行動開始

 世の中には様々な魔眼が存在する、とスレイグスタ老は言う。


 魔眼に映した者を石化させる魔獣なんかは、物語などにも登場する超有名どころだ。

 身近でいえば、ライラの竜族を支配する能力も、実は魔眼の力なのだと知った。あと、常時発動型という珍しい魔眼が、ルイセイネの竜眼らしい。

 他にも、妖魔の王の討伐の際に加勢してくれた古代種の竜族ラーヤアリィン様は、いやしの魔眼で見る者を癒す。ただし、負傷を全快ぜんかいさせるというような力はないようで、どちらかといえば疲労や恐怖といった精神面を癒す力だった。


「そういえば、アーダさんも魔眼を持っていたよね?」

「そうね。でも、あの魔眼の威力を、わたしたちは結局、見ることはできなかったわね」


 禁領で、ルイセイネとマドリーヌ様がアーダさんと手合わせをした時。本気になったアーダさんの瞳が光り、ミストラルが魔眼だと気付いたんだよね。

 でも、魔眼の威力が示される前に、ルイセイネたちが降参したんだっけ。


「あの方であれば、ルイセイネの魔眼の方向性を示していただけたかもしれませんね」


 マドリーヌ様が、懐かしむように視線を遠くへと向けた。


いにしえみやこから来てくださった巫女の方々も聖女然とした雰囲気を纏われていましたが、やはりアーダ様と比較するとかすんでいたように感じます。あの方の正体は、いったい何者だったのでしょうね?」

「魔女さんの愛弟子、というだけで只者じゃないことはわかるんだけどね?」


 魔女さんのことを詳しく知っているユーリィおばあちゃんも、アーダさんのことについては知らないと言っていたし、賢者たちの森へ帰っていったアリシアちゃんは、断固として口を割らなかった。

 とはいえ、僕たちはなんとなく正体を掴んでいるのかもしれない。


 アーダという名前は、そもそも偽名なんだよね。そして、世界中の聖職者の中でも名高い聖四家せいよんけといわれる家系、その筆頭といわれている者の名字が、ルアーダなんだっけ?


「巫女様は、嘘は言えないんだよね?」

「はい、基本的には」

「ルアーダ……。偽名が、アーダ。ある意味、嘘じゃないね! 最初が聞き取り難かっただけ、という言い訳ができるもんね!」

「あの方は、偽名を名乗るときでさえ少し困惑なさっていましたから。それだけ、根が正しいのでしょう」


 ふふふ、とマドリーヌ様が笑う。


「それで、おじいちゃん。ルイセイネの竜眼は、これからどうなるの? それと……。そろそろ、カルナー様とレストリア様のことをお話しください!」


 静かに瞑想するルイセイネに寄り添って、優しく歌う小さな翼竜のレストリア様。そして、僕たちを柔和にゅうわな笑みで見守る、カルナー様。

 お二方がどうして、苔の広場にいるのかな!?


「くくくっ、今更であるか」


 スレイグスタ老がため息を吐く。

 でもさ。僕たちはルイセイネが心配で、他のことは後回しだったんだよ?

 でも、レストリア様の癒しの歌で、ルイセイネの瞳の暴走は一時的に抑えられている。

 なら、これまでに溜まった色々な疑問と、魔眼の成長について、しっかりと聞いておかなきゃね。


 ということで、先ずはカルナー様たちのことについてです!


「ふぅむ、どこから話せば良いものやら。それは、遥か昔のことである」

「翁、それは嘘ですね?」

「ぐぬぬっ」


 ミストラルが、預けなかった漆黒の片手棍を手に持ち、スレイグスタ老を見上げる。

 スレイグスタ老は慌てたように顔を逸らすと、目を泳がせた。


「おじいちゃんは巫女様じゃないから、嘘が言えるんですね! でも、いま嘘を言うと、ミストラルのお仕置きですよ?」

「やれやれ、汝らは厳しいのう」


 と、ため息を吐きながら、スレイグスタ老は何かを確認するかのように、カルナー様を見下ろした。

 カルナー様が、はい、と頷く。


 そうだよね。スレイグスタ老の一存だけでカルナー様やレストリア様のことを話すのは、失礼になっちゃうもんね。


「ふむ、では話そう。なあに、簡単な話である。先頃、我が北の大草原へ汝らの加勢に来られたのは、このお二方のご好意があったからこそである」

「あっ!」


 そういえば、スレイグスタ老は言っていたよね。

 竜の森の守護を、誰かに代わってもらったって。


「おじいちゃんの代わりに苔の広場で守護をしてくださっていたのは、カルナー様とレストリア様だったんですね! ありがとうございました!」

「いいえ、私もレストリアも、ここでのんびりと過ごしていただけですから」


 合点がてんがいったよ。

 カルナー様とレストリア様になら、なんの心配もなくお任せできるよね。それに、スレイグスタ老がかたくなに誰と代わったのか言わなかったのは、お二方がとても有名人……と同名だったからだ!

 誰が聞いているかわからない外で気軽に名前を口にしてしまったら、耳にした竜族や竜人族がこぞって竜の森に押しかけたかもしれないからね。


「汝の霊樹の件もあり、今日まで守護を代わっていいただいておったのだ。しかし、それが功を奏したのかもしれぬ。竜眼の成長となると、我よりもカルナー様とレストリア様の方が詳しいかも知れぬからな」

「そうなんですか!? はっ。もしかして、レストリア様もじつは竜眼を持っていて、しかも巫女様だったりして。そしてそして、竜眼を超える魔眼を手に入れちゃってたりして!」

「エルネア、落ち着きなさい。妄想が暴走しているわよ?」

「うっ、ごめんなさい」


 カルナー様が笑っていた。レストリア様も、歌いながら微笑んでいた。


「残念ですが、レストリアも私も仙ではありますが、聖職者ではありませんね。それに、竜眼も宿していません。ですが……」


 ふむ、と考えるように手を顎に当てるカルナー様。


はぐ女仙にょせんのなかに、かつて巫女だった者がいましたね。その者が、たしか後天的な魔眼持ちだったような気がします」

「本当ですか!?」


 思わぬ情報に、僕たちは喜ぶ。瞑想しているルイセイネも、肩をぴくりと動かして、反応していた。


「居場所を特定し、連絡を取るのに時間がかかるかもしれませんが、私たちもお手伝いしましょう」

「ありがとうございます!」


 仙の中には、お役目を放棄して自分の道を探る者もいるんだよね。

 さすがに、お役目から離れた仙を探すのは大変だろうし、近くに居るとは限らない。それに、自らの意志で離れた者なら、こちらからの接触を嫌がって身を潜める可能性だってある。そう考えると、実は簡単な話ではないということは想像がつくんだけど。それでも、手がかりを得られた僕たちは、素直に喜び合う。


「ふむ。先達せんたつの者の助言を得られるのであれば、それこそが重畳ちょうじょうである。しかし、他者を頼ってばかりで己の研鑽をおこたることは愚かであるな」

「はい。重々、承知しています」


 ルイセイネが、瞑想しながらスレイグスタ老の忠言に応える。


「エルネア君。わたくしは瞳の力が安定するまで、スレイグスタ様のもとで修行を続けようと思います。よろしいでしょうか?」

「ということは、苔の広場に泊まり込みってことだね?」


 そういえば、スレイグスタ老が示そうとしていた試練の内容を、僕たちはまだ聞いていなかったね。

 きっと、とても厳しい修行になるんだと思う。それでも、ルイセイネは逃げずに挑もうとしているんだね。


「それじゃあ、わたしも翁のお世話があるし、暫くはルイセイネと一緒にいようかしら」


 ミストラルの故郷の村から苔の広場までなら、竜廟りゅうびょうほどこされたスレイグスタ老の秘術によって、瞬間移動ができる。だけど、禁領から苔の広場までは、瞬間移動はできない。

 だから、ミストラルが禁領に滞在しているときは、ミストラルのお母さんが代役をしてくれているんだよね。

 いずれ、ミストラルに代わるお役目の者が選ばれるらしいけど、今は二人がスレイグスタ老のお世話係だ。

 ミストラルは、ルイセイネが苔の広場で修行をしている間はこちらに残って、村と行き来しながらお役目を果たすみたい。


「それじゃあ、私は王都に戻ってルイセイネの役に立つ文献ぶんけんがないか調べてくるわ」

「それじゃあ、私は王都に戻ってルイセイネの為になる情報がないか調べてくるわ」


 ユフィーリアとニーナは、王都で情報収集。

 カルナー様とレストリア様に頼りっきりで僕たちは受け身で待つ、なんてことはしない。できる限りのことは、自分たちでやり尽くす。


「それなら、私も王都に戻ろうかしら。実は、妖魔の王の討伐報告をしようと思っていたのよね。兄様に任せていたら、不安だから」

「セフィーナさん、お願いします!」


 報告を、忘れていた! ……わけじゃないよ?

 ただ、色々と忙しくて、後回しになっていただけです。

 本当だよ?


「にゃあ」


 セフィーナさんは、王都に戻って妖魔の王との戦いを国に報告するみたい。

 飛竜の狩場も、一応はアームアード王国の領土だ。そこで大規模な戦闘が繰り広げられたのだから、国としては報告を求めて当然だよね。

 戦いには、第二王子で国軍将軍のルドリアードさんも参戦していたけど。あの人のことだ。きっと怠けて、まだきちんとした報告をあげていないに違いない。

 だから、セフィーナさんの報告だけが頼りです!


 僕も、いち段落したら王都に顔を出そう。

 実家の様子も見たいしね。


「それでは、私はエルネア様と一緒に、ヨルテニトス王国で情報収集ですわ」


 ライラの反応は、予想通りです!

 だけど、そこに待ったを掛けたのは、ユフィーリアとニーナだった。


「ライラ、貴女はプリシアを村に送ってから、レヴァリアとヨルテニトス王国へ向かいなさい」

「エルネア君、貴方はマドリーヌと一緒に、ニーミアとひと足先にヨルテニトス王国へ戻って」

「そうだね。プリシアちゃんも、そろそろこっちの村に戻らなきゃね。それに、マドリーヌ様も送り届けなきゃいけないんだ」


 これは、最初からの予定事項だった。

 マドリーヌ様は、そろそろヨルテニトス王国の大神殿に戻らなきゃいけない。

 もちろん、マドリーヌ様だってルイセイネのことを心配している。だけど、巫女頭という立場上、ヨルテニトス王国の聖職者と信徒である国民をおろそかにはできないんだ。だから、今は帰るしかないんだよね。

 そして、マドリーヌ様を送ってくれるのは、もちろんニーミアだ。


「にゃん」


 だけど、僕だけでマドリーヌ様を送り届ける?

 普通だったら、僕が誰かと二人っきりになる状況を、あの手この手で邪魔してくるのがユフィーリアとニーナなのに?

 首を傾げる僕に、ユフィーリアとニーナが言う。


「エルネア君、マドリーヌのことをよろしく頼んだわ」

「エルネア君、マドリーヌのことをお願いするわ」

「うん。もちろん、お任せあれ」


 言われずとも、僕はきちんとマドリーヌ様を送り届けますよ?

 それは、二人だってわかっているはずだけど?

 はて、何か含みがあるのかな?


 疑問を浮かべつつも、僕はマドリーヌ様を促す。

 みんなも、それぞれの役目を担って、動き出した。


「カルナー様、レストリア様、おじいちゃん。ルイセイネをお願いします」

「はい、お任せください」

「汝らも、しっかりと己の信じる道を進むことだ。さすれば、自ずと未来の扉は開かれよう」

「はい、行ってきます!」


 カルナー様やレストリア様と、もっとゆっくり、いろんなお話をしたかった。だけど、今はそういう時期じゃない。スレイグスタ老の言うように、自分の道を正しく進むことが大切だ。

 まずは、ルイセイネの瞳の問題から。それと、マドリーヌ様をしっかりと送り届けること!


「ニーミア、マドリーヌ様、行きましょう」


 僕はマドリーヌ様の手を取り、ニーミアの背中に飛び乗る。

 ニーミアは元気よく翼を羽ばたかせて、苔の広場から飛び立った。


 ……あれ?

 今更だけど。スレイグスタ老の最後の言葉に違和感を持つ。

 いったい、何を指して言葉を投げたんだろう?

 疑問を浮かべたまま、僕は苔の広場を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る