そして手紙は託された
秋の収穫祭は、たった一日では終わりません!
なにせ、禁領の長く厳しい冬を超えるためには、たくさんの備蓄が必要だからね。
ということで、楽しい夜を送ったその後も、何日にも渡って秋の収穫祭は続いた。
そのおかげで、暖を取るための良質な毛皮や保存食や冬籠りの準備は滞りなく進められた。
そうそう。
寒い冬は、
そこでひとつ、面白いことに気付かされたことがあったんだ。
流れ星さまたちは、暖炉用の
確かに、薪木は大切だよね。
薪木がないと、暖炉で火を起こせないし、料理などにも使えない。
でも、そこで僕は違和感を覚えて、流れ星さまたちに聞いてみた。
「でも、今から集める薪木は、今年の冬には使えませんよ?」
薪木って、拾ってきたらすぐに使えるものじゃないんだよね?
もちろん、用途によってはすぐに使えたり、場面場面で利用することはできるんだけど。
だけど、僕に声を掛けられた流れ星さまたちは、不思議そうに首を傾げた。
つまり、流れ星さまたちは、毎日利用している薪木は、取れたての物だと思っていたんだね?
そして、それはつまり、流れ星さまたちは薪木を拾い集めなきゃいけないような生活には縁がないような、それなりの生活をしていた人たちなのだと、僕たちは知った。
「ええっと。取ってきたばかりの薪木は湿気ていたりするので、乾燥させなきゃいけないんです。お風呂用とか野宿では拾った薪木をそのまま利用しますけど、煙がすごいですよね?」
そうなのです。
薪木は、取ってきたら乾燥させなきゃいけないのです!
そうしないと煙が凄すぎたり、燃え難かったりするからね。
ちなみに。
余裕があるなら、取ってきた薪木は一年ほど薪棚に置いておく。そうすると湿気が取れて、使い易くなるんだ。
そして、禁領で普段から使っている薪木も、取れたての物ではない。
その事実を知った流れ星さまたちは、心底驚いていた様子だった。
と、思いもしない流れ星さまたちの世間離れした一面を知る出来事があった秋の大収穫祭も、冬に必要な備蓄を蓄え終わると、終わりを迎えた。
そして、次に待つ大きな行事といえば!
はい、その通り!
風の谷へ行って、風の精霊王さまに挨拶をしたら、耳長族の人たちの本格的な修行が始まるのです!
「にゃあ」
「それじゃあ、勇者のところに手紙を届けにいくね?」
「モモちゃん、よろしくね!」
「むうむう。プリシアはもっとモモちゃんと遊びたいよ?」
忙しかった秋の収穫祭の合間を縫って、僕は故郷のみんなに初めて手紙を書いた。その手紙を僕から預かったモモちゃんは、プリシアちゃんの
きっと、数日後にはまた帰ってくるんだろうけど、プリシアちゃんには寂しい思いをさせちゃったね。
それはともかくとして。
「エルネア君、全員の準備が整いましたよ」
とマドリーヌに声を掛けられて、お屋敷の西側の玄関に向かった僕とマドリーヌを待っていたのは、家族のみんなと、耳長族の人たち。そして、
「まさか、流れ星さまたちも行くとは思いませんでしたよ?」
「これも修行の一環ですので。もしも足手纏いと判断した場合は、すぐに切り捨ててくださって結構です。自力でこのお屋敷に戻るくらいの力量はありますので」
むしろ、その程度の技量がない者はこれから先の試練には相応しくありません。ときっぱり言う流れ星代表を務めるディアナさま。
流れ星さまたちは正真正銘の「巫女」なので、もし適性があったとしても精霊術は使えない。
洗礼を受けた巫女は、法術以外の術の使用を禁止されるからね。
では、なぜ流れ星さまたちまでもが風の谷に向かうのか。
それは……
純粋な好奇心ですね!
風の精霊。しかも、その父であり母である「精霊王」に会える機会なんて、滅多にない。
というか、普通に生活していたら絶対に会えないし、気配さえ感じることもない。
でも、これから耳長族の人たちと一緒に風の谷に向かえば、風の精霊王さまに会えるんだ。
それで、貴重な体験として流れ星さまたちも同行することになったのです。
ただし、そこはディアナ様の言う通りで、修行の一環だ。
マドリーヌが真面目な表情で流れ星さまたちに言う。
「
つまり、どういうことかというと。
僕たちは、これから禁領の西側にある風の谷へと向かう。
ただし、現地集合なのです!
約束の日数で指定した場所に到着できなかったら、脱落者と見なす。
もちろん、それは耳長族の人たちにも適用される。
ここに集合して出発した瞬間から、修行が始まるというわけだね。
耳長族の人たちは、空間跳躍を駆使して森を
でも、流れ星さまたちは大変だ。
移動法術「
西の霊山の麓まではそれでも僕たちが利用する獣道があるから良いけど、その先は本当に自力で道なき道を進むしかない。
風の谷へ辿り着いてからが修行の本番である耳長族の人たちとは違い、流れ星さまたちは目的地に辿り着くまでが本命の修行となるんだ。
「絶対に油断はしないように気をつけてくださいね。お屋敷周辺は比較的安全ですが、森の奥になると僕たちと交友のない魔獣が
もしも命の危機に陥ったり無理だと判断した場合は、素直に救援を出してもらう。そうすれば、リリィが飛んできてくれる
レヴァリア?
もちろん、頼めば助けてくれるよ?
ただし、今回の修行に参加するフィオリーナとリーム限定でね!
『負けないぞっ』
『リームもぉ』
「にゃん」
「ちびっ子組は、プリシアちゃんのお母さんの言うことをちゃんと聞くこと。そうしないと、怒られるからね?」
「むうむう。プリシアはお母さん抜きがいいの」
プリシアちゃんも、もちろん参加します!
こんなに楽しい修行に関わらないなんて、有り得ないからね。
ただし、今回は参加者が多くて僕たちの目が行き届かないので、プリシアちゃんには保護者がつきます。
プリシアちゃんのお母さん、お願いします!
「エルネア君も、ひとりで移動するからといって途中で余計な騒動に巻き込まれないでくださいね?」
「とうとうマドリーヌまで、ミストラルたちのようなことを言い出しちゃったよ!?」
こ、今回こそは穏便に進みます……
主催者の僕が脱落者になったら、目も当てられないからね!
「妻たるもの、この程度の修行は難なく乗り越えて
「妻たるもの、この程度の移動は遅れることなく到着して
「姉様方。つまり、遅れた者は妻失格ということかしら?」
「ふふふ、セフィーナ言うじゃない?」
「ふふふ、セフィーナ良い覚悟ね?」
「ふふふふっ」
「あらあらまあまあ。エルネア君の妻たるもの、互いの不幸を願ったりしていては駄目ですよ?」
「そもそも協調性がないようなら、その時点で妻失格かしらね?」
もちろん、妻たちも移動の修行に参加する。
たまには個別に移動して、移動の大変さや野営の心構えの初心を取り戻そう、という家族間の目標があるんだよね。
なので僕だって個別に移動するので、そのこライラさん、ひっそりと僕についてきたら駄目だからね?
僕が注意する以前から、ライラはみんなに監視されています。
「さあ。それじゃあ全員、荷物の最終点検をしよう!」
とは言ったものの。
僕を含む全員が、軽装だった。
身を護る武器が一番の荷物になっているくらいに。
「水も食料も、現地調達のこと。水は
僕の注意に、耳長族の人たちの表情が一斉に青ざめた。
耳長族の人たちがイステリシアに率いられて禁領へ襲撃を仕掛けたときのこと。
色々とあって、彼らは毒の湖の底へと沈められました。ユーリィおばあちゃんによって。
当時のことを思い出したんだろうね。
僕たちは苦笑するしかない。
全員が持ち物を再点検したことを確認すると、僕は号令を発した。
「それでは、五日後に風の谷の入り口で会いましょう!」
秋の収穫祭が終わり、次に秋の大修行が始まった。
耳長族の人たちが、一斉に姿を消す。
空間跳躍を駆使し、一瞬で西の
続いて、流れ星さまたちが動く。
「僕たちも行こう!」
ここは、妻たちに格好良い僕を見せる好機だよね!
誰よりも早く現地に到着して、みんなを迎えよう。
わっはっはっ。
男らしい僕の姿を見て、妻たちはきっと
僕も空間跳躍を発動させて、一瞬で玄関先を去る。
一回目の空間跳躍で、先行していた流れ星さまたちを追い抜いた。
その僕を、一瞬で追い抜いていくミストラル。
「えっ!?」
速すぎませんか!?
本気のミストラルの速さに驚いて足が止まった僕の横を、セフィーナが通り過ぎた。
「お先に」
なんて格好良く微笑みながら!
「エルネア君、どうされたのですか?」
「むきぃっ、待ちなさいっ」
と、続けて星渡りのルイセイネとマドリーヌが追い越して行った。
「エルネア君、足が止まっているわ」
「エルネア君、手が止まっているわ」
「はわわっ。エルネア様、今回だけは同行できませんわ」
「ライラは抜け駆けした時点で失格だ」
「他のみんなも、抜け駆けしたら即失格だからねっ。お姉ちゃんと私が監視しているんだからねっ」
賑やかに、ユフィーリアとニーナとライラとユンユンとリンリンが僕を置いて走り去っていく。
「エルネア様、頑張ってくださいね?」
「ええっとぉ、応援しています!」
「どうかご無事で」
なんて奇妙な心配をされながら、抜き去ったはずの流れ星さまたちにも抜き返される。
『追い越しゃえっ』
『追い抜けぇー』
「んんっと、お兄ちゃんが鬼ね?」
「鬼ごっこじゃないにゃん」
更に、ちびっこ組にも先を越された。
な、なぜに!?
最初のミストラルの速さには本当に驚いて足が止まったけど、その後は……!?
はっ、と僕は自分の現状を整理した。
空間跳躍直後に、一瞬だけ足を止めた僕。
では、なぜに続けて空間跳躍を発動させなかった?
いやいや、驚いていたとはいえ、その程度で動きが滞る僕じゃない!
では、何かの要因で?
と、自分自身の状態を確かめるように身体を見下ろした僕。
そして、原因を突き止めた!
「ぼうがいぼうがい」
「アレスちゃん!」
個別移動の修行、とはいっても、一心同体も同然の僕とアレスちゃんが離れるわけがない。
いや、離れてほしい!
僕の下半身にがっしりと抱きついたアレスちゃんが、僕の空間跳躍を阻害していました!
なんて悪い子なのでしょうか。
僕はアレスちゃんを抱きかかえる。
「悪い子はお仕置きだよ?」
「たのしみたのしみ」
「楽しみなのか!」
本当に困った精霊さんですね。
でも、なんとなくアレスちゃんの思惑が理解できた。
深緑の魔王の国から帰ってきて色々と忙しくて、あの場所に行っていなかったからね。
きっと、僕は最初にそっちに向かわないといけないらしい。
「ふふ、ふふふ。どちらへ向かうのでしょう?」
「お前だけ
最後に、普段の速さで歩く傀儡の王とアステルにまで追いつかれた僕。
この二人、仲良くなっていますよ!
ううん、違うのかもしれない。
嫌だ嫌だと言うのは、相手を強く意識しあっているからで、ちょっかいを掛け合っても絶縁したり決定的な別れをしないということは、深い部分でお互いを認め合っていたからだよね。
そして、禁領に来て喧嘩を禁止された二人は、グリヴァストの薙刀の一件でとうとう共通点を
僕への嫌がらせを楽しむという、迷惑極まりない共通点を!
意気投合してしまった極悪始祖族組は、僕を置いてのんびりと西へ歩いていく。
僕はその二人を見送ると、少しだけ目指す方向を変えた。
「アレスちゃん、待たせてごめんね?」
「れいじゅちゃんにもあやまって?」
「ぐふっ。それはもう、いっぱい謝るよ!」
忘れていたわけじゃないよ?
ただ、今日までは色々と忙しかっただけだ。
でも、ここで五日間の自由行動を得た。
それなら、僕は霊山の山頂に遊びに行かなきゃね!
改めて空間跳躍を発動させると、僕は西に広く裾野を広げる霊山へ向かった。
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