月へのお供え物

 アステルにだまされた!


 呪いは付与されていない。

 それは、嘘でした!


 僕は、無造作に山積みにされた薙刀をひとつひとつ手に取って、真作であるグリヴァストの薙刀か、アステルに創り出された薙刀かを確かめていった。

 確かに、最初に手にした何本かの薙刀には呪いなんて付与されていなくて、とても素晴らしい武器だなと僕は感心していたんだ。


 でもね……


 何本目だろうか。山積みの頂点にあった薙刀を手にした瞬間に、僕は違和感を覚えたんだ。

 まず最初に、薙刀を握った手に妙な熱さを感じた。次に、全身にぞわりと悪寒が走った直後には、僕は薙刀を投げ捨てていた。


「アステル?」


 今の違和感は、と疑念を抱いた僕は、背後で楽しそうに笑うアステルに振り返る。

 すると、アステルは笑いながらこう言ったんだよね!


「わははははっ。今ので呪われていたら面白かったんだがな!」

「なんということでしょう!」


 僕は思い出した。

 そういえばアステルは、妖魔の王を討伐した報酬として準備された魔武具にも呪いをひっそりと仕込んでいたよね。

 ということは!?


「安心しろ。前と一緒だ。呪いといっても半日笑い続けたり踊り続けるような軽い代物だぞ?」

「でも、嘘をいたんだよね?」

「わはははっ。お前にならそれくらいは冗談で通じるだろう?」

「ぐぬぬぬ」


 悲しいことに、アステルには悪意がない。

 猫のような自由気ままな性格だから、こういう悪戯程度は朝昼晩のご飯やお昼寝や雑談と同じような日常のことであり、無意識でもやってしまうものなんだよね。

 そして、アステルが流れ星さまたちに薙刀を創ってくれたことは、紛れもない善意からなんだ。

 だから、僕もこの程度の悪戯は許容しないといけないんだね。


 まあ、みんなの加護があるから、これくらいの呪いなら大丈夫!


 僕だけでなく、みんなも苦笑していた。

 そして、僕は作業に戻る。


「これは、大丈夫。こっちは呪い付き。呪い付きを市場しじょうに流すわけにはいかないから、お屋敷に保管しておこうかな? 将来、魔族出身の戦巫女さまが来訪した時にお土産で渡せると良いね?」

「エルネア君、それは素敵な考えですね」


 ルイセイネが、僕の考えに喜んでくれた。

 これから何十年、何百年とこの禁領で竜王のお宿を続けていけば、いつかは人族以外の巫女さまや神官さまに出会えるかもしれない。そのときには、今回の騒動を笑い話として披露して、資質がある者に薙刀を贈れたら、素敵な思い出になるんじゃないかな?


「それでは、どこかの部屋を収蔵庫にしないといけませんね? エルネア君、収蔵庫に呪い付きの薙刀を運んでくださいね?」

「はっ! それも僕の仕事になるんだね?」


 新たな仕事が増えちゃった! と僕が大仰に驚いたら、作業を見守っていたみんなが笑う。

 僕はてっきり、ひとりで夜通し真贋分けの作業を続けると思っていたんだけど。

 どうやら、それは間違いだったらしい。

 家族のみんなだけでなく、流れ星さまたちや耳長族の人たちまで中庭に居残ってくれて、僕の作業を見届けてくれていた。

 それだけでなく、僕が選別して「呪いなし」と確認した薙刀を耳長族の人たちが綺麗に拭きあげて並べてくれたり、流れ星さまたちはこの機会を巡り合わせてくれた創造の女神様と武器を創ってくれたアステルに感謝をして、奉納舞を披露してくれたり。


 それに、ユフィーリアとニーナは前言通りに僕の傍に寄り添ってくれていていた。

 まあ、僕には呪いをはばむ加護があるから大丈夫で、それじゃあ双子王女様は何をしているかというと、僕に引っ付いてきゃっきゃと楽しそうに邪魔をしているんですけどね?


 ちなみに、その邪魔というのは……


「ユフィ姉様、ニーナ姉様! 頑張ってくれているエルネア君の邪魔をしないで!」


 と、ユフィーリアとニーナを僕から引き剥がそうとやってきたセフィーナを、逆に弾き飛ばす。


「はわわっ。エルネア様のお世話はわたくしがいたしますわっ」


 三人が姉妹喧嘩をしている間にこっそり僕に近づいたライラを、これまた追い返したり。


「むきぃっ、私も混ぜなさいっ」


 と乗り込んできたマドリーヌを流れ星さまたちの輪に放り込んだり。


「貴女たち、いい加減にしなさい!」

「エルネア君の邪魔をしてはいけませんよ?」


 そう言ってミストラルとルイセイネが強制的に排除しようとしたら、


「あら、この役目をミストはさっき黙認したのだから、今更の言いがかりだわ」

「あら、この役目をルイセイネはさっき認めたのだから、今更の反応だわ」


 と言い負かして拒絶したり。


 いわゆる、いつも通りの家族団欒かぞくだんらんですね!


 アステルじゃないけど、これが僕たちの日常だから、家族の全員が極めて普通に騒ぐ。

 そして、耳長族の人たちはそれを愉快にはやし立て、流れ星さまたちは困ったように笑う。

 竜王の森から秋の収穫祭に参加しに来てくれているユーリィおばあちゃんたちも、賑やかに真贋分けをする僕の家族を優しく見守ってくれていた。


「あっ、そうだ!」


 僕はそこで、呪いのない薙刀を並べてくれている耳長族の人たちに向かって、これからのことを話す。


「秋の収穫祭が終わったら、次はみんなの番だからね?」


 何の番かって?

 それは、ほら。

 僕が風の谷で風の精霊王さまと約束したことだよ!


 プリシアちゃんとニーミアは、深夜になったということで既に眠っている。

 だから、いつものような僕の思考を読んだニーミアの相槌あいずちはありません。

 なので、僕は改めて耳長族の人たちに説明する。


「まずは、全員で風の精霊王さまに挨拶しに行こうね。そこから、有志は風の谷で風の精霊王さまの指導を受けて修行ですよ!」


 イステリシアが族長を務める耳長族の人たちは、過去に精霊たちを犠牲ぎせいにしたり強制的な使役を繰り返してきた。だから、僕は反省と意識改革を踏まえて、禁領に残った耳長族の人たちには精霊と仲良くなってでしか使役しないことと決めさせてもらっている。

 でも、精霊たちの積年の疑念は、すぐに払拭ふっしょくされるものではない。

 それでも数名は精霊とのきずなを取り戻してカーリーさんたちに認められ、竜王の森で生活し始めた人もいる。

 それでも、まだまだほとんどの耳長族の人たちが、精霊たちとの絆を取り戻せていない。


 風の精霊王さまは、そんな禁領の耳長族の人たちの事情を知っていた。

 そして知っていてなお、その耳長族の人たちに手を差し伸べてくれたんだ。

 精霊と耳長族の正しい関係性を教えてやろう。と風の精霊王さまは言ってくれていた。

 耳長族の人たちにも、それは伝えていた。

 だから、僕の話を受けて、耳長族の人たちがこの上なく喜ぶ。


「やはり、耳長族として精霊との絆は大切だ」

「私に何が足らないのか、しっかりと勉強させてもらうわ!」

「この機会を無駄にはできんぞ!」

「族長が帰ってきた時に胸を張って出迎えられるようにしなきゃ」

「神殿宗教に入って竜と精霊の楽園で修行をしている仲間たちに自慢できるように頑張るぞぅ」

「こ、これで……。これで、精霊からの毎日の悪戯から解放されるのか!」


 残念です。精霊と仲良くなったら、今以上に悪戯をされる関係になるでしょう。とは、イステリシアの苦労を知っている僕たちの口からは漏れませんでした。

 というか、本当に精霊たちから嫌われていたら、悪戯さえされないんだけどね?

 こういう、耳長族でない僕たちの方が精霊のことを深く知っていることや、認識の齟齬そごがこれから解消されると良いね!


「エルネア君、手が止まっていますよ?」

「おおっと、そうでした」


 まだ、真作のグリヴァストの薙刀は出てきていません。それに、真作を見つけ出しても呪いの分別をしないといけないから、結局は山積みになった薙刀を全て確認しないといけないんだよね。

 とほほ、と僕はまだまだ減らない薙刀の山を見て肩を落とした。






 結局、真贋分けは夜明け前まで続いた。

 それでも努力の結果、全ての薙刀を分別することができた。

 真作の、グリヴァストの薙刀。アステルが創ったなかで、呪いの付与されていない薙刀。怪しい呪いが色々と付与されていた、薙刀。


 真作は、傀儡の王が奪うこともなくきちんと僕たちが回収できた。

 もちろん、間違って誰かが触れないように、アレスちゃんの謎の空間に収納してもらいました。

 呪いの薙刀は、僕が作業している間に家族のみんなが準備してくれていた収蔵部屋に納めて、封印をほどこした。

 僕たちの封印と、ユンユンとリンリンの封印の二重封印だ。

 そして、残った薙刀を流れ星さまたちに贈る。


「ありがとうございます」


 と素直に受け取ってくれる人もいれば、これまで愛用してきた薙刀を名残惜なごりおしそうに抱く人もいた。

 だから、僕は笑顔で言う。


「安心してください。この薙刀を贈るからこれまで使用していた薙刀を没収ぼっしゅうする、なんてことはしませんよ? でも、二本も薙刀を持ち歩けませんよね? だから、流れ星さまたちが将来に流れ着いた約束の地に、僕たちが必ず送り届けます。だって、流れ星の巫女さまたちが流れ着いた先に、僕たちも興味がありますからね!」


 それに、と笑顔の僕とは対照的に、ミストラルが真剣な表情で言った。


「貴女たちは、これから難題に挑むのでしょう? それは、何かで手を抜いても達成できるような試練なのかしら? わたしたちやエルネアは、絶対に達成しなければいけない目標があるのなら、汚い手段を使ってでもその結果を掴み取れと教わったわ。貴女たちに待ち受ける未来の試練は、性能よりも愛着を優先した武器で乗り越えられる程度の難題なのかしら?」


 汚い手段は、本来ならば忌避きひされるものだ。でも、生死を賭けた勝負や運命を左右する重大な局面の時に、いさぎよくあり続けることは難しい。

 何がなんでも生き延びたい。絶対に掴み取りたい。そうした局面においては、誰がどんな手段でも取ろうとするのは、至極真っ当なことだと僕たちは理解している。

 だから、真剣勝負で相手が卑怯ひきょうな手を使ったとしても、僕は「なんて奴だ!」とは思わないし、僕だって大切な家族を護るためや自分の命のためなら、どんな手段も躊躇ためらわないと決めている。


 では、流れ星さまたちはどうだろう?

 これまで、清く正しく慎ましく、まさに「正しい聖職者」として生きてきたであろう流れ星さまたち。

 きっと、僕ちにまだ話していないような様々な争いや死地にも何度となく直面してきたんだろうね。

 流れ星さまたちの所作や心や身体の強さから、それらははかることができる。

 でも、そのどんな場面であっても、きっと流れ星さまたちは「汚い手段」は選ぶことはなかったはずだ。

 だって、彼女たちには頼れる人がこれまでは居たのだから。


 アーダさん。

 本名は、未だに僕たちは知らない。

 まあ、なんとなくの予想は付いているけど。


 そのアーダさんの実力は、僕やミストラルでさえ舌を巻くほどだった。

 そのアーダさんに護られていた流れ星さまたちには、きっと「最後の最後」に決めなきゃいけない「絶対の覚悟」がまだ足りないんだと思う。

 そして、その「足りない覚悟」を得るために、彼女たちは禁領に流れ着いたんだと僕は思っている。

 創造の女神様のお導きでね。


 その流れ星様たちに、ミストラルは家族と接する時のように、容赦なく厳しい言葉を送った。

 そして、流れ星さまたちも素直に、ミストラルの言葉に耳を傾けてくれた。


「そうですね。今のままでは、あの方にお仕えし続けることはできないのです」

「私たちは未熟なのです」

「であれば、折角の成長の機会を見過ごすことはできませんものね?」


 そう言って、名残惜しそうに愛用の薙刀を抱えていた流れ星さまたちも、新しい薙刀を手にとっていった。

 僕たちは、流れ星さまたちから預かった愛用の薙刀を、大切に受け取る。


「必ずお返しすると、竜神の御遣いとしてお約束します。ですのでも、みなさまも必ず試練を乗り越えてくださいね?」


 僕の言葉に、流れ星様たちは満月の輝きのような柔らかい微笑ほほえみを浮かべて、しっかりと頷いてくれた。

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