ようこそ 迷いの森へ

「んんっとね。プリシアはここに大きなお家を建てて、みんなで遊ぶの」

「住むんじゃなくて、遊ぶんだね」

「楽しいよ?」

「たのしいたのしい」


 陽気なプリシアちゃんは、るんるんと湖畔こはんを跳ねながら僕に満面の笑みを浮かべる。

 アレスちゃんも、いつも以上に楽しそう。

 僕は軽やかな足取りで幼女を追いかけた。


 なんて素敵な天気だろうね。

 太陽はほがらかで、気温は寒くもなく暑くもなく。空をゆっくりと流れる雲は、見ているだけで気持ちがいい。さわさわと流れる風は、森の木々を優しく撫でていく。

 感じるなにもかもが心地いい。


 なぜなら、僕は大きな仕事を終えて、久々のお休みを満喫しているからです。


 僕は魔王にならずに済んだ。

 本当に巨人の魔王が諦めたのかは不明だけど、少なくとも目の前の危機を脱することはできた。

 この勢いで死霊都市の権利もメドゥリアさんに引き渡そうとしたけど、それはさすがに無理で、僕は未だに支配者の地位らしい。だけど、メドゥリアさんが領主代行として管理することは認められて、魔王の支援をこれからも受けられることになった。

 精鋭部隊の黒翼の魔族は撤退するらしいけど、代わりの部隊が駐屯ちゅうとんしてくれるんだって。


 軍隊駐留の費用?

 それは僕の知らない部分でお金が動くらしい。

 僕の収入源は、意味不明な部分から意味不明に流れてきているそうです。

 はい。他人事風です。


 アームアード王国とヨルテニトス王国の国境を流れるシューラネル大河。対岸が見えない規模の大河に掛かる大橋の通行料の一部が、僕の身に覚えのない収入源。

 人や貨物が通るだけで、僕には大金が入ってきているらしい。

 ユフィーリアとニーナに聞いたんだけど、僕の実家の維持費も、段階を得ながらそうした収入源でまかなわれていくらしいです。死霊都市の運営と合わせて出費は大きいだろうけど、それでも大丈夫なくらいの収入なんだろうね。

 僕の小さなお財布には小銭しか入っていないので、実感のない、まさに摩訶不思議なお話だけど。


 それで、自分の問題と死霊都市の問題を解決した僕たちは、数日の滞在のあとにそろそろ帰ろうか、ということになった。

 夏を前に、僕は随分と長い間、母さんたちに挨拶もなしに旅をしてきたからね。ルドルアードさんや関係者の人たちに報告もしなきゃいけないし、赤髪のグラウスを牢屋に送り届けないといけない。

 現在はまだ、死霊都市の監獄で意識を奪われたまま。帰るときに回収する予定になっている。


 それと、僕たちも帰ったら、結婚の儀の準備も進めなきゃね。

 そうそう。いよいよ勇者のリステアの結婚の儀が迫っていた。

 副都アンビスで執り行われる結婚の儀の準備が着々と進んでいるんだって。

 予定は夏と言っていたので、それまでには帰らなきゃね、とみんなで話していたんだけど。

 僕たちの意見に異を唱えた人がいた。

 そう。そうです。我らが暴姫ぼうきです。


「あのね。プリシアはテルルちゃんと遊びたいよ?」


 プリシアちゃんはごく普通に、無邪気な心でそう提案したんだろうけど。アレスちゃんとお揃いの守護具をあげられないという後ろめたさが全員の心に重くのしかかっていた。


 ということで、会いにきました、禁領に。


 とはいえ、テルルちゃんに会うのにお土産なしだと申し訳ないということで、こうしてプリシアちゃんと散歩をしながら狩りをしているわけです。

 ちなみにミストラルたちは、霊山の山腹にある廃墟の村でお泊まりの準備をしている。

 ニーミアも遊びたがっていたけど、お泊まりの準備に駆り出されてしまいしまた。

 ニーミアは、プリシアちゃんの犠牲にされたのです。

 残念です。


 それと、ミシェイラちゃんたちがまだ滞在していると思ったんだけど、すでに禁領にはいなかった。

 居ればみんなに紹介したかったんだけどね。


「あ、うさぎさん!」


 プリシアちゃんは草むらで跳ねた白いうさぎを見つけて、きゃっきゃと追いかける。

 空間跳躍を使えば一瞬で捕まえられると思うんだけど、そこは小さな子供です。効率よりも、追いかけるほうが楽しいみたい。


「こらこら。あんまり先に行っちゃ駄目だよ」


 兎を追って湖畔から離れるプリシアちゃんを、小走りで追いかけた。

 アレスちゃんは宙に浮いて追いかけてきていた。


 アレスちゃん、自分だけ楽をしていませんか?


「ぴょんぴょん、うさぎさん」


 兎の真似をして、というか僕から見ると蛙の飛び跳ねに似ているんだけど、プリシアちゃんは白い兎を追う。

 白い兎は、捕まるものかと草むらの奥へ逃げる。

 プリシアちゃんも飛び跳ねながら、草むらに入っていく。

 僕は周囲に不穏な気配がないか探りながら、プリシアちゃんの遊びを邪魔しないように追う。


 草むらを抜け、林へと入る。

 木漏こもれれ日をいっぱいに浴びた若草が茂る林は春の気配に満ちていて、走っているだけで気持ちがいいね。


 プリシアちゃんは森に住む耳長族。森の春の気配を感じ取っているのか、いつも以上に楽しそう。

 兎を捕まえることなんて二の次みたいで、追いかけっこに夢中みたい。

 でもね。テルルちゃんへのお土産を集めないと、遊びに行けないよ?

 まさか、すでにテルルちゃんに会うという目的まで忘れちゃっているんじゃないのかな……


 やれやれです。

 早く狩りを終わらせないと、日が暮れてテルルちゃんと遊べなくなるからね。

 禁領に遊びに寄ったけど、長居はしないんだからさ。

 とはいえ、プリシアちゃんが追っている白い兎を僕が仕留めちゃったら悪いし。

 僕はプリシアちゃんを追いながら、違う獲物を探す。

 だけど、周囲には白い兎以外の動物がいなかった。


 おや?


 妙な感じだね。

 林には陽気な日差しが降り注ぎ、気持ちいい風が吹き抜けているというのに。

 獣がいない。鳥がいない。動物の気配を感じない。

 もしかして、ちょっぴり危険な場所だった?


 ここは禁領。

 勝手知った竜の森や、人の手が入った安全な場所じゃない。

 僕たちが知っている範囲はほんの僅かで、あとは人跡未踏じんせきみとうの大自然なんだよね。だから、知らない危険があるかもしれない。


「プリシアちゃん、ちょっと待って」


 急いでプリシアちゃんに追いつき、兎じゃなくてプリシアちゃんを捕まえた。


「プリシアがお土産?」

「いやいや、そうじゃないよ。この林はすこし危ないかもしれないから、移動しようね」

「うさぎさんも?」

「ううーん……」


 辺りを見渡したけど、もう白い兎はいなくなっていた。

 逃げちゃったか。と思ったけど。

 気配を探ると、兎の気配もなくなっていた。


 ううーむ。

 なんだろう?


 アレスちゃんも回収すると、僕は林を早々に抜け出そうと、来た道を戻る。

 道標みちしるべは残してないけど、湖の気配を探って行けば……


 あれれ?


 湖の気配、というか水の澄んだ気配がしない。

 そんなに林の奥深くへと入ったつもりはないんだけどな。

 やっぱり、この林はなんか変だ。


 周囲を警戒しながら林を進むけど、一向に湖畔へと戻れない。

 いよいよ怪しくなってきた気配に、このままじゃまずいと本腰を入れて、林を突破しようと空間跳躍を発動させた。

 目指すは、視界に映る光溢れる先へ。

 一瞬だけ視界がぶれて、新たな風景を映し出す。


 確かに空間跳躍をした。

 それは間違いない。

 景色も新たな風景を僕に見せている。


 でも、それは僕が期待する風景ではなかった。


「んんっと、森のなか?」

「まよったまよった」


 僕の腕のなかで、プリシアちゃんが小首を傾げる。アレスちゃんはなぜか嬉しそうにはしゃいでいた。


「むむむ、困ったぞ」


 僕は知っているよ。

 こうして目的の場所へとたどり着けない土地のことを。


「まさか、こんなところに迷いの森があるなんてね」


 一旦立ち止まり、周囲を確認する。

 一瞬前までは木漏れ日溢れる林だったのに、今では深い森のなか。

 じめっとした空気が漂い、濃い枝葉が深い影で森を覆っていた。


「お兄ちゃん、困ったの?」

「ううーん。どうだろうね。迷子になっちゃったのは確かなんだけど」


 ここが迷いの森なら、闇雲に進んでも絶対に目的地へはたどり着かないよね。

 でも、動かなきゃなにも変わらないし。


 困りました。

 禁領は危ない魔物や魔獣が潜んでいるという警戒はしていたけど、まさかこうした惑わしの場所もあるなんて。

 というか、迷いの森ってことは、ここに誰かが住んでいたりするのかな?

 耳長族とか、スレイグスタ老のような存在とか。

 でも、禁領に耳長族が住んでいるなんて話は魔女さんや巨人の魔王からも聞いたことがないよ。古代種の竜族が住んでいたら、ニーミアやリリィが気づくだろうしね。


 とりあえず、無闇に移動はせずに周囲を探ってみる。

 集中し、世界の違和感を感じ取ろう。


 ……。

 …………。

 ………………はい! 駄目でした!


 世界の違和感?

 迷いの術がかけられている時点で、森全体が違和感だらけでした。

 とほほ。新たな能力の弱点を思いがけずに知ってしまい、がっくりと肩を落とす。


「んんっと、困った?」

「うん。困ったね」

「こまったこまった」


 全然困った気配のない幼女の二人は、能天気に周囲を見回していた。

 まあ、プリシアちゃんは森の申し子だし、アレスちゃんは自然の支配者だからね。迷ったくらいは危機でもなんでもないのかも。


「ねえ、プリシアちゃん。この森の気配はわかる?」

「大おじいちゃんの森?」

「ううん、迷いの森は同じだけど、竜の森とは雰囲気が違うよね」

「ちょっとじめじめ」

「ふしぜんふしぜん」

「そう、アレスちゃんの言う通りかな。動物の気配がないからだろうね」


 竜の森は、スレイグスタ老によって迷いの術がかけられているけど、自然は保たれている。鳥や獣が生活していて、生命の息吹いぶきを感じることができる。

 だけど、この森はそうした生物の気配を感じない。

 もちろん、木々の生命は感じるんだけど、そこに動物の営みが合わさっていないので、妙な違和感になっているんだよね。

 とはいっても、悪意のようなものは感じない。

 森に迷い込んだ者を取って食べるような、恐ろしい捕食者の気配はしないんだ。

 もしかしたら、本当に耳長族でも住んでいるのかな?


「ねえ、プリシアちゃん。耳長族の気配とかはしないかな?」


 同じ種族なら、なにか感じ取れるかも。と期待したんだけど。

 プリシアちゃんは少し耳を澄ませるような仕草を見せたあとに、首を振った。


「あのね。誰もいないね」

「そうなのかぁ。アレスちゃんはなにも感じない?」

「かんじないかんじない」


 どうやら、近くには何者もいないらしい。


「ううー。そうなると、この森はなんだろうね?」


 手入れのされていない森は、倒木があったり苔むした岩場があったりと、歩くのには難儀しそう。

 仕方なく、僕はプリシアちゃんとアレスちゃんを抱きかかえたまま、空間跳躍をした。

 一度飛ぶと、知らない場所に出る。また飛ぶと、さらに知らない場所へ。

 進んでも進んでも、動物の気配はない。かといって、危険な匂いもしない。

 なんだか、動物たちに忘れ去られた森みたいだね。


 何度か空間跳躍をして深い森を進んでいると、プリシアちゃんが待ったをかけた。


「どうしたの?」

「あのね。あっちに誰かがいるよ?」

「えっ、誰か?」


 変だな、と首を傾げる僕。

 空間跳躍をしながらでも、僕は周囲の気配を探っていた。その僕がなにも感じないのに、プリシアちゃんが気づいただなんて。


「いこういこう」


 アレスちゃんが警戒していないし、行ってみよう。ということになって、プリシアちゃんが指差した方角へと空間跳躍を発動させた。


 そして、後悔するのでした。


 そうです。

 ここは迷いの森です。

 空間跳躍をしたら、また知らない場所に飛ばされていた。


「むう」


 とプリシアちゃんが頬っぺたをを膨らませて抗議してくる。

 僕が指先でプリシアちゃんの頬っぺたを潰すと、ぶうっ、と口から空気が漏れた。


 可愛い!


 いやいや、遊んでいる場合じゃありませんでした。


「よし、またあの場所を探そうね」


 適当に空間跳躍をしていたらたどり着いたんだし、またあの場所に近づけるはず。

 ということで、空間跳躍を発動する。

 跳んで、プリシアちゃんに確認を取る。

 気配を感じない場合は、また跳ぶ。


 この森は、いったいどれくらいの規模なんだろう。

 空間跳躍をするごとに景色が変わるせいで、同じ場所に来ていても気づけない。もしかすると、同じ場所をぐるぐると回っているだけかもしれないし、跳ぶごとに禁領の全然違う場所に来ている可能性だってある。

 ただし、どこに飛んでも動物の気配はなく、世界を感じ取る僕の能力は森全体の違和感に邪魔されて機能しなかった。


 そうして結構な回数の空間跳躍をしていると、またプリシアちゃんが反応した。


「あっちに誰かがいるよ」

「いこういこう」


 今度は失敗しません。

 空間跳躍は使わずに、プリシアちゃんが示す方角へと歩いていく。

 道無き道を、慎重に進む。

 滑りやすい斜面を越え、沼を迂回し、冬の間に積もった落ち葉を踏みしめて。


「むう」


 そして、プリシアちゃんがまた頬っぺたを膨らませた。


「えええっ。また違う場所に出ちゃった?」


 振り返ると、さっき迂回した沼が姿を消していた。

 ……どうしろというのさ。

 僕は改めて迷いの森の面倒さを思い知る。


「もう一回ね」

「がんばれがんばれ」


 幼女のプリシアちゃんが人差し指を立てて、僕にそう注意をする。

 僕はかしこまりました、と頷いて、また空間跳躍をした。


 こうなったら、絶対にたどり着いてやる!

 気合を入れて、何度も空間跳躍を繰り出した。

 その努力もあってか、三度目の邂逅かいこうを果たす。


「あっちだよ」


 プリシアちゃんが誰かの気配に反応して指をさしたのは、お昼過ぎだった。


「よし、今度こそ」


 気合を入れて進もうとしたら、アレスちゃんがじたばたと暴れて、僕の腕から抜け出した。

 プリシアちゃんも、僕の抱っこから抜け出して自分の足で立つ。


「お兄ちゃん、連れて行ってあげるね」

「まいごまいご」

「しくしく」


 そうですか。

 僕は幼女たちに見限られたんですね。

 幼女よりも迷子になる僕ってなにさ……


 僕は、プリシアちゃんとアレスちゃんに手を引かれて、森を進む。

 相変わらず歩きにくい深い森だけど、プリシアちゃんは慣れた様子で歩みを進める。

 さすがは耳長族です。

 森ならどんな環境でも、ものともしないんだね。


 結局、僕は幼女の力で目的地へとたどり着いた。

 そして、不思議な光景に息を呑む。


 最初は、森を抜けたんだと思った。

 鬱蒼うっそうとした森から、光溢れる広場に出て、眩しさのあまり目を細める。

 でも、そこはまだ森のなかだった。

 ただし、これまでと違うのは、その性質だ。

 じっとりと空気のよどんだ森の気配が一転し、竜の森の深部のような澄んだ空間に変わった。

 眩しさをこらえて上を見上げると、広場の周囲の木々が枝葉をうんと広げて、相変わらずの分厚い天井を作っていた。

 だけど、太陽の光が透過しているような感じで、光が上から降り注いでいる。

 そして、光の満ちる広場の先に、誰かがうずくまって泣いていた。


 上からの陽光をいっぱい浴びたかのような金髪は、長く伸びすぎて背中から地面に向けて黄金の川を作りあげている。

 痩せ細った手足を丸め、小さくなって震えて泣いているのは、大人の女性だった。


 もしかして、耳長族?


「んんっとね。あのね。泣かなくていいんだよ?」

「よいこよいこ」

「あっ」


 女性らしき人がうずくまって泣いている、とはいっても、こちらに敵対行動を取らないとは限らない。

 なにせ、迷いの森の奥深くに居るような人だし。

 でも、プリシアちゃんとアレスちゃんは、躊躇ためらうことなく女性に走り寄っていった。

 そして、優しく背中を撫でてあげる。

 僕は仕方なく、二人の後を追って女性に近づいた。


 薄着なのか、身体の輪郭が衣服の下から透けて見える。

 出会った当初のライラ以上に痩せ細った女性だ。

 女性はしくしくと泣いていて、プリシアちゃんとアレスちゃんが背中を撫でても反応しない。


「大丈夫ですか?」


 声をかけてみたけど、やはり泣いているだけ。


「ううむ、どうしよう」


 どうやら危険な人ではないみたいだけど、泣いてばかりいたら話が進まないよ。

 僕がどう対処すべきかと思案している間、プリシアちゃんとアレスちゃんは女性を優しく撫でてあげていた。

 すると、次第に女性は泣き止みだして「おお、幼女の癒しはすごい」と感心しちゃった。


 鼻をすすりながら、ようやく女性が顔を上げた。

 太陽のような金髪同様、金色の睫毛まつげ眉毛まゆげ。そして、金色の瞳をしていた。

 どことなく、アレスちゃんに似ているような。


「ちがうちがう」


 だけど、アレスちゃんは首を横に振って否定した。


「んんっとね。この子は光の精霊さんだよ」

「なな、なんと!?」


 プリシアちゃんの言葉に、僕は仰け反って驚く。

 まさか、こんな鬱蒼とした森の奥に光の精霊さんが居るとは!

 しかも、大人の姿ということは上位の精霊さんです。


「でも、なんで光の精霊さんがこんな場所にいて、泣いていたのかな?」


 光の精霊さんの住む場所は、もっと美しく輝く神聖な場所、という先入観があったので、なぜこんなところにという疑問が口をついて出てしまう。

 だけど、プリシアちゃんは僕の疑問が理解できなかったのか、首を傾げるだけ。

 もしかして、光の精霊さんはどこにでもいるような精霊なのかな?

 そういえば、竜の森では普通に顕現して遊んだりしていたけど。


「ちがうちがう」


 アレスちゃんは僕の思考に首を横に振る。


「違うって、光の精霊さんはどこにでもは居ない?」

「ちがうちがう」


 くうう。なにが違うというのでしょうか。

 幼女のアレスちゃんだと幼い思考になるせいか、なかなか要領を得ない。

 かといって新たな情報をくれるわけでもないので、仕方なく泣き止んだ光の精霊さんを見つめた。


 人だったらもう立っていられないほどに痩せている。ほほせこけ、がりがりだ。

 その光の精霊さんは、迷いの森を突っ切って現れた僕たちを不思議そうに見つめた。

 というか、まず最初に僕を見ていた。


「こ、こんにちは……」

「どうして、人族が……?」


 微かな声が聞こえたのは、周囲に動物がいなくて、静寂せいじゃくに包まれているからだ。


「ええっと、お散歩をしていたら迷いの森に入り込んじゃって」

「あのね。プリシアが連れてきたんだよ」

「……そうだね。僕だとたどり着けませんでしたね」


 真実なんだけど、ちょっぴり悲しいです。


 プリシアちゃんの言葉に、光の精霊さんは微笑んだ。


「ああ、耳長族なのですね……」

「お兄ちゃんは人族だよ? プリシアはね、竜の森に住んでるの」

「すんでるすんでる」

「あああ……。霊樹の精霊様……」


 今度は、アレスちゃんを見て嬉しそうな表情になった。


「わたくし頑張りました。皆様のお帰りを……」


 止まっていた涙がまた溢れ出す。そして、大事そうにてのひらで包んでいた緑色の宝玉を見せて、プリシアちゃんに差し出した。


「これで……お役目は……」

「あっ!」


 深い森の奥で、太陽の輝きのように存在していた光の精霊さんの気配が急に揺らいだ。

 今まではっきりと見えていた姿が、突然半透明になる。


 お役目ってなに?

 なぜこんな迷いの森の奥で、ひとりで存在していたの?

 聞きたいこと、質問したいことがあるのに、光の精霊さんは消えそうになっていた。


 だけど、プリシアちゃんは光の精霊さんが差し出した宝玉を受け取らなかった。

 その反応に、光の精霊さんはとても悲しそうな表情になる。


 なにがなんだか訳がわからないけど、光の精霊さんは宝玉をプリシアちゃんにたくしたいみたい。

 受け取った方がいいよ、と促そうとしたけど。


「んんっとね。プリシアは一緒に遊びたいよ?」


 と満面の笑みを浮かべ、光の精霊さんをそっと抱きしめた。


「ああぁぁ……」


 光の精霊さんの口から、吐息といきが漏れる。そして、とても幸せそうな表情に変わった。


 そういうことか。

 僕は、プリシアちゃんを過小評価していたらしい。

 プリシアちゃんは天真爛漫てんしんらんまんでいつも周りのみんなを振り回すけど、本当はとても優しい女の子なんだよね。

 特に、精霊さんとは誰とでも仲良くなっちゃう。

 土の精霊さんと風の精霊さんは力による使役じゃなくて、友情をもって契約しているし、霊樹の精霊のアレスちゃんとは大親友だ。

 その優しいプリシアちゃんが、目の前で消えようとしている光の精霊さんを見捨てるはずがないよね。


 プリシアちゃんは光の精霊の女性を優しく抱擁ほうようして、精霊力を分け与えてあげていた。


 どうやら、精霊力の枯渇こかつで消えかけていたらしい。

 プリシアちゃんの元気いっぱいの精霊力を受け取った光の精霊さんは、消えて無くなりそうだった身体の輪郭をまた取り戻した。


「ご飯をいっぱい食べたら、元気になるんだよ」


 きっとプリシアちゃんは、普通の食べ物のことを言っているんだと思うけど。現状だと、光の精霊さんのご飯はプリシアちゃんの精霊力ですよ。

 アレスちゃんは謎の空間から紫色のお芋を取り出して、光の精霊さんに手渡す。代わりに、大切そうに持っていた緑色の宝玉を受け取った。


「アレスちゃん、それはどんな宝玉なの?」

「まようまよう」

「もしかして、その宝玉の力で森に迷いの術をかけていた?」


 アレスちゃんは、うんと頷いた。

 なるほど、光の精霊さんが迷いの森の犯人だったのか。

 でも、なんで森に迷いをかけていたんだろう?

 見るからに、自分の存在をかけて維持していたように思う。


「ふうう。プリシアは疲れたよ」


 光の精霊さんが顕現を維持できるくらいに回復させてあげると、プリシアちゃんはようやく抱擁を止めた。そして、座り込んでいる光の精霊さんの膝の上に乗って、アレスちゃんからお芋を受け取って食べ始める。

 光の精霊さんも、手渡されたお芋をどうすべきか持て余していたけど、幼女たちが食べる姿を見て、真似て食べ始めた。


 それで、僕のお芋さんはないのでしょうか?


「なくなったなくなった」

「しくしく」


 残念ながら、品切れらしいです。

 謎の空間には、無限に紫のお芋が入っているんじゃなかったんですかー!

 そういえば、黄金のお芋もいつの間にか食べつくしていたし、やっぱり採った以上の物は収納されていないみたいです。


 プリシアちゃんとアレスちゃんと光の精霊さんは、美味しそうにお芋を食べる。

 僕はその様子を、お腹を鳴らして見守っていた。


 色々と疑問の残る出会いだけど、今はこのままで良いか。

 森に迷いの術をかけていた光の精霊さんとプリシアちゃんが仲良くなれば、抜け出す方法も聞き出せるだろうしね。

 と能天気に構えていたけど、僕の思惑はいつものように打ち砕かられ。


「珍しい命がひとーつ」

「あああっ、駄目だよっ。光の精霊さんは食べちゃだめーっ!」


 迷いの森の空を引き裂いて現れたのは、禁領の守護者、テルルちゃんだった。

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