東の魔術師を探せ

「おい、なにも尻尾しっぽを巻いて逃げ出すことはなかっただろが!」

「こればかりは、スラットン殿の意見に同意でございますね。私とアレクス様にかかれば、あの程度の魔族など……」


 ニーミアは僕の意図をんで、天上山脈の山間やまあいを高速で飛んでくれている。

 だけど、ニーミアの背中の上では、スラットンとルーヴェントが、僕の取った行動を疑問視していた。

 見れば、トリス君も若干じゃっかんだけど、やる気を削がれて鬱憤うっぷんを溜めている感じだ。


 ふう、と僕はひと呼吸を置いて、背後を振り返る。そして、追っ手などがいないと確信してから、状況を口にした。


「確かに、僕たちであれば戦えたかもしれない。みんなで掛かれば、あのバルビアと呼ばれた魔将軍とだって勝負できたかもね。だけど、あの場は逃げるしかなかったんだよ」


 なんでだよ、と不満の声を漏らすスラットンに、僕はあのとき最も憂慮ゆうりょすべきだったことを伝える。


「バルビアは言ったんだ。今度こそ、陛下と共に遠征するって。つまりさ……。気配なんて微塵も感じなかったけど、あの場には魔王クシャリラがいた可能性が高いってことだよ!」

「げっ……!!」


 思わぬ事実を突きつけられて、スラットンが絶句する。


「クシャリラは特殊なんだ。前回に対峙したことがあるから知っているんだけど。クシャリラは姿だけじゃなくて、気配も完全に消せるんだよ。もしかすると、僕たちが全員そろって魔族たちの接近に気づけなかったのも、クシャリラの何らかの能力かもしれないんだ」


 魔族の軍勢がアームアード王国に侵略してきたとき。眼前で声をかけられるまで、僕は魔王クシャリラの存在を認識すらできていなかった。

 今回もまた、姿と気配を消されていたら。

 あの場で戦いになっていたら、僕らは鬼将バルビアや魔族軍だけじゃなく、魔王本人とも戦うことになっていた可能性だってあったんだ。


 いつも能天気な言動のスラットンだって、相手の戦力評価くらいは正しく下せる。

 そして、スラットン自身も、嫌というほど熟知しているはずだ。

 魔将軍と呼ばれる魔族の実力や、魔王クシャリラの力量を。


「ねえ、聞くけどさ? このなかで、魔王に勝てる人はいる? 言っておくけど、白剣を持った万全の状態でも僕は無理だからね?」


 下級魔族や中級魔族にだって、僕たちは引けを取らない実力を持っていると自負している。

 だけど、上級魔族を相手にするとどうだろう?

 ましてや、名高い魔将軍と相対したら、全員で挑んでも勝てるかどうか。

 それなのに、魔王とまともに勝負ができるか、なんて質問は野暮やぼでしかない。


 はっきり言って「魔王」と呼ばれる者は別格なんだ。


 今もなお、魔族の国の各地では魔王位を賭けた争いが続けられているという。

 強者が強者を襲う。そして戦いとは、真っ向勝負だけじゃない。寝首をかき、だまし、からめ手で命を奪い合うこともある。そうして全ての強敵を倒し、幾多の権謀術数けんぼうじゅっすうを勝ち抜けた頂上者でさえも、資格がないと判断された場合は、魔族の支配者から魂霊こんれいたまわれない。

 ということはさ、魂霊の座を持つ魔王とは、それだけの実力を持っている、という証左しょうさでもあるんだよね。


 巨人の魔王は、最古の魔族と呼ばれるのに相応しい知識や懐の深さ、器の大きさを持っている。もちろん魔力は破格だし、絶大な戦闘能力を有していることは疑いようもない。

 そして、その巨人の魔王と対等に戦ってみせたクシャリラも、魔王として君臨するだけの実力を持っている。

 その魔王クシャリラを相手にして勝てるか、と聞かれれば、僕は「絶対に勝てない」と即答しますよ。


 魔王クシャリラについて僕から説明を受けると、ルーヴェントは白目を剥き、トリス君も絶句していた。

 リステアは最初から魔王の存在の可能性に気づいていたようだったけど、僕が迷うことなく敗北宣言をしたことに驚いていた。


「お前でも、勝てないのか……」


 なんて呟いていたけどさ。

 いったい、リステアは僕のことをなんだと思っているんだろうね?

 僕は至って普通の人族ですよ?


「にゃん」


 なにはともあれ、あの場は逃げて正解だった、と理解したスラットンとルーヴェントは、ようやく大人しくなる。


 いっときの沈黙が寒空に訪れた。

 はたして、後陣こうじんを任せたルイララは無事だろうか。

 ルイララだって、クシャリラの存在を危惧きぐしたからこそ、僕たちを逃してくれたんだよね。

 誰も直接は口にしなかったけど、全員がルイララのことを心配していた。

 ルイララと相性の悪いルーヴェントでさえ、黙して天上山脈の風景に目を落としている。


 とはいえ、この面子めんつで静かなのもなんだか気持ちが悪いね。

 大人しくない者が大人しいと、普通よりも空気が沈んじゃう。


 そうそう、大人しいと言えば……


「貴様らは、儂のことを忘れてはいまいか」

「はっ!?」


 抗議するように僕の膝に乗ってきたのは、二股ふたまたの尻尾がもふもふの「自称大魔族」である、魔獣のオズだった。


「わ、忘れてなんていないよ……」

「貴様、なぜそこで目をらす?」

「気のせいだよ?」


 僕はオズを抱き寄せて、頭や背中や尻尾を撫でてあげる。

 決して、後ろめたいことがあるから気を使っているわけじゃありません!


「そ、そうだ、ニーミア。このまま山沿いを低空で飛んでくれるかな?」

「東の魔術師を探すにゃん?」

「うん、最後の村でも情報は得られなかったけど、くまなく捜索すれば手がかりくらいは見つかるかもしれないからね」


 天上山脈は、平地とは違って既に雪化粧を終えていた。

 林立する針葉樹しんようじゅも、急斜面の岩肌も、全てが白い。

 どこまでも真っ白に染まった山肌は、上空から見渡すと寒々として僕たちの目に映った。


 そんな場所に、東の魔術師は暮らしているんだよね。だったら、暖をとるために暖炉だんろに火を入れたり、煮炊にたきをするための煙がどこかに上がっているかもしれない。

 それに、高度を上げて飛んでいたら、遠くからでも魔族に見つかっちゃうかもしれないしね。


 みんなも気持ちを切り替えて、東の魔術師が残しているかもしれない生活痕を目を凝らして探す。

 僕も瞑想状態に入ると、意識を広げて東の魔術師の捜索に着手した。






 結果から言えば、東の魔術師は見つからなかった。

 まあ、天上山脈に入ってまだ初日だ。明日もニーミアには頑張ってもらい、捜索を続けよう。


 ということで、寒風を防げそうな適当な場所を見つけて、今日の野営準備に入る。

 とはいっても、麓の村で装備を調達しそこなったので、手持ちの保存食を分け合ったり、炎の魔晶石の備蓄を確認することくらいだけど。


「うっひゃあ、ニーミアは暖かいな!」

「スラットンは、ドゥラネルが嫉妬しっとするから駄目にゃん」

「勘弁してくれ! たしかにドゥラネルは嫉妬するかもしれねえが、あいつじゃ暖は取れないんだよっ」


 防寒装備も受け取り損ねちゃった。

 でも、僕たちにはニーミアがいます!


 着地してからもニーミアには大きな姿のままでいてもらい、僕たちは長い体毛にくるませてもらう。

 長毛のニーミアは寒さに強いみたいで、天上山脈の気候でも平気みたいだ。

 逆に、ヨルテニトス王国の山岳生まれである地竜のドゥラネルは、寒いと感じているみたい。

 だから、スラットンの薄情な裏切りに嫉妬はしても、影からは出てこない。


「はい、今晩のお芋です。大切に食べてね」


 僕はアレスちゃんからお芋の配給はいきゅうを受け取ると、みんなに配っていく。

 荷造りが終わる前に魔族に襲撃されたせいで、装備どころか食料や水まで手に入れられなかった。


「芋かぁ。他にはなにかねえのかよ?」

「スラットンはわがままだね。あとは、お菓子と果物と……」

「肉はねえのかって聞いてんだよ?」

「アレスちゃんの保存食って、だいたいがプリシアちゃんと一緒に食べるおやつ系だからね。残念ながら、お肉はないよ」


 わがままを言うなら、お芋も没収ですよ?

 と言う前に、スラットンは自分の分のお芋を食べ終えていた。

 やれやれ、騒がしい男だよ。


 だけど、スラットンのこの能天気というか、いつでも元気な存在に、心が癒されるのは確かだね。

 口悪く文句を言ったり、お馬鹿なことを言って周囲を笑わせたり。

 ふと気を緩めると、置いてきたルイララが心配になって不安になっちゃうけど、スラットンが常に騒いでくれているおかげで、少しは気を紛らわせることができていた。


「それにしても、多難たなんだな」


 アレクスさんが、お芋をかじりながら呟いた。


「そうですね。魔族の追っ手からは逃げないといけないし、東の魔術師を見つけなくちゃいけない。それが終わっても、僕はミシェイラちゃんを探さなきゃいけないからなぁ」


 まさか、アレクスさんもこんな旅になるとは想像していなかっただろうね。

 聖剣が折れる切っ掛けに運悪く巻き込まれ、遠路はるばると魔族の支配する国々の西端まで来てしまった。

 神族の帝国の辺境に住んでいた神族が、魔族の支配する世界を横断しただなんて、きっと故郷に戻ってみんなに話しても、誰も信じてくれないんじゃないかな?


「まあ、魔族どもはニーミアに乗っていれば大丈夫じゃねえかな? あいつらも、空ではこっちに手も足も出ねえだろ?」


 スラットンは他人任せだなぁ、と僕が呟くと、ニーミアが「他竜任せにゃん」と突っ込みを入れる。


「でもさ、考えてみたんだけど」


 すると、トリス君が疑問を口にした。


「東の魔術師って、何百年もの間、魔族を相手に天上山脈で戦ってきたんっすよね? そして、いつも追い払ってきた。だとしたら、今回も魔族たちは東の魔術師に追い払われるんじゃないっすかね?」

「その場合は、竜に乗ってうろつく俺たちも一緒に追い払われそうだけどな」

「あっ、言われてみれば!」


 こちらの事情なんて知らない東の魔術師から見れば、僕たちだろうと魔族だろうと、天上山脈に侵入してきた時点で敵だと認識されるかもしれないからね。


 それじゃあ、どうやって東の魔術師を探して、協力をあおごうか、とニーミアの暖かい体毛に包まれながら相談している時だった。


「其方らの気苦労は無用だ、と言わせていただこうか」

「なっ!!」


 慌てて立ち上がり、武器を手にして身構える僕たち。

 そんな僕たちを、少し離れた岩場から見下ろす者がいた。


「そんな、馬鹿な……!」


 そして、その人物を僕たちは知っている。

 少し前に、見たばかりの容貌ようぼう


「鬼将バルビアが、なぜ……」


 足止めをしてくれたはずのルイララはどうなったの!?

 そもそも、山脈を高速で飛行したニーミアの足取りを正確に掴み、こうもあっさりと追いつくなんて!


 動揺する僕たちを前に、黒装束の鬼たちがぞろぞろと岩陰から現れる。


「おいおい、こりゃあ、悠長ゆうちょうに東の魔術師を探している場合じゃねえな」

「其方らには無用な心配だと先ほども言った。なぜならば、其方らもここで死ぬのだからな」


 にやり、とバルビアは残忍な笑みを浮かべた。

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