至高への道標

 ご飯の後は、余興よきょうが大切です。

 ということで、僕は霊樹ちゃんとアレスちゃんのために奉納の竜剣舞を披露する。

 右手に神楽かぐらの白剣を持ち、左手は霊樹ちゃんから贈られた深緑の枝先を。


 丁寧ていねいに、心を込めて。

 白剣を一時的に返却してもらっているからこそ舞える、神楽の竜剣舞。

 スレイグスタ老にまた返却してしまったら、次はいつこうして白剣を手にした竜剣舞が舞えるかわからないからね。


 アレスちゃんが奉納の竜剣舞に合わせて気持ち良く鼻歌を口遊くちずさむ。

 霊樹ちゃんも枝葉を楽しく揺らして、一緒に竜剣舞を舞ってくれる。

 夜が深まっても、僕たちの団欒だんらんは続く。

 そして、僕のお悩み相談も続いています。


 奉納の竜剣舞を舞い終えた僕は、ひと息吐こうと霊樹ちゃんの根もとで休憩を入れた。

 そして、改めて考えてみる。


 武器を手放した僕たちは、これからどういう成長をげていけば良いんだろう?

 ひとつは、決めている。

 遠く離れていても以心伝心できるように、みんなと心の繋がりをもっと深めていく。

 相思相愛だけでは足りない。もっと深い絆で繋がらないと、遠くの相手に「声」は届かないんだ。


 そう考えて改めて振り返ると、竜峰であれば以心伝心できるミストラルとスレイグスタ老の絆には感服しちゃうね。

 ミストラルは、お役目としてスレイグスタ老と昔から繋がっている。それこそ、僕と出逢うよりもうんと前からね。

 それに、ミストラルを竜姫へ導いたのもスレイグスタ老なんだよね。

 僕が思い至るよりもずっと前から、ミストラルとスレイグスタ老は深い絆で繋がっていたんだね。


 ちょっとだけ。

 ううん、すごく嫉妬しっとしちゃう!

 ミストラルにも、スレイグスタ老にも。


『焼きもちだねーっ』

「ふふふっ。自慢じゃないけど僕は強欲だからね?」

「しってたしってた」

「ですよねー?」


 そういえば、僕はまだご飯を食べていない。

 というか、今晩のご飯の確保もできていませんでした!

 なにせ、霊樹ちゃんに会うために全力だったからね。

 水は霊樹ちゃんがそびえ生える丘陵きゅうりょうの周りが湖だから簡単に確保できるけど、食べ物は耳長族の人たちや流れ星さまたちと一緒で自給自足なんだよね。


「しかたないしかたない」


 すると、僕のお腹の悲鳴を耳にしたアレスちゃんが、いつもの謎の空間から保存食を出してくれた。


『みんなには内緒だね?』

「ないしょないしょ」

「ありがとうね」


 僕は遠慮なく干し肉を貰って、がしりと頬張る。

 鹿肉を干したお肉は硬い。それでも、めば噛むほど味が染み出てきて、空腹の僕には最高のご馳走ちそうになった。


「それで、今後の目標はどうするのだ?」

「アレスさんに変身しちゃった! さては、ここで力を消費して、また僕にご飯を強請ねだる気だね?」

「ふふふ、わかっておるではないか」


 僕の膝の上で寛いでいたアレスちゃんが、成人のアレスさんへ姿を変えた。

 だから、膝に掛かる体重が急に増えて、僕に触れる温もりと柔らかさも急激に増える。


 どきどき。


『内緒だね?』

「霊樹ちゃん、何が内緒なのかな!?」

「ほれ、遠慮することはないぞ。其方とわらわの関係だ」

「ううっぷ!」


 もぐもぐと鹿の干し肉を頬張る僕の頬に、柔らかい圧力が掛かる。

 いけません。このままでは大変な事態になってしまいます!

 僕は誘惑に負けないように、思考を巡らせた。


 アレスさんの言葉通り。

 僕たちは今後の成長目標を決めなきゃいけない。


 目標なんて、実は色々とある。

 早起きするぞ、とか、畑仕事を頑張るぞ、とか。

 男の手料理を覚えたいし、ザンのような格好良いおとこにもなりたいし。

 妻やみんなを幸せにしたい。楽しい日々を送りたい。

 そうした日常の目標や目指す道は数えきれないほどあるんだよね。

 でも、大きな道標みちしるべとなる成長の目標点が、現在の僕たちには不足しているのかもしれない。


 これまでは、目の前の騒動や試練を乗り越えることで精一杯だった。

 騒動を鎮めること。試練を乗り越えること。それ自体が大きな目標となり、僕たちの成長の道を示し続けてくれていた。


 だけど、いま。


 妖魔の王という途方とほうもない化け物を討伐とうばつし、金剛こんごう霧雨きりさめという伝説級の魔物を倒し。


 僕たちは竜族たちが羨望せんぼうする高み、竜神様の御遣みつかいとなった。


 現在は、人族としての存在の領域を超えた僕たちの神秘性を浸透させるためと、人族の間で巻き起こっているだろう僕たちに向けられる好奇の目や騒動などを避けるために、こうして禁領に引きこもっている。

 禁領での生活は楽しい。

 念願だった竜王のお宿も開くことができたし、お客様も迎え入れることができて、毎日が充実している。


 だけど、どうなんだろう?

 僕たちは今、きちんと成長できているのかな?


 もちろん、人生の全てで成長を目指す必要なんてない。

 時には立ち止まって休憩したり、後戻りしてみる場面もあるだろうね。

 もしかしたら、僕たちは今まさに、お休みを入れなきゃいけない時期なのかもしれない。


 みんなで全速力で駆けてきたこれまでを振り返って、ゆっくりと息を整えることが最も大切なのかもね。

 でも、その休息の後に何の目標もなかったら、僕たちはどうなっちゃうんだろう?


「休むことは大切だが、休みとは次の行動を準備する期間でもあるな?」

「そうなんです、アレスさん!」


 どれくらい休むかは、僕たち次第。

 では、その間に僕たちはどんな準備をしておくべきなんだろうね?


「うーん。こういう時、リステアたちはどう考えるのかな? 聞きたくても会えないしなあ。そうだ、次の手紙で聞いてみよう! おじいちゃんはこれまでどうやってこういう問題を克服してきたのかな? そういえば。アーダさんだったらどう考えるだろうね?」


 みんなの意見も聞かなきゃいけないね。

 思いついたことを取り止めもなく口にしていく。

 不思議だよね。頭の中だけで考え込むより、こうして声に出してみたほうが良い考えが浮かんだりするんだ。

 それに、僕の傍にはアレスちゃんと霊樹ちゃんもいるから、助言を貰えるしね!


『そうだよーっ。おじいちゃんだって、最初からあんなに立派な悪戯竜じゃなかったと思うよ?』

「そういえば、おじいちゃんの悪戯にお師匠様や魔女さんたちはどんな反応を示していたんだろうね? おじいちゃんの昔話から次の目標が見つかるかもしれないね?」

「スレイグスタ様にならば、会いに行けるであろう?」

「久々にこけの広場に遊びに行きたいな」

『遊びって本音が出ちゃってる!』

「しまった!」


 苔の広場に流れる深い森の息吹いぶきを感じる風とは違う、澄んだ微風そよかぜが通り過ぎていった。

 霊山の山頂はさすがに高地なだけあって、夜になるとうんと冷えてくるね。

 でも、相変わらず僕に抱きついているアレスさんの温もりと、霊樹ちゃんの加護で、僕はこごえる必要がない。


「あ、遊びはともかくとして。おじいちゃんは僕たちのお師匠さまだから、助言をもらうくらいは許されると思うな。それと魔女さんならアーダさんにどういう目標を与えるのかな? 厳しい人だから、自分で探せと突き放すのかな? 聞いてたいなあ」


 たまには、違った視点から助言をもらうことも刺激になって良いよね。

 でも、スレイグスタ老と違って魔女さんとはそう易々やすやすとは会えない。

 というか、僕たちが会いたいと思って会えるような人物ではないんだよね。

 なにせ、連絡手段がありません。

 運良く禁領で会えたら良いな、という奇跡にすがるしかないのが現状なんだ。


「いや、待てよ?」

『ぴこーん、と思いついたね?』

「何を思いついたか、口に出すと良い」

「それじゃあ、遠慮なく」


 と、僕は躊躇ためらうことなく思いついたことを霊樹ちゃんとアレスさんに話す。


「これまでの僕たちって、少し受動的じゅどうてきすぎたんじゃないかな? 魔女さんに会いたいけど、どこに居るかわからないから会えない。ミシェイラちゃんたちに相談したいけど、連絡の手段がない。だから会える日まで待とうってね?」


 金剛の霧雨を討伐する時も、ウォレンの試練を乗り越える時も、僕たちは受け身だった。

 会いたい。助言をもらいたい。でも、連絡方法がないから諦める。

 それが当たり前だと思っていた。

 ないもの強請ねだりは駄目だと思い込んで、早々に諦めていたよね?


 でも、それで良かったのかな?

 少なくとも、これまでは良かった。

 僕たちはみんなで知恵を振り絞ったり協力することによって、困難を克服してきたよね。

 だから、これまでの思い込みも間違いではないと確信できる。


 だけど、気づいてしまった。

 今までって、僕たちは受け身だったんだ。


「魔女さんとは禁領でしか会えないから、会えるまで待とうとしていたよね。でも、どうだろう? 僕たちの方から魔女さんを探して会いに行っても良いんじゃないかな?」


 というか、普段住んでいる場所は知っているんだよね。

 人族の文化圏の北部を支配する、永久雪原えいきゅうせつげん

 魔女さんは、そこに住んでいる。


「しかし、魔女は現在行方不明なのであろう?」

「巨人の魔王が前に言っていたよね。魔族の真の支配者と側近の女の子も行方をくらませているから、きっ何処どこかで大騒動の真っ最中なのかもしれないけど……」


 ともかく。

 自分たちが現在において受け身だというのなら、今度は積極的になれば良いじゃないか!


「それでは、まず何から積極的になるのだ?」


 言ってアレスさんは、僕に妖艶ようえんな身体をからめ始めた!


「いやいやいや、アレスさん!?」


 僕が言いたいのは、そういう積極さではなくてですね?

 いいえ、そういう積極さも好きなんですけど……!


「そうだね、まずは」


 わざとらしく迫るアレスさんから必死に逃げながら、僕はひとつの目標を定めた。


「白剣を一時的に手放すからって、竜剣舞をあきらめるわけでも放置するわけでもないんだ。僕の基礎は竜剣舞だからね。みんなだって、武器を置くからといって鍛錬をなまけて良いわけじゃないよね?」


 力ばかりを求める道には進まない!

 だけど、いざという時に身を守る手段や技量がなければ、笑い話にもならない。

 だから、日々の鍛錬はこれまでだって怠ってはいなかった。


 僕は毎日欠かさず竜剣舞の型を練習し、瞑想する。妻たちだっていつも鍛錬をしたり身体を動かしていた。

 もちろん、家族の連携を深めるためにみんなで協力しあって訓練することもある。


「とはいえ、それでも愛用の武器なしで鍛錬し続けていても限界はあるだろうし、やっぱり大きな目標があった方がやりがいがあるよね? それで、僕は思い出したんだ」


 何を、とアレスさんに聞かれる。

 僕の心を読むアレスさんや霊樹ちゃんには、声を出す前に思考した時点で伝わっている。

 それでも、僕はえて口に出して言う。


「結婚の義の時のことだけどね。僕たちは家族全員で協力して、剣聖けんせいファルナ様に挑んだよね?」


 当時は、セフィーナとマドリーヌが家族の輪には加わっていなかった。


「でもさ。僕たちはどれだけ挑戦しても、全く歯が立たなかったよね?」


 きっと、あの時にセフィーナとマドリーヌが参戦していたとしても、結果は微動もすることなく変わらなかっただろうね。

 それだけ、ファルナ様の剣舞は圧倒的だった。


 そう。

 剣聖様の剣舞は全てを超越していたんだ。


 強く。

 美しく。

 魅惑的みわくてきで。


 全ての者を魅了みりょうする、ファルナ様の剣舞。


 僕だって、みんなの助言や協力をもとに竜剣舞をみがき上げ続けてきた。

 それでも、竜剣舞のとなったファルナ様の剣舞の足もとにもおよんでいなかった。


「あの時はね、相手がファルナ様だから、伝説の剣聖様だから勝てなくて当たり前、負け確定って疑うことなく思っていたんだよね」


 でも、違うんだ!


「僕は間違えていたかもしれない。竜剣舞の祖には及ばない、と諦めてはいけなかったんじゃないかな? 最高峰の絶技ぜつぎに触れたのなら、そこを目指すべきだったんじゃないかな? 力を求めるわけではなくて、竜剣舞の極地へ至るために」


 これまでは、強敵と戦うため、霊樹ちゃんや女神様に奉納するため、観客を魅了するためと、様々な意味を持つ竜剣舞を習得してきた。

 でも、ファルナ様の剣舞には、最初からその全てが織り込まれていた。


「僕の竜剣舞には、まだ高みが存在しているんだよね。それじゃあ……!」


 ファルナ様は、激しい技も大威力の術も使用せずに、美しい剣舞だけで僕たち家族を圧倒してみせた。

 竜剣舞のいたる先には、ファルナ様の剣舞が存在している。


「ひとつ、大きな目標を決めたよ! これまでは、またいつかファルナ様に会えたら良いな、と消極的な思い込みにり固まっていたけど。これからは、僕たちの方からファルナ様を探して、竜剣舞の真髄しんずいを教わろう!」


 積極的にファルナ様の情報を集めたり、時には探しに行ったり。そうしてファルナ様との関係を僕たちの方から手繰たぐり寄せて、色々と勉強させてもらうんだ!


 そう決意して、高くこぶしを振り上げた。


 そして、見た。


 霊山の窪地の空を覆うように広げられた霊樹ちゃんの枝葉の下を飛ぶ、純白の天馬てんまの姿を。

 天馬に乗った、いさましい巫女様の姿を。


 天馬は優雅に翼を羽ばたかせて、こちらへ向かって降下してくる。

 天馬にまたがった勇ましい姿の巫女様が、拳を高く振り上げたまま呆然ぼうぜんと上空を見上げる僕に、言葉を降らせた。


「それは丁度良かった。剣聖様の情報がほしいのなら、引き換えとして是非ぜひに私の願いを聞き届けてもらいたい」


 純白の白馬と白い巫女装束にえる輝く金色の長髪を風に踊らせながら、巫女様は言った。


「ひとり。巫女を殺してもらいたい」

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