危険です 王都の街並みが

 俺様たちが巻き込まれた人族の文明を揺るがす事件がどれ程のものなのか、改めて思い知らされた。


 砦を越え、魔族どもが王都内へと侵入してくる。異形の姿をした恐ろしい魔族は砦を超えると、嬉々ききとして進軍してきた。

 飛竜の狩場では、竜人族や竜族が人族のために戦ってくれている。だが、数が圧倒的に違う。竜人族と竜族の攻撃をくぐり抜け、次から次に魔族が迫ってきた。


 事件をただ追っていただけの俺様たちだけでは、絶対に防ぎきれなかっただろう。

 エルネアが動いていなければ、既にアームアード王国は滅んでいたかもしれない。


「スラットン、ぼやっとしないの」


 背後からクリーシオに声をかけられ、ぼやっとはしてねえよ、と言い返す。

 クリーシオの呪力が俺の大剣へと流れ込む。そして青い光の刃となって、元の数倍の刀身へと変わる。


「ネイミー、足を狙え!」

「お任せっ」


 リステアの指示に、ネイミーか残像を残して疾駆しっくする。


「ぐはははっ、ちょこまかとはえのようだ」


 身のたけ人の五倍はありそうな巨人。緑色の肌をした大鬼おおおにが両手の金棒こんぼうを振り回し、ネイミーを迎え撃つように身を屈めた。


「蝿とは失礼だよっ」


 だが、ネイミーは大鬼の足元ではなく、背後に回り込み首を狙う。連続斬りが大鬼の首を襲い、紫色の血が飛んだ。


 馬鹿め。言葉に出した場所を普通に狙うかよ!

 苦痛に顔を歪めた鬼が、まさに鬼の形相で振り返る。そこへドゥラネルの闇の息吹いぶきが放たれた。

 腐食ふしょくで肌を焼く大鬼。追い打ちをかけるように俺様が巨大化した大剣で斬りつけ、リステアが炎をお見舞いした。


 だが、さしたる傷にはならず、大鬼は笑う。


「人族の攻撃など効くものか。竜族もこの程度とは笑わせる」


 これまでに相対したどの魔族よりも格上だと確信できる。

 大邪鬼だいじゃきヤーン。

 確か、北から攻めて来た魔族軍の頭領とうりょうだったか。

 軽々と砦の壁を飛び越え、こちら側へ侵入してきた。

 巨人族並みの躯体くたい。緑色の不気味な肌。丸太のような腕で、鋼鉄製の金棒を二刀流で振り回す。あんなもの、まともに受け止められるはずがない。

 ドゥラネルでさえ警戒して、まともに近づけない。

 足止めするのが手一杯なのが、今の現状だった。


 苦戦する俺たちの近くでは、エルネアの師匠らしい爺さんが剣を振るっていた。

 ヤーンに手一杯の俺たちに変わり、侵入してきた他の魔族を倒してくれている。


 圧倒的な強さだった。

 時には流れる水のように優雅に、またある時は荒々しい暴風のように魔族を斬り倒していく。


「引退した身には、上級魔族は身に重い」


 なんて言って俺たちにヤーンを押し付けたが、どう見ても俺様たち全員が力を合わせたよりも強い。

 まぁ、つまり。人族の危機には勇者一行の俺様たちが活躍しろということだとは思うが。


 しかしこちらは、決定的な好転になるきざしが見えてこない。

 金棒による圧倒的な攻撃力。緑色の肌はこちらの刃を容易くは通さず、攻撃が効き難い。


 リステアも全力を出すべき場面ではないと判断しているのか、様子を伺うように戦っている。リステアの周囲では、炎の鳳凰ほうおうがその時を待って力を蓄え続けていた。


 セリースが後方で注意深く戦いを分析している。

 キーリとイネアは交互に法術を放ち、俺たちを補佐している。


 軍を率いる魔族とはいえ、必ずどこかに弱い部分があるはずだ。俺様たちは今、それを全力で見つけ出そうとしていた。


 強風が吹き荒れる。

 気づけば灰色の厚い雲は渦を巻き、雷が鳴り響いていた。

 冬の嵐か。

 魔族の侵攻といい、嵐といい、不気味な感じだ。

 上空の雲にただならぬ気配を感じたように思い、身震いをする。


 いかん。思考が後ろ向きだ。そう思い、大剣を構え直す。

 だが俺様の思考を嘲笑あざわらうかのように、無数の雷が王都や北に降り始めた。


「馬鹿な……! これは……」


 なぜか、ヤーンが茫然ぼうぜんと空を見上げた。

 その直後。かっ、と目が潰れるほどの閃光が走り抜けた。続けて響いた連続した轟音に、背後のクリーシオが悲鳴をあげる。


 視力を奪われる刹那せつなの間に、俺様は見た。


 空から落ちた雷は、狙い違わず砦を越えてきた魔族共に命中した。そして何条もの落雷が、金棒を振りかざしたヤーンにも降り注いでいた。


 ヤーンの野太い悲鳴が響く。


 なにが起きているのか、俺には理解できなかった。ただ、ようやく攻勢へと出る機会が来たのだと直感で感じ取る。


 視力が戻り、周囲を確認する。

 多数の魔族は、全て倒されていた。爺さんが空を見上げて満足そうな笑みを浮かべていた。

 雷は俺たちには落ちることなく、尚も王都中に雨のように降っていた。


 落雷に襲われ、ヤーンが仰け反って苦悶くもんしていた。緑色の肌は焼けただれ、びくんびくんと痙攣けいれんしている。

 馬鹿め。そんな金棒を二本も振り回しているから落雷を集中的に食らうんだよ!


「よし、今が絶好の機会だ!」


 リステアが叫ぶ。

 まんして鳳凰が羽ばたき、リステアと同化する。

 リステアが炎の化身へと変わっていく。


 ネイミーが気合いを入れ直す。セリースが武器を構え、前に出る。キーリとイネアが防御法術から攻撃法術に切り替えた。


「俺たちも行くぞ!」


 俺様の雄叫びに、ドゥラネルが咆哮で応えた。クリーシオがありったけの呪力を大剣へと注ぎ込む。


 未だに苦悶して動きの鈍いヤーンへ目掛け、全員で迫まる!


 だが、俺たちはその後に絶望を知る。

 王都の空気が変わった。

 振り返ると、ヤーンなど豆粒まめつぶにさえ思わないような巨大な「何か」が王都の南方に姿を現していた。


 見えない。

 何かは確かに存在するのに、目に見えない。

 空間が揺らぎ、計り知れない気配がこちらにまで伝わってきて、確かに不気味な何かが「る」のだと知れる。


「おおお、魔王陛下」


 ヤーンの言葉に戦慄せんりつを覚えた。

 あれが魔王……


 到底太刀打ちできそうもないほどの圧倒的な存在感に、俺だけじゃなくリステアたちまで絶句していた。

 だが、これだけではなかった。


 見上げる先で。

 もうひとつの存在が現れた。


「女性……!?」


 そう。女だった。

 揺らぐ風景と同じような、巨大な女が現れた。


「き、巨人の魔王……!」


 ヤーンの言葉に、絶望を感じた。


 魔王が二人!?


 有り得ない!

 俺様たちでさえ、ヤーンに悪戦苦闘しているというのに、その上の存在である魔王が二人も現れるなんて……!!


 人族を襲った最悪の凶事に立ち尽くす。


 なぜ魔族が侵略してきた。

 なぜ魔王が二人も前線に現れた。

 魔族という存在の恐ろしさを改めて知り、絶望する。


 足もとで、ドゥラネルが咆哮をあげた。


 わかっている。なにを臆しているんだと俺様たちを鼓舞こぶしているんだろう?

 だが、あれをどうやって退しりぞけろというんだ……


 俺様たちにはできなくても、竜人族にはできるのか? 竜族なら対抗できるというのか?

 ここまできて、俺たちは運命を他種族に委ねるしかないというのか。


「ぼやっとするな、みんな! 俺たちの相手は、目の前の鬼だ。先ずはこいつから!」


 紅蓮の炎を纏ったリステアが疾駆する。

 なぜか呆けているヤーンに斬りかかり、炎を乱舞させた。


 ああ、そうだ!

 手の届かない相手のことを考えて絶望するよりも、先ずは目先を片付けなきゃな!


 魔王二人だと?

 上等だ! 俺様たちやエルネアできっと人族を護りきってやる!

 俺様たちは勇者と共に歩む者だ。どんな時も前へと進んでやる!


 気合いを入れ直し、大剣を握りしめ、俺たちはヤーンへと視線を固定した。






 エルネア君。なんてことを……


 大法術「満月の陣」を奏上しながら、前方で繰り広げられる戦いを注視していました。

 珍しく自重しているような戦いだと思っていたのですが……


 魔王召喚ってなんですか!

 そんな話は聞いていませんよ?


 魔王クシャリラが現れたら、巨人の魔王様が相対してくださるとは聞いていました。ただし、こちらからの連絡手段がないと後でわかって「やれやれ、エルネア君らしい抜けですね」なんて思っていたのですが。

 召喚しているじゃないですか!


 どうしましょう。

 王都内で魔王同士が戦いになったら、大結界といえども保ちません。


『娘よ。結界を一瞬だけ解け。竜姫たちが避難してくるぞ』


 足もとで、鶏竜さんが教えてくれました。結界を解くと、敷地内に周辺で戦っていた皆さんが避難してきました。


「ルイセイネ、あれは……」


 銀に近い金色の鱗をした翼を優雅に羽ばたかせ、ミストラルさんが舞い降りてきます。

 避難してきた周辺の人たち、特にお爺さんやお婆さんが、ミストラルさんの美しい姿になぜか手を合わせています。

 女神様にもすがる思いならわかりますが、なぜミストラルさんに手を合わせるのですか。拝むなら、女神様ですよ。


「だ、大丈夫でしょうか……」

「こうなっては、あとは彼女に任せるしかないわね。わたしたちは全力で結界の維持を」

「はい」


 結界が解けた隙に、エルネア君たちも避難してきました。

 頭を抱え、ふらふらとこちらにやって来ます。

 頭を抱えたいのは、わたくしたちですよ?


「ああ、どうしよう。みんな」


 頭を抱えて歩み寄ってくるエルネア君に、双子様が近づきます。


「仕方のないことだわ。魔王の相手は魔王に任せましょ」

「仕方のないことだわ。魔王の相手なんて魔王にしかできないもの」


 双子様、なんてことを……


 ミストラルさんも、避難してきた人族の皆さんに「魔王」という存在が降臨したことを悟られないように言葉を濁して話したのに、あの二つの恐ろしい存在が「魔王」だと暴露するなんて……


 双子様の言葉を聞いた人々が震えあがり、卒倒する方まで現れだしました。


『ちっ。面倒な』

「エルネア様、大丈夫ですか!?」


 空から避難してきたレヴァリア様の上からライラさんが飛び降りて、ふらふらのエルネア君に抱きつきました。

 他の飛竜や地竜の皆様は、結界の内側のふちで待機をしてくれています。

 防御結界を張ってくれるのでしょう。


「ちょっと、ライラ。ずるいわ」

「私もエルネア君成分を補充だわ」


 双子様もエルネア君に抱きつき、いつもの風景へ。

 貴女たち、自重してください……


 格好良かったエルネア君はどこに行ったのでしょう。


 竜剣舞を舞っていたエルネア君は神々しく、美しかったです。

 本人は気づいていたでしょうか。

 避難してきた人々が、祝詞の奏上と同調するような舞を見せるエルネア君に魅了されていたことを。

 上級巫女や巫女頭様の神楽かぐらよりもおごそかに感じる舞は、人々に絶対的な安心感を与えていました。


 竜剣舞は、戦うための実践的な舞と聞き及んでいます。ですがどうでしょう。エルネア君の舞は、いつからか神楽に似た清浄さを兼ね合わせ出しているように感じます。


 わたくしの瞳は捉え続けていました。

 エルネア君が白剣を振るうごとに、霊樹の木刀を掲げるごとに、澄んだ竜気が世界を満たしていきました。

 乱舞ではなく、優雅に美しく広がっていく竜気の波。ミストラルさんの神聖な竜気と混じり合い、空を満天の星空よりも輝かせていました。

 竜脈からは踊るように力が湧き上がり、魔族たちを踊り手のように導いていました。


 避難してきた人々だけではなく、わたくしも魅了されていました。


 でも、どうでしょう。

 巨乳にもみくちゃにされて鼻の下を伸ばすエルネア君からは、ちっとも格好良さが伝わってきません。

 周りの人たちも、余りの変化に呆然としていますよ。さぁ、そろそろ身を正さないと、知りませんからね。


「エルネア?」


 傍のミストラルさんが殺気づいています。

 結界の外で睨み合う魔王たちよりも、身近に危険が迫っていますよ。


「ち、違うんだ。ミストラル」

「まぁ、ニーナ。お尻を触られたわ」

「お姉様、羨ましいわ」

「エルネア様、お疲れでしょう。介抱してさしあげますわ」


 この人たちは、どこに居てもどの状況でも変わらないのですね。

 微笑ましいというか、図太いというか……


 大奏上を再開させながら、皆さんの成り行きを見守ります。

 ああ。一件落着したら、わたくしもエルネア君成分を補充したいです。


 結界の外と内で全く違う雰囲気に、避難してきた人々は、もうついて行けていません。

 ですが、外側では大変な事態へ移ろうとしていました。


『いい加減、お節介は止めてもらいたい。妾は其方に干渉されるいわれはない』

「私も干渉したくはないのだが、事情があってな」

『それはそれは。ならば面白可笑しく行こうかえ』


 ころころと喉を鳴らすような気配が伝わってきます。

 姿は見えませんが、確かに存在する魔王クシャリラの気配が膨れあがりました。そして、揺らぐ空間が見上げる大きさへと変化していき、驚愕きょうがくします。


『小さき巨人の魔王とは笑止なり。さぁ、本性を妾の前へさらして見せよ』

「愚か者め。それが死を招く愚行だと知るがよい」


 巨人の魔王の気配が膨れあがります。それと同時に、巨大化していく巨人の魔王。


 わたくしたちはようやく、その名の由来を知りました。


 山をも超える巨体になった魔王。

 相対する魔王クシャリラも巨大ですが、それをしのぐ大きさへと変貌へんぼうした巨人の魔王は、計り知れない魔力を解放します。


 王都が雷の雨で支配された。

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