麦畑で捕まえて

「それでは、お手並み拝見」


 ルドリアードさんは本当にやる気がないのか、自分は後方に下がって呑気に観戦を決め込んだようだ。

 おかげで今まで握られていた右手は解放されたんだけど、なんだかなぁ、と僕は思う。


 一応は巡回兵の小隊長なら、目の前に問題事があるときは治安維持として出張るくらいはしてほしいよね。


 でもまあ、やる気のない人をあてになんて出来ないからね。

 それに僕は、この件を自力で解決してみせるんだ。

 幸い、対峙した偽竜人族の人たちは、見た目は厳ついけど、大した実力はなさそうに見える。

 いつもミストラルと手合わせしているからね。

 目の前の無頼漢二十人余の偽竜人族よりも、ミストラルひとりの方が僕には脅威に思えた。


 僕のやる気に、偽竜人族の人たちはにやにやと笑みを浮かべている。

 完全に僕を見下しているね。

 でも仕方がない。

 自分たちは手に手に武器を構えた屈強な男たち。相手は変な木刀を右腰にさした少年だ。

 だけど、その油断が仇となることを教えてあげよう。


 僕は左手で霊樹の木刀を抜き、右手は頭上に掲げた。

 そして集中し、竜気を練る。


 竜脈から汲み上げられた力は僕の体内で瞬く間に錬成されると竜気へと変化し、掲げた右掌に収束される。

 竜気なんて感じ取れない偽竜人族は、余裕綽々よゆうしゃくしゃくに僕の動きを見ていた。


 本物の竜人族なら、ここで人族である僕の練り上げた竜気に驚くはずなんだけどね。

 反応がないのが、まさに偽物だという明らかな証拠だよ。


 僕は収束された竜気を、気合いとともに眼前に解き放った。


「……」

「……」

「……」


 そして僕の足もとには、一羽のにわとりが現れたのだった。


 濃い緑色のかすみでできた鶏。


 そう、これこそが僕の対人必殺技!


 とはいってもやっぱり見た目は鶏で、偽竜人族だけでなくルドリアードさんまで目を点にしていた。


 僕の竜気によって顕現した鶏は、正に本物の鶏のような動きを見せながら、偽竜人族の集団に向かって、てとてとと歩いて行く。


「……」


 未だに目の前の意味不明な状況を飲み込めていない偽竜人族の人たちは、呆然とそれを見るだけだった。


 鶏はそんな偽竜人族なんて御構い無しで集団の中へと入っていき、そして中程で霧散してしまった。


偽竜人族の人たちの間に、緑色の霞が広がっていく。


「は?」

「……お前は何がしたかったんだ」


 僕を馬鹿にしきった瞳で見つめてくる偽竜人族の人たち。


「ちっ、馬鹿には付き合って……。っ!?」


 呆れ果て、終いには苛ついた表情を見せた偽竜人族のひとりが動こうとして、急に卒倒した。


「なっ!?」

「ぐがっ!」


 そして次々に、苦悶の表情を浮かべて偽竜人族の人たちが倒れていく。


 僕は、術が成功したことを確認した。


「な、なんだ……」


 しかし数人が耐えられたようで、ふらつきながらではあるけど武器を構え直そうとする。


 むむむ。呪力持ちが居たか。


 そう思った瞬間、僕は既に、倒れなかった偽竜人族の背後にんでいた。


 左手に持った霊樹の木刀で、ひとりを殴り倒す。

 そしてすぐに跳躍し、もうひとりに回し蹴りを入れて倒した。


 残りは、少し離れたところに二人。

 突然の僕の動きに動揺しつつも、ふらつく身体で武器を構えた。


 でもその瞬間、僕はまた二人の背後に移動していた。


 僕を見失ったひとりに木刀を叩きつけて倒し、最後のひとりは振り返った瞬間に鳩尾みぞおちに一発入れて倒した。


 僕は瞬く間に、二十人余の偽竜人族の集団を制圧していた。


 だけど呆気なく、というわけではなくて。僕はくらくらと眩暈めまいを覚えてその場に座り込んでしまう。


 戦闘が終わったことを確認して、少し離れた所から拍手をしながら近づいてくるルドリアードさん。


「いやあ、面白いものを見せてもらった。まさか、君がここまでの達人だったとは。俺の目にも君の移動は捉えられなかったよ」


 にこやかな笑みで僕のところに来て、辺りに倒れ伏した偽竜人族の人たちを見回す。


「どんな技を使ったのか、気になるな。ぜひ教えてほしいものだ」


 ルドリアードさんは興味津々に聞いてきたけど、それは無理。

 僕の使った技を教えるわけにはいかないよ。何せ、竜気を使った技だからね。


 僕は魔剣使いが遺跡に現れた時の体験と、ミストラルやスレイグスタ老の助言をもとに、ひとつの技を開発していた。


 僕はあの時、竜力が殆ど無いにも関わらず、竜脈を手当たり次第に汲み取って、湯水のように使ったんだ。

 だけど、それが竜力の枯渇と回復を繰り返す結果になり、その後に衰弱状態に陥って寝込んでしまったんだよね。


 それじゃあ、それを敵対者に強制的に起こさせたらどうなるのか。

 それは、ご覧の通り。僕とルドリアードさんの周りで昏倒している偽竜人族の人たちが証明してくれていた。


 僕は練りに練った竜気を凝縮して、鶏の形に精製したんだ。

 なんで鶏かというと、相手を油断させるため。

 矢や槍の形でも良いんだけど、如何にもな形にすると、手練てだれの相手には回避されてしまう可能性があるからね。

 この技は、効果範囲が少し狭い。僕の力量不足だから仕方ないんだけど。

 それでも、偽竜人族の人たちを僕はどうしても範囲外に漏らすのは避けたかった。

 だから、わざと意味不明な鶏として顕現させて、油断を誘ったんだ。


 そして鶏が集団の中に入った時に、霧散させた。


 霧散した鶏はもとの竜気に変わり、辺り一帯に広がった。

 広がった竜気は強制的に周りの偽竜人族へと補填される。だけど、竜人族でもない人が竜力なんて持っているはずはないから、強制的に補填された竜気は自動的に解放される。

 この部分の開発に四苦八苦しくはっくしたんだけど、どうやら上手くいったね。


 僕の竜気で強制的に補充と枯渇の状態を作らされた偽竜人族は、衰弱して倒れてしまったわけだ。


 ただし、呪力持ちの人は衰弱に抵抗があったりするから、倒れない人もいた。


 でもそれは織り込み済み。


 僕は倒れなかった人の死角へと、空間跳躍で跳んだんだ。

 ルドリアードさんが動きを見逃したのは仕方がないよ。何せ、瞬間移動したんだからね。


 空間跳躍。


 はて、なんで耳長族でもない僕に使えるんだろうか。それは僕にもわからない。


 興味本位で何度かプリシアちゃんに空間跳躍で一緒に跳んでもらって遊んでいたんだ。

 最初はものすごい眩暈と吐き気で苦労したけど、慣れてくると感じなくなった。

 そしてある時、なぜか僕も使えるようになっていたんだよね。


 跳べる、と思った瞬間、僕は空間跳躍をしていた。


 これはにスレイグスタ老もミストラルも驚いていたよ。そして、なんで僕に使えたのかは不明だった。


 空間跳躍を覚えたことで、僕は逃げ足にも自信がついた。

 巡回兵に囲まれた時も、これがあったから逃げ切る自信があったんだよね。


 でも、良い事ばかりではない。


 一撃必殺、対人強制衰弱術は竜気を大量に使うんだ。なにせ、相手を一気に衰弱させて卒倒まで持って行くくらいの威力が必要だからね。

 そしてなぜか、空間跳躍でも竜気を大量に消費する。

 プリシアちゃんたち耳長族が精霊力を利用して跳ぶのに対して、僕は竜気なんだ。なんでだろう。


 なにはともあれ、このふたつを多用することは、今の僕にはできない。

 まだまだ竜力が小さくて、今以上に使おうとすると、僕まで衰弱してしまう。


 今の戦闘は、余裕そうに見えて結構限界すれすれだったんだよね。


 というわけで、僕は技の詳細をルドリアードさんに教えることはできなかった。

 もし教えられるような内容でも、多分教えていなかっただろうけどね。

 必殺技は秘密だから強いんだよ。


 はにかんではぐらかす僕に、ルドリアードさんは無理に追求してくることはなかった。


「さて、とにかく君が無事でよかった」

「いやいや、全く手を出す気がなかった人にそれは言われたくないなぁ」

「ははは、君が危ないようだったら、もちろん俺が助けに入っていたさ」

「本当かな」

「本当だとも。何せそうしないと、恐ろしい女に背中から鈍器で殴られそうだったんでね」


 言ってルドリアードさんは、元いた麦畑の小道の方を振り返った。


「あっ」


 ルドリアードさんがいた場所のさらに少し奥に、漆黒の片手棍を手にしたミストラルが居た。

 ミストラルだけではなく、薙刀を持ったルイセイネと、プリシアちゃんまで。


「あれれ、いつからそこに居たの?」


 全く気づかなかったよ。


 僕の笑顔に、ミストラルは複雑な表情を見せた。そしてルイセイネは、驚いた表情。プリシアちゃん、君は何でそんなに目を輝かせて僕を見ているのかな。


「まったく、あまり心配をかけさせないで」


 ミストラルが片手棍を戻しながらやって来る。


「お、驚きました。エルネア君はやっぱり凄い子だったのですね」


 ルイセイネは空いた手でプリシアちゃんと手を繋いでやって来る。


「あはは、もしかして見られていたのかな」

「はい、一部始終見させていただきました」

「その薄情な男がエルネアを見捨てるところもしっかりと」


 ミストラルがルドリアードさんを睨む。


「やれやれ。恐ろしい娘さんだ」


 ルドリアードさんはミストラルの睨みに臆した様子も見せず、肩をすぼませて見せた。


「さて、保護者も現れたことだし、俺も仕事をしますかね」

「ええっ! 保護者じゃないですよ」


 もしかして、僕って幼く見られていたのかな。ま、まさかイネアじゃあるまいし……


「はは、冗談だよ、冗談」


 ぐうう、からかわれたのか。

 僕が顔をしかめていると、ミストラルが側まで来て僕の頭を撫でてくれた。


「やっぱり、あの鶏はどうかと思うわ。もっと迫力のあるものに変えたら?」

「ううん、今回はあれでよかったんだよ。油断を誘うことができたからね。ミストラルみたいに高威力で速射できて、範囲も桁違いならいいんだけど」

「修行あるのみね」

「んんっと。お兄ちゃん凄い」

「おやおやまあまあ」


 僕に飛びついてくるプリシアちゃんと、それをなごやかに見つめるルイセイネ。

 そしてルドリアードさんは、近場に倒れている偽竜人族のひとりを蹴って強制的に起こしていた。


 手荒だなぁ。


 うう、と唸りながら意識を取り戻した男の胸ぐらを掴むと、ルドリアードさんは馬乗りになって質問する。


「さて、お前らの目的を聞こうか」


 今までの適当な雰囲気は何処へやら。急に鋭い気配を見せながら白状を迫るルドリアードさん。


 この人、やっぱり本当は凄い人なんだろうな。今考えてみると、偽物だったけど竜人族と名乗った無頼漢が二十人以上現れた時も動揺を見せなかったし、僕の戦いぶりを見ても気にした様子がなかった。

 これって、僕も偽竜人族の人たちもルドリアードさんの許容範囲内だったってことじゃないのかな。


 ミストラルも、何処となくルドリアードさんを警戒している感じがする。


「な、何のことだ」


 まだ目の焦点が合っていない男は、それでも惚けて見せる。


「いや、まぁ。良いんだけどね。しらを切り続けるなら拷問かねぇ」


 言ってルドリアードさんは懐から短剣を引き抜き、男の掌の上に立てる。


「次惚けたら刺してみよう。もう一度知らないふりをしたらそこからひねるかな。嘘を言ってるようだったら、その都度指を一本ずつ」


 さすがにここで拷問は、と思った。

 ルイセイネも巫女らしく拷問という言葉にはいち早く反応したけど、ルドリアードさんのひと睨みで尻込みしてしまう。

 それほどルドリアードさんの気配は鬼気迫るものだった。


「ま、待てっ」


 巫女のルイセイネの動きとルドリアードさんの気配に、この人は本気でやる気だと感じたのかな。

 男は態度を豹変させて、慌てて手を引っ込めようとした。

 だけど、ルドリアードさんがいつの間にか男の腕を固定していて、動かすことができない。


「ふむ、素直に言う気になったか。では、お前らは何者で、何を企んでいた」


 ルドリアードさんは笑顔を作るけど、目は笑っていなかった。はい、ものすごく怖いです。


 ちらり、とミストラルとルイセイネを見たら、対照的な反応だった。

 ミストラルは興味なさそうに辺りに倒れた偽竜人族を眺め、ルイセイネは固唾を飲んでルドリアードさんと男のやり取りを見ていた。


 ミストラルは気にしてなさそうなふりをして、耳はルドリアードさんの方に集中しているね。たぶん、倒れた人たちが起き上がってこないか警戒してくれているんじゃないのかな。


 ルイセイネは、きっとルドリアードさんが本当に拷問をしそうになったら止めに入る気でいるんだろうね。

 そしてプリシアちゃんは、僕に抱きついたままニーミアとじゃれ合っていた。


 そういえば、ニーミアのことをすっかり忘れていたよ。この子、ずっと僕の肩で大人しくしていたんだよね。僕の激しい動きに振り落とされることなく。

 さすがは竜族なのかな。


「お、俺たちは雇われたんだ。竜人族と名乗って暴れまわってこいと」

「へええ、誰にさ」


 ルドリアードさんにぐっと顔を近づけられて、引きつった笑みを浮かべる男。


「へ、へへへ。あんたら、俺たちの依頼者を聞いて生きていられるかな」

「いいからさっさと言え」


 全く気にしていない風のルドリアードさんの言葉に男は一瞬の溜めを見せ、そして言った。


「へっ。俺たちの依頼者は勇者のリステア様だ!!」

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