年越しの神楽はみんなのために

 どれくらい瞑想をしていたのかな。

 やっぱり、僕は酔っぱらっていたようです。

 瞑想に入った当初は、瞳を閉じても竜脈を感じられないくらいに思考が乱れていた。

 だけど、時間をかけて少しずつゆっくりと心を落ち着かせ、いつものように深く精神を落とすと、次第に酔いも覚めて、きちんと瞑想することができた。


 僕が瞑想を終えると、すでにユフィーリアとニーナも瞑想によって酔いを覚ましていた。

 高揚していたほほも引いて、いつも通りの立ち振る舞いで、陽気に活動している。

 どうやら、ミストラルの指示で忙しそうに準備をしているみたい。

 まあ、そうはいっても、ユフィーリアとニーナが真面目に働くはずもないよね。

 やんやとルイセイネやライラをからかいながら、半分遊び感覚で楽しそうに言われた作業をこなしているよ。


「みんな、お待たせ」

「んんっと、待ってたよ!」

「まってたまってた」

「いやいや、二人はアリシアちゃんたちと楽しそうに遊んでいたよね!?」


 僕が声をかけると、真っ先に飛びついてきたのは、プリシアちゃんとアレスちゃんだった。

 幼女の二人はさすがにお酒の席には近づかず、アリシアちゃんや他の子供たちと一緒に遊んだり食べ散らかしたりしていたよね。

 だけど、これから予定しているもよおしのために、僕たちに合流してきたわけだ。


「エルネア、準備はできているわよ」


 ミストラルの呼び声に応えて、僕は立ち上がる。

 そして、さっきまでミリーちゃんが信者たちと騒いでいた板張りの舞台へと、家族全員で登った。


「本日は、急な招集に応えてくれて、ありがとうございます」


 いつの間にか、はとっぷりとれていた。

 空には月が昇り、星々がまたたいている。

 会場は、き火のあかりや精霊たちの輝きによって照らされてはいるものの、奥に見える竜の森は夜闇に深く包まれていた。


 どうやら、僕は随分と長い時間、瞑想をしていたようだ。

 ううん、違うのかな?

 瞑想する前から、時間は経過していたんだろうね。お酒を楽しく飲んでいたから、全然気づかなかったんだ。

 なにはともあれ、頃合いなのは間違いない。


 瞑想中にミストラルたちが声を掛けてくれたのか、舞台の周りには年越しの宴に参加してくれたみんなが集っていた。

 僕たち家族は整列をして、集まってくれたみんなにお礼を言う。


「みんな、ありがとう。この一年間を無事に、そして楽しく過ごせたのは、みんなのおかげです。それに、白剣の完成に尽力じんりょくしてくれたことも、すごく感謝しています」


 もちろん、この場に駆けつけられなかった竜族や魔獣や人々、それに精霊たちだって大勢いる。そして、この場の感謝だけじゃ足りないことはわかっている。

 だから、これはお礼巡れいめぐりの最初の一歩。それと、この一年のくくりのための、大切な儀式だ。


「今年もいろんなことがいっぱいあったけど、みんなで無事に年を越せることが何よりも嬉しいです」


 いろんなことがあったのはお前だろう、と竜王のイドが笑いを誘う。

 舞台の下に集ったみんなが、愉快に笑う。

 僕たちも釣られて笑顔になる。


「そんなことを言っていると、来年はみんなを巻き込んじゃうからね!」


 僕の返しに、もう十分に巻き込まれているだろう、とザンが突っ込みを入れた。

 さらに、次はどうからめ取って巻き込みましょうか、などと不吉な言葉を発する魔族もいます。

 そんなやり取りに、また会場が笑いに包まれた。


「え、ええっと……。なにはともあれ、僕たちは感謝しています。みんなの協力があったからこそ邪族じゃぞくの被害を食い止めることができたし、なによりも白剣が完成しました。だから、今晩は僕たちのお返しを受け取ってください」


 どれほど言葉をつくろっても、感謝の想いを全て伝えきることはできない。

 だから、僕たちはお礼の気持ちを心を込めて、表現することにしたんだ。


 僕の合図を受けて、家族のみんなが配置につく。

 舞台の下では、集まってくれたみんなが期待を込めて僕たちを見上げていた。


 しゃりん、と涼やかなすずが会場に響いた。

 鈴を担当するのは、ユフィーリアとニーナだ。

 ルイセイネから借り受けた巫女鈴みこすずを軽やかに鳴り響かせる。


 鈴の音を合図に、僕は白剣と霊樹の木刀を抜く。

 装飾の施された白剣。そのつばに、青色と極彩色ごくさいしょくの二つの色宝玉が輝く。ひらり、とつかはしから伸びたにしきの帯がひらめいた。

 今夜は、白剣の美しさに負けてはいられないと、霊樹の木刀も緑色にあわく輝いている。


 次に、鈴がかなでる律動りつどうに合わせて優しいふえが流れ始めると、僕の傍に立つミストラルとライラが腰の剣を抜いて、優雅な所作しょさで構える。


 本来であれは、ミストラルの武器は漆黒の片手棍。ライラは霊樹製の両手棍だ。

 だけど、これは戦いではない。

 だから、二人は僕に合わせて、見栄えの美しい剣を手にしていた。


 そして、笛を奏でるのはルイセイネだ。

 新たな土地、つまり禁領で活動していくことを誓ったルイセイネへの手向たむけとして、アームアードの大神殿から贈られた宝物だ。

 透き通った笛の音が主旋律しゅせんりつを奏で始めると、太鼓たいこが躍動感のある力強い律動を響かせ始めた。


 プリシアちゃん、アレスちゃん、それとニーミアが、両手にばちを持って一生懸命に太鼓を叩く。

 この日のために、プリシアちゃんたちは頑張って練習してきたんだよね。

 息の合った動きで、乱れなく太鼓を叩く。


 ぽろん、とげん爪弾つまびくのは、セフィーナさん。

 姿勢良く構え、指先で弦を弾く姿は、惚れ惚れとするほど美しく、そして格好いい。

 笛の主旋律に寄り添う弦の音が、音楽に華やかさを彩る。


 人族の風習では、年越しは神殿に足を運んで、女神様へ奉納する神楽を鑑賞したり、お参りをする。

 もちろん、僕の家族には人族以外にも竜人族や耳長族や精霊や竜族がいて、集まってくれた者たちも神殿宗教の信者というわけじゃない。


 だけど、思うんだ。

 種族や思想は違っても、想いを伝える方法や、想いを受け取る感受性は共通しているはずだよね。


 それならさ。

 何千年も続いてきた人族の風習をもとにすれば、僕たちの感謝の想いをみんなに伝えることができるはずなんだ。

 そうして話し合って、家族のみんなで創り上げた舞台を、お披露目する。


 さあ、僕たち家族の、感謝の想いをご覧あれ。

 音楽を背景に、年越しの神楽かぐらは始まった。


 僕は、笛の音に乗せて白剣を振るう。

 きらり、と真っ白な刃が輝く。ひらり、と錦の帯が軌道を追う。

 竜剣舞を基礎とした優雅な僕の舞に合わせ、ミストラルが剣を振り下ろす。


 交わる剣と剣。


 僕はミストラルの剣を受け流すと、くるりと上半身をひねって霊樹の木刀を薙ぐ。

 ライラが振った剣を弾き、軽やかに身をひるがえす。


 想いと想いが交わる。


 僕たちは、みんなの協力があってこそ、こうして平和に年越しを迎えることができた。

 みんなが助けてくれるから、どんな困難にだって立ち向かえる。

 その感謝の想いを、僕たちなりに表現したものが、この神楽の舞台だった。


 音楽に合わせ、舞台で僕は舞う。

 本来の竜剣舞とは違う。

 誰かを敵と定める剣戟けんげきではない。

 邪悪な存在を浄化するための舞ではない。

 ただ感謝だけを込めて、家族で相談しあって創り上げた神楽を披露する。


 ユフィーリアとニーナが鈴を鳴らしながら、うたを口ずさむ。

 全く同質の声色が、高音と低音で見事に調和する。

 美しい歌声に、誰もが耳を澄ます。


 時に華麗に、時に苛烈に舞う神楽の舞に、みんなが魅入ってくれる。


 ありがとう。そして、これからもよろしくお願いします。

 感謝の気持ちを演舞に乗せて舞う。

 そして、感謝しているのはなにも、集まってくれたみんなにだけではない。


 優雅に宙を舞い、次の動作へ繋げるために高く掲げた白剣と霊樹の木刀。

 その剣先の遥か先には、月と星々が輝いていた。


 月は、創造の女神様を表しているという。

 そして、夜空を彩る満天の星々は、世界で生きる者たちの命の輝きだと、ルイセイネは教えてくれた。


 街灯りのない、竜の森の奥深く。

 ここは、スレイグスタ老の守護によって、どこよりも澄んだ聖域になっている。

 平地において、月と星々の輝きが汚されることなく降り注ぐ場所は、この広場の他にはない。

 だから、僕はこの広場に集まってもらったんだ。


 いつでも、どんな時にでも、味方でいてくれるみんなに、心からの感謝を伝えたい。

 それと同じくらい、慈悲深く見守ってくださっている女神様に感謝を伝えたい。

 そして、世界中の者たちの命の灯りだという星々の下で舞えば、この場に来られなかった者たちにも想いを届けられると思うんだ。


 だから、僕たちは舞う。

 家族と、神楽を披露する。


 一年間、ありがとうございました。

 そして、来年もどうか、よろしくお願いします。


 ユフィーリアとニーナの歌声に熱がこもってくる。

 笛の音はどこまでも澄んだように響き渡り、弦の音色が勢いに乗ってきた。

 太鼓と鈴も力強く鳴る。


 そうすると、陽気に踊り出すのが精霊たちだ。

 りぃん、りぃん、と白剣の鍔の端に装飾された精霊の鈴が鳴り出す。

 最初は神楽を静かに鑑賞していた精霊たちだけど、我慢できなくなっちゃったみたい。次から次に、精霊たちが舞台に参加してきた。

 耳長族が使役もしていないのに、精霊たちは勝手に具現化する。

 光が乱舞し、神楽をより一層華やかにしていく。


「ほらね、言った通りでしょ?」

「貴方の言う通り、会場をここにしていて良かったわ」


 剣を交えながら、笑い合う僕とミストラル。


「エルネア様、とても美しいですわ」

「ライラ、僕たちも負けてはいられないよ!」


 精霊たちは舞台を抜け出すと、広場全体を使って楽しそうに踊り始める。

 もしもこれが実家のお屋敷だったなら、きっとご近所に大迷惑をかけていただろうね。そして、とんでもない年越しになっていたはずだ。


 だけど、安心してください!

 ここは隔離かくりされていますよ!


 どんなに騒いでも、迷惑を受ける者はいません。

 だから、思う存分に踊ろう!


 いつでも陽気な精霊たちの性格が伝染したのか、これまで僕たちの神楽を静かに鑑賞してくれていた者たちも踊り出す。

 楽器を奏でられる者は楽器を持ち出すと、ルイセイネの笛の音色に即興そっきょうで音を合わせる。

 歌に自信のある者は、ユフィーリアとニーナの美しい歌声に自分たちの声を乗せる。

 魔獣や竜族は足踏みをしたり飛び跳ねたりと、全身を使って心を表現する。

 人々は手を取り合って、愉快に踊り出した。


「やっぱり、最後はこうでなくっちゃね!」


 最初は神楽を通して感謝の想いを伝える舞台だったけど。

 最後はこうして、みんなで楽しく愉快に年を越す。

 これこそが、僕の周りに集ってくれる者たちだ!


 いつが年をまたぐ瞬間だったかだって?

 そんなの、わからないよね!


 僕たちは歌い、飲み、食べて、疲れ果てるまで賑やかに踊った。

 空ではいつまでも、月と星々が羨ましそうに僕たちの大宴会を見下ろしていた。

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