間違えていた覚悟
ニーミアは、竜の森へ向かうときとは打って変わって、のんびりと空を飛ぶ。おかげで、流れる雲や地上の様子もよく見える。
東西に長く伸びた街道を、多くの者たちが行き交っていた。
なかには、人ならざる者の姿も。
のっしのっしと、街道のど真ん中を我が物顔で
まだまだ多くの人たちにとって竜族は恐ろしい存在で、近くで見られるのも珍しい。それでも、逃げ惑う人々の姿や、威勢よく武器を振りかざすような愚か者はいない。
みんな、理解してくれているんだね。
竜族だって、好き好んで争い事を起こしたいわけじゃない。
まあ、なかには交戦的な竜もいるけど。でも、平地で人と問題を起こせば、その後に怖いお仕置きが待っていることを竜族たちは知っている。なにせ、人よりも遥かに高い
悪さが僕たちの耳に入れば、レヴァリアがすっ飛んできますよ!
だから、存在を誇示するかのように我が物顔で街道を歩いていても、竜族が騒動を起こすようなことはない。そして人々も、竜族に恐怖心があったり見るのが初めてだとしても、自分たちが静観さえしていれば問題は起きないと周知していた。
「あれは、戦いに参加してくれた地竜たちですね」
「そうですね。
僕とマドリーヌ様は、揃って地上を見下ろす。そして、賑やかな街道の様子に、頬を緩ませる。
「飛竜騎士団は、もう戻ったのかな?」
「そうですね。地竜騎士団の姿も見えませんし、兵士の方々は遊ぶ暇もなく帰ったのだと思います」
「大変だなぁ」
アームアード王国やヨルテニトス王国から参戦してくれた兵士の人たちは、あくまでも国務の一環ということで、特別な報酬は貰えないという。それでも、幾ばくかの戦利品を飛竜の狩場で僕たちから受け取っているけど、休みまでは与えられなかったようだ。
ひとつの任務が完了すれば、また次の仕事が待っているんだね。
「そういえば、エルネア君。冒険者の方々や支援してくださった方全員に、橋の免税特権をお与えになったのだとか。しかも、転売もお認めになるなんて?」
「そうそう、無料通行証を発行しましたよ。ただし、五年間の期限付きですけどね」
アームアード王国とヨルテニトス王国の国境に流れるシューラネル大河。そこに掛かる巨大な橋を利用するためには、少しばかりの通行料が必要になる。
この橋は、本当は地竜たちが竜術を駆使して造ってくれたんだけど。なぜか通行料は僕の懐に入ってきて、それが実家の運営資金や橋の維持管理なんかに利用されているんだよね。
その通行料の免除を、今回の報酬の一部として発行したわけです。
「でも、なかには不要な人もいると思うんです。だから、転売でお金に変えても良いですよ、と認めたんですよ。きっと、橋を利用する頻度の高い隊商なんかには高く売れると思いますから」
ただし、際限なく利用されても困る、という意見が出たので、五年間の期限付きにした。
「太っ腹ですね。ですが、それにしてはエルネア君のお財布にはお金が入っていませんね」
「な、なぜそれを知っているんですか!?」
「ふふふ、みんな知っていますよ? お小遣い制なのですよね?」
「マドリーヌ様だって、僕と結婚したらお小遣い制になるんですからね? ユフィやニーナも、ミストラルにお財布の
「あら、それならご心配なく。私はそもそも巫女ですので、結婚してもしなくても、
ふふふ、と笑ったマドリーヌ様。
だけど、僕はその笑顔に少し陰りがあることに気づく。
「マドリーヌ様……?」
ユフィーリアとニーナと一緒で、いつも
長い苦労で、疲れが出た?
それとも、みんなと別れるのが寂しい?
……ううん、違う。
「マドリーヌ様、悩みがあるのなら、聞かせてください。僕たち家族は、隠し事は無しって決まりですよ?」
まだ婚姻を結んでいなくても、マドリーヌ様はもう僕たちの家族の一員だ。
だから、ひとりで悩みを抱え込まずに、相談してほしい。
すると、マドリーヌ様は地上から視線を戻して、真っ直ぐに僕を見た。
僕も、
「……実は、少し自信をなくしています」
僕は黙って、マドリーヌ様の話を聞く。
「エルネア君は、凄いですね。勇者様や他の種族の方々からも
「ルイセイネの竜眼や魔眼に、思うところがあるんですね?」
「はい……」
少し視線を泳がせたマドリーヌ様は、意を決したように、抱え込んだ不安を漏らした。
「同じ巫女でありながら、私は何も持っていません。特殊な力も、特別な経験も」
ですから、とマドリーヌ様は瞳を
「私は、エルネア君と結婚する資格があるのかと、ここ最近は考えてしまうのです」
「マドリーヌ様……」
僕は、浅はかだった。マドリーヌ様のことだ、目的のためなら何がなんでも前に進む。そして、
だけど、違った。
マドリーヌ様だって、当たり前に悩みや不安を抱え、時には劣等感に
そして今、最も心を苦しめている問題が、結婚に関してのものだった。
「ごめんなさい。僕たちが悪いんです。マドリーヌ様やセフィーナさんが最も難しい問題を抱えていることを知っておきながら、手を差し伸べなかったから……」
「いいえ、違います。これは私とセフィーナが自ら克服しなければいけない試練ですから、エルネア君たちの手を
試練の答えが見つけ出せないのです、と小さく漏らすマドリーヌ様。
マドリーヌ様とセフィーナさん。二人と、僕は結婚する。
だけど、その前に大きな条件があった。
それは、僕たちのように、二人が寿命と不老の問題を克服できるか、ということだ。
僕たちのことは、包み隠さずマドリーヌ様たちに伝えてある。
いつ、どうやって不老の命を宿すことになったのか。僕たちが世界とどう関わっていくのか。他にも、寿命の違うミストラルといつか死別するのだと一度は覚悟を決めていたことや、その当時の僕たちやミストラルの
選択肢としては、いつか訪れる死別の覚悟さえ受け入れるのであれば、寿命や不老の問題なんて関係なく、結婚はできる。
だけど、昔と今では状況が違う。
僕たちは、可能性を知った。そして、その可能性を手に入れてしまった。
寿命の問題は克服できる。
とてもとても、難しい試練だけど。
可能性を知らないまま運命を受け入れるのと、可能性を知った上で運命に
だから、マドリーヌ様とセフィーナさんにも、絶対に寿命と不老の問題を克服してほしい、そう願った。逆に、この二つの問題を克服できないようであれば結婚を諦めてもらい、普通の幸せを見つけてもらいたい、そう思っていた。
でも、それは大きな間違いだった。
僕の
「僕は、大きな勘違いをしていました。マドリーヌ様やセフィーナさんと結婚するためには、二人が試練を乗り越える必要がある、と上から目線でした。でも、違うんです。僕だって、マドリーヌ様と結婚したい。なら、僕にも新たな覚悟が必要だったんです。マドリーヌ様たちが試練を乗り越えられるように、あらゆる手段を講じて助けます。これは、マドリーヌ様とセフィーナさんが克服しなきゃいけない試練じゃなくて、僕たち家族が絶対に乗り越えなきゃいけない問題だったんです」
それなのに、必要であれば手助けはするけど、あくまでも二人の試練だとして、突き放してしまった。
だけど、そうじゃない。
マドリーヌ様とセフィーナさんと結婚したいのなら、まず最初に、僕が誰よりも努力しなきゃいけなかったんだ。
「マドリーヌ様が悪いんじゃないんです。僕が悪いんです。だから、どうか悩まないでください。僕が絶対に、マドリーヌ様をお嫁さんにしますから!」
ぎゅっと、マドリーヌ様を抱きしめた。
マドリーヌ様も僕に抱きついて、顔を伏せる。
「ありがとうございます。エルネア君のご助成があるのなら、もう問題は解決したようなものですね」
「そうですよ! これからは、大船に乗ったつもりで気楽に構えてくださいね? まあ、今は大きなニーミアの背中の上に乗っているんですけどね」
「にゃん」
ニーミアの
ようやく、マドリーヌ様の表情から不安の色が消えた。
「そうか。ユフィとニーナは、最初からマドリーヌ様の不安に気づいていたんですね?」
だから、あえて僕とマドリーヌ様が二人っきりになるように取り計らってくれたんだ。
「
「ぐぬぬ、ユフィとニーナに負けていられませんね。僕こそがマドリーヌ様のことを一番よく知る者になります!」
「それでは、今からでも!」
「ぎゃーっ。マドリーヌ様、なんで
「帰ったら密告にゃん」
「きゃーっ。ニーミア、おやつをあげるから、このことは秘密だよ?」
マドリーヌ様と、そしてセフィーナさんが抱えた、寿命と不老の問題。それが根本から解決したわけではない。それでも、僕たち全員の問題としてこれからは向き合うと、新たに決意した。
二人だけを苦しめない。苦しむのなら、家族全員で苦しむ。そして、みんなで問題を解決して、家族全員で喜び合うんだ。
マドリーヌ様も、思い悩んでいた不安を素直に
ニーミアの背中の上で、きゃっきゃと騒ぐ僕とマドリーヌ様。
ニーミアも、ゆっくりと空を飛んでくれた。
この日は、シューラネル大河を越えた先の平原で、夜営をすることになった。
「そういえば、マドリーヌ様」
ニーミアは、マドリーヌ様の膝の上に座って、ご飯を食べさせてもらっています。
マドリーヌ様はその手を止めて、僕を振り返る。
「ええっと。巫女様を含めた複数の女性と結婚する場合って、神殿から試練が出るんですよね? そうなると……。二人目の巫女様をお嫁さんにする場合って、どんな試練になるのでしょうか!?」
ルイセイネと結婚するときは、誰も見つけたことがないという「満月の花」を探す試練を受けた。では、マドリーヌ様と結婚するときは、どんな試練になるのかな?
すると、僕の疑問を聞いたマドリーヌ様が笑い出した。
「エルネア君、それは前代未聞の問題なのですよ? だって、満月の花さえ持ち帰った者はいないのですから」
「はっ! 二人目もなにも、最初の試練でさえ普通は乗り越えられないんですよね」
僕や勇者のリステアが満月の花を持ち帰った時でさえ、聖職者の人たちの間で大変な騒ぎになった。
なにせ、歴史に残っている限り、満月の花を持ち帰った者は僕たちが最初だったのだから。
だから、二人目の巫女様を迎える想定なんて、神殿側にはないんだね。
「それにですよ、エルネア君。本来であれば、試練を出すのは、巫女頭である私です」
「試練の出題者が、試練を受ける人だ!」
「むきぃっ。しかも、よりにもよって巫女頭という
「いやいや、自分で尊いとかいう時点で、ありがたみが薄れていますからね?」
夜になっても、賑やかさは続く。
「こほんっ。ともかくです、エルネア君。私を
「はい。それも含めて、僕は絶対にマドリーヌ様を妻として迎え入れます。だから、安心してくださいね?」
はたして、前代未聞の試練はどんな内容になるのかな?
まあ、寿命と不老の問題よりかは難問じゃないよね?
……よね!?
「にぁあ」
ニーミアが、ご飯を所望して可愛く鳴く。マドリーヌ様が、また手を動かし始めた。
焚火の炎が、ゆらゆらと柔らかく揺れていた。
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