そしゃくした後にお酒を飲んで、お肉と一緒に喉へと流し込む。

 けっして上品とは言えない食べ方だけど、この場にそういう野暮なことを言う者なんていない。

 流れ星さまたちだって、料理や飲み物を持って思い思いに談笑したり、舌鼓したつづみを打っているくらいだからね。


「不思議だ。自分で創った方が完璧な味になるはずなのに、今日苦労して集めて、自分で焼いた肉の方が断然に美味しい」

「でしょ?」

「ふふ、ふふふ。雌猫めすねこが素直だなんて、明日は季節外れの大嵐にでもなるのでしょうか?」

「うるさいっ」

「はいはい、二人とも喧嘩は駄目だからね?」


 僕とアステルが話し始めたことを目敏めざとく見つけた傀儡の王が、こちらの輪にやってきた。

 傀儡の王も、今夜は上機嫌だ。

 アステルが自分で食材を集めたり料理をしたことがなかったように、きっと傀儡の王もこういう体験をしたことがなかったんだろうね。

 なにせ、始祖族しそぞくは誕生してすぐに魔族の真の支配者から公爵こうしゃくの地位と領地をさずかるのだから。

 始祖族は生まれながらに裕福だから、生きるための基本的な苦労を知らないんだと思う。


「エリンちゃんも楽しめた?」

「はい。それはもう、十分に」

「それじゃあ、そろそろ薙刀を返して!」


 結局、カディスの反乱が鎮圧されて深緑の魔王の国が平和になっても、傀儡の王は未だにグリヴァストの薙刀を返してくれていない。

 いったい、いつになったら返してくれるんだろうね?

 もちろん、力づくでとか絶交をほのめかせて強制的に奪うこともできるんだけど。でも、今更にそういう強引な回収はしたくないよね?

 だから僕は、定期的にこうして催促さいそくしているのです。


 僕の懇願こんがんを聞いた傀儡の王は、ちらり、とかたわらの側近人形を見上げる。

 でも、それだけ。

 いつものように「ふふふ」と少女の笑みを浮かべるだけで、返却してくれる気配はない。


 やはり、傀儡の王はまだ返却する気はないようだね。

 それは、何かを意図して返却を引き伸ばしにしているのかな?

 それとも、単純に僕がもてあそばれているだけ?


 むむむ、と困った表情になる僕。

 それを見て、アステルが愉快そうに笑った。


「わはははっ。なんだ、エルネアはあの薙刀がほしいのか?」

「ほしいというか、返してもらわなきゃ困るんだよ?」


 僕が、というよりも、巨人の魔王が支配する国の聖職者の人たちがね?


「ふーん。最初から思っていたが、随分と変わった薙刀だな?」

「あれ? そういえば、アステルにはきちんと説明していなかったっけ?」

「いや、お前に拉致された後に流れ星の巫女から粗方あらかたのことは聞いて理解していた。だが、お前をいかに困らせようかとばかり考えていたからな。薙刀の方に意識を向けたことはなかった」

「僕を困らせようとしていたのに結局は協力してくれるんだから、アステルは本当は優しいよね?」

「うるさい、馬鹿竜王っ」


 アステルはぷんすかとほほを膨らませて恥ずかしさを隠しながらも、傀儡の王の側近人形が持つ薙刀をまじまじと見つめていた。

 そして、おもむろに立ち上がる。

 どうしたのかな? と見守る僕の視線の先で、収穫祭の宴会場となっている中庭に響くように、アステルが声を張り上げた。


「巫女ども、力がほしいか!」

「あっ!」


 僕は嫌な予感に襲われて、アステルの口と動きを封じようと咄嗟とっさに動く。だけど、その僕の方が傀儡の王の側近人形に取り押さえられて、身動きを封じられてしまった。


 アステルの声に、つつましく収穫祭を楽しんでいた流れ星さまたちの視線が集まる。

 アステルは、流れ星さまたちの視線を一身に浴びて、にやりと悪い笑みを浮かべた!


「力がほしいのなら、くれてやろう!」

「あああーっ!」


 僕の叫びが夜空にむなしく響くなか。

 大仰おおぎょうに両手を広げたアステルの前に、それは創り出された!


 創り出された直後。ぼとん、と一本目が無造作に地面に落ちる。その上に、二本目と三本目ががらがらん、と重なって落ちて。

 ばらばらばらっ、とその後は次から次に、創り出されては地面に山のように重なり落ちていく、長い物体!


「きゃーっ、アステルやめてっ。貴重なグリヴァストの遺作がっ!」


 悲鳴をあげる僕。

 そんな僕を見て、愉快そうに笑いながら、アステルはその「物質創造」の能力で、際限なく創り出していく。


 そう。


 グリヴァストの最高傑作にして、最後の遺作である薙刀を!


 なんということでしょう!

 アステルの能力にかかれば、魔族のなかで伝説的に語られている刀匠グリヴァストの武器さえも無限に増産できてしまうんですね!


「エ、エルネア!? アステル、止めなさいっ」


 これには流石のミストラルも慌てた様子で、アステルを止めに入る。

 ミストラルに取り押さえられるアステル。

 だけど、笑いは止まらない。


「わははははっ、愉快だ」


 くううっ。

 僕たちが困っている様子がとても面白いんだね!?

 でも、本当に困っています!


 ど、どうしよう……?

 あれほど貴重で、名のある魔族なら誰もが欲する伝説の武器が、山のように複製されちゃった!


 僕たちだけでなく、事情を聞いていた流れ星さまたちも困惑している。

 困り果てた僕たちや右往左往する流れ星さまたちを見て、アステルの笑いは止まらない。


 どうやらこの人、酔っ払っているようです!


「わははははっ。今回の楽しい体験と美味い料理のお返しだ。好きなだけ持っていけ」

「いやいやいや、グリヴァストの薙刀は魔剣と一緒で、人族が触れたら呪われちゃうからね!?」


 というか、貴重な薙刀の貴重性が失われています……


「ふふんっ。お馬鹿な竜王め。わたしがそんな初歩的な過ちを犯すとでも?」

「と、言うと?」

「安心しろ。本物と区別できるように、わたしが創り出したグリヴァストの薙刀には呪いは付与されていない」

「な、なな、なんと!?」


 思いもしない展開になった。

 酔っ払ったアステルの暴走によって、魔族から伝説的に語られている刀匠グリヴァストの最高傑作が山のように複製されてしまった。

 しかも、その複製された薙刀には、呪いが付与されていないらしい!


「そういえば、妖魔の王を討伐する時にも、呪われない武具を創っていたよね?」


 アステルは、単純に物質を複製したり創り出すだけでなく、こうして意図的な加工もできるんだよね。


「ということは……? も、もしかして。今、僕たちの目の前には途方もなく貴重で高品質な薙刀が山積みになっている?」


 性能は、グリヴァストの最高傑作と同等。それでいて、人族が扱っても呪われない。

 流れ星さまたちにとって、これはまさに奇跡の武器だね!

 流れ星の巫女さまたちも状況を理解し始めて、瞳を大きく見開いて驚いていた。


 まさか、こんなことになるなんて!

 僕だけでなく、家族のみんなや耳長族の人たち、それにユーリィおばあちゃんたちまでもが驚いていた。


「ふふ、ふふふ。素敵ですね?」


 驚きのあまり、ほぼ全ての者たちが動きを止めていた。

 そこへ、ひとり。

 傀儡の王が愉快そうに動く。


 側近の人形から、本物のグリヴァストの薙刀を受け取った傀儡の王は、にこりと可愛らしく微笑んだ。


 そして、次の瞬間。


「えいっ」


 と、本物の薙刀を、山積みになった薙刀のなかへと投げ入れる。


「ああっ!」


 適当に山積みされていた薙刀に、新たな一本が投げて加えられた。

 その衝撃で、山が崩れる。

 そして本物の薙刀が、複製された薙刀のなかに埋もれてしまう!


「エ、エリンちゃん!?」

「ふふ、ふふふ。大丈夫でございますよ? だって、この山積みになった薙刀のなかで、本物だけが正しく呪われているのですから?」

「いやいや、それをどうやって見分けるつもりかな!?」


 真贋しんがんを見分けようにも、本物のグリヴァストの薙刀に触れたら魔族以外は呪われちゃうんですよ!?

 そして、現在の禁領に呪いの影響を受けない魔族は二人だけ。

 アステルと傀儡の王。

 でも、その二人が真贋分けに協力してくれるはずはないよねぇ。


 だって、この二人が一番に笑って楽しそうなんだもの!


「わははっ、傀儡の小娘にしてはなかなかに面白いことを考えたな!」

「ふふ、ふふふ。珍しく気が合いましたね?」


 そして、ここにきて意気投合してしまうアステルと傀儡の王!


 な、なんて恐ろしいのでしょうか。

 この二人が手を組んだら、魔王も真っ青なくらいの悪巧みが魔族の国で巻き起こるんじゃないかな!?

 巨人の魔王なんかは、きっとこの二人をさらに利用して、騒動を引っ掻き回すんだろうね……

 いや、今も巨人の魔王の手中で僕たちは踊らされているのかもしれないよ?


 なにせ、傀儡の王と結託けったくして深緑の魔王の国の騒乱に僕を巻き込んだのは巨人の魔王だ。

 そして、巨人の魔王は禁領に訳ありの流れ星さまたちが流れ着いていることを知っていて、この時期に都合よくグリヴァストの遺作である薙刀が絡む騒動になった。


 もしも、最終的にアステルがグリヴァストの薙刀を大量に複製するところまで計算ずくめだったとしたら……!

 そこまで考えて、僕はぶるりと震えた。

 あまり深く考えないようにしよう。じゃないと、巨人の魔王の底知れない術中にこれまで以上に嵌ってしまいそうで怖いからね?

 考えないで流れに任せている方が、心の安全に繋がります。


「エルネア、貴方がちゃんと選別するのよ?」


 色々と思考を巡らせていたら、ミストラルが恐ろしいことを僕に言ってきた。


「いやいやいや、僕も人族なんだから、間違って本物のグリヴァストの薙刀を掴んじゃったら呪われるよ?」


 僕の悲鳴に、だけどアレスちゃんが隣りでにこやかに言う。


「だいじょうぶだいじょうぶ」

「アレスちゃん?」


 アレスちゃんだって、僕が呪われたら大変だよね?

 霊樹ちゃんも悲しむよ?

 そう訴える僕に、ミストラルが補足を入れた。


「貴方は呪いの最高峰である魂霊の座に触れても呪われないのだもの。いまさら他の魔武具で呪われたりはしないでしょう? それに、魂霊の座を抜きにしても貴方にはアレスの加護やわたしたちが送った宝珠の加護があるのだから、大丈夫よ?」

「ほ、本当に?」


 結婚の義の際に贈りあった宝珠には、僕や妻たちの愛と想いと加護が強く宿っている。それに、ミストラルは口にしなかったけど、アレスちゃんの加護ともうひとつ、霊樹ちゃんの加護も僕にはある。

 でも、やっぱり怖いよね?


「大丈夫だわ。巨人の魔王の呪いをいつも受けているエルネア君なら、その辺の魔族の呪いくらい弾けるわ」

「それでも呪われそうになったら、私とニーナがエルネア君の手から素早く薙刀を払い落とすわ」


 まあ、白剣のつばにも巨人の魔王の呪いが込められた宝玉があって、僕はいつもそれを使っているし、呪われそうになったらユフィーリアやニーナが叩き落としてくれるなら?


 いやいや、それでも怖いよ!


 魔武具に呪われたら、巫女様の法術でも治せないんだよ?

 そう僕が訴えらた、今度はルイセイネとマドリーヌと、そして流れ星さまたちが動いた。


「エルネア君、ご安心ください」

「私たちが、呪いから身を守る法術をエルネア君に掛けますから」


 とルイセイネとマドリーヌが言い終わる前から、流れ星さまたちが法術の祝詞のりとを唱え出していた。


 ど、どうやら流れ星さまたちもグリヴァストの薙刀が気になるようです……

 そりゃあ、そうだよね。

 なにせ、グリヴァストの薙刀は人族では造ることのできないような性能が秘められているはずなんだ。

 これから難題に挑むだろう流れ星さまたちにとっては、喉から手がてるほど欲しい逸品なのかもしれない。


「よし、それじゃあ僕も覚悟を決めて、真贋分けをやろうかな!」


 楽しい夜は、やはり長く続くものです。

 僕の夜は、まだ始まってさえいなかったようだ。


 みんなから加護を受けた僕は、気合を入れて山積みとなった薙刀へと向かい合った。

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