ライラの謀略
ライラとニーミアが先に王様のところへ行っているはずだから、合流しよう。
グレイヴ王子も僕を王様のところへ連れて行く気なのか、言葉を交わしていないのにどんどんと進んでいく。
……無言だと、気まずいんですが?
気のせいかな。先を歩くグレイヴ王子の背中から殺気が
「
「ああ、マドリーヌ様ですね。なんでも、僕たちの結婚式の件で来てるみたいです」
「け、結婚……っ!」
グレイヴ王子の殺気が上昇した。
「双子を悲しませてはいまいだろうな?」
「ユフィとニーナも楽しく過ごしてますよ。先日、アームアード王国の王様と王妃さまに挨拶を済ませました」
「王妃陛下の、あの試練を乗り越えたというのか!?」
「僕だけじゃなくて、家族のみんなもユフィとニーナを区別できますからね」
「ぐぬぬ……」
まさか、グレイヴ王子はまだユフィーリアとニーナを諦めていないのかな。それは困ったことです。
「結婚の儀には、王子も招待しますね」
にっこりと言ったら、殺気に満ちた瞳で睨まれた。
「プリシアちゃん
「なにいぃっ!?」
ついでなので、余計なことを教えてグレイヴ王子の心を壊しておこう。
ふふふ、なにか楽しくなってきたよ。
「まあ、僕はまだ確認したことがないんですけどね」
「まだ……」
グレイヴ王子の気配が、殺気から泥沼へと変わっていく。
すれ違う人たちが、
「王子。王様のお部屋はそっちじゃないですよ?」
「あ、ああ……。少し、風に当たってくる……」
なぜ、僕の方が離宮内を迷わずに歩けるのでしょうか。
ぼうっとした様子で変な方向へと歩いて行こうとしたグレイヴ王子を引き止めたけど、そのまま歩いて行ってしまった。
どうやら、やり過ぎてしまったらしい。
グレイヴ王子は見た目も格好良いし、王位継承者だから、貴族の女性には大人気だと思うんだけどね。早く素敵な相手を見つけてほしいものです。
ひとりになった僕は、記憶を辿りながら長い廊下を進んでいく。そして、近衛騎士の人が守る扉の前へとたどり着いた。
近衛騎士の人は僕を確認すると、なんの検査もなく部屋へと入れてくれた。
白剣と霊樹の木刀を所持したままなのに、信用されすぎてない?
「こんにちは、ご無沙汰しております」
なにはともあれ、ここまでは順調に物事が進んでいるので
部屋に入ると、窓辺の
「よく来たな」
「はい。今回は遊びに、ではないんですが。ごめんなさい」
「なあに、気にすることはない。どのような要件であれ、ライラとこうして会えるのは嬉しいことだ」
やれやれ。この王様も特定の女性に
「話はライラから聞いている。老飛竜の件だな」
「はい。王様に相談もなく、先にそちらの方に話をしてきたんですが、良かったですか?」
「問題ない。竜族のことに関しては儂や国の決まりごとよりも、竜王の意志を尊重する」
「いやいや、それはどうかと……」
僕に変な権限を与えないでください。
とても困ります。
王様の傍に行くと、ライラが手を繋いできた。僕はライラの手を握り返しながら、王様と言葉を交わす。
ニーミアは、机の上に行儀よく座って、果物やお菓子を頬張っていた。
「老飛竜を帰す手続きは任せておれ。ただ、しばしの時間は必要になる。そうだな。明朝までには準備をさせよう」
「急かしてしまってごめんなさい」
「
本当は今すぐにでもとんぼ返りをしたいんだけど、今日はもう夕方前。ニーミアだけならそれでも今日中に帰れるだろうけど、老飛竜を
それに、ヨルテニトス王国の飛竜を連れて帰るわけだし、国の手続きはきちんと踏まなきゃね。いくら僕が竜王で、王様が言うような特権を持っていたとしても、無闇に権限を行使するわけにはいかない。
それと、老飛竜の体力とか竜気の準備も必要だし、明日の出発は仕方がない。
「今日はゆっくりとしていきなさい」
「お言葉に甘えて。王様も、ライラといっぱい遊んでくださいね」
僕の言葉でライラは明るい笑みを見せ、王様も少し恥ずかしそうに微笑んでいた。
こんなに喜ぶなら、もっと頻繁に王様に会いに来なきゃいけないね。
むむ、そうすると……
竜の森、竜峰、魔族の国と禁領、北の地、アームアード王国とヨルテニトス王国。僕の活動範囲は広すぎないでしょうか。
計画的に動かないと、女性陣にも不満が出そうだね。
計画的に、か。今回のような騒動があると、それもままならない。
僕はもっと、落ち着きを持って変な問題には首を突っ込まないようにしなきゃね。
この日は、ヨルテニトス王国の接待を受けることになった。
まずは普段着から、豪華な服装に着替えさせられる。
なぜ、僕やライラの衣装が当たり前のように準備されているのでしょうか……
王様とライラと僕で談笑したり、竜騎士の人に竜族の扱いの手ほどきをしたり。グレイヴ王子の姿は
晩餐会には、見知った貴族の人や竜騎士の人も参加していて、楽しい夜になった。
竜騎士のアーニャさんたちとも久々に話せて良かったよ。
そういえば、フィレルを見かけないね。と思ったけど。彼は今年十五歳なので、故郷である王都から出ているんだね。
賑やかな晩餐会を終えて、明日以降のこともあるので、早めに退場させてもらう。ライラも僕に
恥ずかしがり屋のライラは終始僕か王様の傍に居たので、僕が退場するときにはどっちに着くか悩んでいたのが可愛い。
「……で、なんで僕とライラのお部屋が一緒なのかな?」
「エ、エルネア様。恥ずかしいですわ」
なぜか寝台もひとつで、どうやら今夜はここで二人っきり、ということらしいです。
「あれ、ニーミアは?」
「ふふふっ。取引しましたわ」
「ええっ、なんの取引さ!?」
というか、貴女はいま「恥ずかしい」と言ったばかりじゃないですか。
やれやれ。恥ずかしがり屋なのか大胆なのか、ライラは不思議な性格をしているね。
「それで、ニーミアは?」
「はい。老飛竜様に元気を与えるお役目をお願いしましたわ」
「おお、ニーミアよ。君は働き者だな」
いったい、ライラとニーミアはどのような取引をしたのだろう。とても気になるけど、今はニーミアのことよりも、今夜のことが気になります!
少し薄暗い部屋。甘い香りのお香が
いけません。
予想外の危機が迫っています!
いや、男としては素敵な状況なんですけどね。
結婚の儀を前に、こんなことって許されるのでしょうか?
というか、これは王様の了解済みですか!?
「エルネア様、明日も早いですので、そろそろ寝ませんと」
「う、うん。そうだね」
ライラは恥ずかしそうに
寝巻きの上から、お胸様が僕の腕を包む。張りのある感触がとても気持ち良い。
僕たちは晩餐会が終わってお風呂に入り直したから、ライラから清潔感のある匂いが漂ってくる。
どきんっ、と戦いの時とは違う胸の鼓動を意識した。
ライラは僕に強く抱きついたまま、顔を肩に寄りかけてくる。ライラの体重が僕にかかり、女性の柔らかな感触が伝わってくる。
甘い吐息が首筋を
「ラ、ライラ。寝ようか」
「はいですわ」
と言いつつ、ライラは僕にもたれかかったまま動こうとしない。腕に抱きつかれたままでは歩き辛いので、仕方なくライラを引き寄せた。そして、腰に手を回してライラをお姫様を抱くように
ライラは腕から首に腕を回し直して、僕に強く抱きついてきた。
ライラを抱っこしたまま、寝台へと進む。
だけど、薄暗い部屋。ライラをお姫様抱っこしているので前方の視界も悪く、寝台の隅に足を取られてしまう。
「きゃっ」
ライラを抱えたまま、僕は寝台の上に倒れこむ。
僕とライラの顔は、鼻の先が付きそうなほどの距離。
見つめ合う二人。
ライラの息が少しだけ弾んでいた。僕も、どきどきする胸から熱いなにかが全身に駆け巡る感覚を意識する。
気づくと僕は左手で、ライラの頬を優しく撫でていた。
ライラの体温を感じる。
ライラも、僕の胸の高鳴りを感じているのかな。
徐々に、僕とライラの
「ライラ」
「エルネア様……」
ライラが強く僕の背中に腕を回してきた。
ああ。僕は今夜、ライラと……
「にゃーん……」
どこかから、聞き覚えのある子猫のような鳴き声が。
そして、部屋の扉をかりかりとかく音がしてきた。
「な、なんですとー!」
ニーミアよ、君は老飛竜のところに行っていたんじゃないのかい?
ライラも予想外だったらしく、瞳を大きく見開いて驚いていた。
僕とライラは慌てて離れると、部屋の扉を開く。
すると、ニーミアが眠そうな顔で部屋へと入ってきた。
「眠くなったにゃん」
「いやいや、老飛竜のところで寝るんじゃないの?」
「にゃう? ライラお姉ちゃんに明日のことを伝えるように言われたにゃん。だけどふかふかの寝具で寝たいにゃん」
「……ライラさん。どんなお願いだったんですか」
ライラは、自分のお願いの仕方が間違っていたと知って、寝台の上でしょんぼりとしていた。
色々と残念だったけど、これは仕方がないね。
なぜか、笑いがこみ上げてくる。
世の中、そうそう上手い具合には進まないものです。
僕が笑っていると、ニーミアは小首を傾げて不思議そうにしていた。ライラにも笑いが伝染したのか、残念そうな表情から笑顔に変わっていた。
「明日からも大変だろうし、今夜は寝ようね」
「はいですわ」
「うにゃん」
そうして、僕とライラは並んでお布団の中へ入り、ニーミアはその上で丸くなって眠りについた。
翌朝。
出発のときが来た。
ライラは王様と最後の挨拶を交わしている。
僕は竜厩舎へ向かい、老飛竜を連れ出す。
『おおう、爺さん。いよいよお帰りか』
『爺さん、長い間ご苦労だったな』
『余生はのんびりな』
老飛竜を竜厩舎から出す途中。
飛竜や地竜たちが口々に
老飛竜は律儀に挨拶を返しながら、苦手そうに歩く。
凄く愛されているね。
老飛竜は自分のことを
不真面目だったり、大した功績を挙げていないのに威張ったりするような者は、どれだけ長く活動していても認められないからね。
『爺さん、竜峰で待っててくれよな』
『我が帰るまで死ぬなよ』
『竜王よ、爺さんをよろしく』
『爺さんに無理をさせるなよ』
僕も竜族たちに別れの挨拶をして、外へと出る。
「少し長旅になります。頑張りましょうね」
『子竜に情けない姿は見せられぬ。努力しよう』
外へと出ると、ライラたちも準備を終えて待っていた。
「さあ、戻ろうか」
「お土産をいっぱいもらったにゃん。ミストに報告することもできたにゃん」
「いやいや、ニーミアちゃん。君はなにを報告するつもりかなー?」
「ニーミアちゃん、秘密は喋っちゃ駄目ですわっ」
僕とライラは顔を真っ赤にして、ニーミアを取り込もうと慌てる。
やはり、昨晩のことに気づいていたのだろうか……
ニーミアは、慌てる僕とライラを不思議そうに見つめていた。
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