僕の運命

「「えっ」」


 僕とルイセイネは、同時に声をあげた。

 でも中身は違う。


 ルイセイネは、どういうこと? という単純な疑問。そして僕は、ひとつの事実に気づいた驚愕の声だった。


 ミストラルは、ルイセイネに竜気が見えるのかと聞いた。

 僕も一瞬何のことかわからなかったけど、直ぐにそれは普通じゃないことに気づいたんだ。


 僕は、瞑想すれば間近に竜脈を感じるし、体内を巡る竜気を認識することができる。目を閉じている間であれば、それは大河のように見えるし、擬似的な視覚として捉えることはできた。

 だけど、目を開けると、はっきりとした気配は感じ続けられても、視えるものでないんだ。

 それを、ルイセイネは見える、と言ったんだ。


「ええっと、普通は見えないのでしょうか……?」


 恐る恐る聞き返すルイセイネに、僕は頷く。


「僕には見えないよ。感じることはできるんだけど」

「それでは、見えるというのはどういうことなのでしょう?」


 僕とルイセイネは困って、ミストラルを見る。

 ミストラルはまだ驚いてルイセイネを見ていた。


「ミ、ミストラル、大丈夫?」


 僕がミストラルをつつくと、ようやく我に返って。そして僕の肩をがっしりと掴んだ。


「エルネア。ルイセイネを逃しては駄目よ。必ず嫁にしなさい。わたしが許す」

「「ええぇぇぇっっ」」


 突然とんでもない事を言い出したミストラルに、僕とルイセイネは悲鳴をあげた。


 プリシアちゃんは驚いて起き上がり、何事かと御者の巡回兵の人が幌の中を覗いてきた。


「あ、すみません。込み入った話の途中なので」


 ミストラルは覗き込んだ巡回兵の人を押し戻し、戻ってくる。

 プリシアちゃんもすぐにまた寝付いた。


「ミストさん、突然何を言い出すのですか」

「そ、そうだよ。ルイセイネの意思も確認せずにそんなこと」


 僕とルイセイネは顔を真っ赤にしてあわあわと慌てていた。


「いい、エルネア。よく聞きなさい。そしてルイセイネも自分の立場を理解しなさい」


 しかし、ミストラルだけは神妙な顔つきで僕たちを引き寄せる。

 そして、ミストラルはルイセイネの瞳を指差して。


「ルイセイネの瞳は、竜眼りゅうがんよ」


 と言った。


「竜眼?」


 初めて聞く単語に、僕だけではなくてルイセイネも首を傾げる。


「そう、竜眼。竜眼とは、さっきルイセイネが言ったように竜気を視認できるとても特殊な瞳のことよ」

「たしかに竜気が見えるなんて特殊だとは思うけど、それってミストラルが驚くこと?」

「ふふふ、驚くも何も、竜眼は伝説の瞳よ。わたしの竜姫以上にまれな存在なのよ」

「あらあらまあまあ」

「そして、竜眼は竜族と竜人族にとって天敵と言ってもいいわ。勿論、竜気を使うエルネアにとってもね」

「えっ」


 竜眼が竜族や竜人族の天敵?

 ただ竜気が見えるだけで?


 僕の疑問に気づいたのか、ミストラルは続けて説明してくれる。


「今はまだ見えるだけ。でもさらに力をつければ、見える竜気だけで相手が何をしようとしているのかがわかるようになるの」

「それってつまり、先読みされるってこと?」

「そう、動きを読まれるから、こちらの動きが完全に封じられてしまうのよ。特に、竜族やわたしなんかは無意識に竜気を使うけど、そうすると、わたしたちは手も足も出ないことになるわ。全てが見透かされているのだから」

「でも、さすがに見えて先読みできるだけじゃあ、そこまで脅威じゃないような」


 いくら動きを読まれても、超絶的な破壊力や瞬間移動に匹敵するような高速移動の前では、意味がないんじゃないのかな。


「ああ、ごめんなさい。説明が足らなかったわね」


 言ってミストラルは、一旦話を最初に戻す。


「今回、竜眼を手に入れたのは人族のルイセイネね。でも、竜眼は誰にでも宿る可能性があるの。人族以外でも、竜人族や竜族、耳長族にも神族にも、魔族にも可能性だけならあるわ。つまり、魔族や神族なんかに竜眼が宿った時には種族特有の強力な力と合わさって、私たちの天敵になるってことね」


 そういうことか。元々が超絶的な力を持った種族の神族や魔族に宿り、さらに動きを先読みされると、手がつけられなくなるね。


「そうなのですね。では、わたくの竜眼は、ミストさんたちの脅威にはならないのですか。良かったです」


 ほっと胸を撫で下ろすルイセイネ。


「そうね、今のところはわたしや竜族の直接的な脅威にはならないわ。でも、他の竜人族にとってはすでに脅威よ」

「えっ」

「考えてもみなさい。ルイセイネは戦巫女よ。先ほどの戦闘を見たけど、十分凄腕と言っていいほどの腕前だったわ。竜人族のひとりとして、種の脅威になるような者を見過ごすわけにはいかないの」

「ですが、わたくしはミストさんや竜人族の方々と敵対する気は全くありませんよ」

「今はね。でも、もしも人族と竜人族が争いになったらどうかしら。貴女は戦巫女。信者を守るためならば躊躇いなくわたしたちとも戦うでしょう?」


 うっ、と言葉に詰まる僕とルイセイネ。

 竜人族と人族が争うわけないよ、と僕は言いたかったけど、偽竜人族の事件があったばかりだよ。

 もしも今回のような事件が発展して種族間の争いごとになっていたら……

 ルイセイネも同じことを思ったのか、表情を暗くさせて俯いた。


「そういうわけで、エルネアはしっかりとルイセイネを捕まえていなさい」

「「えええぇぇぇっっ」」


 再度、僕とルイセイネの悲鳴が重なった。

 今度はプリシアちゃんも起きてこなく、巡回兵の人も覗いてこなかった。


 どうしてこうなった。


 昨夜は不慮の事故でルイセイネの下着姿を見てしまい、責任とってと言われて。

 今度はミストラルに、逃がすな、嫁にしろ、と強く言われたよ。

 なんだか、僕の思惑外で縁談が進むのは気のせいでしょうか。


 ルイセイネは美人さんだし、お嫁さんにもらえとか責任とってとか言われると嬉しいんだけどね。

 複雑な気分だよ。


「も、もしもわたくしがエルネア君との結婚を嫌がったら、どうなるのでしょうか」

「そ、そうだよね。ルイセイネにも相手を選ぶ権利はあると思うんだ」

「却下」

「「ええぇぇっ」」

「いいじゃないの、昨夜下着姿を見られて、貴女も責任を取ってもらいたいのでしょう?」

「それは、その……」


 顔を真っ赤にして、ごにょごにょと言い淀むルイセイネ。


「エルネアも、きちんとルイセイネを惚れさせるように努力すること。もしも逃したら、わたしとの縁談も破談にするわよ。そしてルイセイネは」


 言ってミストラルは、漆黒の片手棍をぱしぱしと叩いた。


「ひぃっ」


 お、おそろしすぎますよ。


 僕とミストラルの破談だけでははなくて、ルイセイネの命を狙うんですか。


「ぼ、僕はともかく、巫女様を脅しちゃいけないよ」

「ん? 貴方は破談してもいいの?」

「ち、違う違うよ。破談は断固拒否だよ。でも、巫女のルイセイネの命まで狙うのはちょっと……」

「わかっていないわね、エルネア。竜眼とはわたしたちにとって、それほどに脅威なのよ。目の届く範囲に居てくれるのなら良し。それが無理なら仕方なし」


 ミストラルは微笑んでいたけど、全然可愛くなかった。むしろ恐ろしかった。


「あ、あの、エルネア君。いろいろと責任とってくださいませね?」

「ぐふっ」


 恥じらうルイセイネを見て、僕の方も赤面してしまう。


「ちなみに、ミストラルはお嫁さんが増えることに嫉妬とかしてくれないのかな」

「ふふふ。嫉妬してもらえるくらいに惚れさせなさい」

「がふっ」


 さらりと恥ずかしいことを言われて、僕はもう首まで真っ赤だよ。

 恥ずかしすぎてミストラルもルイセイネも見ることができなかった。







 馬車は快調に走り、夕刻過ぎには宿屋や食堂が立ち並ぶ一角にたどり着いた。

 といっても、馬車に乗ったのが夕方前だったので、さほどの距離は稼げていない。

 そうしたら、気のいい巡回兵の人が明日も馬車を出してくれると言ってくれて、僕たちは喜んだ。

 予定通りに副都に着けそうだし、歩かなくていいし。

 昨夜から今日の日中まではどうなることかと心配したけど、どうやら上手くいく雰囲気だね。

 そう、旅路だけはね。


 だけど、僕は午後になって、新たな問題を抱えてしまったんだ。

 それも、人生を左右する大きな問題を。


 ミストラルだけじゃなくて、ルイセイネまでお嫁さんになりそう。

 これはすごく嬉しいことなんだけど、素直には喜べないよ。

 なにせ、僕はこれからミストラルとルイセイネを心から惚れさせなきゃいけないんだ。

 どうやったら女の人は惚れてくれるんだろうね。


 女の人と付き合ったこともない僕には、超難題すぎるよ。


 リステアはどうやってキーリたちを惚れさせたのかな。これは一度、リステア本人に教えてもらわなければいけないね。


 しかし僕の悩みは女性陣の知るところではなくて、彼女たちは馬車での騒動以降も仲良くしていた。

 まあ、僕も女性陣が今どういう気持ちでいるのかは、計り知ることができないんだけどね。


 馬車を降りた僕たちは、内心はともかく、取り敢えず本日泊まるお宿を探すことにした。

 すると昨日とは違って、今日は簡単に宿屋を見つけることが出来た。


 ただし、二名用の部屋がふたつ。しかも寝台はそれぞれ大き目の物がひとつずつ。

 つまり恋人や夫婦用の部屋だった。


 どうしたものか。


 最初の案としては、二名用の寝台にミストラル、ルイセイネ、プリシアちゃんが三人で泊まるというもの。

 でも子供とはいえプリシアちゃんが追加で眠れるほど寝台は広くない、と宿屋の人に指摘された。

 それなら、他に空いている宿屋を探そうかと相談していたら、別のお客さんがどこの宿も空いていないと言って僕たちが物色していた宿屋に入ってきたんだ。それで慌てて宿泊の契約を結んだんだけど。さて、困ったよ。


 僕たちは借りた部屋のひとつに集まって、部屋割り会議を始めた。


「私がエルネアと同室で良いんじゃないのかしら。襲われそうになってもわたしの方が強いわ」


 うん、確かにその通りなんだけど、悲しいね。

 襲われるかもと思われているわけだし、ミストラルよりも弱いとはっきりと言われたわけだしね。


「あらあらまあまあ、いけませよ、ミストさん。縁談が進んでいるとは言っても、結婚前の男女が同じ部屋で二人きりだなんて」

「そうは言うけれど、エルネア以外は女で、女三人では一緒に寝ることはできないのよ」

「そこはほら。わたくしは巫女ですから」

「残念ながら、言ってる意味が竜人族のわたしにはわからないわ」

「人族の中に巫女を襲うような不届き者はいないのですよ。それはエルネア君もしかりです。だから、わたくしがエルネア君と一緒のお部屋に」

「却下。貴女は昨日、みんなと一緒の部屋でも渋っていたじゃないの」

「うう、それは……」

「ええっと、僕は誰でも嬉しいよ」


 微笑む僕を、睨む二人。

 ええっ、なんで睨まれるのさ。


「エルネアは黙っていなさい」

「ごめんなさい、エルネア君。ですが、もう女の戦いは始まっているのですよ」


 戦いってなんですか。

 そして僕には選択権がないんですね。


 とほほ、と落ち込んでいると、プリシアちゃんが僕に抱きついてきた。


「んんっと、プリシアはお兄ちゃんと寝るの」


 満面の笑みを浮かべるプリシアちゃんには、誰も勝つことができなかった。


「し、仕方ないわね。今夜はプリシアに譲ってあげるわ」

「あらあらまあまあ、こんなところに伏兵さんがいらっしゃいました」


 ミストラルとルイセイネはプリシアちゃんに苦笑する。

 どうやら僕は、今夜はプリシアちゃんと寝ることに決まったらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る