瞳の輝き

「そ、そんな!」

「……初めて見たわ、翁が来訪者の前で熟睡じゅくすいしている姿を」

爆睡ばくすいにゃん」


 スレイグスタ老が、気持ち良く寝息を立てて眠っていた。

 しかも、僕たちが苔の広場に来たことにさえ気付かずに。

 早朝に訪れると、稀に眠っているスレイグスタ老を見ることができる。世話役のミストラルなんかは、もう少し高い頻度でスレイグスタ老が寝ている姿を見たことがあるらしい。だけど、僕たちが苔の広場を訪問すると、すぐに目を覚ます。だから、起きることなく熟睡している姿なんて、初めて見たよ。


 すやすやと熟睡する、スレイグスタ老。そして、その傍らで優しく歌う小さな竜と見知った人物の姿に、僕たちは顔を見合わせて、さらに驚く。


「こ、こんにちは、カルナー様?」


 恐る恐る、というか、隣で歌う竜の邪魔をしないように声を掛ける僕。すると、見知った人物、カルナー様が笑顔で応じてくれた。


「久しぶりですね、皆さん」


 光の翼を生やした、柔らかな雰囲気ふんいきのカルナー様。

 出逢ったのは、北の地でのこと。獣人族の村で女仙にょせんたちと手合わせをした際に、仲裁役ちゅうさいやくで現れたのがカルナー様だった。

 カルナー様も、れっきとした男仙だんせんだ。背中の光る翼が、如実に示している。

 そしてカルナー様は、竜人族や竜族の間に伝わる伝説の人物と、同名なんだよね。これは憶測の域を出ないんだけど、僕たちはご本人様なんじゃないかと思っています。


 そうなると、カルナー様の横で気持ち良く歌う竜が気になります。

 たしか、伝説中のカルナー様は、美声で歌う竜族と深い仲なんだよね?


 水面みなもを思わせるような、あでやかな水色のうろこ。だけど、あまりにも美しすぎて、周りの景色を反射するくらいに輝いている。だから、深い古木と緑の苔を鏡のように反射した鱗は、不思議な色合いをしていた。

 ひたいには小さなつのが二本、可愛らしく生えている。

 体格は、翼竜よくりゅうだね。だけど、小さい。すぐ側に小山のようなスレイグスタ老がいるから、そう見えるだけかもしれないけど、それでも小さいかな?

 同じ翼竜で、まだ子竜のフィオリーナよりもひと回り大きいくらいだ。長い首を伸ばしても、隣に立つカルナー様より少し高い位置に頭部が来るくらいだね。

 そして、丸めた背中には、翼が四枚あった。

 一対いっついは、普通の翼竜に見られるような、普通の翼。ただし、もう一対は、仙たちと同じような光る翼を持っていた。


 その、美しい水色の翼竜が、瞳を閉じて歌っている。

 美しい声音こわねは苔の広場に流れる風に乗って、竜の森へと広がっていく。世界と調和した歌声は、竜の森に染み渡る。そして、いやし、いつくしむ。

 僕たちも、水色の竜の歌声を聴いていたら、なんだか眠くなってきちゃった。


「眠いのなら、どうぞ遠慮なさらずに。レストリアの子守唄こもりうたは、全ての者たちに安らぎを与えますから」


 プリシアちゃんなんかは、既にミストラルの腕の中で眠っちゃっています。

 だけど、僕たちは寝ている場合ではないんだよね。


「実は、おじいちゃんに聞きたいことがあって。だから、お昼寝はその後にします!」

「後で、ちゃんと寝るつもりなのね?」


 ミストラルに笑われたけどさ。だって、こんな素敵な子守唄で眠れるのなら、眠ってみたいよね!

 スレイグスタ老でさえ熟睡するくらいだ。絶対に安眠できると思います。


「そうでしたか、スレイグスタ様にご用があったのですね。それは失礼しました」


 言って、カルナー様は隣のレストリアと呼ばれた水色の翼竜に声を掛けた。

 レストリア様は、くるる、と可愛く鳴いて歌を終わらせる。そして、丸い瞳を開いて、僕たちを見た。


「始めまして、竜神様の御使みつかいの方々」

「始めまして、レストリア様」


 挨拶を交わす僕たち。

 レストリア様かぁ。たしか、伝説中のカルナー様の伴侶はんりょの竜も、レストリアという名前だったよね。これはもう、確定なのかな?


 僕たちが挨拶を交わしていると、歌声が止んだことでスレイグスタ老が目を覚ました。


「ふうむ、久々に寝入ってしまったようだ」

「おはようございます、おじいちゃん」

「うむ、おはよう。それと、レストリア様、ありがとうございます」

「いえ、私はこれくらいしかできませんから」


 くるる、と可愛く喉を鳴らして鳴くレストリア様。そして、そっとカルナー様の横に寄り添う。カルナー様も、レストリア様を優しく撫でて、労う。

 相思相愛とは、まさにカルナー様とレストリア様のことを言うんだろうね。見ているだけで、深い愛が伝わってくるよ。


「汝らも、周りから見れば素晴らしい家族である」


 スレイグスタ老が、愉快そうに笑った。

 どうも、いつも以上に機嫌が良いみたいだ。ぐっすりと眠れたからかな?


「左様であるな。汝らが訪れなければ、我はいつまででも寝ていたかもしれぬ」

「それじゃあ、僕たちの訪問はお邪魔だったかもしれませんね? だけど、どうしてもおじいちゃんに聞きたいことがあって!」


 カルナー様とレストリア様のことも聞きたいんだけど、まずは何より、ルイセイネのことだ。

 僕は、ルイセイネの竜眼について話す。ここ最近の異変や、時折り起こる暴走らしき現象。

 竜気に関わる事象しか映さないはずの竜眼が、なぜ色々なものをルイセイネに視せるのか。なぜ、暴走時には瞳が熱くなったり、痛みが走るのか。

 ルイセイネも、自分の状況をスレイグスタ老に伝える。


 スレイグスタ老は、静かに僕たちの話に耳を傾けながら、ルイセイネをじっと見下ろしていた。

 カルナー様とレストリア様も、少し驚いたようにルイセイネを見つめていた。


「おじいちゃん、ルイセイネの瞳は大丈夫なのかな?」

「わたくしは、何か過ちを犯してしまったのでしょうか」


 一番に不安がっているのは、何よりルイセイネだよね。自分の瞳に、いったい何が起きているのか。

 もしも危ない状況なのだとしたら、手早く処置を施さなくちゃいけない。

 すると、不安がる僕たちを静かに見下ろしていたスレイグスタ老の瞳が、黄金色に輝いた。


「おじいちゃん!?」


 驚き、たじろぐ僕たち。

 スレイグスタ老が瞳を黄金色に輝かせるときは、強力な竜術を使う時だ。


 ぎらり、と瞳を光らせたスレイグスタ老。

 視えなくても、感じ取れる。竜脈から吸い上げられた大量の竜気が、スレイグスタ老の瞳に収束されていく。

 ルイセイネも、竜眼によってスレイグスタ老の力を視ているはずだ。


 いったい、スレイグスタ老は何をしようとしているのか。

 無意識に身構える僕たち。

 だけど、スレイグスタ老は瞳を黄金色に輝かせただけで、何もしてこなかった。


「ええっと、おじいちゃん?」


 およんで、スレイグスタ老が意味のないことなんてしないはずだ。それに、僕たちの真剣な話を聞きながら、悪戯もしないよね?


「無論である」


 すると、ようやくスレイグスタ老が口を開いた。ただし、瞳を輝かせたまま。


「汝らは今、我の瞳を見て強い力を感じたはずである」


 はい、と全員で頷く。

 スレイグスタ老はそれを確認すると、すうっと瞳の輝きを消した。同時に、空気を張り詰めさせていた力が消失する。


 スレイグスタ老は、普段通りの瞳で僕たちを見下ろしながら、教えてくれた。


「強き力は、瞳に宿る。とう」


 スレイグスタ老は続ける。


「人であれ獣であれ、まず最初に身に付けるべきは、自身の内側に力を宿すこと。次に、己の内からあふれ出す力を解放、または操るすべを身に付ける」」


 スレイグスタ老の言う「力を宿す」とは、例えば僕が竜力を宿したり、呪術師が呪力を宿すと言う意味だよね。他にも、術が使えない者だって、筋力だったり精神力だったりという、自分自身の力を意味するんだと思う。

 そして「溢れ出す力」とは、竜術や呪術といった種族固有の術や技を意味しているだけじゃなくて、一流の戦士などが放つ闘気とうきや、魔族が放つ殺気なんかも、意味しているんじゃないかな?


 強い力を持つ者は、それ相応の気配を身に纏っている。ただ立っているだけで、尋常じんじょうじゃない剣気や殺気、術者のかくなどというものを感じる。それって、いわば自分の内側に宿した力が身体から溢れ出して、周りに放たれているってことだよね。

 上位の魔族や魔王くらいになると、殺気だけで相手を萎縮いしゅくさせたり、場合によっては死に至らしめることができる。

 僕だって、戦いにおいては相手よりも優位に立とうと、有りったけの気配を放つしね。


 スレイグスタ老は、そうした「気配」のことを、己の内から溢れ出す力の解放と言っているんだと思う。


「左様。汝や他の者も、修行によって力を身につけ、次に自在に解放し、操る術を身に付けてきたであろう? しかし、魔女などのような存在から言わせれば、力を己の内にとどめて置けず、無駄にれ流す者などは二流であろうな」

「ぼ、僕たちが二流!?」


 そりゃあ、魔女さんどころかスレイグスタ老などから見ても、僕たちはまだまだ未熟者だろうけどさ。でも、二流扱いなの!?


「かかかっ。あくまでも、力を無駄に垂れ流す者を指すのだ。汝らは既に、己の道を極めんとする一流の者たちである」

「でも僕たちだって、力を溢れ出すことが凄い、と思い込んでいるから、魔女さんから見れば未熟者ってことですよね?」


 なんとなく、スレイグスタ老の言わんとしていることが見えてき始めた。

 そして、思い出す。


「そうか、ザンが答えを示していたんだ!」


 ザンも、超一流の竜人族の戦士だ。

 ザンから溢れ出る闘気は、時に銀色の炎へと変化し、触れる者全てを焼き尽くす。

 だけど、ザンが本気になっとき。

 腰を低く落とし、一撃必殺を狙うザンは、静かな存在になる。

 他者を威圧する気配もなく、銀炎に燃え上がる闘気もなく。ただ静かに、こぶしに全ての力を注ぎ込む。


「威圧も殺気も効かない相手に対して気配をばら撒くことは無駄な行為だと、ザンは考えているんだよね。だから、銀炎さえ自分の内側に取り込んで、その全ての力を一点に収束させる。まさに全身全霊の一撃だからこそ、邪族さえ倒せたんだ」

「あの男は、己の研鑽けんさんのみで至高を見極めた。だからこそ、竜王たちも称賛するのだな」

「さすがはザンだね! ……そういえば。そういう時のザンって、瞳が銀色に輝いているね!」

「そうね。それに、貴方もアレスと融合した時には瞳が光っているわよ?」

「はっ!」


 僕たちは、気付く。


「ライラさんも、竜族の皆さんにお願いする時には瞳が光りますね」

「はわわっ。巨人の魔王様も、本気の時には瞳が光っていますわ」

「それに、ミストラルも本気を出すと光るよね!」


 思えば、出逢った当初から僕は見ていた。

 十五歳の旅立ちの前。学校に通っていた時代のことだ。夜営の研修で、王都近郊にある遺跡へおもむいた時、僕たちは魔剣使いに襲われた。その時、僕を助けてくれたのがミストラルだった。そして、暗闇の中から現れたミストラルは、瞳をあおく輝かせていたっけ。


「つまり、強い力は瞳に宿って、光る?」

「だが、無意識に光を宿す程度では、未熟者であるな。汝らも、意識的に瞳に光を宿していたわけではあるまい?」

「あくまでも、本気になったときに付随ふずいした効果ですね」

「左様。であるから、汝らの瞳はまだ魔眼まがんとは言えぬ」

「ま、魔眼!?」

「何を驚く。己の力が瞳に凝縮されるのだ。そうすれば、瞳自体におのずと強力な能力が宿るであろう」


 言われてみると、そうだよね。

 竜力が強くなれば、強力な竜術が使えるようになる。同じように、瞳に力が宿れば、瞳自体が強力な能力のみなもとになる。


「それじゃあ、もしかして。ルイセイネの竜眼って、正確には魔眼の一種なのかな?」

「これまでのお話から察すると、ライラさんの瞳も魔眼なのでは?」

「そうか! ライラが竜族にお願いするときに瞳が光るんじゃなくて、魔眼が力を発揮して、竜族を従わせていたんだね!」

「はわわっ、そうだったのですね」

「ルイセイネの瞳は魔眼だけど、その名前が竜人族や竜族たちに『竜眼』として伝わっていたんだわ」

「ライラの瞳も魔眼だけど、その名前が竜人族や竜族に伝わっていなかったから、名無しだったんだわ」


 ユフィーリアとニーナの言葉に、僕たちはうなずく。そして、スレイグスタ老もうなずいていた。


「汝らは、先天的せんてんてきに魔眼を持つ者なり。そして、今。ルイセイネ、汝は竜眼を超えた魔眼を手に入れようとしておる」


 僕たちは、スレイグスタ老の言葉に改めて驚き、ルイセイネの瞳を覗き込んだ。


「竜眼を超える、魔眼……!?」

「左様。しかし、まだ成長の段階であり、そのせいで不安定になっておるのであろう」

「だから、自分の意思以外で発動しちゃった時なんかは、目が痛くなる?」

「場合によっては、瞳に掛かる負荷に耐えきれずに、失明してしまうやもしれぬな」

「そ、そんなっ!?」


 ルイセイネの瞳の状況は、思っていた以上に深刻だったみたいだ。


「おじいちゃん、どうしたら良いの?」


 僕の質問に、スレイグスタ老は静かに瞳を閉じて思案する。

 そして、厳しい答えを導き出した。


「汝の竜眼ごと、新たな力を封印してしまう。それが、最も簡単な解決方法であるな」

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