竜の墓所へ
『兄者……』
『おぉ……おぉ……』
二百五十年ぶりに再会した飛竜の兄弟は、首を擦り付けあって再会を喜び合う。
北の地で待っていた老飛竜は随分と弱り、僕たちが帰ってきた時には首まで地面に横たえて、今にも途切れそうな吐息をしていた。でも、弟の飛竜の姿を見ると、生気を取り戻したように頭を上げてくれた。
『
『よく帰ってきた。我らは其方のことを心配し続けてきたのだぞ』
『すまぬ。兄者よ、すまぬ』
『謝るな。もう、謝るな……』
二体の年老いた飛竜は瞳を
お互いに、たくさん話したいことがあるだろうね。僕たちは遠巻きに感動の再会を見つめて、邪魔をしないようにしていた。
「ルイセイネ、ありがとうね」
「いいえ、わたくしは出来ることをしたまでですよ」
老飛竜とともに北の地へ戻ってくるのに、四日掛かった。その間、老飛竜のお世話をしていたのは、ルイセイネを筆頭とした獣人族の有志たちだった。
最初はルイセイネだけがお世話をしてくれていたらしいんだけど、彼女はいつまでもここにいるわけじゃない。だけど、老飛竜はおそらく、この地で命が尽きるだろうということは誰にでもわかっていた。それで、ルイセイネが居なくなる前に、彼女から竜族への接し方を教わろうと、象種と猫種の若者たちが手を上げてくれたらしい。
「老飛竜様の竜気の
「良かった。僕たちは間に合ったんだね」
「私とエルネア様の働きのおかげですわ」
「にゃんも頑張ったにゃん」
「はい。ニーミアちゃんも頑張りましたわ」
ライラは北の地に着くまでの間、老飛竜に騎乗して励まし続けてくれていた。ライラはみんな頑張ったと言うけれど、僕はついて行っただけで、実は特に活躍していないんじゃないのかな。
「それで、ミストラルたちはどうしているのかな?」
「ミストさんとユフィさんとニーナさんは、先に竜峰へ入って情報収集をすると言っていました。集合場所は、最北の村跡です」
僕たちが今後のことを話していると、老飛竜が申し訳なさそうに声をかけてきた。
『竜王よ。兄者はもう動けぬようだ。獣人族が許せば、ここで最期を迎えたい。我も、兄者の側に最後までつき添おうと思うのだが』
「はい。お兄さんにとって、ここが最後の安住の地になれるように獣人族の人たちも協力してくれていますよ。なので、気兼ねなく」
象種と猫種の人たちは、お任せくださいと頼もしく頷いてくれた。
『竜王の家族と獣人族の心の広さに感謝する』
老竜は低く喉を鳴らした。
獣人族の人たちは、短い期間で竜族の感情表現を理解したのか、喉なりにも怯えることはない。これは、ルイセイネの指導の
「じゃあ、僕たちは早速だけど竜峰へ行こうか」
「はいですわ!」
年老いた二体の飛竜は、これからゆっくりと語り合うことだろう。邪魔しちゃ悪いし、僕たちにはまだやるべきことがある。
ニーミアの背中に乗り込んでいると、老竜が瞳をこちらへと向けて忠告してきた。
『竜王よ、気をつけるのだ。竜の墓所の呪いは深く濃い。あれは、死にゆく竜族の想いの溜まり場。囚われれば、竜人族や竜王の其方でも呪われてしまうぞ』
「気を引き締めていきます。ご助言ありがとうございます」
事態を収めて戻ってくることを誓い、僕たちは空へと上がる。
ニーミアは西に見える竜峰へと入り、峰に沿って
空から見る竜峰の北部は、特に変わった様子は見えない。荒々しい山脈。雪を残す山頂。吹き荒れる風に舞い上がる雲。
一見、
ニーミアは、竜の墓所になるべく飛び入らないように気を使いながら飛行し続けて、竜峰の奥へと進んでいく。
そして、崩れた
「なんだか、懐かしいですね」
「うん。まだ一年も経っていないのにね」
「あのときは怖かったですわ」
崩れた渓谷は、僕たちとオルタが戦った結果だ。オルタの恐ろしい能力に
今でも、オルタを罠に
猩猩の縄張りは、未だに渦巻く紅蓮の炎に
ニーミアは降下しながら、崩れた渓谷を進む。すると、何度かうねった峰の横を通過すると、緩くなった斜面を慣らし幾つかの小屋が建つ場所が見えてきた。
小屋の前で手を振る人物はミストラルだ。
「おまたせ」
「いいえ、思っていたよりも早い到着よ」
到着し、ニーミアの背中から降りる頃になると、小屋のなかや近隣の山から何人もの人たちが現れてきた。
「この人たちは?」
「ここにあった村の出身者たちよ」
「なるほど。もしかして、この村も復興途中なのかな?」
「故郷だもの。取り戻したいと思うのは普通よ」
「そうだね。竜奉剣を守っていた一族だもんね」
と言うと、遅れてやって来たユフィーリアとニーナがふいっ、と視線をわざとらしく逸らした。
二人の背中には、いつものように大剣のような黄金色の竜奉剣が背負われていた。
「あれは、返さなくて良いのかな?」
「そのことなのだけれど……」
ミストラルは少し困った様子で、僕たちが到着するまでに集めた情報を教えてくれた。
「竜奉剣は、竜人族には大切な宝物なの」
「確か、昔の人が竜の王に
「そうよ。そして竜奉剣は、ただここに
「竜奉剣は、竜の墓所深くにある
僕とミストラルが話していると、ひとりの男性がやって来た。
「彼はこの村の復興を指揮している人よ」
僕は男性と握手をして挨拶を交わす。
男性は
「オルタは、竜奉剣こそが竜人族にとって最高の武器だと勘違いをしていましたが、本当の利用方法は別にあったのです」
「なぜ、オルタはそれを知らなかったんですか?」
「それは、オルタが次期部族長には選ばれていなかったから。竜奉剣のことは、部族長になる者が
「それじゃあ、貴方が次の部族長?」
「いいえ。私は若い頃にこの村を出ました。なので違います」
「では、なぜ詳しく知っているんですか?」
「私も、詳しくは知らないのです。この村を復興させようと思い、そこから調べてこの程度の情報なんですよ」
「えっ」
「つまり、竜奉剣は竜の祭壇に至るための鍵、それ以外の情報は今のところないのよ」
ミストラルの言葉に、遅れて到着した僕たちは驚いた。
「部族長の家系は、残念ながら途絶えてしまった。それで竜奉剣に関する詳しいことはまだ解明されていないんです」
「ずっと疑問だったんですが、剣を返還しなくてもいいんですか?」
ユフィーリアとニーナには悪いけど、竜奉剣はもともと竜人族の物なんだし、いつまでも勝手に所有しているわけにはいかない。こうして村を復興しようとしている部族の生き残りの人たちが居るのなら、返すべきだと思うんだよね。
僕の言葉に、男性はユフィーリアとニーナが背負った竜奉剣に視線を移す。
ユフィーリアとニーナは頬を膨らませて抗議していたけど、反論で口を開くことはなかった。
「竜奉剣は、あのままお二人にお預けしておいても宜しいでしょうか?」
「えっ」
「情けない話ですが。今の私どもに、竜奉剣をもう一度祀るだけの知識や能力がありません。それならば、安心して託せられる者にお願いしたい。竜王と竜姫、その家族の手に在るのなら、これ以上の安心感はないでしょう」
「でも、竜奉剣は竜人族全体にとって大切なものなんですよね?」
「確かに、大切な物ですね。ただし、貴方や竜姫たちも竜峰にとって掛け替えのない大切な人たちですよ」
「他の竜王たちも、二人が所有することを認めてくれているわ。とりあえず、この村がきちんと復興するまでは預かることになったのよ」
「そうなんだね。良かったね。ユフィ、ニーナ」
「この剣との相性は良いわ」
「この剣は扱いやすいわ」
「貴女たち、きちんと扱うのよ?」
「わかっているわ」
「問題ないわ」
少し
「それじゃあ、竜奉剣は大切に預からせていただきます。それで、竜の墓所の呪いについてはなにかわかった?」
「それがね。竜の墓所の呪いは、竜奉剣以上にわかっていないのよ……」
「老飛竜は、呪いとは死んでいく竜族の想いだと言っていたよ」
「竜の墓所では、多くの年老いた竜族が死を迎えているわ。その想いが溜まる場所があってもおかしくはないわね」
「老竜はその
「死にたくない、というのは死に際を迎えた竜族でも思ってしまうものね。そこになにかしら思い残すものがあれば、呪いと反応して腐龍へと墜ちる原因になるわね」
「放ってはおけないよね」
「そうね。竜奉剣、竜の祭壇。そして今回の竜の墓所の呪い。関連性も疑われるし、ここはわたしたちが動く必要があると思うわ」
「気をつけてほしい。竜の墓所は、他の竜峰とはまた違った領域です」
竜の墓所は、年老いた竜族の縄張り。竜峰中に竜族は生息しているけど、北部には若い竜はいないという。
竜族が
もしも老竜の安息を
僕たちは真剣な表情で頷き合う。
「それでも、行きます。このまま見過ごせば、竜族だけではなく竜峰全体の問題になるかもしれませんし」
「力になれず、申し訳ない」
「大丈夫ですよ。僕たちにお任せください」
僕たちは気合いを入れると、必要な荷物を背負う。
これから先は、ニーミアには頼れない。
年老いた竜族の縄張りでは、若い竜は
レヴァリアとフィオリーナとリームとは、ここでお別れ。万がいちのためにこの辺に待機してもらうけど、極力協力は望めない。
ニーミアだけは気配を消して、ニーナの胸元に潜り込んだ。
多分、定期的にユフィーリアとライラの胸元へも移動するに違いない。
ミストラルとルイセイネ?
残念だけど、乗り心地が違うからね。
「わかってるにゃん」
ニーミアがニーナの胸元から顔だけを出して笑っていた。
「ニーミア、もしもの場合はプリシアちゃんを連れて全力で逃げてね」
「お任せにゃん」
「んんっと、がんばる」
「いやいや、プリシアちゃんは頑張らなくて良いんだからね」
ずっと大人しかったプリシアちゃん。
僕たちの言うことを聞いて素直な子供を演じているのは、絶対について行くという意思の表れです。
わがままを言ったり元気良くはしゃいでいたら、ミストラルに来たら駄目だと怒られるからね。
意外と計算高いです。
僕たちも、
プリシアちゃんはミストラルに抱っこされる。僕に抱きついてきたのは、
この二人が暴れるような状況にならないことを祈ります。
僕たちは竜人族の人たちに別れを告げて、いよいよ竜の墓所へと足を踏み入れた。
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