似た者同士

「しくしく」

「よしよし、オズ。怖かったんだね?」

「違うわい! 貴様にだまされたことが、儂は悲しいのだ!」

「僕はなにも騙していないけど?」


 掘り起こしたオズは、間もなくして意識を取り戻した。だけど、よほど怖い目にあったのか、さっきから可愛い前脚で顔を撫でながら泣いている。

 プリシアちゃんが、オズの背中をさすってあげている。でも、あれはなぐさめているというよりも、可愛い動物をあやしてあげている風にしか見えません。


「にゃん」

「ひいっ」


 僕の心を読んだニーミアが、同意するように鳴いた。すると、オズはびくりと震える。

 どうやら、アシェルさんの姿に似たニーミアも怖くなっちゃったようです。


荒療法あらりょうほうが過ぎたにゃん?」

「そうみたいだね。ごめんね、オズ。でも、本当はニーミアもアシェルさんも、可愛くて優しいんだよ?」

「そこに、しれっとわたしを含めるんじゃない」


 遠くからアシェルさんが睨んでくる。

 前脚で顔を覆っていても、アシェルさんの殺気はここまで届く。びくびくと怯えたオズは、自ら穴の中に戻ろうとする。それをプリシアちゃんが抱きかかえた。


「困ったなぁ。僕と一緒に行動したいなら、アシェルさんやおじいちゃんよりももっと怖い、千手せんじゅ蜘蛛くものテルルちゃんとも親しくなってもらわないといけないんだけど……?」

「せ、千手の蜘蛛だと!?」

「そうそう。あっちに見える霊山の麓に住んでるんだよ?」

「ぴぎゃーっ!」


 オズはプリシアちゃんの腕から抜け出して、一目散に森の方へと逃げていった。


「んんっと、追いかけてもいい?」

「ユンユン、リンリン。プリシアちゃんをお願いね?」

『任せておけ』

『仕方ないわね』

「にゃんも行ってくるにゃん」


 まるでご近所へ遊びに行く子どものように、プリシアちゃんは楽しそうにオズが走り去った森へと駆けて行く。


「元気で良い」

「ですよね!」


 スレイグスタ老は、僕たちのやり取りを静観していた。


 苔の広場以外で見るスレイグスタ老って、なんだか新鮮だね。日差しを浴びた鱗が美しく輝いている。草原を駆け抜ける風が、漆黒の体毛を揺らす。


「霊樹の傍を離れ、こうしてのんびりと寛ぐのはいつ以来であろうか」

「もしかして、ヨルテニトス王国へ遠征した時を除けば、二千年ぶりとか?」

「かもしれぬな」

「うわっ、それって凄いですね!」


 死霊の大軍を撃退するためにヨルテニトス王国に遠征したこともあったけど、あの時は周りが騒がしくて、スレイグスタ老は心から落ち着くことはできなかっただろうからね。

 そう考えると、禁領でのんびりと日光浴ができている現状は、やはり久しぶりの息抜きになるんだろうね。

 思わぬ展開ではあったけど、スレイグスタ老にとって禁領での休暇は貴重なものだったみたい。


「しかし、我もそろそろ戻らねばならぬ」

「リリィが心配ですしね?」


 走り去ったプリシアちゃんたちは、もう森の奥に消えて見えない。それで、僕は改めてスレイグスタ老のもとへと戻る。

 相変わらず小山のように大きな巨体だね。

 僕は、スレイグスタ老を見上げた。


「リリィか。ふむ、問題はなかろう。日々の報告は受けておる」

伝心術でんしんじゅつですよね?」

「特定の者とであれば、可能である」

「リリィとは相性が良い?」


 ミストラルとも、限定条件で伝心できるんだよね。

 いいなぁ、羨ましいなぁ。


「かかかっ。汝ともいずれは心が繋がろう」

「そうよ。翁と貴方は、いつも心と言葉で会話していて、はたから聞いていると意味不明な会話なんですからね?」

「うっ……」


 スレイグスタ老のお世話が終わったのか、今度はアシェルさんの毛繕けづくろいをしていたミストラルが肩を落としていた。


「ふん。雄同士の会話なんて、耳を傾ける必要性はないよ。其方の耳が腐ってしまう」


 アシェルさんは、オズの気配がなくなったことと、ミストラルの毛繕いに気分が良くなったのか、さっきまでの殺気を引っ込めて寛いでいた。


「アシェルさんって、本当に雄嫌いなんですね」

「当たり前なことを、改めて言うんじゃないよ」


 ふんっ、と鼻を鳴らすアシェルさん。

 でも、嫌い嫌いと言いつつも、世話を焼いてくれたり面倒を見てくれるアシェルさんは、やっぱり優しいと思うんだ。


 ぶおんっ、と毛先が桃色の尻尾が振られる。

 僕は悲鳴をあげながら、スレイグスタ老の陰に隠れた。


「そこに隠れると、我が攻撃されてしまうが?」

「おじいちゃん、気のせいですよ?」


 と言ってるそばから、ばしんばしんとスレイグスタ老に打ち付けられるアシェルさんの尻尾。


「やれやれ。のんびりと休んでいる暇もない」


 言ってスレイグスタ老は、巨大な翼を悠然と広げた。


「おじいちゃん、乗ってもいい?」

「汝が我に対して遠慮をすることはない」

「やったー!」


 空間跳躍で、スレイグスタ老の頭の上に移動する僕。

 僕を乗せたスレイグスタ老は、ゆっくりと翼を羽ばたかせ始めた。


 ふわり、と浮遊感が全身を包む。


 不思議だね。

 鳥のようにせわしなく翼を羽ばたかせているわけでもないのに、スレイグスタ老の巨体は羽根のように柔らかく大地から浮き上がる。

 草原の草花も、アシェルさんの綺麗な体毛も、スレイグスタ老の羽ばたきで乱れることはない。それでも、スレイグスタ老はぐんぐんと高度を上げていく。


「にゃーん!」

「反応早いな!」


 すると、森の奥から大きくなったニーミアが飛んできた。

 もちろん、背中にはプリシアちゃんが乗っている。

 そして、オズの気配はない。


 オズとスレイグスタ老。天秤てんびんにかけると、圧倒的にスレイグスタ老なんだね!


「プリシアも乗りたいよ?」

「のろうのろう」

「くっくっくっ。霊樹の精霊にそう言われては、我は断れぬな」


 本当は断る気なんて全然ないのに、スレイグスタ老はアレスちゃんを立てるんだね。

 霊樹から遠く離れていても、やっぱりスレイグスタ老は守護竜なんだ。


 僕とプリシアちゃんとアレスちゃん。それと、小さな姿に戻ったニーミアを乗せて、スレイグスタ老は更に高度を上げていく。

 霊山れいざんの山頂を越えると、禁領が遙か遠くまで見渡せる。


 幼女たちは、絶景にきゃっきゃと楽しそうに騒ぐ。

 僕は改めて、禁領の広大な自然に目を向けた。


「ねえねえ、おじいちゃん」

「ふむ?」

「もうそろそろ、竜の森に帰るんだよね?」

「左様であるな。リリィとの正式な世代交代は、もう暫し先の話になる」

「そうなんだね……」

「なにやら、思うところでもある様子であるな?」

「うん、ええっとですね……」


 霊山の山頂は、窪地くぼちになっている。

 空高く上昇したここからだと、山頂の窪地に広がる浅い湖までしっかりと見渡せた。


「そういえば、おじいちゃんにしっかりと報告をしていなかったよね」


 プリシアちゃんたちは、駆けっこと称してスレイグスタ老の頭から胴体の方へと走っていった。

 僕はそれを見送りながら、バルトノワールとの顛末てんまつをスレイグスタ老に語る。

 僕の話を、スレイグスタ老は終始言葉を挟むことなく聞いてくれた。


「……禁術のこともそうなんですけど。僕はそろそろ、先を見据みすえないといけないのかな、と思ったんです。つい住処すみかを手にしたわけですし」


 東に目をやれば、深く連なる竜峰の手前に、大きなお屋敷の存在も確認できる。

 スレイグスタ老も禁領の景色を楽しむように、ゆっくりと空を飛んでいた。


「ふむ。汝は相変わらず波乱万丈はらんばんじょうな人生を送っておるようだ。そうした悩みは、普通であればもう少し精神が老齢ろうれいしてからのものであるはずなのだがな」

「変だなぁ。精神年齢に合わせて、外見も歳をとるはずなんだけど!?」


 かかかっ、と愉快そうに笑うスレイグスタ老。


「心と見た目が若くとも、経験により熟考じゅくこうの域に達することもある。汝の想いは、そうしたものであろう」


 ミストラルが言うように、心と言葉で会話をする僕とスレイグスタ老の話を他の人が聞いたら、絶対に意味不明なものなんだろうね。

 だけど、僕とスレイグスタ老は間違いなく意思疎通をしている。


「良かろう。我も汝の力になるとしよう。とはいえ、もう暫く先の話になるであろうがな」

「やったー!」

「しかし、ここには千手の蜘蛛もおる。我が出張る前に、そちらにも話を通さねばなるまい?」

「はい。テルルちゃんにも相談しますね」


 バルトノワールが関わった騒動の顛末を語った僕。

 そこからいったい、僕はなにをスレイグスタ老にお願いしたのか。

 それがわかるのは、もう少しあとのことになるのかな?


 なにせ、みんなとも相談しないといけないし、なによりも僕の覚悟がまだ固まっていないから。


 りぃん。と右腰にびている霊樹が、楽しそうに共鳴していた。


「では、現在汝が最も不安要素としておる問題と向き合うことにするとしよう」

「……禁術のことですね?」


 スレイグスタ老への相談事は次の展開待ち。

 であれば、残るは禁術に関する問題だけだ。

 無意識だったとはいえ、僕は禁術を使ってしまった。

 そして、禁術に睨みを利かせている者が、この世界には存在する。


 そう。


 あの、魔女まじょさんだ。


「僕はどうなるのかな?」


 ある夜のこと。

 禁領に不法侵入してきた邪竜じゃりゅうが、魔女さんに瞬殺された。

 きっとスレイグスタ老でも、魔女さんの手にかかれば呆気なく倒されちゃう!


「やれやれ。汝は我をどうしたいのだ?」

「ごめんなさい。冗談です」


 冗談を思い浮かべられるくらいには、余裕がある。というわけじゃない。

 きっと、禁術の問題は、スレイグスタ老に打ち明けたから楽観視できる、というような軽い問題じゃないよね。でもだからこそ、普段通り、平常心で向き合わないといけないんだ。


「よい心構えである。汝の精神は若くとも、立派な御遣みつかいであることには変わりない。我は汝の成長に関わることができて、幸せであるな」


 スレイグスタ老は、黄金色の瞳で禁領を見下ろす。


「我も昔、この地にはよく翼を向けたものだ。あの当時の我は、まだまだ未熟者であった。そして、よく魔女やしかられたものだ」

「スレイグスタ老にも、そんな時代があったんですね」

「左様。我だけではない。全ての者が間違いや失敗を繰り返しながら、成長していくのだ。汝も、そうである」


 僕なんて、失敗ばかりしているような気がするよ。

 騒動のたびに、何かを壊したり迷惑をかけたり。

 だけど、スレイグスタ老は僕のことを立派な御遣いと言ってくれた。なら、僕も前には進めているんだよね。


「これから、汝は長い人生の道を歩むことになる。そうすれば、乗り越えられぬ壁や迂回や引き返しを必要とする道に突き当たることもあるであろう。差し当たって言えば、禁術に触れてしまったことであるな」

「はい。僕は、どうすれば良いのかな?」


 禁術に触れてしまったという事実は、くつがえせない。

 では、やはり僕は魔女さんと敵対することになってしまうんだろうか。

 そうすると、魔女さんの弟子でしであるアーダさんとも対立しちゃう?

 ああっ、そうなったら、アーダさんとの約束を守れない可能性が出てきちゃう。

 アーダさんには色々とお世話になったのに、おんあだで返す結果になるなんて、僕は嫌だ。


「くくくっ。悩みは尽きぬな」


 スレイグスタ老は、僕の心の不安を読み取ったにも関わらず、愉快そうに笑う。


「おじいちゃん、僕は真剣なんですよ?」

「わかっておる。では、汝の悩みを我が解消してやろう」


 いったい、どうやって?

 首を傾げる僕に、スレイグスタ老は笑いながら背後を示した。

 僕は、指摘されるままに背後を振り返る。


 きらきらと、ほたるの光のような、星屑ほしくずまたたきのような輝きが、スレイグスタ老の頭部に乱舞し始めていた。


 どきり、と僕の胸が激しく鼓動する。

 オズではないけど、緊張で全身が硬直してしまう。


「悩みは、早めに解決することが望ましい。よって、我が魔女に知らせた」

「っ!!」


 魔女さんは、世界のどこにいるかわからない。

 そんな人が、禁術に触れた僕のことを知るのはいつになるのか。

 風の噂で伝え聞く。旅人の世間話で広まる。動物や精霊たちが語る。いずれにせよ、いつかは魔女さんの耳にも届く。

 でもまさか、スレイグスタ老が伝心術で直接伝えるだなんて!


 緊張で動けない僕の視線の先で、光の粒が密度を増していく。

 そして、あわい満月の輝きに似た発光のあと。


 頭巾付ずきんつきの純白の外套がいとうにすっぽりと全身を包んだ、長身の女性が出現した。


 白き者。

 すなわち、魔女さん。


 魔女さんは、頭巾の奥から静かに僕を見つめる。

 僕は、なにも出来ずに交直したまま立ち尽くすのみ。


 なぜ、スレイグスタ老は魔女さんに直接報告したのか。

 それは、さっき言葉にした通り。

 僕の悩みを早く解決してくれるため。

 でも、それってどんな解決方法なの!?


 痛いお仕置き?

 絶望の拷問?

 死をもって償うの?


 スレイグスタ老は、普段は好々爺こうこうやで心が広い。だけど、厳しさもしっかりと持ち合わせている。

 竜の森の平穏を乱す者には、誰だって容赦しない。

 たとえ僕やミストラルだろうと、森や霊樹を傷つけるようなことをすれば、問答無用で排除されるだろうね。


 では、今回はどうなんだろう?


 スレイグスタ老の報告を受け、魔女さんは間を置かずに転移してきた。


 禁術には触れてはいけない。そう僕に忠言してくれたのは、スレイグスタ老だ。

 その忠告を破った僕は、厳しく罰せられちゃうのかな?


 つみにはばつを。

 僕もそれくらいは心得ている。


 でも、僕はこんなところでみんなを残し、これからの人生計画を残したまま、殺されちゃうのだけは嫌だ!

 厳しい罰を受ける覚悟はある。

 だけど、失いたくないものだってある。


 これって、わがままだよね。


 魔女さんは、僕の心を知ってか知らずか、静かにこちらを見つめ続けていた。

 スレイグスタ老も、沈黙している。


 僕は全身こそ硬直してしまって動かないけど、思考と鼓動だけは激しく動いていた。


 いったい、僕はどんな罰を受けるのか。


 僕も、知らず知らずのうちに魔女さんを見つめ返していた。


 目深まぶかに被った頭巾で、魔女さんの表情はうかがい知れない。

 僕よりも、ミストラルよりも身長の高い魔女さん。

 見上げる僕の視界からは、薄い唇から下の顎の先と頭巾から溢れた銀髪だけが見えた。


 沈黙が続く。


 そうしていると、どこまで駆けっこしてきたのか、プリシアちゃんたちがスレイグスタ老の長い首を駆け戻ってくる気配が近づいてきた。


「世界を重ねる、禁術か」


 すると、不意に魔女さんが口を開いた。

 月が見せる冷たい一面のような、透き通っていても温かみのない声音こわね

 でも、これが魔女さんの声だ。

 冷徹なわけではないし、何度か言葉を交わしたこともあって、耳に慣れた声。だけど、今の僕には魂を凍らせるだけの冷感があった。


 魔女さんは、すうっと腕を伸ばす。

 純白の外套のそでから、雪のように白い手が覗く。

 びくり、と震える僕。


 魔女さんは、プリシアちゃんたちがここに戻ってくる前に、僕の処罰を終わらせる気だ。


 ゆっくりと、魔女さんの手が僕に迫る。

 僕は抗うこともできずに、魔女さんの動きを目だけで追う。


「……あまり、多用はしてほしくないものじゃな」


 魔女さんが伸ばした手が、僕に触れた。


 僕の頭に。


 僕の全ての意識が、魔女さんが触れた頭部に集中する。


「禁術は、時として世界だけでなく己自身をも乱すものじゃ。ゆめゆめ、そのことを忘れぬこと」

「は、はい……」


 バルトノワールは、まさに禁術によって人生を破綻させてしまった。

 僕も、禁術に触れてしまい、今こうして人生の危機を迎えている。


 だけど、僕の頭に触れた魔女さんの手からは、恐ろしい術も痛い体罰も降ってはこなかった。


「んんっと、お客さん?」


 すると、そうこうしているうちに、プリシアちゃんたちが戻ってきた。


「ええっと……」


 僕は、魔女さんの手を頭に乗せたまま、困ったようにプリシアちゃんたちを見る。


 僕が罰を受けるのは仕方がない。

 だけど、プリシアちゃんたちが巻き添えを受けるのは絶対に嫌だ。


 どうしよう、と悩む僕。

 そんな僕の悩みなんて御構おかまいなしに、誰とでも友達になる幼女は、無警戒に魔女さんの外套を引っ張る。


「ねえねえ、遊ぼう?」


 ふふ、と頭巾の奥に覗く魔女さんの唇が微笑んだように見えた。


「おぬしの弟子は、やはりお主の影響を強く受け継いでいるようじゃ」

「当たり前であろう、エルネアは自慢の弟子である」


 魔女さんは僕から手を離すと、プリシアちゃんを抱きかかえた。

 嬉しそうに喜ぶプリシアちゃん。

 そして、魔女さんから声をかけられたスレイグスタ老も、褒められて嬉しかったのか、喉を鳴らして笑う。


 プリシアちゃんたちが戻ってきたことにより、なんだか急に場の空気が軽くなっちゃった。


 今までの僕の緊張は、いったいなんだったのか。そう思えるくらいに、がらりと空気が変わる。

 そして、魔女さんはプリシアちゃんをあやしながら、転移してきたときと同じ光の粒を乱舞し始めた。


「え、ええっと……。禁術を使った僕への罰は?」


 プリシアちゃんを僕に預ける魔女さんに、つい問いただしてしまう。

 すると、魔女さんは消える前に僕へ言葉を残していった。


「其方には、必要ないようじゃ」

「えっ!?」


 なぜ、僕には罰が必要ないのか。それを聴き返す前に、魔女さんは光の粒の乱舞を残して消えてしまった。


「見逃してもらえた、ということであろうな」

「それって、僕がおじいちゃんの弟子だったから?」

「いいや。汝が素直な者であったからであろう」


 魔女さんは、スレイグスタ老の報告を受けてどう思っていたんだろう。

 僕を前にして、なにを考えていたのかな?

 いまいち、僕には魔女さんが計り知れない。


「汝は、禁術を使う以前に何度か魔女と邂逅かいこうしておるのであろう? あれは、そのあたりから汝を読み解いておったのだろうよ。そして、変わらぬ汝を見て、許したのであろう」

「……ううーん。それだけで、僕は本当に許されたのかな? そもそも、禁術ってなんなんだろう?」

「ふむ。汝に触れるなと言うばかりであった我にも責任があるようだ。よかろう、今後はそうしたことも教えていくとしよう」

「べんきょうべんきょう」

「は、はい! これからもよろしくお願いします」

「んんっと、プリシアも勉強するね!」

『信用できない言葉だな』

『本当かなぁ?』


 スレイグスタ老は、これからもずっとずーっと、僕のお師匠様だ。

 そして、僕に続いて元気よく返事をしたプリシアちゃんに、ユンユンとリンリンが懐疑的かいぎてきです。


 魔女さんに許された僕は気が抜けて、スレイグスタ老の頭の上に座り込んだ。


 僕があまりにも無知であったこと。禁術が意図しない形で発動したこと。スレイグスタ老の弟子であったこと。魔女さんと何度か会っていたこと。それと、素直だったから?

 きっと、いろんな要素が絡み合ったことで、僕は許されたんだと思う。


 魔女さんも、厳しさ一辺倒の人じゃないってことだよね。

 アーダさんに見せていた優しい一面を、僕は知っているし。


 とはいえ、今回は見逃されたからといって、次回も許してもらえるとは限らない。

 僕は、スレイグスタ老から正しい知識を学んで、もう二度と禁術を使わないようにしないとね。


 悩みの晴れた心で見下ろす禁領の景色は、いつも以上に輝いて見えた。

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