嘘と真実
僕は荒い息を吐きながら、呪縛法術「三日月の陣」に捕らわれたリステアを見る。
リステアは苦悶に顔を歪ませ、地面に片膝をついて僕たちを睨んでいた。
「貴様らごときに敗北するとは」
僕は、醜く歪んだリステアの顔を直視することができなくて、視線を逸らす。
どうしてこんな風になってしまったんだろう。
竜人族が嫌いだからといって、悪に手を染めてしまう人に、いつからなってしまったの?
僕の知っていたリステアは、偽りの姿だったのだろうか。
僕は少し瞳を潤ませた。
「へえぇ、どうやら終わったようだな」
岩陰から、プリシアちゃんの手を引いたルドリアードさんが姿を現し、僕たちのところへとやって来る。
あれれ。ミストラルは?
と思ったら、ミストラルは洞穴の中から出てきた。
「中の人たちは全員意識を失っていたわ」
どうやら、いつの間にかミストラルは洞穴の中に入って、内部の様子を見てきてくれたらしい。
ミストラルも僕たちのところへとやって来る。
そして全員で、法術の範囲外からリステアを見つめた。
リステアは首さえも動かすことができず、それでも憎々しげに視線の先に立った僕とルドリアードさんを睨む。
プリシアちゃんは、ミストラルに手を引かれて背後に回っていた。
「やあ、勇者。こんにちは」
片手を上げて気安く挨拶をするルドリアードさんに、リステアは唾を吐きかける。
「誰だきさまっ」
「ああ、そうか。俺の顔なんて知らないか」
苦笑するルドリアードさんはへらへらと笑顔を浮かべていたけど、目は笑っていなかった。
「エルネア。これが貴方の言う勇者なの?」
訝しそうな瞳でリステアを見るミストラルに、僕は頷く。
「こんなかたちじゃなくて、親友としてミストラルには紹介したかったんだけど」
いずれ、リステアにはミストラルを紹介したかった。彼女は僕のお嫁さんなんだよ、と胸を張って。
でも、それは叶わなかった。
最悪なかたちでの面合わせだよ。
僕の沈痛な表情に、まず最初にミストラルがより一層怪訝な表情になる。
次に、プリシアちゃんが小首を傾げて、ニーミアがにゃあと鳴いた。
「これが本当に勇者?」
再度聞き返すミストラルに、ルイセイネも頷く。
「はい、間違いありません」
「ふうぅん、これが勇者ねぇ」
あろうことか、ルドリアードさんまでもが疑って、僕とルイセイネを見る。
「な、なんでそんなに疑っているの!?」
疑われる理由がわからないよ。
僕とルイセイネは、春先からずっとリステアと同じ学校に通って彼を見てきたんだ。
今は見ていられない醜悪な顔をしているけど、それでも僕たちが見間違えるはずはない。
「でも……」
ミストラルが何かを言いかけ、言葉を飲み込む。
「んんっと、この人は魔族だよ?」
しかし、場の雰囲気を読まないプリシアちゃんが、突然とんでもないことを言った。
「……えっ?」
プリシアちゃんの言葉が理解できなかったよ?
リステアが、魔族?
そんなはずはないよ。
だって彼は、聖剣に選ばれし勇者なんだよ。
勇者が魔族だなんて、あり得ない。
しかし魔族と指摘されたリステアは、動揺して顔色を変えていた。
「おいおい、勇者が魔族だって? さすがにそんな突飛な話は信じられんな。お嬢ちゃん、なんで魔族だなんて思ったんだい?」
ルドリアードさんもさすがに予想外だったらしく、驚いていた。
「んんっと、見ただけでわかるよ?」
さも当たり前のことのように言ってのけるプリシアちゃん。
「プリシアの言ってることは本当よ。わたしもこの者が魔族にしか見えない」
そしてミストラルも、プリシアちゃんの言葉に同意する。
なんで言い切れるんだと訝しむルドリアードさん。
だけど、僕とルイセイネはわかっていた。
竜人族のミストラルは、神族や魔族のように、見ただけで相手の種族がわかるんだ。
確認はしていなかったけど、どうやら耳長族のプリシアちゃんもわかるらしい。
「ええっ、じゃあ、リステアは魔族だったのか!」
そんなことがあるのだろうか。魔族が人族に紛れて生活して、更に聖剣にまで選ばれるなんて。
「どうかしら。そもそもエルネアたちは何をもって彼を勇者のリステアだと確信しているのかしら?」
「そんなの、見ればわかるよ。この容姿はリステア本人だよ。それに聖剣も持っているじゃないか」
僕の言葉に、プリシアちゃんはまた小首を傾げる。
「んんっと、それは魔剣だよ?」
「ええっっ」
プリシアちゃんの爆弾発言に、ミストラルとニーミアと本人以外の全員が驚いた。
「こ、これが魔剣なのか?」
「あらあらまあまあ、聖剣の正体は魔剣なのですか」
「そんなはずはないよ。おじいちゃんは、聖剣はとても強力な呪力剣だって言っていたもん」
僕は咄嗟にスレイグスタ老が前に言ったことを口にしてしまい、慌てて右手で口を塞ぐ。
「へえぇ。聖剣の正体が呪力剣だと確信を持って言える爺さんが知り合いにいるのかい。それは会ってみたいものだ」
ルドリアードさんが興味津々に僕を見る。
「そ、そんなことよりも」
焦って話を逸らす僕。
「これが魔剣だなんて、どういうことなのかな?」
僕の言葉に、全員の視線がリステアの持つ剣へと向かう。
「本人に聞くのが手っ取り早そうだが」
言ってルドリアードさんは、結界の範囲を示す三日月の影の縁まで近づく。
三日月の影の中に入ってしまうとルドリアードさんも縛られるので、これ以上は近づけない。
「そういえば、洞穴の中にこの者の仲間がいるはずなのよね。どんな容姿だったのかしら?」
ミストラルの言葉の意図はわからなかったけど、僕はスラットンたちの容姿を伝える。
すると、ミストラルは片手を顎にあてて考え込み。
「洞穴の中には男性はひとりもいなかったわ。小さい子供はいたけれど。それに、そんなに身なりのいい女性も、巫女装束の者も居なかったわね」
「あらあらまあまあ」
洞穴の中にいない?
なら、外に出ていたのかな? そうすると、油断していたら奇襲を受けるかもしれないよ。
でも、リステアは洞穴の中にいると断言していたし。
どういうことなの?
混乱する僕。ルイセイネも困った表情で僕を見ていた。
「つまり、こいつは偽者ってことさ」
ルドリアードさんは腰から呪力剣を抜きはなつ。
偽物?
こんなに瓜二つの顔を持った偽者いるのだろうか。
それとも、魔族には
「さぁ、お前さんは何者だ。白状しないと拷問しちゃうぜ」
にやにやとリステアを見下げるルドリアードさん。
「な、何を言っている、俺は本物の勇者リステアだ」
「へええ、そうかい。なら、この少年と巫女さんの名前を言ってみな。本物なら親友の名前くらいは言えるだろう?」
「ふん、誰が貴様の指図を受けるものか」
白を切ろうとしたリステアの太ももに、短剣が突き刺さる。
「ぎゃぁぁっ」
悲鳴をあげ、顔を歪ませるリステア。
「もう一度だけ機会を与える。この子たちの名前はなんでしょう」
懐からもう一本短剣を取り出し、構えるルドリアードさん。
拷問なんて嫌いだけど、今はこれしか方法がないのかな。
ルイセイネも黙って事の成り行きを見守っていた。
もしも本物のリステアなら、僕たちの名前くらい言えるはずだよ。
拷問を受けてまで我慢するようなことじゃない。
そういえば、リステアは僕たちと対峙して以降、一度も僕たちの名前を呼んでいない。
もしも偽者なら、僕たちの名前なんて知らないはずだよね。
ぐうう、と口を結んで抵抗を見せるリステア。
そしたら次は剣を持った右手首に、短剣が突き刺さった。
「ぎゃぁぁっ」
「いやあ、動かない至近距離の的は当て易いね」
さらにもう一本短剣を取り出しながら、愉快そうに言うルドリアードさん。
この人、拷問に躊躇いがないよ。
僕とルイセイネは顔をしかめつつも、二人のやりとりを仕方なく見守る。
ミストラルは油断なくリステアを睨み据えていた。
プリシアちゃんはふっくらとした帽子の上から耳を塞いで、背を向けていた。
うん、お子様には悪影響だから、そのままでいてね。
「次はどこを狙うかね」
片手で短剣を弄ぶルドリアードさんに、リステアは顔を引きつらせる。
「お、俺は勇者の……」
尚も白を切ろうとしたリステアに向かって、ルドリアードさんが投擲の構えを見せた。
「ま、待て! すべてを話す、だから助けてくれっ!」
魔族といえども、激痛を伴う拷問は嫌だったのかな。
リステアは慌てて観念した。
「ふむ。それでは、お前が何者であるかから話してもらおうかな」
ルドリアードさんは投擲の構えこそ解いたものの、油断なくリステアを見る。
リステアはすでに衰弱し、更にルイセイネの法術に捕らわれているとはいっても、もしも本当に魔族ならこの程度は打ち破る可能性もある。
僕も油断なく竜気を練って構えていた。
観念したように見せかけて暴れられたら困るからね。
だけど、四方からの油断のない気配に本当に観念したのか、リステアは素直に話し出した。
「お、俺たちはあんたらが言うように、確かに魔族だ。変化を得意とする少数部族なんだよ。だが俺たちも脅されて、仕方なく人族の国に来たんだ」
「脅されて?」
なんかそれって、在り来たりな言い訳みたいで胡散臭いよ。
ルドリアードさんも僕と同じ感想を抱いたのか、無言で短剣を構える。
「ま、待ってくれ。本当だ。此の期に及んで嘘なんて言わない」
顔面蒼白のリステア。
ううん、こいつは偽物なんだよね。
「こ、この呪縛を一度解いてくれ。変化の魔法を解いてみせる」
「信用できんな」
「信じてくれ、本当は俺たちの一族は温厚なんだよ」
「魔族が温厚?」
「あ、あんたらの人族の中にも凶暴な奴は居るだろう。魔族にも温厚な部族がいたって不思議じゃないだろ」
「たしかにねそうね。だけど、少しでも怪しい動きを見せれば、容赦はしないわ」
ミストラルは漆黒の片手棍を抜き、目でルイセイネに合図を送る。
僕たちが身構える中、ルイセイネは呪縛の法術を解いた。
すると、偽リステアは短剣が刺さった場所を痛がるように抑えながら、自身の変化の魔法を解いた。
呪文を唱えるわけでも気合の言葉を発するわけでもない。僕は魔力なんて見えないけど、目の前で起きた現象で、はっきりと魔法が発動したことはわかった。
一瞬警戒したけど、偽リステアは嘘は言っていなかった。
偽リステアの顔がどろりと溶ける。
そして中からは、目も耳も鼻もないのっぺりとした白い顔が現れた。
顔が溶けていく様子に、僕とルイセイネは顔をしかめる。
リステアの容姿をしていた顔が完全に溶け落ちると、口だけがある真っ白な顔になった。
続けて服から見えていた手先も溶け出すと、指のない手の甲だけの、やはり真っ白な姿へと変わる。
握られていた偽聖剣はがらんと地に落ちた。
「これが、俺たち一族の本当の姿だ」
真っ白で、未完成の陶器の人形のような姿になった偽リステアに、僕たちは唖然とする。
これが魔族なのか。
魔族にはいろんな姿形の者がいることは知っていたし、遺跡でも翼の生えた奴や小鬼は見ていた。
だけど、こんな無機質な姿の者もいるだなんて。
「おれたちは少数部族なんだ。滅びかけているといってもいい。辺境でひっそりと暮らしていて、争いごとも好きじゃないんだ。だが、俺たちの変化魔法に目をつけた奴らがいたんだ」
口だけになった魔族は、傷の痛みに表情を歪めながら話す。
目も鼻もない顔で表情を作るのを見て、僕は不気味に感じた。
「俺たちの一族を捕らえて、脅迫してきたんだ」
「誰に捕まり、脅された?」
「し、知らねえ。どうせ奴らも下っ端だ。俺たちを捕まえて脅してきたのは、奴隷商の太った奴だった」
「ううん、なんか嘘くさい。そんな都合のいい話、俺たちが信じると思うのか」
ルドリアードさんの言葉に、僕も頷く。
この魔族の話には、信憑性がないよ。証拠だって無いんだし、信じろという方が難しいよね。
「言っただろう。俺たちは本来、温厚な種族なんだ。数も少なく絶滅しかけている。俺だって生き残りたい」
魔族は必死に助けを請う。
「生かせてくれるのなら、なんでも協力する。助けてくれ。このまま逃げ帰れたとしても、失敗した俺は殺されてしまう」
魔族は足を引きずり、ルドリアードさんの足もとまで行くと、ひれ伏した。
困って顔を見合う僕たち。
「あらあらまあまあ。魔族にもこの様な方がいらっしゃったんですね。わたくしは魔族といえば全部、残忍で恐ろしい人たちだと思っていました」
ルイセイネは複雑な表情で僕を見る。
巫女の立場としては、魔族を助けるなんてできないんだろうね。
だけど、目の前の魔族の、手首と太ももから赤い血を流しながら必死にルドリアードさんに命乞いをする姿は、余りにも可哀想に見えた。
「確証が取れないまま殺すのも問題があるでしょう。先ほどのエルネアたちとの戦いを見てもあまり強そうには見えないし、一度捕縛して詳しく調べた方が良いのじゃないかしら?」
ミストラルの提案に、ルドリアードさんは頷く。
「確かに、いま問い詰めたとしても嘘か本当かはわからないな。取り敢えず偽竜人族の件は収まりそうだし、一度撤収するか」
「ま、待ってください」
僕は慌てて叫ぶ。
ひとつ確認しておかなきゃいけないことがあるんだ。
「本物のリステアは無事なの?」
この魔族が偽者であることはわかったよ。でも、どうやってリステアの姿に変化したのかが気になる。
もしもリステアの身に何か悪影響があったのだとしたら。そう思って、僕は鳥肌を立てた。
「本物の勇者か。そこまでは俺も知らない。この変化の魔法は、触れた相手の姿に変わることができる。俺は最初に町娘に化けて勇者に近づき、触れて変化しただけだ」
「じゃあ、リステアには何の影響もないんだね?」
「ないな。あくまでも触れた者に変化するだけ。変化の魔法にだけ特化したのが、俺らの一族だ」
魔族の言葉に、僕はほっと胸を撫で下ろす。
「さあて、詳しい話は本部に戻ってからだな。お前さんもおれたちに協力すれば、命は保証してやるよ。三食昼寝付き、快適だぜ」
かかか、と笑うルドリアードさん。
高待遇なんですね。
「というわけだ。お前ら、この魔族を丁重に連れて行け。洞穴内で寝てる奴らも盗賊の仲間だ。一緒に連行しろよ!」
突然ルドリアードさんは何を言っているんだ、と思ったら、近くの岩陰や茂みから巡回兵の人たちが大勢、姿を現した。
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