通じ合う心

 霊山へ向かって、全力で空間跳躍を発動していく。


「待っていてね、霊樹ちゃん!」

『待ってるよーっ』

「僕の声が届いた!?」

「とどいたとどいた」


 まだ霊山の裾野すそのの端にさえ到達していないというのに、僕がひとりで入れた気合いに霊樹ちゃんから反応があって、驚いてしまう。


 深い森の先に見える霊山は、秋色に染まって美しい。

 でも、山頂の窪地くぼちそびえ生えているはずの霊樹ちゃんの姿は、平地からでは絶対に見えない。

 なぜなら、ユーリィおばあちゃんやアレスちゃんたちの迷いの術が、霊山全体にほどこされているからね。

 だから、たとえ霊樹ちゃんの存在を知っていたとしても、不届者は霊山を登ることはできないし、霊樹ちゃんの姿を目にすることさえできない。


 僕だって、平地の方からでは霊樹ちゃんの姿を見ることはできない。

 なのに!


竜心りゅうしんみたいなものかな? 僕と霊樹ちゃんの関係なら、僕の声が届く?」

「とどくとどく」

『届いたよーっ』

「これって、アレスちゃんとどれだけ離れていても僕の声が届くのと一緒だね?」

「いっしょいっしょ」


 まあ、僕とアレスちゃんの場合は、アレスちゃんは僕とどれだけ離れていても声を聞けるようだけど、僕にはアレスちゃんの声が届かないんだけどね?


「しゅぎょうぶそく」

「言い切られちゃった!」


 がっくりと、空間跳躍先の太い木の枝の上で肩を落としたら、霊樹ちゃんが霊山の山頂で笑ったような気配がした。


「ようし、本当に待っていてね! すぐに向かうからっ」


 気合いを入れ直すと、僕は遠い先に見える秋色に染まった霊山へと全力で空間跳躍を発動させた。






 霊山の裾野は、緩やかな斜面で広大に伸びている。

 標高の低い山裾やますそは周囲に広がる樹海と一体化して、深々と樹々が生い茂っている。だけど、中腹以上の高地になると徐々に木々の姿は減っていき、代わりに草木が覆うようになっていく。

 秋になり、眩しいほどの夏の緑はなくなって、金色に似た枯れ草や落ち葉の積もった霊山の姿は美しい。


 僕は休むことなく連続空間跳躍を発動させて、早々と秋一色に染まった霊山の山頂へ一気に駆け上がった。


「お待たせ!」

『おかえりっ』

「ただいま!」


 僕の帰るべき場所とは、妻たちの側であり、禁領のお屋敷であり、そして霊樹ちゃんの根もとである。

 だから「ただいま」は正しい!


『そうだそうだー。たまには旅先から直接こっちに帰ってきても良いよ?』

「うっ。次はそうするね!」


 霊山の山頂まで登り、窪地に入ると。

 これまで近くに見えていた空の景色が一瞬で変化して、窪地の上空を覆うような超巨大な大樹の姿が視界を支配した。

 これが、地に根付いた霊樹ちゃんの姿だ!


 霊樹ちゃんは、ゆさゆさと枝葉を揺らして僕の到着を歓迎してくれる。

 僕も久々に霊樹ちゃんの立派な姿を見られて、感動に包まれた。


「これはもう、竜の森の霊樹よりも大きいんじゃないかな!?」

「おせじおせじ」

『まだまだ敵わないよーっ』

「向こうは、スレイグスタ老に二千年以上も守護されてきた偉大な霊樹様だからね。でも、霊樹ちゃんならきっと追いつけるよ!」

『よーし、エルネアに守護してもらって、大きくなるぞーっ』

「おー!」

「がんばれがんばれ」


 アレスちゃんも、いつになく機嫌が良さそうだね。

 やっぱり、霊樹の精霊は霊樹の側に居ることが嬉しいんだ。


『ごはん!』

「ごはんごはん」

「お食事を待つ食いしん坊さんの心境だった!?」


 どうやら、僕は間違えたらしい。

 霊樹ちゃんもアレスちゃんも、ご飯前だから機嫌が良かったんだね!


「やれやれ、仕方がないなぁ」


 と僕も機嫌良く、最後の空間跳躍を発動させた。

 一足飛びで窪地の浅い湖を飛び越えて、霊樹ちゃんの根もとに到着する僕。

 そのまま腰を下ろして、霊樹ちゃんの巨大な幹に背中を預けると、瞑想に入る。

 すぐに、アレスちゃんが僕の膝上に乗ってきた。


 霊山の山頂には、竜脈の本流が通っている。

 瞳を閉じて意識を鎮めただけで、竜脈の荒々しくも雄大な流れを感じ取る僕。

 激流にも負けない勢いで、霊樹ちゃんが竜脈を吸い上げている気配が、背中から強く伝わってきた。

 僕が瞑想でみ取れる竜脈の量なんて、霊樹ちゃんに比べたら微々たるものだ。


『それでも、エルネアのご飯が食べたいよーっ!』


 瞑想していたって、霊樹ちゃんの姿ははっきりと認識できる。

 竜脈の力を吸い上げた霊樹ちゃんは、窪地を覆う枝葉の先にまで生命力を満たしているからね。

 霊樹ちゃんから見たら、僕はちっぽけな存在かもしれない。

 それでも、その霊樹ちゃんが僕を頼って、僕が吸い上げた竜脈を今も欲しがる気配が何よりも嬉しい。

 だから、僕も霊樹ちゃんの想いに応える。


 僕たちの足もと深くを荒々しく流れる竜脈に、意識を向ける。

 おけを使って手荒く竜脈を汲もうとすれば、瞬く間に激流に桶どころか手も身体も持っていかれて、おぼれてしまうだろうね。

 だから、どれだけ急いでいても、慎重さを忘れてはいけない。

 杓子しゃくしのような小さな器で、竜脈にそっと差し込む。そうして自分の技量にあった必要分だけ、丁寧に汲み取る。

 竜脈から汲み取った力を全身に行き渡らせるような感覚で体内で巡らせていき、錬成していく。

 そうすると、竜脈そのものだった力が竜気へと変化していき、僕の魂に染み渡る。

 僕は錬成し竜気へと変えた力を、霊樹ちゃんとアレスちゃんに与えた。


『わーい!』

「ごちそうごちそう」


 霊樹ちゃんが心の奥底から喜んでくれる気配に包まれる。

 僕だけじゃない。

 霊樹ちゃんの喜びの気配は霊山の窪地を満たし、溢れて麓の方にまで流れていく。


「ふっふっふ。霊樹ちゃんにも秋の収穫祭を感じてもらうために、ご飯の大盤振る舞いはまだまだこれからだよ!」


 竜気へと錬成したご飯の次は、竜脈の力そのものを贈る。

 僕が汲み取った微々たる竜気なんて、今の霊樹ちゃんには物足りないかもしれない。それでも、霊樹ちゃんが僕からのご飯を所望するのであれば、全力を出すのです!

 もちろん、アレスちゃんにもね?


「うれしいうれしい」

『エルネアからもらうご飯が一番美味しいよ?』

「そう言ってもらえると、僕も嬉しくなっちゃう」


 深い瞑想の世界に入っていても、霊樹ちゃんとアレスちゃんの声は僕にしっかりと届く。

 もしかしたら、僕の瞑想の世界には霊樹ちゃんとアレスちゃんが最初から存在しているということなのかもね?


「……ん? 待てよ」


 ということは?


『何かひらめいたー?』


 僕と霊樹ちゃんとアレスちゃんの心は繋がっている。だから、僕の思いつきを感じた霊樹ちゃんが「また何か変なことを思いついたねー?」と笑う。そして僕とアレスちゃんも、霊樹ちゃんの心を読み取って笑う。

 みんなで笑い合いながら、もちろんご飯を次から次に提供していく僕。

 そうしながら、思いついたことを口にしてみた。


「僕たちって、深い部分でこうして繋がっているから、遠くに離れていても声が届くんだよね」


 声というか、意思だね。

 僕の言葉に、うんうんと頷く霊樹ちゃんとアレスちゃん。


「でも、僕だけは離れると霊樹ちゃんの声もアレスちゃんの声も聞こえない」

『残念ですーっ』

「みじゅくみじゅく」


 霊樹ちゃんとアレスちゃんの突っ込みに、がっくりと肩を落として苦笑する。

 でも、僕はくじけません!


「さて、そこで色々と考えてみるわけです。僕たちは今、瞑想の中でこうして深く繋がっているよね?」


 わざわざ言葉に出さなくったって、僕の意思は霊樹ちゃんやアレスちゃんに伝わるし、僕も霊樹ちゃんやアレスちゃんの気持ちが手に取るようにわかる。

 つまり、この繋がりを拡大していけば……?


「遠く離れていても、深い瞑想によって霊樹ちゃんやアレスちゃんの存在を身近に感じることができたら、僕たちは繋がれるよね。そうすれば、きっと想いも届くんじゃないかな!?」


 というか、きっと霊樹ちゃんやアレスちゃんは、そうして僕の声を聞いたり想いを届けていたんだろうね。


「せいかいせいかい」

『あとは、精進あるのみーっ!』


 気付けば、実は身近なところに答えは転がっていた。ただ、僕が未熟すぎて気づけていなかっただけだね。

 それに、と僕は将来に思いをせる。

 もしもこの能力を獲得できたら、素敵な応用ができるんじゃないかな?

 僕と深い部分で繋がっているのは、なにも霊樹ちゃんやアレスちゃんだけではない。

 妻たちとも繋がっているし、スレイグスタ老やニーミアやレヴァリアとも深いきずなを結んでいる。

 この深い繋がりを頼りに新たな能力を発展させていけば、いつかはみんなとも以心伝心いしんでんしんできるんじゃないかな!?


「がんばれがんばれ」

『新たな目標?』

「そうだね。きっととても難しい修行になりそうだけど、僕は諦めないよ!」


 時間は無限にあるからね、とは言わない。だって、この能力は早く獲得したいからね。

 それに、僕だけじゃなくて妻やみんなにも伝えて、全員で達成したい。そうしないと、僕だけの一方通行になっちゃうからね。


『目標決定! それじゃあ、冒険譚を聞かせてねーっ?』

「お任せあれ!」

「はらんばんじょう」


 目標に向かって走り始めるのは、これからだ。

 でも、その前に。

 僕は霊樹ちゃんに、これまでの冒険譚をいっぱい聞かせてあげる。

 傀儡の王が巻き起こした騒動や、深緑の魔王の国での大騒動。その後に続く大騒ぎや、秋の収穫祭。

 ご飯を食べさせながら、僕は取り止めもなく話す。

 アレスちゃんは相槌あいづちを打ったら突っ込みを入れたり。霊樹ちゃんは笑ったり喜んだり。


 秋晴れで、霊樹ちゃんの枝葉がつくる木陰が気持ち良い。

 霊山の山頂は標高が高いから平地の方よりもうんと気温は下がるんだけど、それでも夏から秋に変わったばかりだからね。日向ひなたよりかは日陰ひかげがまだまだ恋しいのです。


「……でね。最後にはなんと、傀儡の王とアステルが仲良くなって、大変なことになっているんだよ!」


 傀儡の王が悪さをしたら、絶交します。でも、アステルとはそういう約束を交わしていなかった。

 それが失敗だったのです!


 傀儡の王の悪戯じゃなきゃ良いんだよね? というなんとも極悪始祖族らしい機転で、ここ数日前くらいからアステルの方が傀儡の王を利用した悪戯を始めたのです!

 傀儡の王も、アステルの悪巧みと知っていてわざと巻き込まれる。

 でも、それはあくまでもアステルの悪巧みであって、傀儡の王の悪戯ではない。だから、絶交にはならないよね? という言い分らしい……


「あの二人には困ったものだよ……」

『でも、本心は楽しんでる』

「よろこんでるよろこんでる」

「本心が筒抜けだと、こういう困りごとが起きちゃうんだね!?」


 また僕たちは仲良く笑う。


 霊樹ちゃんとアレスちゃんと送る楽しいひと時は終わることなく、気付くと周囲が夜の気配に変わっていた。


「今日のご飯はこれまで」

『ごちそうさまでした』

「まんぷくまんぷく」


 ふう、と瞑想を終えて、霊樹ちゃんの大きな幹に背中を預けたまま、上空を見上げる。

 霊樹ちゃんが広げた枝葉で、夜の星々は見えない。

 それだけ、霊樹ちゃんの枝は広く深く茂っているということだね。


「とまあ、ちょっと霊樹ちゃんと会わない間に、僕はまたこうして大冒険を繰り広げてきたわけだけどさ?」


 僕はそこで、左腰に帯びた白剣へ手を伸ばした。


金剛こんごう霧雨きりさめを討伐するためには、白剣は必要だった。ウォレンの試練を乗り越えるためにもね。でも、やっぱり頼りすぎちゃって、また大騒動に巻き込まれたんじゃないかと僕は思うんだ」


 ここからは、少し真面目なお話。


 力を求めるあまり、力に溺れて更に強い力を欲してしまう。

 そうならないように、僕たちは一旦武器を手放した。

 もちろん白剣は大切な武器であり、将来的には絶えず左腰に帯びていたいと思っている。

 でも、僕はまだ覚悟も力量も不足している。

 僕の技量が白剣の本来の能力に見合っていないから、過度な力を求めてしまっているのかもしれない。


『それじゃあ、またおじいちゃんに返す?』

「うん。それは約束だからね。僕たちはまだ、武器を取り戻しても良いような力量に達していない。だから、こうしてまた騒動に巻き込まれたわけだし」


 では、僕たちはどうすれば良いんだろう?

 武器を一時的に手放すだけでは成長しない。

 僕たちの最初の失敗は、武器を手放すだけで終わってしまっていたことだ。


「武器を手放すことは、きっかけにすぎないんだよね。次に武器を手にするための努力が必要だったんだ」


 僕たちは、どうすればスレイグスタ老から正式に武器を返却してもらえるんだろう。

 手放すだけでは、力を求めてしまうという欲求から逃げているだけなんだね。


「霊樹ちゃんとアレスちゃんも、この難問を一緒に考えてくれる?」

『もっちろーん!』

「おまかせおまかせ」


 心強い相棒の気前の良い返事に、僕は嬉しくなった。

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