勇者と僕とルイセイネ

「そんなっ」


 僕は叫び、隠れていた岩陰から飛び出した。


 信じられない。

 僕は目の前の状況に眩暈を覚える。


 盗賊の人は、勇者に脅されたと言っていた。でも絶対に嘘だと思ったんだ。

 リステアがそんなことをするはずがない。

 勇者としてリステアの容姿は国中で有名なんだ。

 だから、すこし顔が良いだけの人が勇者だと偽って、悪さをしているに違いない。でも僕とルイセイネは顔を知っているから、盗賊の根城に行って偽物の顔を見ればすぐにわかると思ったんだ。


 だけど、根城の洞穴から出てきたのは、紛れもなく勇者のリステアだった。


 僕が飛び出し、そしてルイセイネも後から飛び出してきた。

 ミストラルたちはまだ岩陰に隠れている。

 急に僕たちが現れたけど、リステアは動揺を見せずこちらに振り返った。


「やれやれ。外に複数の人の気配がしたから何かと思って出てきたら」


 リステアはひとつため息を吐く。


「リステア、どうして君がこんな所にいるんだよ」


 僕の言葉に、リステアは片眉をあげて一泊置き。


「お前こそこんなところで何をしているんだ」


 と、逆に聞き返す。


 リステアが悪いことをするはずなんてないよね。これはきっと何かの間違いなんだ。僕はそう思って、昨日のことをリステアに話した。

 傍では、ルイセイネが不安そうに僕とリステアを交互に見ている。

 そしてリステアは、僕の話を黙って聞いていた。


「なるほど、あいつらはそんなに簡単に捕まったのか」


 だけど、話を聞き終わったリステアは、僕の予想に反した言葉を口にした。

 僕はてっきり、それは間違いだと言ってくれると思ったのに。


「ねえ、これはどういうことなの?」


 僕は困惑気味に聞き返す。

 だけど、リステアは今までに見たことのないような残忍な笑みを湛える。


「今お前が言った通りさ。あいつらは俺の命令で動いていた」


 僕とルイセイネは息を呑んだ。


「そ、そんな……」


 ルイセイネが小さく呟く。


「やれやれ、もう少し暴れてもらう予定だったんだがな」

「ど、どうしてそんなことをさせたのさ!?」


 僕は信じられない、信じたくない、何かの間違いだよねと願う。

 しかし、リステアからは冷たい言葉しか返ってこなかった。


「ふん。そもそも俺は、竜人族なんて嫌いだったんだ。竜峰に住む種族だというが、勇者の俺にとっては邪魔な存在なんだよ。強い存在は俺だけでいい。竜人族と人族の関係が今回のことで悪化して、国王が竜峰に軍を派遣してくれれば万々歳さ」

「そんな……」


 リステアの悪意に染まった言葉に、僕は声を詰まらせる。

 ルイセイネはわなわなと唇を震わせて驚いていた。


「セ、セリース様はそのことに同意をしているのですか。それに巫女のキーリとイネアが悪事に加担するなんて信じられません。彼女たちはどこにいるのですか」

「ああ? あいつらも勿論おれの意に従っているさ。あいつらは洞穴の中だ」


 にやにやと今まで見たこともないような汚い笑みを浮かべながら、リステアは洞穴を指差す。

 言われて洞穴に足を向けたルイセイネを、僕が引き止めた。


「駄目だよ、ルイセイネ。リステアの言っていることが本当なら……」


 勇者一行は悪に手を染めているんだ。そして洞穴の中ではスラットンたちが待ち構えているかもしれない。


 こんなこと、信じたくない。きっと何かの間違いであってよ、という気持ちが未だに僕の心を占めていた。

 でも、もしも本当なら。

 僕はリステアと対峙しなければいけないかもしれない。


 リステアは親友だよ。

 学校では一緒に馬鹿なみたいなことをしたり、沢山話もした。

 スラットンは僕をよくからかうけど、仲は良かった。

 お嫁さんたちも僕には優しくしてくれた。

 でも、僕は竜人族を悪用する人を許すわけにはいかないんだ。


 僕のお嫁さん候補はミストラルだよ。そして、ミストラルは竜人族なんだ。

 ここで竜人族と人族との関係が悪化してしまうと、縁談話も無くなってしまうかもしれない。

 親友たちよりも女を取るのかと言われそうだけど、時と場合によるよね。

 悪さをしている親友よりも、大好きな女性を僕は取るよ。


「どうした、確認したいのなら洞穴の中に入ってみればいい」

「行っちゃ駄目だよ、ルイセイネ」

「なんだ行かないのか。なら、どうする?」


 ルイセイネの服の裾をつかんで引き止める僕を、リステアは興味深そうに見る。


「どうだ、ここでのことを他言しないと誓うのなら、見逃してやる。さっさと立ち去れ。しかし誰かに言うというのであれば」


 言ってリステアは、腰の聖剣を引き抜いた。

 真っ赤な炎を纏う聖剣に、僕とルイセイネはたじろぐ。


「さあ、決断するがいい」


 リステアの言葉に、僕とルイセイネは顔を見合わせた。

 ルイセイネは真剣な表情だった。


「ルイセイネ、僕は」

「エルネア君、わたくしは巫女として見過ごすわけにはいきません」


 僕の言葉を遮り、ルイセイネは力強く言った。


 そうか、ルイセイネも決意したんだね。もしも本当にリステアが悪事をしているのなら、何に変えても対抗すると。

 親友よりも幼馴染よりも、自分の巫女としての職務を全うする覚悟があるんだね。


「うん、僕もこれは見過ごせないよ」


 僕は頷き、右腰にさしていた霊樹の木刀を左手で抜き放つ。


「なんだ、勇者の俺とことを構えるつもりか。たいした度胸だ」


 リステアは余裕たっぷりに僕たちを見据える。


「どのような理由があろうとも、悪事を働く人を放って置くわけにはいきません」


 ルイセイネは薙刀を構える。


 戦うしかないのかな。対話で解決できないのかな。未だにそう思ってしまう僕に、リステアは残忍な笑みを浮かべる。


「良いぜ。やろうじゃないか。俺がお前ら二人に遅れをとると思うのかっ!」


 言ってリステアは、問答無用で炎撃を放ってきた。

 慌てて回避する僕とルイセイネ。


 駄目だ、リステアが話をしようとしてくれない。

 思えば、彼はここで僕たちと深い会話をしようとしてこなかった。

 最初から対話なんてする気が無かったのかな。


 リステアが戦う気なら、僕も戦うしかない。ルイセイネは元よりやる気だ。

 僕はやっと決断する。


「リステア、君がその気なら僕だって!」


 言って僕は、右手に溜めた竜気を槍の形として現す。


 一瞬身構えるリステア。


 僕は大きく振りかぶって。


 洞穴の中に竜気の槍を投げ込んだ!


 リステアと戦うなら、洞穴の中にいる仲間は要注意だ。だから先制して潰す。

 僕は昨夜と同じ竜気の塊を、今度は槍の形で投げた。

 これで衰弱して動けなくなってくれれば、外は僕とルイセイネ対リステアになって数が有利になる。

 ミストラルたちは未だに岩陰から出てこない。きっと僕たちが危険になったら助けてくれるかもしれないけど、今は僕たちだけにやらせて欲しかった。

 親友の不始末は、自分たちでつけるよ。


 僕の思いがけない一撃に驚き、足を止めたリステアの足もとに影が広がる。

 円形の影が表れ、端だけが三日月のように光っていた。

 リステアは影の部分に捕らわれる。


 巫女の呪縛法術「三日月の陣」だ!


 三日月の影の部分に捕まった人は、身動きが取れなくな。

 王都で魔物が出た時に巫女様がこれを使って呪縛しているところを、何度か見たことがあるよ。


 影に入れば僕も呪縛されるから、近付かずに竜気を練る。

 身動きを封じられたリステアに、光の矢が数本飛来する。


 今度は攻撃法術「月光矢」だ。


 巫女の使う一般的な攻撃法術。


 ルイセイネの連続攻撃だ。

 さすがは戦巫女。戦いとなったら動きが速い。


 しかし、リステアは不敵な笑みを浮かべ、三日月の影を打ち砕く。

 陶器が割れるような乾いた音ともに、リステアの足もとの影が割れて消えた。

 そして、聖剣で月光矢をことごとく叩き落とす。


「そんなっ!?」


 驚愕するルイセイネに、リステアが一瞬で迫る。


 速い。


 瞬間移動並みの速さでルイセイネの懐に飛び込んだリステアは、聖剣で突く。


 しかし間一髪。ルイセイネは体を捻り、回避した。

 ルイセイネは体術も凄いということを目の当たりにして、僕は驚く。

 だけど、驚いている場合じゃないよ。僕は練り上げた竜気を霊樹の木刀に流し込む。


 リステアは炎の聖剣だからね。木刀は燃えるかもしれない。だから竜気での強化が必要だ。


 竜気を流し込むと、木刀からは力強い反応が返ってきた。


 そして僕は、リステアの死角へと空間跳躍する。


 ルイセイネを突き刺そうとして間のびしたリステアの背後に跳んだ僕は、躊躇わずに木刀を振った。

 しかしリステアは素早く反応して振り返り、僕の一撃を聖剣で受ける。


「ぐっ」


 なぜか、顔を一瞬引き攣らせるリステア。


 僕は続けざま三度、回転しながら攻撃を繰り出す。だけど、ことごとく受けられてしまう。


 今の僕では、まだまだリステアには剣術で勝てないことはわかっている。

 だからこそ、防御には回れない。防御体制になってしまっては、すぐにこちらの動きを崩されて負けてしまう。

 攻撃あるのみ!

 技量不足は手数で補う。そして何よりも、手数の多さこそが僕の今の武器だ。


 更に連撃へと持ち込もうとする僕を嫌って、リステアは間合いを取る。

 そこへ、ルイセイネが迫った。

 薙刀の強烈な突きを、背後に大きく跳躍して回避するリステア。そこへと放たれる月光矢。

 リステアは空中で器用に聖剣を振り回し、月光矢を落とす。

 しかし、着地までは完璧にはいかない。体勢を崩したところへ、僕が切り込んだ。


 胴を狙った横薙ぎ。

 受けられるけど、それは織り込み済み。

 そのまま体を流して回転を加え、さらにもう一撃を上段斜め上から振り下ろす。

 回転の威力と合わさった重い一撃を、リステアはなんとか聖剣で受け止める。


 動きが止まったところへ、ルイセイネが脚を狙って薙刀を振った。


「このっ! きさまらっ!!」


 リステアは見たことない鬼の形相で僕を弾き飛ばし、ルイセイネの振った薙刀の柄の部分を掴み取る。

 そしてそのまま、ルイセイネを薙刀ごと投げ飛ばした。


「そんなっ」


 リステアの並外れた動きに、僕は驚愕する。


 一瞬のうちに今の動きができるなんて、人の領域を超えちゃってるよ。


 でも、驚いている場合じゃない。

 飛ばされて転がったルイセイネに迫ろうとするリステアに、僕は追いすがる。

 背後から迫る僕を、足を止め振り返り、迎え撃つリステア。


 聖剣に炎が纏わりつく。

 そしてリステアは聖剣を振り下ろす。

 僕は勢いを止めることなく突っ込み。

 聖剣の間合いに入った瞬間に、リステアの背後へと空間跳躍で飛んだ。


 がら空きになったリステアの背中。

 無防備な背中に、僕は木刀を振り下ろした。


 しかし、ここでもありえないほどの反応を見せるリステア。

 リステアは一瞬で振り返ると、僕の一撃を受けることなく後方に飛んで回避した。


 今のは必殺の一撃だと確信していた僕は、空振って体勢を崩す。

 そしてそこへ、再度迫ったリステアが炎を纏った聖剣を振り下ろした。


 僕は再び空間跳躍をしようとして、竜力の減退にふらついてしまう。


 しまった。衰弱術と空間跳躍二回で、僕の竜力は限界に近いんだ。

 もう一度跳べるだけの竜気は残っていない。


 迫る聖剣が、とてもゆっくりに見えた。


 斬られる。


 そう思った瞬間、リステアに光の矢が命中した。


「ぐがあああっ」


 吹き飛び苦悶するリステア。


 間一髪。ルイセイネの援護の法術で助かった僕は、慌ててリステアと間合いを取った。


「ありがとう、ルイセイネ」


 僕はお礼を言いつつ、竜気を練る。

 呪術士とは違う、僕の利点はここにある。

 呪術士は、自身に内包する呪力が枯渇すればそこで終わり。回復するまでには長い時間がかかる。

 でも僕は、竜力が枯渇して衰弱する前に竜脈からまた汲み取れば、補充ができた。


 僕は息を整えながら集中し、竜脈を新たに汲み取る。

 その間、ルイセイネがリステアと対峙した。


 ルイセイネは無理に距離を詰めようとはせずに、なるべく薙刀の長い間合いで戦おうとする。

 リステアは自分の間合いに持ち込もうと迫るけど、そうするとルイセイネは空中を滑るように移動し、一気に間合いを広げた。


 あれも法術のひとつなのかな。

 ルイセイネが跳ねたと思った瞬間、地面と水平方向に高速移動するんだ。


 ルイセイネは間合いが広がると法術で攻撃する。

 リステアはそれを打ち砕き、ルイセイネにまた迫る。


 予想以上にルイセイネは強かった。あのリステアにさほど遅れを取っていない。

 でもさすがに、時間が経つにつれて劣勢になっていく。


 そして僕は、竜気の補充が終わり、再度参戦した。


 今度こそ、手数で勝負だ。

 僕は竜気を霊樹の木刀へと流し込み、リステアに迫る。

 僕の動きを見て、ルイセイネは間合いを取る。

 事前に打ち合わせをしていたわけではなかったけど、僕とルイセイネの連携は思いのほか上手くいく。


 激しく振り下ろされた僕の一撃を、聖剣で受け止めるリステア。

 僕はそのまま動きを止めることなく、連撃に移る。


 威力が回復した僕の攻撃に、驚きの表情を見せるリステア。


 驚いている暇なんてないんよ!


 僕は強い意志を乗せて、木刀を振り続けた。


 勇者であっても。親友であっても。竜人族を悪用する人を見過ごすわけにはいかない。

 どんなことがあっても今ここで、リステアを止めるんだ。

 止めるのは僕たちだ!


 未だに姿を現さないミストラルたちが何を考えているのかはわからない。でも、僕たちに任せてくれていることに感謝した。

 彼女は僕を信頼して、見守ってくれているに違いない。

 だから、ミストラルたちの期待を裏切るわけにはいかない。


 僕は竜剣舞を舞った。


 流れる動きでリステアの攻撃を受け流し、滑らかな動きで反撃する。

 もちろん受け止められるけど、今度はそこを起点に身体を回し、更に追い討ちをかける。


 最初は何度も弾かれて竜剣舞が途切れていたけど、徐々にリステアの受けが弱くなってくる。そして、次第に僕の攻勢一編になっていった。


 それもそのはず。

 僕は、木刀に衰弱術を纏わせて戦っていたんだ。一合剣を合わせる度に、リステアは衰弱術を受けていたことになる。

 いくら呪力が絶大な勇者で衰弱に耐性があったとしても、こう何度も竜気の強制充てんとそれに続く強制的な力の放出を繰り返されては堪らないはず。


 僕は最初からこれを狙っていたんだ。

 リステアとまともに戦っていても勝ち目なんてない。だから竜剣舞の手数を使って、術中にはめて弱らせた。


 竜剣舞は、元々流れるような舞いの動きで絶え間なく攻撃し続け、手数で圧倒する技なんだ。

 だから手数には自信があった。


 僕は、顔を苦渋に歪ませるリステアに、さらに容赦なく攻撃を加えていく。

 十合、二十合と打ち合ううちに、遂にリステアの膝が崩折れた。


 そして遂に、リステアはルイセイネが展開した呪縛法術に捕らわれた。

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