天と 地と

 アレスちゃんとは融合していない。これ以上、彼女に負担をかけるわけにはいかないからね。

 だけど、それで良い。

 僕が完璧じゃなくても良いんだ。

 みんなが居てくれる。協力してくれている。

 僕よりも強いミストラルやレヴァリアや他のみんなが力を合わせ、魔族に対抗している。

 手に負えないような強敵でも、手を合わせて倒せればそれで良い。

 そう思えるくらいに余裕が持てた。


 全てはみんなのおかげ。

 ひとりで背負いこむなんてしなくて良い。

 みんなが僕をしたい頼ってくれるように、僕もみんなを信頼してお願いすることができる。


 ああ、そうか。と今更ながらに気づく。


 この騒動が発覚してからというもの、なぜか切羽詰まったような緊張感が湧いてこなかった。むしろ、祭りのような胸の高鳴りという不謹慎ふきんしんな高揚感を感じていた。

 その理由がようやくわかった。


 僕は気づいていたんだ。

 この戦いは僕ひとりだけが頑張っても、なにも救えない。個人の力では解決できないと知っていた。

 だけど、僕には多くの仲間や家族がいる。

 みんなが手を差し伸べてくれた。ひとりでは無理なことも、みんなで手を結べばきっとやり遂げられる。


 オルタ戦で個人の限界というものを嫌というほど痛感させられた。

 あれはみんなが居てくれて、一致団結したから解決できたんだ。


 今回もまた、みんなで協力し合わなければ、数万にも及ぶ魔族軍を打倒することはできない。

 でも、僕たちにならきっとできる。

 力を合わせ、心を合わせて挑めば、僕たちに敵うものはいない。


 家族との絆。仲間との信頼関係。絶対的な団結が揃っている今。あとは万事を尽くせば、成るようにしかならない。そして、結末は確定している。


 竜峰の村を出立する前に、打てる対策は全て講じてきた。

 なら、あとは流れに身を任せるだけ。

 確定された未来へ向けて進むだけ。

 だから、切羽詰まった危機感は湧いてこなかった。

 みんなを信頼していたから。

 祭りのような高揚感は当たり前。

 みんなで挑むのだから。


 僕はひとりじゃない。


 竜剣舞を舞っていると、方々の気配を感じ取れる。

 各所でみんなが奮戦している。

 もう魔族には遅れをとらない。


 意識を深く落とし、嵐の竜術に集中する。


 ここで全力を出し切っても良いんだ。

 僕が体力を使い果たしても、他のみんなが居てくれる。

 こうなったら、一気に攻勢に出るしかない!


 渦を巻く竜気の嵐が、感知した魔族を絡め取っていく。

 見えない力に押され、引かれ、距離を取る魔族たちを手元に引き寄せる。

 狼狽ろうばいする魔族を白剣で斬る。抵抗しようと魔法を放つ魔族を霊樹の蔦で拘束し、振り回す。

 嵐の中心たる僕のもとへと引き寄せられた魔族は、薙ぎ倒されていく。


 だけど、離れた場所にいる魔族は建物や植木に掴まって抵抗してきた。


 自重は忘れていないよ!


 何でもかんでも引き寄せていると、ヨルテニトスの王都や魔王城でのように、周囲を破壊し尽くしてしまう恐れがあるからね。

 だから、余計なものは絡め取らない。

 荒ぶる風も抑えめで、魔族の自由を奪う程度に制御している。


 でも、今の僕にはそれでも攻撃する手立てがある。


 渦巻く曇天の空へと意識を飛ばす。

 灰色の雲が流れ、雷鳴が轟く。


 狙いを定める。

 魔族の魔力を感知する。


 上空から真下へ、意識とともに宝玉の力を解き放った!


 王都全体に雷電らいでんの雨が降り注いだ。

 まばゆく光る雲。かっと瞬いたと思ったら、幾筋もの光の帯が大地へと降り注ぐ。そして、響き渡る低音の雷轟と揺れる空気。


 ぴりり、と肌が帯電する気配が伝わってきた。


 遠く離れた場所で暴れる魔族。誰も対応していない場所に潜む魔族。苦戦中の場所や北の飛竜の狩場に無数の雷を落としていく。


 更に、ミストラルの清らかな竜気と僕の竜気を折り重ね、光の雨を降らせていく。

 ミストラルから放出された竜気が上空で僕の竜気と合わさり、星屑ほしくずの雨となって地上に降り注ぐ。


 荒ぶる嵐。激しい雷撃。そして神聖な光の雨が、王都やその周辺へと広がっていく。


『エルネアが嵐を呼ぶぞー』


 上空で風に流されながら、飛竜が酷いことを言っている。


『エルネアよ。面倒な魔族は空へと舞い上げてしまえ。我らが殲滅しよう』

『いや、ユグラ様。地上の我らにもおこぼれを』

『おおう、我ら魔獣は舞い上げてくれるなよっ』


 各地でみんなが騒いでいる。

 みんなの期待に応えるように、手強そうな魔族は空へと吹き飛ばしたり、近場の地竜のもとへと引き寄せた。


 不思議な感覚だった。

 竜気と竜脈と魔力、それに僅かに竜の森の方角から流れてくる精霊力が調和をし、世界を満たす。

 気づけば僕は、背後から流れてくる巫女様たちの大奏上に合わせて舞っていた。


 竜剣舞の動きと祝詞の奏上速度は違う。

 でもなぜか、これも幾つもの力と同様に調和をし、竜剣舞の一部となっていた。


 果敢に攻めて来た中級らしき魔族と何合か打ちあう。だけど、空間を満たす僕の意思と力の前で思うように動けないのか、僅かな時間で白剣の餌食となった。


 白剣の鍔に埋め込まれた霊樹の宝玉は安定している。

 巨人の魔王が魔力を込めてくれたものだけど、呪いの類は感じ取れない。

 宝玉からは桁違いの魔力が放出され、雷へと変わっていく。下級魔族程度なら、雷撃だけで倒せそうな威力があった。


 西の砦の方角や飛竜の狩場へと集中的に雷の雨を降らせる。

 意識を広げていると、北の砦の内側で戦っているリステアたちが苦戦しているように感じた。

 大邪鬼ヤーンとおぼしき魔族との戦闘だけでも大変だろうけど、竜峰同盟の戦線を抜けた魔族が砦を越えて侵入してきて、手を煩わせているみたい。


 ちょっとお手伝い。


 リステアたちに当てないように、雷の雨を北の砦の内側に集約して落とす。

 砦を越えた魔族を撃ち倒し、ついでにヤーンにも何発か落とした。

 でも、全盛期の呪い付きの雷撃よりも数段威力の落ちた今の雷では、たぶん倒せていない。

 だけど、これでリステアたちが少しでも優勢になれば良いな、と陰から応援を送る。


 王都内や南に向けては、浄化の雨を降らせた。

 南東の遺跡からは、主に死霊の軍勢が湧き迫ってきている。

 浄化の雨は、死霊にとっては法術に匹敵するほどの威力を出す。それに、ミストラルの清らかな竜気は死霊に安らぎを与えるようだった。浄化の雨を受けた死霊たちは、心穏やかに消えていく。


 少しずつ、魔族の勢いが削がれていく。逆に、竜峰同盟のみんなや王国軍の兵士たちが活気付き、各地で形勢が逆転し始めた。


 このまま押し切れば、魔族軍を殲滅できる。一瞬、頭に過ぎった油断を切り捨てた。


 違う。まだ気を抜く場面じゃない。


 変なんだ。

 手応えがなさすぎる。


 上級魔族並みの魔力や、存在感を示す魔族は複数感知している。竜族や竜王たちが対戦していて、どこも優勢に進んでいた。

 だけど、肝心の相手が見つけきれない。


 西から迫った魔族を率いていた獣魔将軍ネリッツは、イドが瞬殺した。

 北から攻め入った魔族軍を指揮していた大邪鬼ヤーンは、リステアたちと戦っている。

 でも、南東の遺跡から湧きだす死霊軍を支配する魔将軍ゴルドバの存在を感知できない。

 ヨルテニトス王国で一度相対しているから、ゴルドバの気配を見逃すはずはないのに。


 後もうひとつ。


 自国領から姿を消して、未だに所在が掴めていない魔王クシャリラの気配も見つけられていなかった。

 自国に居ないとなれば、遠征軍のなかに居るはずなのに……


 魔王というからには、上級魔族以上の魔力と気配を出しているはずだ。

 なのに王都のどこにも、周辺のどこにも、魔王らしき気配を感じ取ることができていなかった。


 竜剣舞を舞いながら、空を見上げる。

 不気味にとぐろを巻く灰色の空の下。雷撃をくぐり抜けながら飛竜たちや竜人族の戦士たちが飛んでいる。

 なかでもレヴァリアとユグラ様は縦横無尽に飛び回り、魔族を殲滅していた。


 僕だけじゃなく、より感度の強いレヴァリアやユグラ様でさえ魔王の存在を感知できていない。

 もしも発見すれば、いち早く僕に教えてくれるはずだけど、その気配がない。


「魔王クシャリラはどこに……」


 僕の呟きに、世界が反応した。

 いいや、違う! 僕の目の前の空間が反応した。


わらわをお探しかえ? 妙な少年よ』


 ぞわり、と身の毛のよだつ気配に足がすくむ。


『妙なり。妙なり。わずらわしき巨人の魔王の魔力を帯びた少年。なぜ妾を探す?』


 気配だけで、竜剣舞を止められた。


『その白き剣は魔剣かえ? 其方そなたは何者や。人族にして魔族を越える力を持つ少年。妙なり』


 ゆらり、と目の前の空間が揺らいだ。

 揺らいだはずなのに。揺れているはずなのに、その存在が見えない。

 確かに、目の前に何者かがいる。

 恐ろしい魔力を内包し、ただならぬ気配を放つ何者かが存在するのに、見えない。


 無意識に一歩、後退あとじさっていた。


『妙な少年よ。妾を探していたのであろう? 死に用事かえ?』


 空気を震わせる言葉ではなく、精神干渉で伝わる声に底知れない恐怖を感じた。


『妾は妖精魔王クシャリラ。気安く妾の名を呼ぶ其方には死を送ろうぞ』


 眼を凝らせば、揺れる空間が人の形をしているように見えた。その、目には認識できない揺れる存在の右手らしき部分が動く。

 そして突如、見たことのある歪に曲がりくねった漆黒の大剣が視覚に現れた。


 魂霊こんれい。魔王の証であり、触れる者の命を奪う魔剣。


 魔王クシャリラ。


 ようやく、頭がその存在を認識した。

 先ほど名乗られたような気がしたけど、頭が受け付けていなかった。


 もう一歩、後退する。


 僕の後退に合わせ、見えないクシャリラが一歩前に出る。そして漆黒の魔剣を構えた。


 全身に嫌な汗を掻き、震える。


 ルイララが見せたような殺気は放っていない。なのに、その存在感だけで死を予感させる。

 巨人の魔王とはまた違った計り知れない恐ろしさを前にして、僕は竦み上がっていた。


 下級魔族なら苦もなく倒せる。中級以上の魔族にも遅れをとるとは思っていない。

 魔将軍とも戦えるだけの実力を持っていると自負している。


 だけど、魔王は別格だった。

 別格なのは、巨人の魔王だけだと思っていた。


『さあ、魂霊の座が魂を欲しておる。妾にその妙な魂を献上けんじょうせよ』


 ゆるり、と動く見えない空間に戦慄せんりつし、あらがうこともできない。

 これが魔王。数多の恐ろしい魔族を力で支配する存在。


 漆黒しっこくの魔剣が振り上げられる。

 僕はそれを呆然と見つめた。


「皆様、一斉攻撃ですわ!」


 その時。上空から少女の号令が舞い降りた。


『ええい、なにをほうけているのだ!』

『くわっ、もう少し退け。竜族の竜術をその身に受けたいのかっ』


 レヴァリアの叱咤しったで我を取り戻す。そして鶏竜の注意に従い、空間跳躍で距離をとった。


 直後。空と地上から、竜術の集中砲火が放たれた。

 一瞬にして、つい今しがたまで僕が立っていた場所が巨大な爆発に飲み込まれた。

 圧倒的な竜族の竜術で、王都全体が揺れる。

 石造りの大神殿の尖塔が僅かに崩落した。


「回避ですわ!」


 だけど、次のライラの号令は切羽詰まったものだった。

 ライラの命令により、竜族が一斉に避難する。


 見えない何かが、王都の空と大地を走り抜けた。

 衝撃波も轟音もなく、街並みが崩れ去っていく。


 僕は鶏竜の張ってくれた結界に護られて助かった。だけど、大神殿の東側は今の不可思議な魔法で一瞬にして廃墟はいきょとなった。


『くわっ。恐ろしいが防ぐことはできる』

「あ、ありがとう」

『気にするな。芋の少年よ。相手は魔王。油断をすれば、魂を持っていかれるぞ』


 かたわらのの鶏竜のかしらの言う通り。僕は危うく、魔王に魂を持っていかれるところだった。

 不意に現れた恐ろしい気配に圧倒され、蛇を前にしたかえる同然に、茫然自失ぼうぜんじしつになってしまっていたんだ。


『おや、防がれた。逃げられた。流石は竜族よ』


 ころころと喉を鳴らすような笑いが、精神汚染で伝わってきた。


『くわっ。それで少年よ。この魔王はどうやって倒すのだ?』

『妾を倒すとな? 生意気な鶏。唐揚からあげにして食うてしまうぞ』

『我は鶏ではないっ!』


 鶏竜の頭は、ゆらゆらと揺れる空間を睨む。

 魔王相手でも覇気を見せる鶏竜の頭を見て、僕はもう一度気合を入れ直した。


 おくしている場合じゃない。

 恐ろしい存在だけど、むざむざと負けてやるもんか!

 白剣と霊樹の木刀を強く握り直し、強い視線で前方の空間を睨む。

 容姿を視認することはできないけど、右手らしき部分が握る漆黒の魔剣だけは、はっきりと見て取れた。


「巨人の魔王は、魔王クシャリラとは相対するなと言ってました。もしも現れたら、自分が相手をすると。だけど、この場に巨人の魔王は居ません。だから僕たちでどうにかしないと!」


 巨人の魔王との連絡手段がないことに気づくのが遅れた。だけど、それはもうどうしようもない。連絡が取れず、協力を望めない。でもだからといって、勝利を諦めるわけにはいかない。

 僕たちだけの力で、魔王を倒すんだ!


 もう無様な姿は見せない。

 もう一度竜気をみなぎらせ、竜剣舞の構えをとる。


 全身に竜気を張り巡らせる。霊樹に竜気を流し込む。

 アレスちゃんが無理をして顕現し、僕と融合してくれた。

 出し惜しみをして勝てる相手ではない。

 白剣にもありったけの竜気を送る。


『妾に敵意を向ける者には容赦せぬ。死して後悔すると良い』


 上空には飛竜たち。地上では地竜たち。

 只ならぬ気配を察知したのか、遠くから竜人族の戦士たちが駆けつけ始めていた。


 決戦だ!

 僕たちの総力が勝るか、魔王の地力が勝るか。


 疑っちゃ駄目だ。

 相手がどれ程に恐ろしい存在でも、団結した僕たちに敵うものは存在しない。

 たとえ魔王といえど、僕たちは倒してみせる!


 じりり、と間合いを詰める。


 竜宝玉から湧き上がる荒ぶる竜気。アレスちゃんと融合したことによって桁違いの力になり、身体の内側から湧き上がる。竜脈からも力が溢れ出してくる。

 どくん、と白剣の鍔に埋め込まれた霊樹の宝玉から魔力が放出されていく。


「……っ!?」


 どくん、どくんと脈打ち、宝玉から魔力が溢れ出す。


「あああっ!」


 雷電が弾け、宝玉がまばゆく輝き、計り知れない魔力が解き放たれた。


「ああぁぁっ! やっぱり呪われていた!!」


 僕は咄嗟に、白剣を手放していた。

 そして鶏竜の頭と一緒に、一目散に避難する。


 これまでにない極太の雷光が地上に落ちた。


「呪いとは失礼な。言っただろう。クシャリラは私が相手をすると」


 目が潰れると思うような落雷のなかから現れたのは、クシャリラと同じ漆黒の魔剣を手にした、巨人の魔王だった。

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