ルイセイネ御精進
大きく深呼吸をして、心を整えます。そして、
身体の芯に突き刺さるような冬のお水の冷たさは、それだけで不浄を流し、身も心も清められたような感じがしてきます。
いえ、感じがするのではなく、身も心も清めるのです。
ふふふ。最近はエルネア君や双子様の影響か、ちょっぴり不信心ですね。
改めて行水をやり直すと、濡れて冷えた身体を拭きあげて、
「うわぁ。ルイセイネは相変わらず引き締まった良い身体をしてるねぇ」
「あらあらまあまあ、そう言うイネアは、少しふっくらされました?」
「えええっ。そんなことないよー。気のせいだよー」
「いいえ、イネアはこの辺が……」
「はわわっ。キーリ、お腹を触っちゃ
着替えていると、一緒に
本日は、久々に三人揃っての修行です。
今年も、明けて早々から国を跨ぐ忙しさでした。エルネア君は、なんにでも首を突っ込みますね。
ふふふ、相変わらずです。
見た目の可愛さも、元気一杯なところも。
エルネア君曰く。
「プリシアちゃんは
とのことですが、それは誰の影響か理解されているのでしょうか。
いつも思うのですが、エルネア君は周りは見えていても自分自身が見えていませんよね。
そういう愛らしいエルネア君ですが、現在は王宮へと顔を出していらっしゃいます。
耳長族と巨人族の争いを
ですが、それもほんのひと時だけ。
お互いのご両親やお世話になっている方々への新年の挨拶まわりで、現在は忙しいです。
そして、救国の英雄であるエルネア君が王宮へと顔を出したことで、あちらでは華やかな
わたくしを除く家族のみなさんは、午前中はいろんな身分や立場の方々と挨拶を交わし、お昼からはお茶会。
勇者であるリステア君の家族もそうした催しに参加されているようで、中央は新年の行事以上に
ですが、残念です。
神職に身を置くわたくしとキーリとイネアは、そうした賑やかな席には出席できません。
それで、こうして三人が顔を揃えているというわけですね。
大神殿は、まだまだ建立途中です。ですが、巫女や聖職者が寝泊まりをしたり修行をする場所は優先的に着手していただいたようで、早々に不自由なく利用できるようになっています。
身を清めたわたくしたち三人は、
本来ですと、神職の者が日課として祈る場所と参拝される方々が利用する拝殿は、大神殿ですと別々になります。ですが、建立途中の大神殿です。わがままを言っていては、女神様に
そういうわけで、聖職者や一般の方々が共に利用する礼拝所へと
キーリの、
「かしこみかしこみ……んんっと、なんだっけ?」
『難しい真言だ。幼き汝には難しかろう』
「あらあらまあまあ、プリシアちゃん。それと、
すると、いつの間に拝殿へと遊びに来たのか、わたくしたちの側に幼女と鶏の姿に似た竜族がやって来ていました。
わたくしは祝詞を奏上し終えると、可愛い参拝者を歓迎します。
「あのね。みんな今日も忙しいんだって」
「そうですね。エルネア君たちは明日くらいまでは忙しそうです」
どうやら、大人の世界に飽きた、といいますか興味のないプリシアちゃんは、お外に飛び出して来たみたいです。
「カレンさん、鶏竜様、すみませんがプリシアちゃんをお願いいたします」
「はい、責任を持ってお預かりさせていただきます」
『我に任せよ』
プリシアちゃんの今日の保護者役は、エルネア君の実家で使用人をされているカレンさんと、王都に滞在している鶏竜様です。
家族の誰か以外が保護者を担うのは、とても珍しいです。といいますか、大丈夫でしょうか。
いいえ、プリシアちゃんの身の安全は問題ありません。
鶏竜様は、見た目は大きな鶏ですが、立派な竜族ですし。それに姿は見えませんが、ユンさんとリンさんもすぐ側に気配を感じています。
なので、プリシアちゃんの安全は保障されています。
それよりも、カレンさんの心労が心配なのです。
エルネア君の影響をいっぱいに受けたプリシアちゃんに振り回されて、大変なことにならなければ良いのですが……
ですが、カレンさんも元々は双子様の世話役です。きっと、
たぶん、ではありますが……
そういえば、エルネア君はまた面白い発想をしたようです。
ユンさんとリンさんを常時召喚する、という課題はまだ克服できていませんが、考えを巡らせる過程で、緊急時の対応を思いつきました。
霊樹の宝玉に全員の力を貯めておき、緊急の事態になった時にはそこから力を引き出す、というものです。
切羽詰まった状態でお二人に力を割かなければいけない、という
「んんっと。どうか、お勉強がなくなりますように。お母さんに怒られませんように。美味しいご飯がいっぱい食べたいです。それから、それから……」
「ふふふ。プリシアちゃん、女神様へはお願い事をするのではありませんよ? これから成すこと、夢や希望を神前で宣言して、どうかお力添えをお願いします、お見守りください、と協力を求めるのです」
「むう。お兄ちゃんが、お願い事をするって言ってた」
ちょっと難しいお話だったでしょうか。プリシアちゃんは小首を傾げて、どっちが正しいの、と大きな瞳で訴えかけてきます。
「まあ、一般的には間違いではないよねー」
「決まり、ではありませんから。自由で良いのです。大切なのは、女神様に祈りを捧げる心ですから」
すると、キーリとイネアが優しく微笑んで、プリシアちゃんの頭を撫でます。
イネアは鶏竜様にも興味を示して触ろうとしましたが、くわっ、と威嚇されて伸ばした手を引っ込めていました。
「プリシアちゃん、女神様は悪い子の声には耳を傾けませんからね。だから、今日もみなさんに迷惑をおかけしないようにするんですよ?」
「はいっ!」
元気よく返事をしたプリシアちゃんは、傍で人族の風習を興味津々に見学していた鶏竜さんに
愛らしい幼女と可愛い
「行ってきます!」
「プリシア様、私を置いていかないでくださいね」
「んんっと、大丈夫だよ」
とカレンさんに返事をしつつ、プリシアちゃんは鶏竜様を促して、すたたたっと礼拝所から駆けて行ってしまいました。
やれやれ、ですね。
言ってるそばからこの有り様です。
カレンさんはこちらへと丁寧に挨拶をしたあとに、プリシアちゃんを追って行きました。
「可愛いねー。あんな女の子が産みたいなー」
「ま、まさか、イネア!?」
「いやいや、まだ授かってはいないけどさー。将来の話だよー」
「誰が最初に
「あっ、キーリ。それよくわかります」
なんて雑談をしつつ、拝殿を出て瞑想修行をする広場へ向かうわたくしたち。
これから瞑想をして精神を磨き、法術の勉強や身体を動かす鍛錬をします。他にも、神殿を隅々までお掃除したり、
神殿に身を置く聖職者は、こうして毎日を規則正しく過ごします。
わたくしたちも、エルネア君やリステア君が華やかな表舞台で頑張っている間は、久々に規律を持って
そう心に誓ったはずですが、現実は甘くありませんでした。
「誰かっ、誰か手の空いているものはいないか!」
神官が慌てたように広場へと駆け込んできたのは、お昼前のこと。
瞑想修行を続けていたわたくしたちは、素早く反応します。
「どうしたのかなー?」
「おお、イネアさん。それに、キーリさんとルイセイネさんも」
神官はわたくしたち三人の姿を捉えると、迷いなく駆け寄ってきました。
「どうか、お力添えを。魔剣使いが現れて、暴れているのです。怪我人も出ているのですが、上位の巫女が出払っていまして」
一時期、アームアード王国を
魔族が密かに広めた魔剣は、未だに闇の
「そう言えばさ。この前、また迷宮から魔剣が出たんだってー」
「はい。今回も冒険者が不用意に魔剣を手にしたようで……」
「それは大変ですね。イネア、ルイセイネ、わたくしたちが行きましょう」
「はい、急ぎましょう」
魔族が侵略してきた騒乱の際に誕生した地下迷宮。
現在は、腕利きの冒険者や好奇心の強い竜人族、更には血の気の多い獣人族の方々の協力もあり、随分と深い場所まで調査が進んでいると聞きます。
ですが、深い場所に潜るほどに複雑な罠が張り巡らされていたり、恐ろしい魔物が出現する、と噂されています。そして時折、こうして呪われた武具が出ることも。
迷宮を造った張本人の幼女たちには、誰かを傷つけたりする意図はありません。ですが、そこに手を加えた人がいます。
はい。巨人の魔王です。
面白半分で罠を作り、突破した者への報酬としてお宝を隠したのだとか。とはいえ、あの方は魔族の首領とは思えないほど、根っからの悪ではありません。
エルネア君やミストラルさんが関わっている事柄に、本当の悪意は持ち込まないと思うのです。
それなのに、時折迷宮で見つかる呪われた武具。
恐らくは、迷宮創造の際に閉じ込められた死霊の兵士が
深部へと潜る冒険者には、隠されたお宝とは別に発見した武具は安易に触れないように、と
どうやら、今回もそうした事件のようです。
「最近はさー。こうした問題で忙しいよー」
「アームアード王国内の問題では、リステア君たちが活躍していると聞いてますよ」
「活躍している、のでしょうか……。エルネア君や貴女たちの話を耳にするたびに、疑問に思います」
「エルネア君は……。ほら、特殊ですから」
「特殊な人の嫁も特殊だよー」
呑気に会話を交わしていますが、動きは機敏ですよ。
素早く身支度を済ませると、神官に場所を聞いて向かいます。
巫女は、男性の神官とは違って法術が使えます。
移動法術「
魔剣使いが暴れているという場所は、迷宮の入り口付近でした。
迷宮で見つけた呪いの武具でしたら、確かに迷宮付近が騒動現場になりますね。
「巫女様、こちらです!」
現地へと到着すると、辺りは騒然としていました。
「うおっ、速ぇっ」
「気をつけろ、油断するな!」
「包囲を突破されるな! 囲めっ」
迷宮の入り口付近には、冒険者たちを支援する組織の支部や聖職者の出張場所が設置されています。そのため、常時多くの人たちが滞在しています。
そして人が増えると、飲食物を販売する露店や迷宮へと挑む冒険者の武具を整える職人、なにか物を売ろうとする商人が集まります。
そうして、王都の郊外にある迷宮の入り口付近には、都の中心部とはまた違った独特の街並みが形成されていました。
その特殊な街並みのなかにある
「うっわー。魔剣使いが二人かー」
冒険者たちに取り囲まれている二人の男性の手には、お揃いの直剣が握られていました。
見るからに
「いつもの、量産型の魔剣ですね。呪いと同時に、使用者の身体能力を限界以上に引き上げる種類です。特に素早さに注意です」
キーリは素早く、二人の男が手にする魔剣の性質を見抜きます。
本来であれば、魔族が鍛え上げる魔剣も、人族が造る
魔剣に埋め込まれている宝玉も、魔族の術者が長い歳月をかけて、己の集大成として作り上げる最高傑作なのです。
ですので呪力剣と同じように、普通であれば容易に手に入るような品物ではありません。
ですが、普通ではないのです。
そう。キーリが口にしたように、人族の世界で見つかる魔剣には、量産型と呼ばれる同じ見た目、同じ性能の魔剣が何本も確認されています。
まだ十四歳の頃。わたくしたちが野外訓練を行なっていた際に、最初に魔剣使いが現れてから。勇者リステア君たちが流通の根幹を絶った現在においても、量産型の魔剣が出回る真相の解明には至っていませんでした。
「巫女様、こちらに怪我人が!」
「怪我人はこっちに任せてー」
「出張所に出向していた巫女たちはどうしたのです?」
「駐在の巫女様がたは、迷宮のなかです。奥にも怪我人がいるんです」
どうやら、二人の魔剣使いは迷宮でも暴れたようですね。
人手不足で神官が大神殿へと駆け込んできたのも、そのせいでしょう。
「ルイセイネ、怪我人はわたくしとイネアが診ます。貴女は、魔剣使いを!」
「はい、お任せください!」
言ってわたくしは
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