面倒ごとはもう御免です
「うわっ」
突然現れた巡回兵の人たちに、僕は驚く。見ればルイセイネと魔族も驚いていた。
「ふふふ、エルネアは気づいていなかったのね」
ぐぬぬ、ミストラルに指摘されてちょっと悔しい。
僕も修行を重ねてずいぶんと強くなって、人の気配なんかも読めるようになってきたと思っていたのに。
ひとりやふたりの手練れなら仕方ないにしても、大勢の巡回兵が周囲に潜んでいたことに、全く気づかないなんて。
「ふふーん、ミストラルのお嬢さんは気づいていたのかい」
僕たちとは違う意味で少し驚いたようなルドリアードさんの反応を見ると、この隠れていた巡回兵の人たちは、どうやらただの兵士じゃなさそうだね。
ミストラルはルドリアードさんに微笑んだだけで、返答することはなかった。
「こいつらは俺のお守り役で、一応は全員が凄腕なんだけどねぇ。もしかしたら、お嬢さんならこいつら全員よりも強いのかね」
無駄な動きもなく作業を進める巡回兵の人たちを見渡し、ルドリアードさんは苦笑する。
「うーん、どうだい、君たち。俺が紹介するから、国軍に入らないか。三食昼寝付き、高待遇で迎えるぞ?」
冗談なのか本気なのかわからない口調で言うルドリアードさんに、丁寧に断りを入れるミストラル。
「いいえ、軍には興味はありませんので。それに貴方は巡回兵の小隊長であって、国軍所属でも何でもないでしょう」
ミストラルの指摘通り、巡回兵は国軍ではないんだよね。
王国所属の兵隊ではあるんだけど、もっぱら街道沿いの警備とそれに付随する
国軍とは、国の脅威に対して戦うための軍隊だから、指揮系統から全てが違う。
ルドリアードさんの紹介といっても、彼は巡回兵の小隊長なんだ。小隊長程度の紹介で簡単に国軍に入れるとは思えないよ。
「あらま、残念だ」
たいして残念そうでもなく、あっけらかんとしているルドリアードさん。
足もとの魔族が縄をかけられて担架に乗せられる様子を、あくびをしながら見つめているよ、この人。
魔族を追及していた時の迫力は何処へやら。
いつの間にかルドリアードさんは怠けた雰囲気に戻ってしまっていた。
「それじゃあ、後は部下に任せて、俺たちは帰りますか」
言って、元来た道を戻ろうとするルドリアードさん。
「待ってください、その前にわたしからもひとつ」
しかし、ミストラルは担架で運ばれていく魔族を引き止め、厳しい顔で質問した。
「貴方たち魔族は、どこからこの国に入ってきたのです。竜峰は通れないはずよ」
確かにそうだよ。失念していた。
魔族と竜人族は非常に仲が悪いから、魔族が竜峰を通ってアームアード王国内には来られないんだ。
どこか違うところから来たのかな。
だけど、魔族は意外なことを口にした。
「そうか、お前は……俺は竜人族の手引きで竜峰を越えて来た。竜人族といえど、一枚岩ではないんだよ」
魔族もミストラルの正体に今になって気づいたようだ。でもそれは口にしなかった。
代わりに、もっと衝撃的なことを僕たちに伝えた。
驚愕に目を見開き驚くミストラル。
そのミストラルを見つめたまま、魔族は運ばれていった。
「ミストラル」
僕はそっと彼女の背中に手を回す。
ミストラルは少しだけ震えていた。
「さあさあ、詳しいことは連れて帰って聞けばいいさ。俺たちも早く帰って酒でも飲もうや」
「いやいや、僕たちはまだ未成年ですから」
僕はミストラルが心配だったけど、彼女は僕に微笑みかけ、頭を撫でてくれた。
「大丈夫、ちょっと驚いただけよ。このことは竜峰に帰ってから、村の者たちと相談してみるわ」
僕にだけ聞こえる声で、ミストラルは囁いた。
「さあ、プリシア。いつまでもそうしてないで、帰りますよ」
ミストラルはプリシアちゃんをつつく。
そうだった、プリシアちゃんを忘れてたよ。
プリシアちゃんは最初の時と同じ格好で固まっていた。
両手で帽子の上から耳を塞ぎ、ぎゅっと瞳を閉じている。
「んんっと、もういいの?」
「はい、もう良いですよ」
ルドリアードさんの拷問前に、ミストラルが配慮してプリシアちゃんに見聞きさせないようにしていたんだよね。
ふうう、と可愛いため息をついて、プリシアちゃんはミストラルと手をつないで帰路へと就く。
これで、この事件は本当に終わったんだろうか。
僕は少し悶々とした気分で、後に続く。
ルイセイネも、何か釈然としない様子だったけど、黙って僕と一緒に歩き出した。
僕たちは何か大きなものを見落としているんじゃないのかな。
そんな一抹の不安が、僕の心の片隅に残った。
帰り際。
「神殿のお使いの途中で寄り道させちまって、悪かったな。お詫びに馬車を用意しておこう」
ルドリアードさんがそう申し出てくれたけど、僕たちと一緒に帰っていたら、馬車の準備は間に合わなくないの? という話になって。
「なぁに、俺の気がきく部下が、君らのためにちゃんと準備してくれているさ」
「でもそれじゃあ、ルドリアードさんが言って準備させたわけじゃないから、僕たちはルドリアードさんには感謝しませんよ」
「やや、そう突っ込んできたか。エルネア坊は突っ込みきついな」
「いやいや、どう考えても突っ込み箇所だらけの会話でしょう」
「んんっと、おじさんは使えない人」
「はああっ。幼女にまで突っ込まれた。こりゃあ帰って酒を飲むしかないな」
「あらあらまあまあ。突っ込まなくてもお酒は飲まれるのでしょう」
「巫女様、それは言ってはいけないことだぜ」
「やれやれ、こんな男が巡回兵の小隊長だから、今回のような事件が起きるのよ」
「ははは。ミストラルお嬢さんの言う通りだ。面目無い」
午前中の沈んだ雰囲気を払拭するような明るい会話をしながら、僕たちは街道を目指した。
僕としては、少しもやもやが残った様な気がしたけど、リステアの無実が証明されて気分は良かった。
そして街道に戻ると、本当に馬車が準備されていた。
二頭立ての小さな馬車だったけど、
これは重要なことだよね。
なにせ、巡回兵の人が送ってくれるみたいなので、外からの視線に晒されると、何か護送されている気分になるので落ち着かないしね。
「ふふふ、可愛いお馬さんですね、プリシアちゃん」
「うん! お馬さん可愛い」
ルイセイネに言われて、プリシアちゃんが喜んで馬とじゃれ合う。
プリシアちゃんは動物好きだねえ。
「ほらな、ちゃんと馬車が準備されていただろう」
自信満々のルドリアードさんだけど、やっぱり準備をしたのは優秀な部下の人だよね。
僕たちはルドリアードさんの言葉を聞き流し、待機していた巡回兵の人にお礼を言って馬車に乗り込んだ。
「んじゃあ、残りの道中、気をつけてな」
「巡回兵の人に送ってもらえるんだから、危険なんてないですよ」
「わざわざありがとうございます」
「いやなに、巫女様のお役に立ててけっこうですさ」
「それでは、出発してもよろしいですか」
僕たちとルドリアードさんが別れの挨拶を終えると、
「ああ、そうそう」
ルドリアードさんは思い出したように馬車を止め、幌の中に顔を入れる。
「今回の詳細が気になるだろう。一通り調べが終わったら、神殿経由で事の顛末を送っておく。まぁ、重要部分は削られたものになるがね」
「あ、それって地味に嬉しいですね」
もう少し詳しい事情とかを知れば、残ったもやもやも解消されるかもしれない。
少なからず関わった事件だから、出来るなら些細なことも知りたいしね。
「期待しないで待っていてくれや。それと」
ルドリアードさんは全員を見渡し。
「随分と面白い面子だが、気が向いたらぜひ国軍に来てくれよ。高待遇は約束する」
「あはは、まだ言ってるんですか。ルドリアードさんは国軍の人じゃないでしょう」
「ああ、今はな。だが年明けからは国軍に転属なんだよ、俺」
「おやおやまあまあ。それはおめでとうございます」
巡回兵の小隊長から国軍に転属なんて、出世するんだね。
怠けている感じしかしないけど、やっぱりルドリアードさんは凄いんだな。
みんなで祝福すると、ルドリアードさんは意外にも照れたようにはにかんだ。
「俺としちゃあ、今の気楽な生活がいいんだがな。ま、そういうわけで、気が向いたら来てくれよ」
「気が向いたらですねー」
と最後の挨拶を交わし、次こそ馬車は動き出す。
揺れる馬車に身体を預けながら、僕たちは寛いだ。
昨日から思いがけない事件に巻き込まれて、結構疲れたよ。
でもまさか、竜人族を
これでもしも竜人族と人族の関係が悪化でもしたら、外交問題にまでなっちゃうような大事なんだよ。
今回は大事になる前に解決できて、本当に良かった。
ふうう、と僕はひとつため息を吐き、幌の中で寛ぐみんなを見た。
ルイセイネはプリシアちゃんに膝枕をしてあげていて、優しく頭を撫でている。
プリシアちゃんは疲れたのかな。すでに熟睡中。
ミストラルはそんなルイセイネとプリシアちゃんを優しく見守っていた。
僕の視線に気づいたのか、ミストラルとルイセイネが僕を同時に見た。
「エルネア君、今日はお疲れ様でした」
ルイセイネが微笑みかける。
「今日の戦いは良かったわね。竜気の使い方も安定していたわ」
「竜気?」
そうしたら、ルイセイネが不思議そうに聞いてきた。
そうか、ルイセイネは知らないんだよね。
ミストラルは昨夜、ルイセイネにどこまで話したんだろうね。
プリシアちゃんとニーミアの正体は、お風呂に入った時点で気づいているはずだから、何かしらの説明を受けているはずだけど。
僕がミストラルを見ると、彼女は僕の意図を汲んでくれて、僕の代わりにルイセイネに説明してくれた。
「わたしが竜人族の竜姫だとは、昨夜言ったわね」
「はい、聞きました」
「わたしたち竜人族は、貴女が法力を使うように、竜気と呼ばれる力を使うのよ。そして、エルネアもね」
「おやおやまあまあ。エルネア君も竜人族だったのですか」
「ううんと、違うよ。僕のお師匠が竜族のおじいちゃんで、その人に教わっていたら使えるようになったんだ」
と言ったら、ルイセイネは目を丸くして驚いた。
「エルネア。翁のことはまだルイセイネに言ってなかったのよ」
あ、しまった。
師匠が竜族だって言ったから、驚かせてしまったんだね。
なにせ竜族は、人族にとって脅威の存在でしかないんだからね。
「ええっと、おじいちゃんは善い竜族なんだよ。竜の森を守護する竜なんだ」
と言ったら、今度は口をあわわと震わせて、さらに驚かれた。
「エルネア。説明するときは、ちゃんと相手の理解力に合わせて言ったほうが良いわ」
むむむ。僕の説明で余計に仰天してしまったのか。
「ご、ごめんね。とんでもないことを言いすぎちゃった」
謝る僕に、少しずつ冷静さを取り戻していくルイセイネ。
ルイセイネは大きく三度深呼吸をして。
「い、今のお話は本当なのでしょうか」
「う、うん、本当だよ」
「そ、そうなのですね。予想外過ぎて驚いてしまいました」
「あ、これって内緒だよ。おじいちゃんのこととか、僕が竜気を使えることとか全部ね」
「はい。心得ています」
微笑むルイセイネに、僕はほっとする。
ルイセイネがいい人で本当に良かったよ。
こんな秘密を
「ええっと、それで竜気でしたでしょうか。それって、遺跡の時とか先ほどの戦闘の時にエルネア君の周りに漂っていた緑色の靄のことですか」
きっとルイセイネは何気ないことを質問したつもりだったんだろうね。
だけど、今度はミストラルが大きく目を見開き、驚いていた。
「あ、貴女は竜気が見えるの!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます