信仰心が道しるべ

 禁術の問題もいち段落し、空のお散歩が終わった僕たちは、アシェルさんが待つ草原へと帰ってきた。

 そんな僕たちを待ち構えていたのは、賑やかな乙女たちだった。


「あらあらまあまあ。エルネア君、おかえりなさい」

「エルネア様、次はわたくしと二人きりで!」

「ライラを駆除くじょするわ」

「ライラを駆逐くちくするわ」

「お姉さまたち、静かにしてください。あっ、エルネア君。私もスレイグスタ様に乗ってみたいです」

「はいはい、貴女たちはもう少し静かになさい」

「そう言うミストさんだって、私たちの手が空いていない隙にこっそり抜け駆けしようとしていましたよね?」


 マドリーヌ様の鋭い突っ込みに、ミストラルは「わたしは翁のお世話をしにきただけよ」と反論していたけど、微妙に説得力がなかったようです。

 アシェルさんの側で、わいわいと騒ぐ乙女たち。


 空から帰ってきたプリシアちゃんとアレスちゃんとニーミアもなぜか加わって、草原は一気に賑やかになる。

 だけど、傍でみんなが騒いでいるというのに、アシェルさんは怒る様子もない。

 むむむ。これが、男と女の扱いの差ですね!


「ふむ。相変わらずであるな」

「みんな、そんなに騒いでいたら、汗をかいちゃうよ?」

「汗をかいたら、近くの湖に飛び込めばいいわ」

「なるほど、ミストラルは天才ですね!」


 いや、僕の方が天才なはずだ。

 そう。僕も参戦して、みんなで汗をかけば……むふふ!


 よこしまな下心で加わろうとした、そのときだった。


「おやまあ、賑やかだわねえ」

「おわおっ。大おばあちゃん!」


 新たな来訪者が草原に現れた。

 ひとりは、杖をついたユーリィおばあちゃん。

 もうひとり、杖をついた獣人族のおばあちゃんは、ジャバラヤン様。

 そして、二人の背後から恐る恐るやって来たのは、耳長族のイステリシアだった。


「おい、俺も忘れるなよ?」

「カーリーさん、こんにちは!」


 おおっと、見逃すところでした。

 どうやら、カーリーさんはアシェルさんのことをよく理解しているらしい。

 カーリーさんは草原へは踏み込まずに、森とのさかいに待機していた。


「おや、その手に持つ獣は……?」

「森の奥で拾った。なにやら、自ら穴を掘って入ろうとしていたが?」

「気にしないであげてください」


 苦笑するカーリーさんが掴んでいるのは、草原から逃げ出したはずのオズだった。


「ふふんっ。儂はおびえているわけではないぞ。りだ。猟りをしようと、穴を掘っていただけだ!」

「おお、さすがはオズだね。きっと大物を狙っていたんだよね?」

「あ、当たり前であろう!」


 その獲物は、もしかして尻尾が二股の、自称「魔族」の金色狐の魔獣じゃありませんか、と突っ込むのは厳禁です。


「んんっと、自分を捕まえるの?」

「あっ、こら、プリシアちゃん!」


 おお、なんということでしょう。

 大人の配慮はいりょなんて知らないプリシアちゃんが、容赦なくオズを攻め立てています。


 しくしく、と落ち込むオズ。

 ちょっと可哀想だけど、これで僕につきまとうことの危険性を認識できたんじゃないかな?

 お告げに忠実なのはいいけど、限度があるからね。


「オズ、また一緒にいろんなところに行こうね?」

「し、仕方がない。貴様がそれほど懇願するのであれば、儂もやぶさかではない。……しかし、その竜や千手の蜘蛛の側はちょっと」


 怯えた瞳でアシェルさんを見るオズ。


「ちなみに、おじいちゃん。オズは苔の広場に入れる?」

「ふぅむ」


 翼を閉じて、いつものように泰然たいぜんと寛ぐスレイグスタ老は、金色の瞳でオズを見つめる。

 アシェルさんよりも巨大なスレイグスタ老に見つめられて、オズはカーリーさんに掴まれたまま硬直してしまう。


「残念であるが、あれは入れられぬ。汝が愛玩動物あいがんどうぶつであれ、他者に容易く惑わされるような者をおいそれと入れていては、不要な災いを招くおそれがあるのでな」


 儂は愛玩動物ではない。とオズは誰にも聞こえないくらい小さな声でえていた。

 とはいえ、さすがのオズもスレイグスタ老の言葉に反論するだけの気迫は持ち合わせていない。


「こればかりは仕方がないよね。いつか、オズも入れるようになるといいね」

「ふふんっ。儂は多忙たぼうなのだ。貴様に終始付き合っている暇はない」


 なんて威張ったことを言う割には、二股の尻尾を後脚で挟んでいますよ?

 オズの可愛い反応に、みんなは微笑んでいた。


「それで。ユーリィよ、なにやら用事があるのではないか?」


 森のはしで待機しているカーリーさんは、ユーリィおばあちゃんとジャバラヤン様の護衛でついて来たんだと思う。

 そして、二人のおばあちゃんとイステリシアが、なぜ草原に来たのか。

 スレイグスタ老が三人を見下ろす。


 ユーリィおばあちゃんとジャバラヤン様は、スレイグスタ老の問いかけの瞳にも平然としていた。

 ただし、二人の背後に立つイステリシアは、完全に怯えてしまっている。

 きっと、少しでも驚かせちゃうと、オズのように一目散に森へと逃げ帰っちゃうだろうね。


「ふふふ、スレイグスタ様が楽しそうにお空を飛んでいましたのでねえ。きっと、エルネア君たちが来ているのだろうと」

「おじいちゃんにではなくて、僕に用事なんですね?」


 おや、いったいなんだろう? と首を傾げる僕に、ジャバラヤン様が口を開く。


「長い間、こちらで楽しく過ごさせていただきました。ですが、そろそろ皆が待つ場所へ帰る頃合いです。それで、この子を一緒に連れて行こうかと、相談に」


 ジャバラヤン様が示したのは、イステリシアだ。


 ジャバラヤン様は、耳長族のみんなとは違い、禁領へ完全に移住してきたわけじゃない。

 最終的にはこの地に住んでもらうつもりだけど、今回はユーリィおばあちゃんとお茶をするために、長期滞在していただけなんだよね。

 そして、色々あってイステリシアをジャバラヤン様にたくしたのは僕だ。


 神殿宗教に興味を示したイステリシアに、少しでも力添えができればな、と思ったんだよね。

 ジャバラヤン様は、ずっと昔に神殿都市しんでんとしと呼ばれる場所で洗礼せんれいを受けた、古き巫女様なんだ。


「ああ、彼女で思い出しました。エルネア君」

「はい、なんでしょうか、マドリーヌ様?」


 すると、マドリーヌ様が手を挙げる。


「お屋敷でお預かりしている耳長族の方々の件です。いずれ、彼女たちにも洗礼を受けさせたいと思います。もちろん、ヨルテニトス王国の大神殿で!」

「おお、それはいい考えですね!」


 神殿宗教に興味を示したのは、イステリシアだけじゃない。

 彼女の部族の者たちも、少なからず信仰心を持ち、マドリーヌ様やルイセイネに指導を受けている。

 そうすると、女性であれば巫女になりたいと思う人も出てくるよね。

 男性でも、神官の道を選ぶ人が出てくるかもしれない。


 耳長族の聖職者かぁ。

 なんだか不思議な感じがするけど、世界には神族の巫女様や魔族の神官様もいるんだよね。

 いろんな種族の人たちでも、きちんと修行を積めば神職につける。これって、実は世界のなかでもっとも平等な仕組みじゃないのかな? なんて発見は置いておいて。


「それでしたら、イステリシアも洗礼を受ける場合はヨルテニトス王国がいいかもしれませんね」


 マドリーヌ様の提言に、ジャバラヤン様が微笑む。

 イステリシアは、マドリーヌ様から聞いた同族の者たちの動向と、ジャバラヤン様からの思わぬ提案で、困惑中だ。

 でも、少しだけ頬が緩んでいる。きっと、内心では嬉しいんだね。


 これから獣人族たちが暮らす北の地に行き、そこで修行を重ねるであろうイステリシア。そして、禁領でマドリーヌ様とルイセイネから指導を受ける耳長族の人たち。

 いつか、この部族の人たちが纏まって、洗礼を受けられる日が来るといいね。


「汝らの長い人生を、汝らだけで歩む必要はない。多くの者たちと関わり、共に歩むことで人生は豊かになっていく。差し当たっては、耳長族を巻き込むか」

「耳長族の人たちは長命ですし、きっと長いお友達になれると思います」

「そうであるな」


 スレイグスタ老とユーリィおばあちゃんがそうであるように、きっと種族や寿命を越えた関係になれるはずだよね。

 そして、神殿宗教に関わることがその第一歩であるのなら、僕も全力で協力したい。


 ジャバラヤン様は、そういうことも踏まえて僕に相談しに来たのかな?


 スレイグスタ老とアシェルさんの存在にずっと怯えきっているイステリシアだけど、ジャバラヤン様の申し出に異議はないみたい。

 きっと彼女も、もっといっぱい勉強をして、立派な巫女様になりたいんだろうね。


「それで、汝らはそろそろ故郷へ帰りたい、というわけであるな?」

「ふふふ、そうですねえ。ジャバラヤンもイステリシアも、竜峰を越える能力はありませんからねえ」


 遠慮がちにスレイグスタ老の言葉を肯定こうていするジャバラヤン様と、明確に意思を示すユーリィおばあちゃん。


「よかろう。我も竜の森へと帰る頃合いである」

「なんだい、じいさんも帰るのね。私もそろそろお役目に戻ろうかと思っていたところよ。なんなら、獣人族の住む場所へは私が送っていくわ」

「アシェルさんも帰っちゃう?」

「お母さんも帰るにゃん?」


 ニーミアよ、本当は君もたまには帰らなきゃいけないんだからね?


「年末に帰ったばかりにゃん」

「やれやれ、この子ったら……」

「んんっと、ニーミアはプリシアが面倒を見ますね?」

「そのプリシアちゃんの面倒を、僕たちが見るんだよね!?」

「娘に何かあったら、世界の果てまでも追いかけて食い殺してやるからね?」

「ひぃっ」


 アシェルさんのことだ。もしもニーミアがかすり傷でもつくろうものなら、お役目もそっちのけで本当に僕を食べに来るに違いない。

 アシェルさんに睨まれて、僕はスレイグスタ老の陰に隠れた。

 それを見たみんなが笑う。


「プリシアちゃんの面倒を見るエルネア君の、面倒を見るのはわたくしたちですよね?」

「そうね、ルイセイネの言う通りだわ」

「エルネア様のことは、私が面倒をみますわ」

「いいえ、エルネア君は私のものよ」

「いいえ、エルネア君は私が貰うわ」

「お姉さまたちには渡しませんっ」

「三姉妹に渡すものですかっ」


 そして、また騒ぎ出す乙女たち。


「ふふ、ふふふ。エルネアはわたしがもらうの」


 みなさん、身内で僕を奪い合っている場合じゃありませんよっ。

 隠れた僕へ最初に接触してきたのは、アレスちゃんです。

 アレスちゃんは僕に抱きつくと、幼女らしからぬ笑みを浮かべる。


「プリシアも混ぜて」

「にゃんも混ぜるにゃん」


 そして、プリシアちゃんとニーミアが加わる。

 いつも、こうだよね。

 勝者は決まって幼女たちだ。


 プリシアちゃんも、躊躇いなく僕に抱きついてくる。

 ニーミアは僕の頭の上へ。


 小さな子どもって、体温が高いんだよね。

 幼女たちに抱きつかれた僕は、それだけで汗をかく。


「ようし、みんながそれぞれの場所に帰る前に、湖で遊ぼう!」

「あそぼうあそぼう」

「あそぼーっ」

「にゃー」


 僕は空間跳躍する。

 飛んだ先は、スレイグスタ老の頭の上!


「どおれ、掴まっておれ」


 スレイグスタ老は、畳んでいた翼を改めて広げる。そして、空へ。


「あっ、またわたしたちを置いて!」

「じいさん、待ちなさい」


 女性陣は、アシェルさんに騎乗する。

 ちゃっかりと、ユーリィおばあちゃんやジャバラヤン様、イステリシアまで乗っています。

 みんなを乗せたアシェルさんも、飛翔する。


 僕たちは全員で、近くの湖に突っ込んだ。




 あっ。カーリーさんとオズだけは取り残されてました。

 残念です。

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