竜人族と魔族

 竜峰は、アームアード王国と魔族の支配する国々との間を東西に分断するようにあるとても深い山岳地帯のこと。

 雲よりも高い山々があったりと総じて険しい場所に、竜人族は部族ごとに分かれて村をいくつも作り生活している。


 魔族と竜人族の間では、約五百年ほど前までは頻繁に争いがあった。

 その後、竜峰に隣接する地域を治める一部の魔王が代わり、その魔王が他の魔王を抑え、最近では少しずつ争いも少なくなってきていた。

 しかしそれでも、過激な魔族は竜峰へと侵入し、竜人族と竜族と争っているのが現状。


 ミストラルは僕たちが囲む机に、目印になるような小物を置きながら簡易的な地図を作り、説明してくれた。


「竜峰の西側に接する魔族の国のなかでも、真ん中あたりの魔王が代わったんだね」

「そうね。巨人の魔王と呼ばれる魔王よ。周辺の魔王の中でも桁違いに強いわ」

「ふうん。それで過激な魔王が北部に居て、それが未だに暴れているのか」

「あらあらまあまあ。魔王にも色々な方がいらっしゃるのですね」

「今日の魔族が言っていたでしょう。人族の中にも、善い人もいれば悪い人がいるように、魔族も邪悪一辺倒ではないのよ」

「その口ぶりだと、ミストラルは善い魔族の人を知っていたりするのかな」

「少しね」


 複雑な表情を見せるミストラル。


「巨人の魔王が支配する地域とは関係が改善されつつあるの。だから少しだけ交流があったりするのよ」

「へええ。なんか不思議だね」

「そうですね。魔族とは、話し合いもできないような極悪な種族だという先入観がありましたから」


 うんうんと頷き合う僕とルイセイネ。


「竜人族の古い人の中にも、そういう考えの人はいるから。仕方ないわ」


 ミストラルは苦笑した。


「それで、その竜人族の中に、魔族と内通している人たちがいるんだね」

「どうやら、そういうことみたいね。人族もしかり、魔族も然り、そして竜人族も然り。どの種族にも善い人がいれば悪い人がいるということね」

「一体どなたがそのようなな悪いことをしているのでしょうね」

「個人ではないわね。竜峰は複雑で険しいわ。それに幾つもの部族がいろんな場所に小さな村を作って生活をしているから、それに見つからずに、個人の力だけで密かに竜峰を越えさせることはできないわ」

「ということは、部族単位で悪いことをしているのかな」

「あなたたち人族に迷惑をかけてしまって申し訳ないわ」


 頭を下げるミストラルに、僕は手を差し伸べる。


「ミストラルが悪いわけじゃないよ。だから謝らないで」

「そうですね。ミストさんは何も悪くないです」

「ふふ、そう言ってくれると助かるわ。でもこれは竜人族の問題よ。竜姫としてきっちりと締めさせてもらうわ」

「お、穏便にお願いします」


 ミストラルを怒らせると怖いんですよ。わかっているんですか、竜人族の皆さん。


「問題が解決したら、わたくしは一度竜峰にも行ってみたいです」

「うわっ。ルイセイネは行動力があるな」

「エルネアは行ってみたいと思わないのかしら?」

「僕も、もちろん行ってみたいよ。ミストラルの住んでいる村に行ってみたいな」

「結婚するときには、わたしの両親と族長に挨拶しないといけないものね」

「ぐぬぬ。そ、そうだね」


 僕の顔が引きつる。


「おやおやまあまあ。エルネア君はわたくしの両親にもきちんと挨拶してくださいね」

「ぐはっ、そ、そうなるよね」


 僕は全身から嫌な汗を出す。


 ミストラルの両親はどんな人なんだろう。怖いのかな、優しいのかな。

 族長にも挨拶しないといけないのか。

 でも、それはそうだよね。なにせ竜人族が誇る竜姫をお嫁さんにするんだからね。

 そうすると、村の竜人族の人たちにも挨拶したほうがいいのかな。

 ミストラルは人気者で求婚者が殺到していたとスレイグスタ老が言っていたから、男の人たちが怖そうだ。


 ルイセイネの両親は絶対に厳しい人だね。

 ルイセイネの言動を見ていれば誰でもわかるよ。


 リステアのお嫁さん候補のキーリもルイセイネと同じ巫女なんだけど、他にお嫁さんがいると結婚をなかなか認めてくれないとリステアが言ってたね。

 きっと、ルイセイネも同じことになるんだろうな。

 僕はルイセイネの両親を説得することができるのだろうか。


 ミストラルとルイセイネとの甘い結婚生活の前に、僕には超難問が立ちはだかっていた。


「エルネア。両親への挨拶の前に、まずはわたしたちを惚れさせなきゃいけないのよ」

「そうだったぁぁっ!!」


 そうだよ、それこそが難題だよ。どうやったらミストラルとルイセイネは僕に惚れてくれるのさ。


「というか、ミストラルとルイセイネは今、僕のことは好きじゃないの?」

「それを聞くのは反則よ」

「頑張って、エルネア君」


 ミストラルとルイセイネは微笑んで、一緒に僕の頭を撫でてくれた。


 その後はまた取り留めのない話をして、お開きになった。


「おやすみなさい、エルネア君」

「うん、おやすみなさい」

「エルネア。プリシアに変なことをしてはいけませんよ。ニーミア。ちゃんと見張っていなさいね」

「にぁあ」

「えええっ、変なことなんてしないよっ」


 僕の慌てる様子に微笑みながら、ミストラルとルイセイネは自分の部屋へ戻っていく。


「ニーミアは起きていたんだね」

「にゃん」


 僕はてっきり、プリシアちゃんと一緒に寝てしまっていると思っていたよ。


 部屋から出て行く前に、ミストラルはプリシアちゃんをきちんと布団の中に入れてあげていた。

 しっかりと僕が寝られるだけの場所も開けてくれている。


 僕は部屋の光源だった照明器具の明かりを消して、布団の中にもぞもぞと入る。


 ニーミアは僕とプリシアちゃんの布団の上に移動して、そこで丸くなった。


「おやすみ」

「おやすみにゃん」


 そして僕は眠りについた。


 と思ったら、プリシアちゃんが僕に抱きついてきた。


「うふふっ。お兄ちゃんと一緒」

「うわっ、プリシアちゃんも起きていたのか!」


 もしかして、今まで狸寝入りをしていたのかな。


「んんっと、今起きた」

「あらま。僕が起こしちゃったのかな」


 プリシアちゃんは横になった僕の腕にしがみついてくすくすと笑う。


「プリシアちゃん、もう一度寝るんだ」

「んんっと、もう元気」

「いやいやいや。まだ夜だし、朝はずっと先だから寝なきゃいけないんだよ」

「いやいやん」

「そんなに可愛く言ってもだめだめ」

「むうう、お兄ちゃんのいじわる」

「あはは。ほら、本当に寝ないと、明日の朝が起きられなくなるよ」

「んんっと、眠くないからもう少しこのまま」

「しかたないなぁ」


 布団から抜け出すような気配はなかったので、僕はプリシアちゃんのわがままに付き合うことにした。


「何かお話しして」

「ええっ、お話って何を?」

「ミストはおとぎ話をしてくれるよ」

「むむむ。それは難しいな」


 ミストラルは子供のあやし方がうまいよ。

 僕はこういう時に小さい子供とどう接したら良いのかわからなくて焦る。


「お兄ちゃんのお話が聞きたい」


 密着してくるプリシアちゃんの体温は暖かかった。


「ううーん、そうだねぇ」


 僕は昔、母さんに聞かせてもらっていた人族の童話を思い出しながら話した。

 そしたらすぐにプリシアちゃんは規則正しい寝息をたて出しちゃった。


 ううう。面白くなかったのかな。

 すぐに寝付いてくれたと胸を撫で下ろせばいいのかな。複雑な思いのまま、僕も夢の中へと落ちた。







 翌朝。


 僕はミストラルに揺すられて起きた。


「あ、おはよう」

「おはよう」


 僕の寝起きを見て、ミストラルは苦笑していた。


「エルネア、部屋にはちゃんと鍵を掛けておきなさい。不用心よ」

「あ、しまった。失念していたよ」


 僕は、がばりと起きようとして、腕の重さで布団に引っ張り戻される。

 見ると未だにプリシアちゃんが僕の腕に抱きついて寝ていた。


 これって寝相が良いっていうのかな。


「愛されてるわね」


 しらぁっ、と僕を見つめるミストラル。


「ち、違うよ。誤解だよ」


 僕は慌てるけど、軽く受け流されてしまった。


「さあ、プリシアも起きなさい。起きないと朝ご飯なしよ」

「むうう、眠い」


 ご飯という単語に反応して、プリシアちゃんは目覚める。


「あらあらまあまあ。エルネア君もプリシアちゃんも、頭が爆発していますよ」

「うわあっ」


 寝癖頭を見られて、僕は赤面する。


「仕方ないわね。今日は特別にわたしが直してあげるわ」

「い、いいよ、自分でできるよ」


 という僕の悲鳴のようなお断りは無視されて、ミストラルは櫛を持ってくると僕の髪を解きだす。


「あ、美味しい役目を取られてしまいました。それでは、わたくしはプリシアちゃんの髪を解きましょうか」


 ルイセイネは僕の腕からプリシアちゃんを離すと、同じく髪に櫛を入れる。


 それにしても。

 僕はプリシアちゃんに抱きつかれたまま寝たからまともに寝返りをしていないはずだし、プリシアちゃんも抱きついたままで動いていないはずなんだけど、なんですごい寝癖になっちゃったんだろう。


「朝方にプリシアが起きて、また抱きついたのにゃん」


 ニーミアはいつの間にか起きていて、てとてとと僕の足もとに歩いてきて真相を教えてくれた。


 そうだったんだね。

 まぁ、それもそうか。一晩中抱きつかれたまま二人とも寝るなんて出来ないよね。


 それにしても、人に髪を触ってもらうのは気持ちがいいね。

 散髪の時に、ついうとうとしちゃったりするけど、僕は今、ミストラルに髪を触られてまた眠気が襲ってきていた。

 プリシアちゃんなんて寝てしまっているよ。


「あなたたちは、まったく」


 ミストラルが呆れたようにため息をつき、ルイセイネは微笑んでいた。


 それから程なくして支度が終わり、僕たちは宿を引き払う。

 宿屋の外に出ると、既に巡回兵の人が馬車を街道隅に止めて待機してくれていた。

 みんなで挨拶を交わし、巡回兵の人を誘って朝食を食べに行く。

 プリシアちゃんは朝から食欲旺盛で、巡回兵の人も驚いていたよ。

 そして満腹になった僕たちは、馬車に乗って残りの行程を進み始める。


 いやあ、それにしても馬車の旅は快適だね。

 幌の外に顔を出すと、景色が流れるように過ぎていく。

 プリシアちゃんも流れる景色が気に入ったのか、御者台で巡回兵の人の横に座って大人しく景色を眺めているよ。


 そして幌の中は、僕とミストラルとルイセイネになった。


「昨夜はちゃんと寝られたかしら?」

「プリシアちゃんに変なことはしませんでしたか」

「ううう。ちゃんと寝られたし、変なことはしてないよぅ」


 巫女様に疑われるなんて、僕はどれだけ信用がないんだ。

 落ち込む僕に、冗談ですよと言って笑うルイセイネ。


「あの娘は強いわね」


 同じように微笑んでいるミストラルに、僕は首を傾げる。


「自分の住んでいた村からずっと離れたところで、親しくなってそれほど経っていないわたしたちと一緒に旅をしているのに、ぐずりもしないのよ」

「そうか、そうだよね」

「あれくらいの子供であれば、本来はもっと手を焼きそうですよね」

「さすが耳長族、なのかな」

「種族的に、というよりもプリシアが凄いのかしら。旺盛な好奇心が後々問題を引き起こさなければ良いんだけど」

「プリシアちゃんには大精霊がついてるし、よっぽどの事じゃなければ安心だよ」

「それでも本人はまだ子供だということを忘れないで」

「プリシアちゃんは、精霊使いなのですね」

「そうなんだよ、ルイセイネ。凄いんだよ」


 僕はプリシアちゃんの精霊のことをルイセイネに話す。

 ルイセイネは僕なんかよりもずっと精霊のことや耳長族のことを知っていたけど、楽しそうに僕の話を聞いてくれた。


 ちなみに、戦巫女のルイセイネは神殿の学習で精霊やいろんな種族のこともたくさん勉強しているらしい。

 それなら、学校の座学は知っていることばかりで為にならなかったんじゃないかな。


 思って聞くと。


「学校は学校でいろいろと学べて楽しいんですよ」

「場所が変われば、同じ勉強内容でも新たな発見があったりするものよ」

「へええ、そうなのか」


 僕が深く頷いていると、ミストラルは話は変わるけど、と話題を変えてきた。


「帰り道は、竜の森を使います」

「突然どうしたの?」


 竜の森はまともな道なんてないよ。あっても獣道だし、街道の方が遥かに歩きやすくて進みやすい。


「ルイセイネには昨夜に話しておいたのだけれど、彼女を翁に紹介するわ」

「ああ、そういうことか」


 僕のお嫁さんになるなら、スレイグスタ老と会っておいた方が何かと都合が良さそうだもんね。

 と思って、僕は顔を引きつらせる。


 お嫁さんにする前に、惚れさせなきゃいけないのか。

 なんか昨日から、このことが僕の悩みの種になっているよ。


 突然頭を抱えて唸りだした僕を、ミストラルとルイセイネは苦笑しながら見ていた。


 そうして三日目の旅は順調に進み、夕方にはとうとう、僕たちは副都にたどり着いていた。

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