二日目の夜
「いいわね、プリシアに変なことをしたらただじゃ済まないわよ」
「あらあらまあまあ、エルネア君はそういう趣味の方なんですか」
「ち、違うよっ。ミストラルも変な誤解を与えるようなことは言わないで」
「んんっと、プリシアは平気だよ?」
無邪気なプリシアちゃんの言葉に、全員がどきりとする。
「プリシアはお兄ちゃんと一緒の部屋で平気よ?」
あ、ああ。そういうことか。
きっとプリシアちゃんは、ミストラルとルイセイネが部屋割りで僕と一緒になるのが嫌だと、なすりつけ合いをしていると思ったんだね。
だから自分は平気だと言ったのか。
僕はてっきり、違うことが平気だと言ったのかと思ったよ。
あはは、と乾いた笑いのミストラルとルイセイネも、同じことを思ったんだね。
お互いに目を合わせると、恥ずかしそうに視線を逸らした。
プリシアちゃんは僕たちの勘違いにも気付かずに、にこにこしている。
ニーミアもプリシアちゃんの頭の上で楽しそうだ。
「それじゃあ、わたしとルイセイネは隣の部屋に移りましょうか」
ミストラルが気を取り直して、自分の荷物をまとめる。
「そ、そういたしますか」
ルイセイネは顔を赤くしていて、荷物を取ると慌てて部屋を後にした。
「今夜はお風呂無し。後でどこかに食べに行くから、呼びに来るわ」
言ってミストラルも部屋から出て行った。
「んんっと、お風呂無いの? ちっぱいだから?」
な、なんて恐ろしいことを言う
「ううん、違うよ。プリシアちゃんのお耳とかでみんながびっくりするからだよ」
ふうう、今のプリシアちゃんの言葉をミストラルたちに聞かれなくて良かったよ。
僕はそっと胸を撫で下ろした。
僕は自分の荷物を適当な場所に移動させ、部屋の端にある椅子に座る。
今日はいろいろあって疲れたな、とひと息ついていると、プリシアちゃんが膝の上に登ってきた。
「んんっと。今日はお兄ちゃんとお泊まり」
「お泊まりにゃん」
ニーミアは相変わらずプリシアちゃんの頭の上。
「うん、そうだね。ミストラルたちと離れて寂しくない?」
「大丈夫だよ? プリシアはお兄ちゃんのこと好きだからね」
「あはは、ありがとうね」
僕がミストラルとルイセイネに嫌われてると思っているのかな。小さな子供の気遣いに、僕はほっこりとした気分になる。
僕は、プリシアちゃんとニーミアを撫でてあげる。
ミストラルによく頭を撫でてもらうけど、とても気持ちが良いんだよね。
だから僕も、プリシアちゃんたちが気持ちよくなるように、優しく撫でてあげた。
するとプリシアちゃんは嬉しそうに目を閉じて。そしていつの間にか僕に抱きついて寝てしまった。
プリシアちゃんはよく寝るね。
全力で遊んでいっぱい食べて、たくさん寝る。この娘はきっと大きく育つよ。
「エルネアおにいちゃんがプリシアを狙っているにゃん」
「なな、なんてことを言うんだよ。僕はそんな目でプリシアちゃんを見ていないよ」
「にゃん。冗談にゃん」
ニーミアはすっかり寝てしまったプリシアちゃんの頭から僕の頭へと飛び移る。
ニーミアは人の頭の上が好きだねえ。
「プリシアとエルネアお兄ちゃんの頭の上はふわふわで気持ちいいにゃん」
「ううむ、どう考えてもニーミアの毛並みの方がふわふわそうだよ」
「他人のがいいにゃん」
「なるほど」
僕は頭上のほわんとしてちょうどいい重さのニーミアを意識する。
そうすると、ニーミアからは計り知れない竜力と竜気を感じた。
見た目は子猫のようだけど、ニーミアも百歳くらいは生きている古代種の竜族なんだよね。
スレイグスタ老によれば、僕どころかミストラルよりも強いのだとか。
そういえば、本当の姿は飛竜の数倍くらいの大きさなんだよね。本当は重いはずなのに、今は全然重くないよ。見た目と一緒に重さも変わるのかな。
「気にしたことなかったにゃん」
「えっ」
じゃあ、もしも見た目だけ変わって重さが変わっていなかったら、頭の上に乗られたプリシアちゃんとか僕は潰されていたのか。
少しだけ寒気がした。
「大丈夫にゃん。プリシアは潰さないにゃん」
「僕は潰すの?」
「プリシアに手を出したら潰すにゃん」
おお、なんということでしょう。
ミストラルとルイセイネ以外にも、ちゃんと僕を監視する保護者が居たではないですか。
あ、もちろん変なことはしませんよ。
僕は変態さんじゃないんだからね。
「プリシアもつるつるぺったんこだから手を出さないにゃ? ちっぱいはだめにゃん」
「ち、違うよ。いろいろと誤解だよ」
プリシアちゃんといいニーミアといい、なんて恐ろしい事を言うんだ。
ミストラルとルイセイネに聞かれたら、惚れさせる前に嫌われちゃうよ。
「つまりそれは、ミストラルお姉ちゃんもルイセイネお姉ちゃんもちっぱいだと認めるにゃんね」
「ぐぬぬ」
見た目は子猫だけど、やっぱり僕たちよりも遥かに長く生きてきた竜族だ。
力だけじゃなくて知能でも勝てそうにないよ。
「そ、そういえば、ニーミアは家出してきたんだよね。なんで家出したのさ」
僕は強引に話題を変える。
「にゃあ」
ふふふ、この話題はニーミアが嫌がる部類のものだ。
ニーミアが竜の森に来て以降、家出の理由を語ったことがないからね。
「エルネアお兄ちゃんは意地悪にゃん」
「ふふふ、さあ、白状するのだ、小娘よ」
「なんか性格変わったにゃあ」
「さあさあ、言って楽になっちまえ」
「にゃあ」
僕は頭上のニーミアを捕まえて、お腹をくすぐる。
ニーミアは身悶えて逃げようとするけど、子猫のようなニーミアは体重だけではなくて力も子猫並みになってしまっていて、僕の魔の手からは逃げ出せない。
ニーミアの長い尻尾が僕の鼻孔をくすぐる。
「はっくしょん」
鼻がもぞもぞしてくしゃみをする。
「にゃん」
僕への反撃を見つけたのか、ニーミアは尻尾で反撃してきた。
「はっくしょん」
ぐぬぬ、ふわふわの尻尾でくしゃみが誘発されちゃう。
「くしゅんっ」
「あら、エルネアは風邪を引いたのかしら」
僕とニーミアがじゃれ合っていると、ミストラルが部屋に入ってきた。
「そうなんですか、エルネア君?」
心配そうに後ろから部屋を覗き込んでくるルイセイネ。
「あ、違うんだ。ニーミアと遊んでいただけだよ」
「にゃん」
僕がニーミアを解放すると、彼女はプリシアちゃんの頭の上に移動した。
「そう、なら良かった。それじゃあ、ご飯に行きましょう」
僕の膝の上で寝てしまっているプリシアを見て苦笑するミストラル。
「プリシアちゃんはよく寝ますね」
ルイセイネも微笑んでいた。
プリシアちゃんの寝顔を見て思うことは、みんな一緒なんだね。
「さあ、プリシア。起きなさい、ご飯よ」
ミストラルが優しく背中をさすると、垂れ耳がぴくりと反応する。
「んんっと、プリシアはお腹がすいたよ」
まだ眠たそうに目を開けるプリシアちゃん。
でもご飯にはきちんと反応するんだね。
僕たちは顔を見合わせ、笑った。
夕食は宿屋の隣に併設されていた食堂で済ませ、僕たちは早々に部屋へと戻る。
そして寝るまでは、僕の部屋で全員で過ごすことに決まった。
プリシアちゃんは、満腹になるとまたすぐに眠りについた。
ニーミアも、今はプリシアちゃんの側で丸くなっている。
よく寝るね、と僕がプリシアちゃんを見て微笑む。
「耳長族は自然と共に生活を送るから」
ミストラルが教えてくれる。
「太陽が昇ったら起きて、沈んだら寝る。人族やわたしたちのように火を灯してまで夜は起きていないからね」
「へええ、そうなのか。それじゃあ、僕たちがおばあちゃんの誕生日に招待された時に昼過ぎから宴会だったのは、夕方過ぎにはみんな寝ちゃうからなのか」
「そうなるわね」
僕はあの時、陽が高いうちから宴会だなんて早いな、と思っていたんだよね。
僕たちの常識だと、日が沈んでみんなが用事や仕事から帰ってきてから騒ぎ出す、という生活習慣が普通だからね。
「あらあらまあまあ。エルネア君たちは耳長族の村に行ったことがあるんですか」
「あ、うん。プリシアちゃんたちと出会ったのも、その時なんだ」
僕はルイセイネに耳長族の村に招待された時のことを話した。
一瞬、言ってもいいのかと思ってミストラルに確認したけど、ルイセイネには隠し事をする必要はないみたい。
僕の話を、ルイセイネは目を輝かせて聞いていた。
「羨ましい体験ですね。わたくしもいつかは行ってみたいです」
「うん、今度一緒に行けたらいいね」
こればかりは耳長族の許可がいるから、僕は安請け合いをするわけにはいかないよ。
「そうそう、貴女を今度、翁に紹介するわ」
ミストラルは代わりに、苔の広場へ案内することを約束する。
「ふふふ、それは楽しみです。竜の森の守護者のおじいさまですか。怖いもの見たさで、是非一度お会いしたいです」
竜なんて本当は恐ろしいだけの存在だと思うど、ミストラルから少しは話を聞いていたんだろうね。ルイセイネは浮き浮きとしていた。
僕は最初、ルイセイネは清廉潔白で大人しい巫女様だと思っていたんだけど、違っていた。
ううん、清廉潔白は違わないんだけど。
ルイセイネは思いのほか積極的な
学校では阿呆の子で通っている僕なんかに積極的に話しかけてきたり、色々なものに興味を示したり。
雰囲気と性格の不一致が、ルイセイネの魅力なのかもしれないね。
ルイセイネはミストラルから他にも色々なことを聞いていた。
殆どが、僕と話題の合う竜の森での話だったけどね。
僕の持っている木刀が実は霊樹で、とても貴重なものだと聞いたときには驚いていた。
そして僕から木刀を借りると、膝の上に置いて繁々と見つめた。
「とても不思議な気配を感じていましたので、気にはなっていたのです。霊樹と呼ばれる神聖な木が変化したものだったのですね」
「気配を感じられたのは、貴女が竜眼を持っていたからね」
「そうなのですか」
竜眼てすごいね。竜気や竜脈に関することなんて全然知らなかったルイセイネに、無意識に影響を与えていたみたい。
「そういえば、昨日はどんな事をルイセイネには話したのかな?」
お風呂で楽しそうだったけど、どれくらい込み入ったことまで話したのか気になる。
「ふふふ、それは女の子だけの秘密です」
ルイセイネは僕に木刀を返しながら微笑む。
ミストラルもくすりと笑うだけで、教えてはくれなかった。
むむむ。教えてくれないと気になるよ。
ま、まさか僕の悪口で盛り上がったんじゃないよね。
「昨夜はエルネア君が変な事件に巻き込まれなければ楽しかったんですけどね」
「あうあうあ。それは言っちゃ駄目だよ」
「でもおかげで、竜人族と人族との問題になりそうなことを未然に防げたわ」
「うん、それだけが不幸中の幸いだね。あ、そういえば」
僕はひとつ思い出す。
「あの魔族が持っていた剣は魔剣だったんだよね。あれってどうなったのかな?」
聖剣と見た目が瓜二つの魔剣。あの魔剣とリステアの容姿で、僕たちは騙されたんだよね。
「あれは、一度ルドリアードさんが持って帰るとおっしゃていましたので、浄化せずに封印だけしてお渡ししました」
「いつのまにそんな仕事をしていたの」
「ふふふ、秘密です」
そうか、あの魔剣は回収されたんだね。
多分、国に報告が上がるんじゃないかな。
なにせ、ただの魔剣じゃないからね。聖剣と瓜二つだなんて、僕でも強く訝しんじゃうよ。
前回の竜族殺しの属性の魔剣も然り。何者かがアームアード王国内で魔剣を使って暗躍していそうで怖い。
「あの魔族は竜人族の手引きでアームアード王国内に入ってきたって言ってたけど、本当なのかな?」
ミストラルにとっては触れて欲しくない話題だったかな。言ってしまって、僕はしまったと口を塞ぐ。
「気を使ってくれてありがとう」
僕の心を察してか、ミストラルは優しく微笑む。
「ううん、ごめん。楽しい話題じゃないよね」
「いいえ、でも大切な話だわ」
ミストラルは首を横に振る。
「少し真面目な話に切り替えましょうか」
ミストラルは僕とルイセイネの顔を伺う。
「はい、わたくしは構いませんよ」
「うん、僕もいいよ」
ルイセイネが配ってくれたお水を、僕は飲む。
「では、まずは竜人族と魔族の関係から少し話そうかと思うわ」
そしてミストラルは、ゆっくりとした口調で語り出した。
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