ルイララが料理を!?

 まだ夕刻前だというのに、会場は大賑わいだ。

 人、竜、獣、そして精霊が入り乱れて、仲睦まじく宴を楽しむ。


 夕ご飯には早いのか、子供たちが会場を駆け回って遊んでいる。

 プリシアちゃんお得意の、鬼ごっこだ。

 ただし、ちゃんと手加減をしているようです。

 本気を出すと、竜人族の戦士でさえ悲鳴をあげて逃げ出すような惨状さんじょうになるからね。


 鬼役の精霊が、ふわふわと飛び回って獲物を狙う。

 親と一緒に訪れた子竜や、魔獣の子供、それに成人していないような耳長族の少年少女や精霊たちが、きゃっきゃと逃げ回る。

 もちろん、フィオリーナとリームもレヴァリアに連れられてこの広場に来ていて、鬼ごっこに参加していた。


 レヴァリアはずるいよね。

 歩くのが苦手だからって、自分だけ空を飛んで会場にやってきた。

 まあ、レヴァリアは苔の広場に入れる数少ない竜族だからね。竜の森の上空を飛んでも、スレイグスタ老のおしかりは受けない。

 そんなレヴァリアを羨望せんぼうしている竜族は数知れず。

 だけど、実力と実績がともなわなきゃ、竜の森の上空を自由には飛べませんよ。


 その竜族たちは、賑やかに騒ぐ子供たちを横目に、なにやら熱く議論しあっていた。


『血のしたたる生肉と、人どものように火を通した肉。いったい、どちらが美味いかだと?』

『我は、人族が調味料とやらで味付けした肉が美味うまいと思うぞ?』

『馬鹿を言うな。湯気立つ血の香りのしない肉なんぞ、腐肉ふにく並みに不味まずい』

『ふふん、若造め。貴様はまだ、真に美味い焼き肉を食ったことがないのだ』

『我は、耳長族が味付けした素朴な香味の肉が美味いと思うぞ?』

『竜族の旦那、わかっていらっしゃる! 森でたまに肉を分けてもらいますが、これがまた絶品で』

『ほうほう、魔獣でありながら、貴様はよく理解しているようだ』

『儂などは、竜人族の……』

『過去に一度、獣人族が調理した肉を食べたが……』


 不思議な光景です。

 竜族に混じって、魔獣も肉談義にくだんぎに花を咲かせているよ。

 こういった場所でなければ、たとえ魔獣であっても、竜族の前に堂々と姿をさらす、ということなんてありえない。

 絶対的な力を持つ竜族にしてみれば、人も獣も魔獣も、等しくえさでしかないからね。

 それなのに、魔獣たちは怯えることなく竜族の輪に加わり、至高の肉について語り合っていた。


『ようし、ならば味比べだ!』

『肉だ。肉を持ってこい!』


 竜の森に、竜族の咆哮が響く。

 人ならざる者の言葉を理解できない者は驚いてひっくり返り、僕たちのように竜族や魔獣の言葉を読み取れる者は笑う。


「しかたないねぇ。竜人族の味を、たっぷりと味わってもらおうじゃないか」

「なになに? ……ふむふむ、そういう話をしていたのか。ならば、耳長族も負けてはいられぬ」


 なんて話が飛び火し、竜族や魔獣たちの舌をうならせようと、料理人の熱意に火が宿る。

 すでに料理は広場中に行き渡り、手の早い者が舌鼓したつづみをうっていたけど。新たな食べ物の匂いに釣られて、遊んでいた子供たちが集まり出した。そして、大人も交えて飲み物を酌み交わしながら、次々と追加の注文を入れていく。

 料理ができる人、もっぱら女性陣は、事前に持ち込んでいた食材を使って腕を振るう。


「ミストラル、大変じゃない?」


 かくいうミストラルやルイセイネも、お鍋を片手に大忙しだ。


「ふふふ、任せて。早いうちに小さい子や男たちのお腹を満たして、あとでゆっくりさせてもらうわ」

「お料理も、交代で担当していますから。ですので、エルネア君も気兼ねなく楽しんでくださいね」


 交代制かぁ。

 それってもちろん、順番次第ではユフィーリアやニーナも調理担当になるってことだよね?

 くっくっくっ。

 あの二人が作り出す独創的な料理に、どれだけの者が耐えきれるかな?


「おい、エルネア。いい加減、酒は飲めるようになっただろうな?」

「はっ!」


 会場に集まってくれたみんなに挨拶をしたり、裏方に回ってくれている人たちにお礼を言っていたら、背後から羽交はがめにされちゃった。

 僕は、恐る恐る、振り返る。

 すると、竜族も真っ青というような凶暴極まりない風貌の大男が、僕を見下ろしてにやりと笑みを浮かべていた。


「イド。僕をいじめると、ミリーちゃんに怒られるよ?」

「がはははっ。ミリーなら、今は上機嫌に衆目を集めている。お前を守ってくれる竜姫も、料理に忙しそうだしな。諦めろ」

「うひゃーっ!」


 そして、問答無用で連れ去られる僕。

 ミストラルやルイセイネが、苦笑しながら手を振って僕を見送る。


 くっ!

 お酒の入ったイドを制御できるのは、ミリーちゃんだけだというのに……


 僕は、イドに引きずられて行きながら、猫種ねこしゅの獣人族、ミリーちゃんを探す。

 そうしたら、とんでもない光景を目にしちゃった!


「ミリーちゃーんっ!」


 会場の一画で、野郎どもの汚い声援が飛び交っていた。そろいの鉢巻はちまきを額に巻いた野郎どもが、息もぴったりに拳を振り上げて、奇声を発している。

 その、むさ苦しい男どもが注目する先で、華奢きゃしゃな女性が元気いっぱいに飛び跳ねた。


「みんな、元気にしてたー?」


 愛らしい声に、うおぉーっという野獣の声援が返ってくる。

 いつの間にしつらえたのか、板張りの舞台の上で、華奢な女性、すなわちミリーちゃんが光り輝く。


「それじゃあ、いっくよー!」


 ミリーちゃんの一挙手一頭足に、男たちが歓声をあげる。


「な、なんだ……。これは……」


 愕然がくぜんとする僕と、刺青の入った頭をぽりぽりと掻きながら苦笑するイド。


「いつの間にか、ミリーの親衛隊とかいう組織ができちまってなぁ」


 見れば、竜人族や耳長族だけじゃなく、魔獣や竜族の姿まで!


「なんでも、精霊や獣人族にも、ああいった連中が増えているそうだぜ? がはははっ。貴様の人気を奪いかねんな」

「ミリーちゃん、恐るべし!」


 舞台では、ミリーちゃんが自作の歌を唄ったり、踊ったりしている。

 そして、ミリーちゃんの動きに合わせて野郎どもが奇声を発する様子は、まるで一種の宗教のようだ。


 禁領に広まりつつあるプリシア教以外にも、ミリー教団が誕生しそうです。

 女神様、僕たちはこれで良いのでしょうか……


 なんて、世界の安寧あんねいを心配している場合ではありません!


 こちらの抵抗なんて意に介さないイドは、問答無用で僕をお酒の席へと連れて来た。


「エルネア、いい加減に諦めろ」

「ザン! 太陽が沈まないうちからお酒を飲んでいちゃ、アネモネさんに見限られちゃうよ?」

「馬鹿を言うな。宴席で酒を飲まない軟弱者の方が、見限られるというものだ」

「アネモネさん、丁度良いところに。ザンが、あんなことを言ってるよ。っていうか、助けて!」

「はい、エルネア君。甘くて飲みやすいお酒ですよ?」

「裏切られた!」


 僕たちのやりとりに、笑いが起きる。

 ただし、半分は「エルネアはまだまだ子供だなぁ」という、大人たちの笑いだ。

 ようし。ならば、僕だって!


 飲むと決めたら、僕だって飲みますよ!


 ぐびりっと、アネモネさんから受け取ったお酒を一気にあおる僕。

 僕の飲みっぷりに、歓声が上がる。


「エルネア君、駆けつけ三杯と言うわ」

「エルネア君、今入り三杯と言うわ」

「ユフィ、ニーナ!?」

「やあ、エルネア君。良い飲みっぷりだね。それ、じゃんじゃん飲んでくれよ?」

「ルドリアードさんまで!」


 しまった。

 酒宴の席に、このお酒大好き三兄妹がいないはずがないよね。

 あろうことか、身内からさらにお酒を注がれて、僕はしょぱなから行き詰まってしまった……






 あは!

 あははははっ


 楽しいね!


 あははははははっ!


「さあさあ、エルネア君。どんどん飲んでくださいませ。陛下秘蔵の、極上のお酒でございますよ」

「幻覚かなぁ。招待していないはずの魔族の姿が見えるよ?」

「飲め。飲まなければ、殺す」

「あはははっ。魔王っぽい台詞せりふを口にする美女さんですね?」


 僕が手にするさかずきにお酒を注ぐのは、金髪横巻きの女性。気のせいか、オズに似た動物を首に巻いて、暖かそうです。

 そして、お酒を飲むように強要してくる美女さんは、巨人の魔王に匹敵する恐ろしさですよ!


 あははっ。


「はわわっ。エルネア様、ほどほどにしませんと……」

「やあ、ライラ。さあ、こっちにおいで。ライラも飲むんだ」

「エ、エルネア様。いけませんわっ」


 心配そうに駆け寄ってきたライラを捕まえる僕。そして、膝の上に座らせて、お酒の入った杯を渡す。

 困ったように僕を見るライラ。

 だけど、拒否の仕草を取りつつも、僕の要求を拒めない。


 くっくっくっ。

 さあ、飲むのです。

 飲んで、僕と一緒に楽しくなろうー!


「はわわわわっ」


 ライラは、手渡された杯に満たされたお酒と、腰に腕を回して逃さないように抱きしめる僕を交互に見つめる。

 周りの野次馬も、飲め飲めとはやし立てる。

 特に、ユフィーリアとニーナなんて、ライラが杯を空けたらすぐに次を注ごうと、お酒の入ったつぼを抱えて待ち構えています。


 さあ、飲まないと、お胸様に悪戯しちゃうぞ?


 うえっへっへぇっ!


「にゃん」

「ぐへっ!」


 そのときだった。

 ごつんっ、と頭に鈍痛どんつうが走る。

 痛てててっ、と頭をさする僕。

 ずきんずきんっ、と痛む頭の上にニーミアが降り立った。

 いったい、何が起きたのかと見上げたら、見目麗みめうるわしい女性が二人、困った表情で僕を見下ろしていた。


 あはははは!

 このお胸様は、ミストラルとルイセイネだね?

 手にあまる大きさも素敵ですが、慎ましい大きさも大好きですよ?


「まったくもう。魔王もシャルロットも、エルネアをからかうのはよしてください。それと、エルネア。お酒を飲むのは良いけれど、ほどほどが大切なのよ? ほら、ライラが困っているじゃない。早く解放しなさい」

「さあ、ライラさん。安心してくださいね。悪い人たちの手から解放して差し上げますから。もう安全ですよ」

「ミスト様、ルイセイネ様!」


 ルイセイネが僕の腕からライラを救出する。

 そして、ミストラルが僕の横に座る怖い美女二人を引き剥がして、ため息を吐いた。


 あははっ。

 竜族たちがお肉談義をするのなら、僕は妻たちのお胸様談義をしようかな?

 楽しいなぁ。

 愉快だなぁ。


「……エルネアお兄ちゃんが、壊れてるにゃん?」

「大馬鹿者だな」

「愉快でございますねえ」


 へえへえ、と笑う僕を見て、同席していたみんなが笑う。

 イドやルドリアードさんなんて、お腹を抱えて笑い転げているし、ザンも困ったように手で顔を覆いながら、ひっそりと笑っていた。


 僕も、みんなが愉快に笑う様子を見て、気分が高揚しちゃう。

 ようし。みんなが喜ぶのなら、もっとお酒を飲んで、もっと楽しくしちゃおう。

 あははははっ。


 さあ、お酒を注ぐのだ。ユフィーリアとニーナよ!


 僕は、ライラに手渡した杯とは違ううつわを手に取ると、双子王女様にお酒を所望しょもうする。

 だけど、さっきまでお酒の壺を抱えて構えていた双子の姿が消えていた。


 いったい、どこへ?


 見渡す僕。


 すると、ミストラルによって会場の隅へと引きずられていく二人の姿が!


 あはははっ。

 あっちで、何か楽しいことでもするのかな?

 うらやましいなぁ。


 悲鳴をあげて助けを求めるユフィーリアとニーナを、僕は手を振りながら笑顔で見送った。


「さあ、お祭りはこれからだよ! みんなで、もっともっと楽しもう!」


 酒宴しゅえんの席には、ひっきりなしに誰かが出入りしている。

 賑やかさに釣られて、輪に加わる者。酔いを覚まそうと、席を外す者。追加のお酒を持ってきたり、料理を担当している人たちにさかなをねだりに行ったり。

 僕は、そんな人たちに声をかけて、場を盛り上げ……ようとして、腕を強く掴まれた。


「エルネア君。酔うのは良いのですが、このあとの予定のことをお忘れではないでしょうか」

「ええっと、予定……?」


 僕の腕を引っ張ったのは、ルイセイネだ。

 ルイセイネは、困ったように僕を見ていた。


「エルネア様。ここを会場に選んだのは、エルネア様ですわ」

「ライラさん、駄目みたいです。エルネア君は、完全に酔っぱらっているようです」

「はわわっ。どうしましょう、ルイセイネ様?」


 ううーん。

 僕はなぜ、ここで宴会を開こうとしたんだっけ?

 というか、ここって、どこだっけ?

 あははっ。

 まあ、いいや。

 楽しいなら、問題ないよね?


「問題大ありにゃん」


 ニーミアが、僕の頭の上で長い尻尾を揺らす。

 鼻の周りをふわふわと柔らかい毛が往復するものだから、僕はくしゃみをしちゃう。


「おうおう、八大竜王ともあろう者が、この程度の寒さで風邪かぜでもひいたか」

「イド、僕は風邪なんて……」

「いいえ、エルネア君は風邪をひきました。ということで、暇乞いとまごいをさせていただきますね!」

「えっ? ええっ! 僕って、風邪を引いちゃったの!? それじゃあ、みんなに看病してもらわなくちゃ」


 えへへっ。

 ルイセイネたちは、どんな看病をしてくれるのかな?

 思考がぐるんぐるんと回って、纏まりがつかない。

 視界も傾いているし、頭がぼわんと火照ほてって熱い。


 そんな僕を、ルイセイネとライラが両脇から支えて立ち上がらせた。


「さあ、エルネア君。こちらへどうぞ」

「エルネア様、こちらで休憩ですわ」


 そして、二人に連れられて、会場の隅へ。

 確か、こっちには先にユフィーリアとニーナが行ったような?

 そうですか。あっちで、家族仲睦まじく楽しむのですね?

 むふふふ。


 という僕の桃色の思考は、待ち構えていたミストラルによって打ち砕かれた。


「エルネア、まずはこれを飲みなさい」

「どんなお酒かなぁ?」

「お酒じゃありません!」


 ミストラルから強引に器を手渡されて、僕は中に満たされた液体を口に含む。

 一瞬で、清々すがすがしい清涼感が僕の口を満たした。


「……霊樹の雫?」

「そうよ。それを飲んで、酔いを覚ましてちょうだい」

「僕は酔ってないよ?」


 そう返事をしたら、みんなが揃って「酔っています」と言い返してきた。

 変だなぁ。

 僕は酔ってなんかいないのに。


 何はともあれ、僕は極上の清水を言われるままに飲み干す。

 冷たく、清らかな霊樹の雫を飲むと、ふわふわと浮ついていた思考が引き締まっていく。

 霊樹の雫が、全身に染み渡る気配が感じ取れる。


「霊樹の雫を飲んで少し冷静になれたのなら、瞑想をしなさい。そうすれば、酔いは覚めるわ」

「……うん、そうするよ」


 いったい、僕はどれくらいの量のお酒を飲んだんだろう?

 あまり記憶にはないけど、随分と飲んで、そして酔っぱらっちゃっていたようだ。

 まあ、未だに自覚はないんだけど?


 でも、霊樹の雫を飲んで、頭をすっきりさせたことにより、僕は本来の目的を思い出す。


 そうでした。

 僕が竜の森の、この広場を選んだ理由。

 それを忘れていただなんて、大失態だね。

 心配そうに僕の様子を伺うミストラルとルイセイネとライラ。


「心配をかけちゃって、ごめんね」


 僕はこれからの予定をつつがなくこなすために、瞑想に入る。

 僕の横では、先んじてユフィーリアとニーナが瞑想をさせられていた。

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