さあ 行こう

 ヨルテニトス王国へと向かう途中。一度、廃墟の都へと立ち寄った。


「それで、状況はどうだったのかしら?」

「うん。僕たちはその件で、今からちょっとヨルテニトス王国へ行ってくるよ!」


 結局、二度手間になったような気もするけど、仕方がないよね。僕とライラは、老竜の状況と話をミストラルたちに伝える。


「竜の墓所の呪いねぇ……」


 自然と僕たちの目は、ユフィーリアとニーナに注がれた。


「濡れ衣だわ」

「正当な報酬だわ」

「まあ、竜人族や生き残った一族の者も何も言わなかったしね」


 オルタの一族の生き残り。他の部族へ嫁いだり旅立っていた人は当然のように存在していて、一連の騒動に関わっていなかった人は今でも普通に竜峰で生活を送っている。

 竜奉剣りゅうほうけんが竜人族の守る秘宝というのなら、そういった所縁ゆかりのある人の手に戻すべきでは、という考えがなかったわけではない。

 だけど、竜奉剣を自在に扱ったユフィーリアとニーナ、そして僕やミストラルが周りに居る状況があり、竜人族共々、これまで二人が所有していることを黙認してきたような状況だった。


「では、わたしたちは別れて動きましょうか」

わたくしは、エルネア様とヨルテニトス王国へ行きますわっ」

「はいはい。それは貴女が適任でしょうし、今回はお任せするわね」

「おお、ライラの抜け駆けが連続して成功している!?」

「私も行くわ」

「私も同行するわ」

「駄目よ。ユフィとニーナは、わたしと一緒に竜峰へ」

「ミストはひどいわ」

「ミストは鬼だわ」

「ミストさん、わたくしはどうしましょう?」

「ルイセイネは、プリシアたちとここに残って。貴女は獣人族と友好関係にあるし、彼らをここで落ち着かせてね」


 なかなかに良い配分です。

 ミストラルの采配に、ユフィーリアとニーナ以外は納得したように頷く。


「それでは、獣人族の皆さま。老竜様を刺激しないように、無闇に近づかないようにお願いしますね」


 ルイセイネは早速、獣人族の人たちに竜族に対する注意事項などを説明し始めた。

 僕たちが帰ってきたことで、プリシアちゃんたちはお花の首飾り製作を中断して、こちらへとやって来くる。


「いそがしいの?」

「ごめんね。ちょっと大変になっちゃった。プリシアちゃんはメイを護ってあげてね」

「うん。お任せだよ」


 プリシアちゃんはメイとしっかり手を繋ぎ、頼もしそうな顔をしてくれる。


「それじゃあ、フィオ。少しだけ仕事をしてもらいましょうか」


 ミストラルは、プリシアちゃんと一緒にやって来たフィオリーナと、少し離れた場所に移動していく。

 フィオリーナの正体を獣人族には教えられないので、秘密の任務らしい。

 フィオリーナと一緒にリームもついて行ったので、子竜にもなにかしらの役目をしてもらうのだろう、と獣人族は思うに違いない。


「僕たちは、早速出発しようか」

「はいですわ!」

「んんっと、お土産ね?」

「うっ……」


 プリシアちゃんの抜け目のないひと言に、僕とライラは苦笑した。

 大きい姿のまま待機してくれたニーミアの背中に移動して、また空の住人になる。

 こちらのことは、ミストラルに任せておけば大丈夫。僕たちは一刻も早く老竜の弟さんを見つけ出して、連れてこなきゃいけない。

 地上で手を振るみんなと別れ、東へ向けて僕たちは飛び去った。


『うわんっ。レヴァリア、迎えに来てっ』


 飛び上がって間もなく。空に水の波紋のような揺れが伝わって、フィオリーナの意思が広がっていったのを感じた。

 ミストラルたちは、レヴァリアに乗って移動するらしい。


 なにやら忙しくなってきたね。

 予定通りにならない日々はいつものことだけど、西へ東へみんなで別れて行動だなんて、久々なような気がするよ。

 久々、ということはつまり「まれに」こういうことがある、ということで、少しだけ悲しい気分になるのは気のせいです。


 ライラは落ちないように、僕の背中にしっかりと抱きついていた。

 いやいや、君は引っ付き竜術が使えるから、絶対に落ちないよね。というか、ニーミアの加護でそよ風しか吹かないし、乗り心地は最高なので、ライラにとって危険なんて存在しない。

 唯一、僕の危険といえば。

 背中に当たるお胸様の感触に、心が昇天してしまいそうだよ。


「帰ったらミストとルイセイネお姉ちゃんにお知らせにゃん」

「ニーミアちゃん、おやつを買ってあげますから、僕の味方になっていただけませんかね?」

「このまま駆け落ちですわ」

「いやいや、ヨルテニトス王国に行く趣旨しゅしが変わっているからね?」

「プリシアたちの分もいっぱいにゃん」

「そうだね」


 ニーミアは優しいね。どこかの娘さんだったら、抜け駆けするのにね。


 呑気のんきに会話をしている間にも、眼下の風景は目にも留まらぬ速さで過ぎ去っていく。

 途中、深い山林のなかにある緑色の湖面が美しい湖の上空を通過した。

 湖畔こはんの小さな村らしき場所が少し荒れていたように見えたけど、あれがスラットンの破壊した村なんだろうね。

 村を破壊するなんて、なんてひどい男でしょうか。

 ルドリアードさんが編成した復興部隊が向っているはずだけど、まだ村には到着していないようだった。


 ニーミアは、竜峰と比べると天辺が低く緩やかな斜面が続く山岳地帯を通過し、シューラネル大河を飛び越える。

 シューラネル大河の東にも山々が広がっていて、大河がなかったら地形は繋がっているのかな、と思えた。

 緑一色の山岳地帯から少し南に移ると、牧草地帯が広がり始める。羊や牛、場所によっては馬などが広大な敷地に放し飼いに近い状態で育てられている様子が見て取れる。

 穀物こくもつのアームアード王国。酪農らくのうのヨルテニトス王国。双子の国はうまい具合に役割を分担して共存しているんだね。


 雲の上を飛んでいると、たまに飛竜を見かけることがあった。おそらく、国土巡回の飛竜騎士かな。なかには野生の飛竜が飛んでいたりしたけど、地上を行き交う人や飼育されている動物を襲うような気配はない。

 牧場の牛を問答無用で襲うのは、暴君のレヴァリアくらいなんだね。


 アームアード王国の王都からヨルテニトス王国の王都まで、徒歩で移動すれば六十日以上もかかる長旅だけど。ニーミアは半日もかからずにその距離を飛んでくれた。

 まだ太陽が西に傾き始めてそれほど経っていないくらいに、並木の緑色と家々の青色の対比が美しい大きな都が見えてくる。


 都の中心はぽっかりと空き地になっていた。

 あれ?

 アームアード王国の王都でも既に王城の基礎工事は始まっているというのに、こちらはまだ手付かずなんだね。というか王宮の敷地には、工事に携わる人じゃなくて、少年少女の姿がたくさん見えるような気がするんだけど……?


 さて、どこに着陸するべきか、と上空でニーミアに旋回してもらっていると。こちらに気づいたのか、王都のすみ、いつぞやにお世話になった離宮の方から飛竜が飛び上がってきた。


「ニーミア、高度を下げてね」

「にゃん」


 ニーミアはゆっくりと翼を羽ばたかせると、飛竜が旋回する高度まで降りていく。


「やはり、エルネア様でございましたか!」

「着地はこちらにお願いいたします!」


 飛竜の上で叫ぶ竜騎士さんの指示に従って、離宮の庭へと降りる。

 地上では、グレイヴ王子や豪華な服装の人たちが大勢で出迎えてくれていた。


「お久しぶりです。突然の来訪をお許しください」

「気にするな。ライラやお前たちのことはいつでも歓迎している」


 おお、グレイヴ王子の頭に毛が生えている!

 短髪の王子は、ただ髪を伸ばしているだけじゃなくて、きちんと手入れがされた清潔感のある髪型をしていた。

 グレイヴ王子といえば青い鎧が印象的だけど、今は集った人たちと同じような豪奢な服装をしていた。

 内政を仕切っていた次男のバリアテルが死に、王位継承者として軍からは一歩身を引いたんだね。


 僕とグレイヴ王子が握手を交わして挨拶をしている隣で、ライラは落ち着きなく辺りをきょろきょろと見回していた。それに気づいたグレイヴ王子が苦笑する。


「誰か。ライラ殿を陛下のもとへ」

「ははっ。では、わたくしめが」


 白ひげのおじいちゃんが一歩前に出てきたけど、ライラは僕の顔を見てきた。


「行ってらっしゃい。ライラは王様に事情を説明してきてね」

「はい、ですわっ」


 僕の言葉を聞き、ぱっと顔を明るくさせるライラ。そして髭のおじいちゃんに案内されて、離宮へと消えていった。

 僕たちを下ろしたあと小さくなったニーミアは、ライラの頭に移動していて、彼女と一緒に姿を消した。

 これまでの労働のお駄賃を貰いに行ったんだね。


「それで、今回はどのような要件だ」

「はい。実は、年老いた飛竜のことでちょっと」


 グレイヴ王子は、僕をライラとは別の場所に案内しながら聞いてきた。

 庭に集まっていた人たちは、僕たちの出迎えが済むと慌ただしく散っていく。お仕事中にお騒がせして、ごめんなさい。ニーミアの姿を見て、大仰に出迎えなければと思ったんだろうね。

 散っていく人たちに挨拶を送りながら、そして歩きながら、グレイヴ王子に軽く現状を説明する。


「茶色の鱗をした年老いた飛竜か。確かに、竜厩舎りゅうきゅうしゃに一体、昔から居るな」

「ちょっと質問なんですが、その飛竜はまだ退役していないんですか?」

「ヨルテニトス王国の制度を理解しているようで、なにより。老竜の件だが、実は随分と昔に退役して、現在はこちらで縛るような関係ではない」


 ヨルテニトス王国は昨年の騒動以降、竜族を調教したり使役する体制から、共存共栄の関係へと改善する方向にかじを切り始めている。でもどうやら、老飛竜はそのずっと前から退役していたらしい。

 それじゃあ、なんで今でも竜厩舎にいるのかな?

 そのことを突っ込んで聞いてみたけど、グレイヴ王子からは的確な答えをもらえなかった。


「こちらとしても、よくわからん。あれの首には、俺どころか父王陛下が産まれる前から短剣は刺さっていないのだ。こちらは必要外の拘束していない。それなのに、野生に戻らぬ。かといって、穀潰ごくつぶしというわけでもない。昨年もそうだし、今でもだが。竜騎士に指示されるわけでもなく、出来ることをして働いてくれている」

「ううーむ、働き者? という単純な理由じゃなさそうだけど……」

「俺たちには深い理由はわからん。しかし、竜族と意思疎通のできるお前なら何かわかるかもな」


 言ってグレイヴ王子は、真新しい立派な竜厩舎に案内してくれた。

 地竜が行き来できる大きな扉をくぐり、中へと入る。

 食事を運んだり、寝床のわらを変えたり掃除をしたり。忙しそうに働く人たち。そして、お休みか休憩中の地竜や飛竜たち。


『なんだ竜王か』

『騒ぎを起こしに来たのか?』

『おお、竜王よ。顔を見れて嬉しいぞ』


 なんて声をかけられて、挨拶をしながら奥へと進む。

 天気が良いからか、竜厩舎の可動式天井は開け放たれていて、日差しが奥まで届いていた。

 だけど、日差しの届かないような黒い闇が竜厩舎の最奥で待ち構えていた。

 ヨルテニトス王国国王の騎乗する、一際大きな地竜。闇属性のグスフェルスだね。

 グスフェルスは青色の瞳で、静かに僕を見下ろしていた。


「こんにちは」


 グスフェルスにも挨拶を送る。

 一度喉を鳴らすグスフェルス。だけど、僕に別の用事があることを察知しているのか、こちらを見守ってくれていた。

 僕の目的は、グスフェルスの隣で丸くなっている飛竜。そう、茶色の鱗をしたおじいさんの竜だった。

 僕とグレイヴ王子が目の前まで行くと、老飛竜は首だけを動かしてこちらに顔を向ける。


『竜王よ、我になにか用か?』

「こんにちは。じつはですね……」


 老飛竜に北の地でのことを説明して、お兄さん竜と思われる衰弱した老竜のことを伝えようとして。

 はっ、と僕は自分の愚かさに気づく。

 しまった。老竜の名前と、弟さんの名前を聞くのを忘れていたよ!

 ああ、どうしよう……

 ここまで来て、また名前を聞きに戻るとかは出来ないし。

 僕はどうにかして伝えようと、身振り手振りでこれまでのことを話す。

 これで竜違いだったら、僕は大馬鹿者だよね……


『……なるほど。確かに、我には兄がいる。其方が言う竜こそが、兄かもしれぬ。だが、我は帰れぬ』

「ええっ。どうしてですか? お役目はもう終わっているんですよね?」


 老飛竜の返答に、困惑してしまう。


『我は一族の顔に泥を塗ったのだ。今更、役目を終えたからといって、おめおめと帰れるものか。この身は既に落ちぶれた老体。人族の手によってのみ生きながらえているいやしく愚かしい、恥ずかしむべき竜のはしくれだ。我の事は忘れ、その老竜には穏やかな死を迎えてもらいたい』

「駄目です!」


 悲観し、自信をさげすむ老飛竜に、僕は強く拒否をした。


「絶対に帰りましょう! お兄さんかもしれない竜が待っている、なんて理由じゃなくて。貴方は竜峰へ帰るべきだと思います」


 僕の言葉に、老飛竜はなぜだ、と瞳の色だけで問いかけてきた。


「貴方は、確かに飛竜狩りで人族に捕まって、不本意ながら使役されてきたのかもしれません。だけど、それはもう過去の話です」

『若かりし頃の話であろうと、我の屈辱的な過去には変わりない』

「ううん。それが間違えてるんだと思うな。最初はどうであれ、それでも貴方は長年、人族のため、ヨルテニトス王国のために尽力してくれた。ひとつの過失だけで、その後の全てを否定するのは間違いですよ。貴方が護ってきたヨルテニトス王国は、脆弱ぜいじゃくな国じゃないでしょう? 人々は強いでしょう? それこそ、貴方のような飛竜を捕らえる術を持っていたり、魔族の謀略から国を守ったり。あ、僕も人族ですよ」

『ふうむ』

「貴方は、竜族をもうならせる勇猛な人族の戦士に、一度は負けたのかもしれません。だけど、その後の竜騎士や国をつかさどる人々を守り、現在のヨルテニトス王国のいしずえを築いてきたのは貴方自身です。その大きな功績を、たった一度の失敗で切り捨てるなんて、聡明そうめいな竜族の思考じゃないですよ」

『なるほど、そういう考えもあるのか。しかし……』

「それでも、竜峰には恥ずかしくて帰れませんか? ううん、貴方は帰るべきです。それこそ、胸を張って。貴方は竜峰を離れ、人族の国を守護し続けてきたのだと、竜峰の竜族たちに自慢すべきです」

『そのようなことが、自慢になるのだろうか』

「自慢になります! だって、竜峰の竜族はこの前ここに来るまでは、飛竜の狩場とかくらいにしか翼を伸ばしたことがなかったんですよ。それよりも遥かに遠い地で活躍していたということは、十分に誇れることです」


 竜峰の竜族は、けっこうひまを持て余している。そのおかげで竜峰同盟なんてものを結成することができたんだけど、そんな竜族にとって、外の世界で長く生きてきた同族の存在は、何物にも勝る自慢になると思う。

 竜峰の竜族には、今や竜人族や人族を見下すような愚か者は少ない。

 自分で言うのもなんだけど、僕たち家族のおかげだよね!


「あとですね。貴方が帰ることで、今ヨルテニトス王国で頑張っている竜族たちのはげみになると思うんです」

『ほう?』

「やっぱり、頑張って働いたら、誰でも見返りは欲しいですよね。貴方が竜峰に帰って、向こうのみんなに受け入れられる。それは、周りで頑張っている他の竜族たちにとってとても希望になるんじゃないですか? 貴方のように、人族に捕まったと自分を蔑んでいる竜はいるでしょう。でも、いずれお役目を終えて帰ったとき。家族や同族が待っていてくれていると知っていれば、きっと励みになります。だから、貴方はみんなのため、そして自分自身のために帰ったほうが良いと僕は思います」


 僕の一方的な想いだったけど、素直に目の前の老飛竜にぶつけてみた。

 老飛竜は、静かに瞳を閉じて、僕の考えを聞いてくれていた。


『爺さんよ。竜王の言葉は正しい。貴方はもう十分に働いた。これからは自分のために生きてはどうだ?』


 僕の意見に同意を示してくれたのは、グスフェルスだった。


『竜王エルネアと戦った。竜の姫を背中に乗せて飛んだ。立派に誇れる逸話いつわになる』

『しかし、グスフェルスよ。我にはもう体力が……』

『飛ばない飛竜は、ただの竜だ。貴方の背中のそれは、腐り落ちたのか?』

「帰るときは、僕たちも一緒に行きますよ」

『竜峰同盟の盟主との凱旋。得難えがたいほどのほまれだろう』


 それでも少し困った様子の老飛竜だったけど、最後は頷いてくれた。


『兄かもしれない者がちようとしている。同じ年老いた竜族として、安らかな死を迎えられぬことには同情を覚える。よかろう、我は其方と共に、竜峰へと翼を羽ばたかせよう』

「ありがとうございます。では、少しだけ準備に時間をいただきますね」

『長距離飛行のために、竜気を養っておくよ』


 黙って僕たちのやり取りを見ていたグレイヴ王子が、なにやら意見がまとまったと察知して、僕を促した。

 さて、これから王国側と交渉が必要だね。

 一旦老飛竜と別れて、僕たちは竜厩舎を後にした。

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