雪山に響く雄叫び

 逃げる?

 それとも、戦う?


 魔王クシャリラの存在が気になる。

 でも、それ以上に……


「貴様らの主人は、あっさりと死んだぞ?」

「なにっ!!」


 バルビアの残酷な告白に、トリス君が絶句する。

 僕だって、バルビアの言葉に魂が激しく震えた。


 あのルイララが、バルビアに殺された?

 そんな、馬鹿な!

 計り知れない焦燥感しょうそうかんが僕の内面を急速にむしばんでいく。それと同時に、胸が破裂するかと思えるくらいに鼓動が激しさを増し、一瞬で頭が沸騰ふっとうしそうなほど熱くなった。


「あの剣術馬鹿野郎め! どうせ、最後まで剣を振り回していたんだろう!!」


 そんな僕の心情を代弁するかのように、スラットンが叫ぶ。そして、口悪く舌打ちする。

 だけど、魔族もかくやという殺気を放ちバルビアを睨んでいる様子からも、スラットンの内情を察することができた。


「主人の死を、其方らが気に病む必要はない。なぜならば、ここで全員が後追いするのだからな」


 皆殺しにしろ、とバルビアが冷淡に号令を発した。

 黒装束の魔族たちは、白い世界に落ちた影のように無言で押し寄せてくる。


「くそっ、雑魚ざこどもが!」


 スラットンが長剣を振るう。

 無謀にも突進してきた最初の魔族が、呪力剣の最初の餌食えじきとなった。


「エルネア、こうなったら奴らを退けるしかないのか!?」

「ええっと……」


 熱くなった頭をどうにか回転させ、冷静に判断しようと試みる。でも、動揺は振り払えない。

 それでも僕は、熱で鈍くなった頭で必死に状況を分析する。


 リステアは、折れた聖剣ではなく代用の呪力剣を抜き放つと、魔族の軍勢を迎え撃つ。

 トリス君だって魔剣と神剣を持ち、悪戦苦闘しながらも黒装束の魔族たちと戦いだした。


 思考に足を取られ、みんなから一歩出遅れてしまう僕。だけど、そのおかげでようやく考えも繋がり出す。

 そして、とても気になることが幾つか思い浮かぶ。


「ニーミア?」


 なかでも、最も憂慮ゆうりょすべき懸案は、この場を逃げたとしても、また居場所を察知されて襲撃されたら意味がない、ということ。

 どこへ逃げても追っ手がすぐに現れる状況だと、休んでいる暇もなく何度も襲われて、体力も精神も消耗しきってしまう。


 では、やはりここで戦って、魔族を撃退すべきなのかな?


 とはいえ、魔王クシャリラが出てこようものなら、僕たちの手には負えない。

 なんの準備もなく魔王と戦うなんて、無謀にもほどがある。


 他にも思い浮かんだ疑問点があり、どうすべきなのかニーミアに確認してみた。

 すると、ニーミアらしからぬ答えが戻ってきた。


「戦うにゃん?」


 なるほど、ニーミアはそう判断したんだね?


 にゃん、とニーミアが可愛く鳴く。たったそれだけで、ニーミアに襲いかかろうとしていた魔族たちが一瞬で灰になった。

 だけど、襲撃してきた黒装束の魔族たちは恐怖というものを知らないのか、仲間たちが灰にされても、無言のままさらに襲撃してくる。

 ニーミアはたまらず飛翔した。


「ルーヴェント、空から魔族たちを攻撃せよ」

おおせのままに!」


 アレクスさんの指示を受けるまでもなく、ルーヴェントは真っ白な翼を羽ばたかせると、空へと舞い上がる。そして、手加減なく神術を放って、地上の僕たちを援護してくれだした。


「鬼将バルビアは、私が受け持とう」


 押し迫る魔族たちを難なく薙ぎ倒しながら、アレクスさんはバルビアを睨む。


 アレクスさんの存在が心強い。

 魔族に対抗できるのは、天敵である神族だ。

 そして、アレクスさんは闘神とうしん末裔まつえいと呼ばれるだけの実力を有している。


光道殲殺こうどうせんさつ


 アレクスさんの力ある言葉に合わせ、神剣から光線が発せられた。

 まばゆい光線は、アレクスさんの眼前から迫っていた多くの魔族たちを消しとばす。そして、奥に控えたバルビアにまで届く。


 ちっ、と舌打ちし、バルビアは光線を回避する。

 さすがに、この程度の単純な攻撃は通用しないか。

 だけど、今の一撃でバルビアの意識は完全にアレクスさんへと向けられた。


神言しんごん神術しんじゅつ神族しんぞくか」

「何を今更。魔族であれば、ひと目で私の種族など看破かんぱしていただろうに?」


 油断なくアレクスさんと対峙するバルビア。

 アレクスさんも、神剣を構えて出方を慎重に探る。


 よし。こうなれば、僕たちは黒装束の魔族に集中し、さっさと撃退してアレクスさんの加勢に入ろう。

 本命が出てくる前にね!


 霊樹の木刀を振るい、間合いに入った魔族を弾き飛ばす。


 どうも、僕は雑魚扱いされているらしい。

 みんなにはわらわらと魔族が襲いかかっているというのに、こちらには手の空いた魔族が仕方なく相手をするような感じで、時おり襲ってくるくらい。

 立派な武器を持つみんなとは違い、僕が手にしている武器が木刀だから?


 なにはともあれ、手薄な攻撃のおかげで、僕は冷静になった思考でさらに戦場を分析することができた。


 魔族たちは、倒されても次から次に岩陰から湧き出てくる。

 ええい、いったいどこから、こんな軍勢を引っ張ってきているんだ!


 気配を探っても、岩陰の裏に大軍勢が控えているなんて軍気は感じない。なのに、黒装束の魔族たちは無限に湧いてくる。

 ルーヴェントなら、もっと明確に空から視界に捉えているだろうね。

 この、異常な戦場を。


「くそ、くそっ。雑魚どもが!」


 どれだけ倒しても、次が迫る。恐怖を感じない軍勢の恐ろしさは、個々の力量よりも、その圧倒的な数の量にある。

 こちらがどれだけ強くても、戦い続ければ体力も精神も消耗していく。そうなれば、いずれは隙が生じ、不覚を取ってしまう。


「魔王のご登場まで取って置くつもりだったが、仕方がねえ! でよ、ドゥラネル!」


 気合の入った呼びかけに応え、スラットンの影が隆起りゅうきしだした。

 黒装束の魔族たちよりも黒が似合う、闇属性の地竜、ドゥラネルだ。

 ドゥラネルは、挨拶がわりに極太の尻尾を振るい、周囲に群がっていた魔族たちを一網打尽に薙ぎ払う。


「すげぇっ! スラットンてば、本当に竜騎士だったのかよ!」

「当たり前だろうが!」


 トリス君の驚きに、スラットンが激怒する。

 どうやら、トリス君はスラットンの素性を未だに疑問視していたみたいだ。


 よし、それなら僕だって、面目躍如んもくやくじょの活躍をしてやるぞ!


「アレスちゃん!」


 僕の呼び声に応え……


「あれ?」


 ……応え?


『お出かけ中だよ?』


 手もとから、可愛らしい声が伝わってきた。

 霊樹の声だね。

 でも、そんなことよりも。


「な、なんだってー!」


 およんで、アレスちゃんが出張中だなんて!


「にゃんと飛び回るから、安心したと思ったにゃん?」

「くううっ、スラットンが食べ物に文句を言うからだよっ」


 空からのニーミアの指摘に、僕はがっくりと肩を落とす。

 どうやら、ニーミアに乗って空から東の魔術師を探している間は問題ないと思ったようで、アレスちゃんはお芋の配給のあとですぐに僕から離れたらしい。

 アレスちゃんは定期的にミストラルたちとの間を往復してもらい、お互いの状況を知らせ合う手はずになっていたからね。


 とはいえ、まさかの危機に手詰まり感を覚える。


 アレクスさんは、バルビアと激しく戦い始めた。

 接近されるのが嫌なのか、バルビアは魔法で応戦し、アレクスさんも神術を駆使して戦う。


 バルビアの魔力に反応し、舞い上がった雪が極上の刃となってアレクスさんへ向けて放たれる。

 だけど、アレクスさんが何か神言を口にすると、無数の刃はあっさりと元の柔らかい雪へと戻る。

 だけど、舞い上がった雪はそのまま吹雪ふぶきとなって、アレクスさんに襲いかかる。

 アレクスさんの足が僅かに鈍る。その隙をつき、バルビアはアレクスさんから距離を取ると、またやも新たな魔法を放つ。


 接近を許さないバルビアと、懐に飛び込もうと試みるアレクスさんの攻防は激化していき、僕たちも周囲の魔族も近づけなくなっていた。


 一方、リステアやトリス君は、明らかに苦戦気味だ。

 リステアは力量こそあるけど、手にしている武器が普通の呪力剣だからね。

 低級とはいえ、数で押してくる魔族に苦戦をいられている。

 トリス君は、両手の武器こそ立派だけど、流石に魔族相手だとが悪いらしい。それでも桁違いの武器の威力で、魔族たちを相手に奮戦していた。


「しゃらくせぇっ!」


 善戦しているのは、スラットンとドゥラネルだ。

 まだ子竜とはいえ、ドゥラネルも竜族だ。低級の魔族程度に遅れはとらない。

 スラットンも、ドゥラネルの死角を補うように魔族たちを蹴散らしていた。


 だけど、いかんせん数が多い。

 それで、とうとうスラットンが癇癪かんしゃくを起こしてしまった。

 ドゥラネルの背中に飛び乗ったスラットンが、長剣を振り上げる。

 そして、ドゥラネルに指示を与えた。


「ドゥラネル、竜術で雑魚どもを薙ぎ払え!」


 あっ、と僕だけじゃなく、リステアが反応した。

 だけど、遅かった。


 ドゥラネルは、山脈に木霊こだまする雄々おおしい咆哮を放つと、竜術を発動させた。

 魔族たちが生む影がうごめく。影は闇の剣へと変貌し、そして魔族たちは、自らの影に貫かれていく。

 だけど、ドゥラネルの放った竜術の余波は、こんなものでは済まなかった。


 どどどどどっ、と地面が小刻みに揺れ出す。


「げげっ!」

「お馬鹿スラットン!」


 僕たちだけじゃなく、魔族を含めた全員が背後を振り返っていた。


 そびえる山岳さんがく勾配こうばいのきつい斜面。そのずっと上の方から、雲とは違う白い噴煙ふんえんが地表から吹き上がり、恐ろしい勢いでこちらに迫ってきていた。


「な、雪崩なだれだ!」


 トリス君が言うまでもなく、全員が理解していた。

 雪山では、轟音ごうおんだけでも雪崩が起きてしまう場合があるらしい。

 そこへ、ドゥラネルのさっきの咆哮だ。


「ニ、ニーミア!」

「んにゃんっ」


 ニーミアに乗って、逃げなきゃ!

 だけど、雪崩の勢いは凄まじく、空を飛んでいたニーミアが降下してきても、僕たち全員が騎乗している暇なんてない。

 絶体絶命の危機。


 そのとき、リステアが動いた。


「炎よ!!」


 折れた聖剣を抜き放つリステア。


 そうだ、その手があった!


 剣としては使えないけど、リステアの呪力に反応して、聖剣が炎を生み出す。


「みんな、俺の側に集まれ!」


 僕たちは、邪魔をする魔族たちを蹴散らし、一目散にリステアの周囲へ集まる。

 こうなったら、リステアの炎に賭けるしかない!

 莫大な熱量で、雪崩れ込む雪を消滅させるんだ!!


 ついでに、雪崩に巻き込まれて魔族やバルビアが排除できたら、一石二鳥だね。


 突然の事態に、黒装束の魔族だけじゃなく、バルビアの動きが止まっていた。

 だけど、雪崩が原因ではなかった。


 バルビアの瞳は、リステアが抜いた聖剣に向けられていた。

 ううん、違う。

 正確には、バルビアは聖剣に埋め込まれた炎の宝玉ほうぎょく凝視ぎょうししていた。


「そ、その宝玉は……!」


 どういうこと?

 バルビアが、聖剣の宝玉を知っている?

 確認する暇もなく、雪崩は僕たちを飲み込んだ。

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