今年最後の珍道中

 特別な日を、誰とどう過ごすのか。

 簡単なようで、実はとても奥深い課題です。

 しかも、年に一度だけめぐってくるような重要な日だったら、尚更なおさらだよね。


 今日は、一年の終わりの日。

 そして明日は、一年の最初の日。


 この二日間をどんなふうに迎え、送るのか。

 毎年ながら、悩まされちゃう。


 禁領のお屋敷で、家族だけでのんびりと過ごすのも良い。

 僕の実家で、みんなとわいわい騒ぎながら過ごすのも楽しい。

 ミストラルの村で静かに年末年始を迎えるのも魅力的だし、ルイセイネの実家で心穏やかにつつましく新年を迎えるのも素敵だよね。

 もしくは、アームアード王国かヨルテニトス王国の王宮で豪華な生活を送るのも捨て難い。

 他にも、獣人族が暮らす北の地や、ずっと東の土地や、魔族の国、または天上山脈といった場所に旅行がてら出向き、思い出に残る年末年始にするのも有りだね。


 みんなは、どんな年末を送っているんだろう?


 モモちゃんは、今頃どうしているのかな?

 天上山脈の奥で、親友である大鷲おおわしのミカンと、仲良くお肉を分け合っているかもね。


 リステアたち勇者様ご一行は、王都の宮殿で忙しい年末年始になると言っていたっけ。

 勇者は、アームアード王国の象徴だからね。

 僕たちのような一般人とは違い、重要な日には、重要な式典やもよおしに顔を出さなきゃいけない。


 巨人の魔王やルイララなんかも、きっと忙しいに違いない。

 そう考えると、貴族だったり官吏かんりといった身分じゃなくて本当に良かったなぁ、と思えちゃう。


「だというのに、この王子様は……」

「なんだい、エルネア君? ははは。さては、俺のことを気にかけているんだな? いやいや、心配はいらんよ。公務のことは、陛下に丸投げしてきたからさ」

「ルドリアードさん、それって自慢することじゃないと思いますけど!?」


 僕の横に並んで歩きながら、携帯してきたお酒で喉をうるおすルドリアードさん。

 僕たちは今、竜の森を移動中だった。


 今年は、どんな年末年始を迎えるのか。

 みんなと相談した結果が、これです。


 僕の背後を歩くのは、父さんと母さんだ。それと、ルイセイネのご両親も来ている。

 他にも、実家の使用人さんたちを取り仕切るカレンさんや、滞在中だった竜人族の人たちが続く。

 昨日まで寝込んでいたアネモネさんも、今日は元気になって、参加してくれた。ザンと並んで、足取りも軽やかについて来ています。

 さらに、竜族のみんなも、お行儀よく一列に並んで、のしのしと同行している。


はぐれてはいけませんわ。飛竜の皆様も、頑張ってくださいませ」

『歩くのは苦手なのだがな』

「はい、そこのお方。竜の森での飛行は禁止ですよ。約束を守れない竜族は、スレイグスタ様のお仕置きが待っていますからね?」

『それは、恐ろしい』


 もちろん、妻であるミストラルたちも同行していて、ライラが竜族たちを指揮し、ルイセイネが監督していた。

 ちなみに、ユフィーリアとニーナは最後尾を歩き、逸れる者がいないか監視している。そして、その二人が職務放棄をしないように監視しているのが、セフィーナさんだ。


「んんっと、頑張りましょうね?」

『おー!』


 森の木々を倒したり傷つけないように気を配りながら慎重に歩く、身体の大きな地竜や飛竜たち。そんな竜族を横目に元気なのは、プリシアちゃんが率いる、森の魔獣たちだ。

 こちらは、竜の森の行進なんて慣れたもので、元気に駆け回っている。

 アリシアちゃんも、ちゃっかりと巨大兎の魔獣に騎乗して、プリシアちゃんが乗る大狼の魔獣と駆けっこ競争をしているよ。


「エルネアよ、目的地は遠いのか?」


 僕たちのことを知らない人が見たら、仰天ぎょうてんしてひっくり返っちゃいそうな珍行列ちんぎょうれつだけど。

 今や千客万来の実家に住んでいる父さんは、この程度ではもう驚きません。

 ただし、僕が案内する目的地は気になっているようだ。

 母さんも、僕を困ったように見ていた。


「あんたは、今年の年越しは任せろと言うけどね? せめて、目的地と趣旨しゅしくらいは、ちゃんとみんなに言っておきなさい。リセーネさんとルイさんは、神殿のお仕事を休まれて来てくださっているのよ?」


 ルイセイネとそのご両親は、全員が聖職者だ。

 なので本来であれば、年末年始は大神殿などでご奉仕しなきゃいけないんだよね。

 だけど、今年は無理を言って、休んでもらっちゃった。


 それもこれも、僕たち家族が考えた、思い出に残る年越しを送ってもらうためだ。


「ふっふっふっ。着いてからの、お楽しみだよ。ちなみに、僕たち家族か魔獣たちの案内がないと、目的地にはたどり着かないからね。なので、そこの王子様! ふらふらっと寄り道をしないように!」

「はははっ。気をつけよう」


 こうして竜の森を散策するのが珍しいのか、それとも、元からの風来坊気質ふうらいぼうきしつのせいなのか。ルドリアードさんは、油断すると勝手に道を外れてどこかに行っちゃいそうになる。


「迷子になったら、魔獣たちに探してもらおうかな。ああ、でもその際は、身の保障をしないですからね?」

「おおっと、それは怖い」

「んんっと、プリシアが探してあげるよ?」

「そうだよね。プリシアちゃんに探してもらうということは、遊びに付き合ってあげないといけないってことだからね?」

「エルネア君。それは、つまり……」

「疲れ果てて、このあとに待っている楽しい年越しに参加できないってことです!」

「そりゃあ、いかん。わざわざ公務を抜け出してきた意味がなくなっちまう!」


 ルドリアードさんは、ふらふらとした足取りを正して、素直に僕の横に並んで歩き出した。


 なにせ、ここは竜の森だからね。

 僕たちから逸れれば、たちまち迷いの術で迷子になっちゃう。

 そして、竜の森、というかスレイグスタ老や耳長族の人たちと深い縁のない者は、絶対に目的地へはたどり着けないのです。


 そして、僕が案内する場所とは……!


「ごくり。もしや、俺たちが向かっている場所というのは、竜の森の守護者がいるという……?」

「残念、ルドリアードさん! さすがの僕たちでも、おじいちゃんの場所には案内できないよ」


 苔の広場は、本当に限られた者だけしか、たどり着けない。

 珍行進に参加している者のなかで、僕と妻たちを除けば、苔の広場に入れるのはプリシアちゃんとアリシアちゃんくらいだ。


 なんと、アリシアちゃんも苔の広場に入れるんだって!

 帰りは、スレイグスタ老に送ってもらうんだと、鼻歌交じりに言っていました。

 スレイグスタ老の空間転移の秘術を、ふんふんふんっ、と気軽にお願いできるアリシアちゃん。

 やはり、只者ではありません。

 プリシアちゃんの上をいく、無邪気っぷりですね!


 それはともかくとして。


「ええっとね、僕たちが向かっているのは」


 と説明を入れる僕だけど。

 実は、というか、当たり前というか。

 僕だって、自力で真っ直ぐに目的地へとは、たどり着けません!

 自慢じゃないけど、よく迷子になるよ?


「にゃあ」


 森の奥へと駆けて行ったプリシアちゃんの頭の上で、ニーミアが鳴いていた。


「やあ、エルネア君。待っていたよ」

「あっ!」


 僕がルドリアードさんや身内のみんなに今年の年越し内容を伝えようとしていたら、プリシアちゃんたちと入れ違いで、白く長いおひげが印象的な、耳長族のおじいちゃんが現れた。


 白髭のお爺ちゃんの登場に、母さんたちが身を正す。


「お爺様、いつもエルネアがお世話になっております」


 そして、母さんが丁寧に挨拶を入れる。


 白髭のお爺ちゃんは、つい先日だって僕の実家を訪れたよね。

 だけど、母さんはいつだって、白髭のお爺ちゃんをうやまうんだ。


 耳長族は、人族なんて及びもつかない程の長命を誇る。

 その、耳長族のお爺ちゃんということは、すでに数百年は生きた、すごい人なんだよね。

 しかも、白髭のお爺ちゃんは、ユーリィおばあちゃんがいない村を取りまとめる、長老だ。

 だから母さんは、白髭のお爺ちゃんに、まるで偉大な人物であるかのように接する。

 僕なんかは、プリシアちゃんの影響が強くて、白髭のお爺ちゃんを前にしても、優しい好々爺こうこうやとしか感じなくなっちゃっているんだけどね。


「おやまあ。これはまた、大勢で来たね?」


 白髭のお爺ちゃんは、竜の森の奥でお行儀よく並ぶ珍団体を見渡して、柔和にゅうわに微笑む。

 僕も改めて振り返り、随分と大勢を招待してしまったものだと、今更ながらに苦笑した。


「はい。実家にいたみんなに、声をかけたので」


 とは言ったものの、使用人さんはカレンさんしか来ていないし、獣人族の面々もいない。

 使用人さんたちは、各々おのおのの家族と過ごしたり、年末年始も仕事だったりと、僕たちが声をかけるよりも前から各自で予定を決めていた。

 そして、獣人族のみんなも、年末年始は大忙しだ。


 獣人族の人たちは、そもそも将来に自分たちの国をおこそうと、アームアード王国へ留学している最中なんだよね。

 なので、滞在こそ僕の実家を利用しているけど、普段は国のお偉い様たちと勉強をしたり、各地を視察したりしている。

 その獣人族の人たちは、日頃の感謝やお礼を込めて、国の行事の方に参加しているんだ。


 獣人族の方々がいないのは、少し残念だね。と白髭のお爺ちゃんが肩を落とす。

 耳長族と、獣人族。全く違う種族だけど、自然と共に暮らすという共通点がある。それで、互いに少なからず興味を抱いているみたい。


「まあ、彼らには彼らの用事というものもあるじゃろうし、仕方がない。いずれ、また酒をみ交わせる日も来るじゃろう。それじゃあ、案内しよう。もう、すぐそこじゃよ」


 白髭のお爺ちゃんは気を取り直して、優しい笑みで僕たちを手招く。

 先導は、僕に代わって白髭のお爺ちゃんが受け持つことになった。


「へえぇ。耳長族の長老殿が出てきたということは……。もしや、耳長族の村に!?」

「残念、ルドリアードさん! 二回続けて不正解だったので、お酒は抜きです」

「なななっ!? エルネア君、それはないぜぇ……」


 なんてやり取りをしている間に、僕たちは目的地に到着した。


 深い森の奥を歩いていたはずの僕たち。

 すると突然、目の前が拓けた。

 林立していた樹々がなくなり、冬でも繁っていた草が境界を示すように途切れる。


 僕たちは、竜の森の奥にぽっかりと空いた、広場に出た。

 足もとは、残念ながら苔じゃない。だけど、暖かい季節にいっぱい日光を受けて育った芝生しばふが、ふわふわの絨毯じゅうたんのように広がっている。

 そして広場の中央には、すでに大勢の耳長族が集まっていて、僕たちを迎えてくれた。


「やあ、いらっしゃい!」

「今年は、楽しい年越しになりそうですな」

うたげじゃーっ!」


 まさか、竜の森の奥にこんな広場があるだなんて、アームアード王国の第二王子であるルドリアードさんだって知らなかっただろうね。

 驚きに目を丸くするルドリアードさんや招待客のみんなに、僕たちは家族全員で声をかける。


「今年は、みんなで楽しく年越しをしましょう!」


 いろんな、年末年始の過ごし方がある。

 家族と過ごすのも良い。旅行先で迎えるのも素敵だね。友達や恋人、知人や知らない人たちと輪になって騒ぐのも楽しいかもしれない。

 そんな中、僕たちが選んだ年越しはというと。


 縁のある者たちで集まって、宝物になる思い出を作ろう、というものだった。


「竜の森の恵み、竜峰の幸、禁領で採れた珍しい食べ物もあるし、北の地から送ってもらった食材もあるよ。それに、ミストラルたちが霊樹のしずくを集めてきてくれたよ!」


 急に企画した催しだったけど。そこは、ニーミアに頑張ってもらいました。


「年末まで飛び回るなんて、貴方も騒がしい人ね」


 なんてミストラルに苦笑されたけど、みんなが喜んでくれるのなら、これくらいお安いご用です。

 というか、頑張ってくれたのはニーミアだしね。


「こんな年末年始、めったに提供しないんだからね!」


 僕の掛け声に合わせて、今年最後の宴が始まった。

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