魔王対決

 巨人の魔王は、大神殿と前広場に張り巡らされた結界である光の柱を背に立つ。

 魔王クシャリラは後退して距離をとった。


 離れて対峙する二人の魔王。

 見上げる巨大さになった二人を、僕たちは何重にも貼られた結界の内側で見守る。


 不思議な感じ。


 魔族の国から遠く離れた場所。人族の国の王都で、魔王同士が相対しようとしている。

 しかも巨人の魔王は、えんもゆかりもないはずのアームアード王国を護る立場。


 違うか。

 巨人の魔王は、人族の国を護ろうとしているわけじゃない。ほんの少しミストラルとの間に繋がりがあって、仕方なく加勢してくれているだけ。

 でも、僅かな絆や深いつながりで今がある。


 振り返って視界を巡らせると、魔王対決に危機を察知して避難してきた竜人族や竜族が結界の展開に尽力してくれていた。

 押し寄せた竜族や翼を生やす異形の人たちと、元々避難していた王都の住民たちの間を、飛竜騎士団の人たちが上手く取り持ってくれている。

 怪我をした兵士や神官戦士、竜人族の戦士や竜族や耳長族の戦士たちを、分けへだてなく治療するみんな。


「いやあ、参ったね。陛下が参戦するとなると、僕も頑張って結界を張らないと消し炭にされちゃうかな」

「あ、いつの間に到着したのさ?」

「エルネア君は、やっぱり酷いねぇ」


 西の砦で別れたはずのルイララまでもが到着し、魔法で結界を張り巡らせた。


 縁って不思議だね。

 どういう巡り合わせで未来に繋がるのかわからない。


「気づいてますか。それを紡ぎ合わせたのはエルネア君ですよぉー」


 これまた避難してきたリリィに心を読まれて言われて、はっとする。


「竜峰同盟を築き上げたのはエルネア君でしょう。ミストラルちゃんと深く結ばれていたからこそ、魔王様も協力してくれたんでしょう。魔獣や耳長族が好意的に協力してくれたのは、エルネア君の人柄でしょう。ルイセイネちゃんがエルネア君に強い信頼を寄せてくれていたから、神殿側もこうして迎え入れてくれたんでしょう。ユフィちゃんやニーナちゃんやライラちゃんやヨルテニトスの王子やユグラお爺さんと親しい間柄だったからこそ、王国や人々はリリィやみんなを受け入れてくれたんでしょう。みんな、みーんな、エルネア君が築いたものですよぉー」

「僕が築いたもの……」


 振り返った先では、みんながうんうんと頷いていた。


 一年間。ミストラルやスレイグスタ老と出会った頃までさかのぼれば、それ以上前。そこから積み上げてきたものの大きさを知って、自分で驚く。


 僕の旅立ちの一年間は、実は凄い一年じゃないのかな?


「でもですねぇ。最後の締めを魔王様に持っていかれちゃったら残念ですよねー」

「うっ」


 なんて駄目出しをする子ですか!

 せっかく良い雰囲気だったのに、リリィの言葉を耳にしたみんなが可笑しそうに顔を引きつらせていた。


 でもそうだよね。

 人族の運命を巨人の魔王に委ねるなんてみっともない。

 それに、魔王対決がこの戦いの最後というわけじゃないんだ。


 魔王同士の戦いには加われない。でも、僕たちの戦いはきっとまだ終わっていない。

 なら、すべきことは。


「体力の消耗している方たちは回復に専念して。まだ余裕のある人は結界をお願いします」

「魔王同士の戦いが長引くかもしれんからな。全力で結界を維持するためにも、交互に休みを入れてかかろう!」


 竜人族の戦士の指示で、結界担当と休息者に分かれる。


「ルイララ、リリィ。魔王の攻撃は今の結界で耐えられそう?」

「心配しなくても大丈夫だよ。竜姫が居るから陛下はこっちを狙わないだろうし」

「リリィも頑張りますし、耐えきれますよー」


 まぁ、大結界と竜族や竜人族の結界。それとルイララの結界を破るなんて、さすがの魔王でも無理だとは思う。

 それなら、安心して僕も回復に専念できる。

 竜人族の戦士が言ったように、戦いが長引く可能性もあるけど。僕は違う懸念を持ち合わせていた。だから今は、失った体力や竜気を回復しておきたい。


 石畳の上にあぐらをかき、精神を統一する。

 魔王対決を眼前に捉えて瞑想だなんて違和感しか感じないけど、結界に護られている今が絶好の機会なんだ。


 瞑想を始めるとアレスちゃんが顕現してきて、あぐらの上に乗ってきて抱きついてきた。


「かいふくかいふく」

「うん。いっぱい回復しようね」


 結界の内側では、術者の気合いと休息者の静寂が満ちて、避難してきた人々が固唾を飲んで事の成り行きを見守っていた。

 そして結界の外では、人知を超えた戦いが繰り広げられようとしていた。


『邪魔なり。巨人の其方には関係のない戦いであろう。さっさと帰れ』

「其方が帰れば私も帰ろう」

『不愉快なり。なぜ人族ごときに加担する』

「私も質問をしよう。なぜこんな辺鄙へんぴな場所を侵略する」

『其方には関係ない』

「私の節介も其方には関係なかろう」

『ぐぬぬ』


 二つ名通りの巨人へと変貌した魔王は微動だにせずクシャリラを見据える。

 クシャリラも巨大だけど、巨人の魔王ほどではない。だけどそれは、クシャリラの姿を予想しての感想。

 クシャリラは、巨大化してもその姿が認識できない。

 ゆらゆらと空間が揺らめいていて、そこになにかの存在が「在る」のだとしかわからない。


『邪魔者は消えよ。おりのなかを安住と思う弱き者は消えよ!』


 クシャリラの右手部分らしき空間が揺れた。


 ぶわっと、結界内からでもわかるほどの衝撃波が放たれた。

 目に映る全てが揺らぎ、結界に護られなかった王都の建物が吹き飛ぶ。瓦礫を残さず微塵に変え、一瞬にして更地を作り上げた。

 衝撃波は巨人の魔王を襲う。だけど、服の裾さえも揺れない。


 次に動いたのは巨人の魔王だった。

 ううん、身体は動いていない。計り知れない気配が動いた。

 ぞわり、と全身の毛が逆なでするような魔力が結界内にも侵入してきた。


 僕が作り出した厚い灰色の雲の渦が、瞬く間に黒く染まっていく。

 暗黒の雲の隙間という隙間に、雷がはしる。

 そして、無限の雷撃の柱を王都に立てた。

 轟音が響き渡り、大地が揺れる。空気が振動し、間接的な破壊力で石造りの大神殿に亀裂が入っていく。


「大神殿内に避難している人たちは外へっ!」


 大奏上に携わっていない神官様たちが慌てて動き始めた。


 雷撃の柱は、結界内の事情なんて知らないとばかりに、王都を蹂躙する。


 僕の雷は一瞬の威力だけど、巨人の魔王は違う。止まない雷は天と地を繋ぐ閃光の柱となって存在し、触れるもの全てを消滅させていく。

 雷の嵐が通った跡は小石さえ残らず、焦げただれた大地だけが残った。


 雷撃はクシャリラを襲う。

 天から雷電の雨が降り注ぎ、周囲から雷撃の柱が迫る。


『最古の魔王。最古の魔族。鬱陶うっとうしや』


 クシャリラは、周囲に向けて衝撃波を放ち応戦する。

 雷電が逸れ、雷撃が曲がる。

 そして王都の建物が消し飛ばされていく。


小童こわっぱいきがるなよ」


 巨人の魔王は更に雷の威力を上げた。

 耳が裂けそうな重低音と、立っていられないような振動で、結界内の人たちから悲鳴があがる。

 だけど、僕は違う意味で悲鳴をあげていた。


「あああっっ!」


 雷撃の閃光と衝撃波で揺らぐ空間の先。

 つい先ほど前まで見えていたはずの王城が消し飛んでいた!


「避難させておいて正解だったわ」

「やっぱりエルネア君だわ」

「いやいや、二人とも。あれはどう見ても僕のせいじゃないからね!」

「ですが、巨人の魔王を召喚したのはエルネア様ですわ」


 ライラよ、君も僕を責めるのか!?


「エルネア、あれほど自重しなさいと言ったのに」

「違う、違うんだ! 呪いが仕込まれていたんだよっ」


 ミストラルが困ったようにため息を吐く。

 大奏上に集中しているはずのルイセイネが、白い目で僕を見ていた。


 そんな馬鹿な……

 僕は、もうなにも壊さないと誓い、嵐の竜術では見境いのない行動をつつしむように気を使ったのに……

 意識していたところとは全然違う場所で、これまでにない規模で破壊が広がっていく……


「これも因果応報いんがおうほうですよねー」


 呑気のんきなリリィの声が恨めしい。


『魔王同士の戦いだ。王都内で繰り広げられるのなら、予想できた結果であろう』


 ユグラ様が呆れたように笑う。


「そもそも、陛下がご助力くださると申し出た時点で、こうなることはわかっていたよね」


 けらけらとルイララが楽しそうに笑った。


「ほうかいほうかい」


 アレスちゃんよ、君もか!


 戦況にではなく、破壊されていく王都に絶望する僕をよそに、巨人の魔王とクシャリラの戦いは過激さを増していく。


 クシャリラは衝撃波を手当たり次第に放っていく。だけど、巨人の魔王には届かない。服の裾さえ揺れない。

 巨人の魔王は王都を埋めるかのような勢いで雷を落とし続けた。


 僕たちの介入など一切を許さないような過激な戦い。

 だけどだからこそ、後方で冷静に戦いを分析できる。


 ……王都が破壊され続けているけど、戦いの趨勢すうせいを読み取るくらいの冷静さは辛うじて残っていたよ!


 互いに、魔剣「魂霊の座」は使用していない。

 使用したくても使用できないのかな。身体は巨大化して服なども合わせて大きくなったけど、魔剣だけは大きさが変わらなかった。それはお互い同じで、小さくなった魔剣は使えないんだろうね。

 それ以前に、使用させないような見えない駆け引きがあるのかもしれない。


 代わりに繰り広げられる、大魔法戦。


 巨人の魔王の雷撃は殆どクシャリラには届いていない。

 弾かれ、曲げられ。時折、歪んだ空間に届く一撃もあるけど、多重の空気の層のようなもので威力を削がれていた。


 巨人の魔王は言っていた。

 クシャリラには物理攻撃が通じないと。でも、見ている感じでは魔法なども高い防御力でさえぎっているように思える。


 こうも言っていたっけ。

 クシャリラは精霊や妖精に近い存在だと。

 ようやくその意味がわかり始めてきた。


 アレスちゃんは、どんなときでも僕の傍に居てくれる。顕現けんげんしていないときでも、意識を向ければすぐ側に存在を感じる。

 精霊は特殊なんだ。

 居るけど居ない。見えるけど見えない。

 プリシアちゃんは、僕たちに見えない精霊も視ることができて、話したり遊んだりすることができる。

 感知できる存在であり、認識できない存在でもある。


 クシャリラも同じなんだ。

 そこに居るけど、存在を確定することができない。

 見えないんじゃない。僕たちの認識能力では、揺らぐ空間を感じ取るのが精一杯なんだ。

 放つ衝撃波も、きっと本当は衝撃波ではない。認識できないからそう思うだけ。本当は、高度な魔法なんだろうね。


 これまで、魔族軍のなかに紛れていたはずのクシャリラを見つけられなかった理由。それは、僕たちが認識できなかったからなんだ。

 僕なんて、すぐ側に迫られるまで気づけなかったし。


 特殊な存在。それが魔王クシャリラの最大の武器なのかもしれない。

 存在をはっきりと認識できない以上、具体的に接することができない。見えない精霊と手を繋いだりできないように、攻撃が届かない。

 だから、物理攻撃が効かないんだ。

 魔法や術なら、その法則を超えて辛うじて届くのかも。でも減衰げんすいしてしまう。


 力の差は、圧倒的に巨人の魔王の方が上だ。だけど、その存在の特殊さで、決定的な攻撃を与えきれていない。

 これが魔王。魔将軍や上級魔族なんて足もとにも及ばない存在。


『老ぼれは引退してはどうや? 檻のなかでのんびり余生を過ごすと良い』

「くくく。老い長き者を甘く見るなよ。私の魔力切れを狙っているのだろうが、老いた者には老いた者にしかできない戦いというものがある」


 いつの間にか、クシャリラが防御に徹していた。

 圧倒的な魔力で雷撃を放ち続け、攻める巨人の魔王。だけど巨人の魔王といえども、魔力は無限ではない。

 大魔法を放ち続ける巨人の魔王に対し、防御に回ったクシャリラは魔力を温存できている。

 長引けば、巨人の魔王が不利になるのかも。

 だけど、巨人の魔王には切り札があった。

 それこそ、僕とは違い長い年月をかけて築き上げたものが。


 暗黒の雲から伸びた雷撃が、遥か南方に落ちた。

 竜の森の奥深くへ!


「ばっかもんがああぁぁぁぁっっっ!!」


 鳴り止まない落雷の轟音を切り裂き、世界を震わせるような怒りの叫びが響いた。

 竜の森の上空の空間が揺らぐ。


 そして、超巨大な漆黒の竜が姿を現した!


「お、おじいちゃんっ!」


 黄金色の瞳を光らせ、空を覆うように翼を広げて現れたのは、竜の森の守護竜スレイグスタ老だった!


「ええい、可愛い娘の鼻先に雷を落としたのは誰だっ!」

「うわっ、アシェルさんまで!?」


 スレイグスタ老だけじゃなかった。

 怒りに震えるアシェルさんまで出てきちゃった!


「小僧と小娘よ。私の雷を弾いたのはそこの魔王だぞ」

『んなっ!?』


 うわっ。さらっと嘘を言いましたよ、この魔王様!


 竜の森を傷つけられて怒りに燃えるスレイグスタ老と、愛娘まなむすめのニーミアの鼻先に雷が落ちたことで激怒するアシェルさんの怒りの矛先が、クシャリラに向く。


 なんて戦略!


 人族の争いを静観してきた竜の森の守護者たるスレイグスタ老を巻き込むなんて、恐ろしい。


「おのれ、魔王め。許さぬぞ」

「愛娘に危害を与えそうになったこと、後悔させてくれる」


 魔王対決に参戦してきた古代種の竜族二体により、戦いは益々混沌としてきた。


 スレイグスタ老の鼻先で楽しそうに小踊りをするプリシアちゃんと、その頭に乗ったニーミアには突っ込まないんだからね!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る