お使い二日目
「そんなの、嘘だよっ」
つい、僕は叫んでしまっていた。
プリシアちゃんが僕の胸元で驚いて見上げていた。
絶対に嘘だよ。だって、リステアが悪事を働きかけるようなことなんてするわけがない。
何かの間違いだよ。
「ふふん、確かに嘘だろうな。そういうわけで、まずは小指をいただこう」
言ってルドリアードさんは、短剣を振り上げた。
「ま、待て。本当だ!」
焦る男を睨み据えるルドリアードさん。
「俺たちは元々、南東の渓谷近くに根城をはった盗賊だ」
頼んでもいないのに、男は身の上話を始めた。
「根城っつっても、大きめの洞穴を見つけて、そこに
渓谷はあと半日ほど東に行った後に、街道から別れた枝道を南下した先、この辺りの水源である河川沿いにあるらしい。
偽竜人族の人たちは、その周辺で最初は盗賊として悪さをしていたとのこと。
これは、巡回兵であるルドリアードさんも把握していた。最近、渓谷沿いに賊が出るということで警戒していたんだって。
そうしたら数日前。盗賊が根城にしていた洞穴に、勇者のリステアが現れたという。
リステアは有名人だ。美少年然とした顔立ちと佇まい。何よりも腰に帯びた聖剣は誰もが知るところだ。
盗賊たちも、すぐに相手が勇者だと気付いて応戦したらしい。
でも、さすがは勇者様。
あっさりと制圧されてしまい、終いには連れていた女性や子供を人質に取られて脅迫されたんだとか。
盗賊の人たちに、自分たちは竜人族だと
盗賊といえども人の子。
女性や子供を人質に取られ、盗賊の人たちはリステアの命令に従って暴れるしかなかったらしい。
そして、その先鋒が昼間の赤銅色の肌の男二人組で、盗賊の頭と若頭だったのだと話す男。
男は必死に自分たちの事情を説明して、ルドリアードさんはそれを黙って聞いていた。
そして僕は、怒りに震えていた。
「んんっと。お兄ちゃんは怒っているの?」
プリシアちゃんが不安そうに僕に抱きつく。
「ううん、そんなことはないよ」
僕は微笑んで誤魔化そうとしたけど、上手くできたのかな。
プリシアちゃんは小首を傾げて、僕を見上げていた。
嘘だ。あの男の人が言っていることは嘘に違いない。リステアが女性や子供を人質にとって悪事を強要するなんてありえない。
ルイセイネも同じ考えなのか、僕と視線が合うと不安そうに首を横に振った。
「嘘を言ってるようには見えないわ」
しかし、ミストラルは断言する。
相変わらず周りを見渡しながらだったけど、きちんと聞いていたんだね。
「ううーむ、これは困ったね。俺もこいつが嘘を言っているようには聞こえなかった。言葉に
「で、でも……。リステアがそんな事をするわけないですよ」
「君は勇者の知り合いか何かかな。まぁ、俺も勇者がそんなことをするとは思えんが、この世の中に絶対はないんだよ」
如何にも大人が達観している風な仕草に、僕は苛々していまう。
そんな僕の頭に手を当てて撫でてくれたのは、ミストラルだった。
「人を信じるということは決して悪いことではないわ。そして今の話が信じられなかったと言うのなら、真実を貴方が証明してみせればいい」
「真実を……?」
優しく撫でてくれるミストラルを、僕は見上げた。
男の人はひとつの話をした。
ミストラルとルドリアードさんはその話に嘘はないと言う。
だけど、僕もルイセイネもリステアをよく知っていて、到底信じられない話なんだ。
それじゃあ、今の話が嘘なのだという確定的な証拠を見つけ出せばいい。
盗賊の根城に現れた人は、女性や子供を人質に取っているという。
それなら、今もそこに居るんだよね。その人は。
「ルイセイネ」
僕がルイセイネを呼ぶと、彼女は力強く頷いてくれた。
「お使いの途中ではありますが、黙って見過ごすわけにはいけませんものね」
「ありがとう」
寄り道になっちゃうけど、僕たちは行かなきゃいけない。
盗賊が根城にしているという洞穴へと。
「おいおい、これは俺たち巡回兵の仕事だぞ」
僕たちのやりとりを見ていたルドリアードさんが苦笑しながら突っ込む。
「ううん、ルドリアードさんは最初に言ったよね。これは僕の問題だって。僕の問題なら、僕が解決したい」
「いやいや、世の中には法律だとか決まりごとがあってだな」
頭を掻いて、困った様子を見せるルドリアードさん。
「こうすればいいわ。わたしたちは貴方の要請を受けて盗賊の根城を調査しに行く、それで良いでしょう?」
妙案だね。さすがミストラル。
ミストラルは軽く言ったけど、有無を言わさぬ恐ろしい笑顔と気配を出していた。
逆らったら怖いことになりますよ、ルドリアードさん。
「ははは、本当におっかない娘さんだ」
ルドリアードさんは苦笑してお手上げをした。
ミストラルも、この事件には強い関心があって、成り行きを見届けたいに違いない。
何せ、この盗賊たちは竜人族と名乗って悪さをしようとしていたんだ。
本物の竜人族であるミストラルが黙っているわけがないよね。
「隊長っ」
そこへようやく、巡回兵の人たちが駆けつけてきた。
遅すぎますよ、皆さん。
「ああ、お前ら。その辺に倒れている奴らを全員捕まえろ」
「な、何があったんですか」
屈強な男たちが二十人近く倒れている風景に、巡回兵の人たちは驚いていた。
「なに、大したことじゃないさ。取り敢えずこいつらを連行しろ。俺は……」
ルドリアードさんは僕たちを見て。
「今日は帰って酒でも飲むかな」
「は?」
あはははと笑うルドリアードさんに、みんなで冷たい視線を飛ばした。
「今日はもう夜だ。動くなら明日からにしよう」
「わたしたちも、今夜は一旦帰りましょうか」
僕としては今すぐにでも向かいたい気持ちがあったけど、ここは我慢の時なのかもね。
冷静に物事を判断できるミストラルと、どうやら同行を認めてくれた様子のルドリアードさんに従うことにした。
ルイセイネも納得しのか、頷いている。
「んんっと。プリシアはお腹空いたよ」
「にぁあ」
ぐうう、とお腹を鳴らすプリシアちゃん。
そういえば夕食がまだだったね。
「どうやら納得してくれたようで。んじゃまあ、君たちの宿屋を教えておいてもらおうか。明日の朝に迎えに行く」
「はい」
僕が宿屋の名前を教えると、ルドリアードさんは巡回兵の人たちを手伝うことなく去っていった。
やれやれ。あの人は本当にやる気がないね。
僕たちは顔を見合わせて苦笑しあう。
そして僕たちも巡回兵の人たちに後を任せて、街道の方へと戻る。
引き止められたりするのかな、と心配したけど、何事もなく立ち去ることができた。
ちらちらと僕たちの方を見る視線は感じたけどね。
僕たちは街道に戻り、適当な食堂で夕食を食べて、宿屋へ戻る。
女の人との初めての相部屋だったけど、わくわくする気持ちは全く起きず、むしろリステアのことを考えて
女性陣も会話を弾ませることもなく、この日は早めの就寝になった。
プリシアちゃんとニーミアは日中の疲れからか、ご飯を食べてすぐに寝ちゃっていたよ。
でも僕はうまく寝付くことができず、寝不足のまま翌朝を迎えた。
翌朝。
僕たちは約束通り迎えに来たルドリアードさんと早めに支度を済ませ、宿屋を引き払う。
プリシアちゃんはまだ眠いのか、ミストラルに抱っこされてうとうとしていた。
本当は、プリシアちゃんは安全なところに居てほしいんだけど、
ミストラルは僕が心配だと言ってお留守番を拒絶するし、ルイセイネもここまで来てのけものは嫌だと駄々をこねる。
やれやれ、女性の扱いはとても難しいよ。
仕方なく、プリシアちゃんも連れて行くことになった。
もちろんニーミアもね。
でも正直、ミストラルのそばに置いておくのが一番安心なんだよね。
迎えに来たルドリアードさんは子供の同行に困惑していたけど、ミストラルが責任を持つと言うと渋々納得していた。
そして、僕たちを迎えに来たのは、ルドリアードさんひとりだった。
「少数精鋭でいいだろ」
なんて言っていたけど、僕たちの力をどのように評価しているんだろうか。
それと、そう言って自分の部下を連れてこなかったら、巡回兵の皆さんがいかにも力不足みたいな感じになっていますよ。
ルドリアードさんは相変わらず適当な人だった。
昨夜は立派な鎧を着ていたけど、今日は鎧さえも着ていなくて、見るからに普段着。
腰の呪力剣以外は手ぶらだよ。
この人、水筒さえ持ってないよね。
それに引きかえ、僕たちは大荷物だ。
というか原因は僕だよね。
僕が無駄な荷物をいっぱい持って来てしまったので、みんなが分担して持ってくれているんだ。
本当に申し訳ないよ。
そして昨夜はまともに自己紹介をしていなかったので、まずはお互いに名乗り合い、出発した。
どうやら昨夜のうちに根城を聞き出したみたいで、ルドリアードさんが地図を片手に進むのを、僕たちが追う。
地図は持っていたんだね。
とりとめのない会話をしつつ街道を進み、昼前に脇道に入った。
そして南へ歩いて程なく行くと、河川が現れる。
「ふうーむ、こっちかな」
地図と睨めっこをしつつ進むルドリアードさんに
遠く南側には、竜の森が見えていた。
当たり前だけど、ずっと東に進んでも南を見れば竜の森が延々と続いているんだよね。
話に聞いただけでなく実際に目の当たりにして、改めて竜の森の広大さに僕は驚く。
お昼になり休憩を取り、また進む。
ルドリアードさん、お昼ご飯はやっぱり持ってきていなかったね。
みんなで僕が持ってきた非常食を口にしたよ。
少しだけ役に立ってよかった。
そうしてお昼過ぎにとうとう、僕たちは目的の場所へとたどり着いた。
僕たちは岩陰に隠れ、前方の様子を伺う。
僕たちの視線の先には、段差のある崖に大きく口を開けた洞穴があった。
洞穴の前には、人の生活が伺えるような薪の跡や石で組まれた釜がある。
間違いない、ここが盗賊の言っていた根城だね。
様子を見ながら、今後のことを確認しようとしたその時。
洞穴からひとりの青年が現れた。
「あっ」
僕は息を呑む。
現れたのは、まさにリステア本人だった。
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