巫女の縛り

却下きゃっかです!」


 僕は、即答した。


「ほほう?」


 スレイグスタ老は、興味深そうに僕を見下ろす。


「おじいちゃん、封印なんて解決方法は、却下ですよ」


 みんなも、僕の意見にうんうんと頷いていた。

 僕は一度、ルイセイネを見る。そして、改めてスレイグスタ老を見上げると、想いを口にした。


「ルイセイネの瞳が、場合によっては危険な状況になるってことはわかりました。でも、竜眼ごと封印するだなんて、僕たちの中にそんな選択肢はないですよ。だって、ルイセイネなら、困難を乗り切って新たな力を手に入れられるはずですから!」

「はい。わたくしも、エルネアくんの意見に賛同いたします。失明の危機、とスレイグスタ様は仰いました。ですがそれは、あくまでも今の暴走状態を放置し続ければ、ということなのですよね?」

「翁、わたしたちを試しているのなら、意味はないです。翁は最も簡単な方法として封印をあげましたよね? では、難しくとも別の方法があるのではないですか?」

「うん、ミストラルの言う通りですよ、おじいちゃん。他の解決方法があるんだったら、僕たちは全力で取り組みます!」


 もちろん、ルイセイネだけに努力してもらうんじゃない。僕たちにだって、補佐や手助けはできるはずだ。

 みんなで協力して、ルイセイネの瞳を護る!


「けっして、竜眼の能力を惜しんでいるわけではないのです。ですが、成長の可能性を閉ざして、封印という安易な方法を取りたくはないのです」


 ルイセイネも、真剣な表情でスレイグスタ老を見上げていた。


 今、最も負担が掛かっているのは、ルイセイネだ。そして、辛いのも彼女だよね。なにせ、いつ瞳が暴走するかわからない状況だし、暴走してしまえば痛みが走る。それだけじゃなくて、場合によっては失明する危険性まであるという。

 さらに、これから大変になるのも、ルイセイネだ。

 スレイグスタ老は、あえて難しい解決方法を口にせずに、封印を提案してきた。そこには、ミストラルが言ったように、僕たちを試す意味合いがあったんだと思う。

 でも、スレイグスタ老だって僕たちを過小評価しているわけじゃない。僕たちなら、どんな困難だって乗り越えられるはずだと、信じてくれているはずだ。

 それなのに簡単な解決方法を提示してきたということは、きっと別の方法はとても高い難易度なんだろうね。その難関に挑むルイセイネは、もしかするとこれまで以上に大変になるかもしれない。

 だけど、ルイセイネは覚悟を持って、スレイグスタ老に誓う。


「わたくしは、竜眼をより高みへと導いてみせます」


 ルイセイネの覚悟を見届けたスレイグスタ老は、ぐるる、と喉を低く鳴らした。


「良かろう。汝らの覚悟、しかと受け取った。ならば、我はもう、封印などという選択肢は提示せぬ。だが、無理だけはするでないぞ? 長い生涯において、時には立ち止まり、後戻りすることも大切である」


 まさか、解決手段よりも前に、助言を貰えるなんて。

 これはもう、とんでもない難関なんだろうね!


「そ、それで、おじいちゃん……。ルイセイネの瞳の暴走は、どうやったら止められるのかな?」


 ごくり、と唾を飲み込んで、スレイグスタ老の応えを待つ。

 すると、スレイグスタ老は静かに言った。


「難しい。これは、とても難儀な問題である。なぜならば、ルイセイネよ、汝が巫女であるからだ」

「巫女様だから?」


 ルイセイネは、清く正しい巫女様だ。

 少し前に、ヨルテニトス王国の巫女頭みこがしらであるマドリーヌ様とアームアード王国の巫女頭様から祝福を受けて、晴れて流れ星様に昇格したルイセイネ。

 名実ともに、両国屈指の巫女となったルイセイネだけど、どうやら、その「巫女」という立場が問題らしい。


「いったい、どういう意味なのかな?」


 僕の疑問に、スレイグスタ老は言う。


「巫女とは、創造の女神を捧心ほうしんし、その力の欠片かけらたる法術のみを扱う者たちであろう? であれば、新たな力となる魔眼もまた、法力にちなんだ力でなければならぬのではないか」

「はっ!」


 僕たちは、一斉にルイセイネを見た。


「竜眼は常に発動している、いわば、わたくしにとって普通のことですので、禁じられることはありませんでした」


 巫女は、どの種族であっても法術のみを扱う。武器も、基本的には薙刀なぎなたになる。だけど、先天的に身に持った特異な能力を使うことは、禁止されていないという。


「ルイセイネの竜眼は、その特例に当たるんだね。他にも例を挙げるなら。もしも、おじいちゃんが女の子で巫女になったとして!」

「ほほう、我がめすで巫女であったとしたら?」

「竜術を使うことは禁止されるけど、鼻水でみんなを癒すことはできるってことですね!」

「かかかっ、その通りであるな」


 まあ、スレイグスタ老はおすだし、巫女になんてならないから、天地がひっくり返ったような例えだけどね。


「とはいえ、例外が認められるのは先天的な能力の場合、という条件なんだよね?」


 つまり、後天的こうてんてきに手に入れた能力は、使えない?


「わたくしも、その辺りは微妙な問題だとは思います。エルネア君の例にならって例えるとしましたら。もしもこれからミストさんが巫女になった場合。人竜化じんりゅうかは先天的なものではなくて、後天的に身につけた特殊な能力ですよね?」

「ええ、そうね。しかも、竜気を使うわね」

「はい。そうなると、どうなるのでしょうか。人竜化は後天的な能力で竜気も使うので、本来であれば禁止事項に当たりそうです。ですが、人竜化こそが、力を持つ竜人族の特殊能力ですよね?」

「種族の特殊能力が、巫女のしきたりに抵触するかって問題だよね? そして、その問題は直接、ルイセイネに関わってくるわけだね?」


 今回のルイセイネの問題は、竜眼を発端ほったんとした新たな能力の取得になる。

 つまり、ルイセイネが例に出した種族固有の能力がどう扱われるのか、という問題をさらに突き詰めた、先天的に持つ特殊能力が後天的に変化した場合の対処の仕方だ。


「申し訳ございません。わたくしも、さすがにそうした問題にはうといです」

「いやいや、それは仕方がないと思うよ?」


 だって、今でこそ耳長族が神殿宗教に興味を持ったり、竜人族や獣人族、それに巨人族や魔族といった色々な種族と交流が深まってきたけど。でも、ほんの数年前までは、竜峰に住む隣人である竜人族との交流でさえ、限定的だった。

 だから、聖職者は人族ばかりで、他種族の人たちが入信するなんて考えもつかなかったよね。そんな状況の中で、専門的な問題の知識を事前に取得しているような人は、そうはいないはずだ。

 ルイセイネだって、僕たちと一緒に冒険の毎日で、研鑽する時間は限られていたからね。


「ですが、これからはそうした知識も必要になりますね」

「なにせ、流れ星様ですからね」


 マドリーヌ様に言われて、はい、と素直に頷くルイセイネ。


「さて、それじゃあ問題を戻すけど。つまり、ルイセイネが竜眼を発展させて手に入れようとしている能力が、巫女としてどう扱われるのか、という部分が問題なんですね、おじいちゃん?」

「うむ、我もそこまでは承知せぬ」


 スレイグスタ老にだって、わからないことはあるんだよね。特に、人族の神殿宗教などに関しては、そこまで知識は深くない。それでも、こうして問題を明確に提示してくれるのだから、やっぱり頼りになりますね!


 僕の思考を読んで、スレイグスタ老は満足そうに喉を鳴らした。


「それじゃあ、どうしましょうか。王都の大神殿に行って、調べてみる?」


 ミストラルが提案する。だけど、マドリーヌ様が待ったを掛けた。


「いいえ、その必要はありません」

「マドリーヌ様?」


 今度は、マドリーヌ様にみんなの注目が集まる。

 みんなの視線を集めるなか、マドリーヌ様は胸を張って言い切った。


「巫女頭として、認めます。ルイセイネ、貴女がこれから得るであろう能力は、貴女自身やエルネア君たちにとって、なくてはならない、掛け替えのない力になるでしょう。ですから、この私、巫女頭のマドリーヌが認めます」


 思わぬ承認に、僕たちは目を見開いて驚く。


「マドリーヌ、大丈夫なのかしら? 貴女は確かに巫女頭だけど、こうした問題に詳しいのかしら?」

「詳しくありません!」

「それでは……?」

「むきぃっ、良いのです! 巫女頭である私が認めると宣言したのです。ですから、何か問題が起きたり誰かに文句を言われても、それはルイセイネの責任ではなく、全て私の責任だと思ってください!」

「マドリーヌ様、なんてことを……」


 ルイセイネが、口に両手を当てて絶句していた。

 僕たちもまた、マドリーヌ様の言葉に声を詰まらせる。


 マドリーヌ様はあえて、巫女頭のかんむりに「ヨルテニトス王国」を付けなかった。それはつまり、どこの国を代表する者とか、そういうくくりを払って、神殿宗教を代表する巫女頭という立場を強調させるためだ。

 そして、自分の立場を明確にして、ルイセイネの新たな力を認め、何かあれば自分が全て責任を持つ、と示したんだ。

 マドリーヌ様の覚悟と優しさに、ルイセイネは瞳をうるませていた。


「でも、本当に良いの、マドリーヌ?」

「むきぃっ、良いったら、良いんです! それに、私にはルイセイネやエルネア君たちにこれくらいの支援しかできませんから」


 だから、ルイセイネは巫女の縛りを気にすることなく、竜眼の強化に努めてください。と笑うマドリーヌ様。


「ありがとうございます」


 ルイセイネは、マドリーヌ様に深々と頭を下げた。


「こういう時だけ、マドリーヌが立派に見えるわ」

「こういう時だけ、マドリーヌが聖職者に見えるわ」

「私は、いつでもどこでも清く正しい巫女頭です!」


 ユフィーリアとニーナに揶揄からかわれて、ぷんすかと頬を膨らませるマドリーヌ様。

 ええっと、清く正しい巫女頭様は、そうやってねたりしませんよ? と、野暮なことは言いません。その代わり、僕たちは改めてマドリーヌ様に感謝の笑顔を向けた。


「おじいちゃんが言うような心配は、ルイセイネにはなくなったんだね。それじゃあ、今度はどうやって暴走を止めて、竜眼をさらなる高みに導くかだね!」

「そのことについてですが」


 すると、これまで静観していたカルナー様が、声を掛けてきた。


「よろしければ、お手伝いをさせていただけないでしょうか。とはいっても、私ではなくてレストリアの力が役に立つと思うんですけどね」

「くるる。そういうことでしたら」


 カルナー様は、どうやら考えがあるようだ。レストリア様もカルナー様の意図に気づき、お手伝いします、と可愛く喉を鳴らす。

 思わぬ申し出に、僕たちは驚く。というか、今日は苔の広場に来てから驚きっぱなしだ!

 それはともかくとして。カルナー様とレストリア様のありがたい申し出を、僕たちは素直に受けることにした。

 だって、こんな機会は滅多にないからね。

 仙を代表する者であり、尚且なおかつ、竜人族と竜族の間で伝説として語られている方々に協力してもらえるんだ。これ以上の喜びはない。


 あっ、もちろん、スレイグスタ老の助言や協力も嬉しかったですよ?


「かかかっ、そういうことにしておくとしよう。だが、今は素直にお二方のご助力に感謝することであるな」

「はい、ありがとうございます」


 みんなでお礼を言う。


「くるる。はい、お任せくださいね。それでは」


 てくてく、とカルナー様の横から離れてこちらへ歩いてくるレストリア様。

 歩き方まで可愛い!


「んにゃん」

「ニーミアも可愛いよ?」

「にゃん」


 レストリア様は、僕たち、というかルイセイネの傍までやってくると、美しい声で歌い出した。


「さあ、ルイセイネさん。レストリアの側で瞑想するのです。そうすれば、貴女の乱れた力をレストリアの歌が癒してくれるでしょう」


 世界に優しく染み渡る、レストリア様の歌声。

 そうか。瞳が力を得て魔眼となるように、レストリア様の美しい歌声にも癒しの力が宿っているんだね。


「まずは、荒れる瞳を癒しましょう。竜眼の新たな力の方向性は、それからゆっくりと決めていけば良いのです」


 カルナー様の言葉とレストリア様の癒しの歌声に、僕たちはルイセイネに起きた問題で緊張していた心を、ようやく休めることができた。

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